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『バース/リバース(Birth/Rebirth)』感想(ネタバレ)…フランケンシュタインwithノンバイナリー

バース/リバース

フランケンシュタインwithノンバイナリー…映画『バース/リバース』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Birth/Rebirth
製作国:アメリカ(2023年)
日本では劇場未公開:2024年にAmazonで配信
監督:ローラ・モス
動物虐待描写(ペット) 性描写
バース/リバース

ばーすりばーす
『バース/リバース』のポスター。

『バース/リバース』物語 簡単紹介

病理医のローズは他人を寄せ付けず、病院の薄暗い奥にある死体を扱う職場に閉じこもっていた。その病院の表の場では、助産師のセリアがシングルマザーとして活発な6歳の娘リラの子育てを考えながら、仕事に忙殺される日々を送っていた。しかし、セリアの家庭に不幸な出来事が起き、絶望に沈む。そして、思いがけないかたちでローズと知り合い、禁断の行為に手を染めることになる。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『バース/リバース』の感想です。

『バース/リバース』感想(ネタバレなし)

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新たなノンバイナリー監督の誕生

「あなたの注目する男性の映画監督は? 女性の映画監督は?」

そんな質問をされたとき、ある程度の映画を観ている人なら「この人です」と答えられるかもしれません。男性監督よりも女性監督のほうが圧倒的に注目度が少ないので、こういうとき、あえて性別を意識させることで、その不均衡を可視化させることもできます。普通に「あなたの注目する監督は?」と性別不問で聞いてしまうと、全部男性の名前しかでてこないこともよくありますから…。

では別の質問。「あなたの注目するノンバイナリーの映画監督は?」

こうなってくると、おそらく大半の人の回答は「すみません。ちょっとノンバイナリーの映画監督は知らないです…」となるでしょう。

「ノンバイナリー」という言葉を知らない人のために簡単に説明しておくと、性別二元論に当てはまらないジェンダーのことです。典型的な男性や女性として自己の性別を認識していない人たちですね。

話を戻すと、要するにそれくらいノンバイナリーの映画監督は想定すらされていません。実際、数自体も非常に少なく、たぶん「最近話題のノンバイナリーの映画監督ベスト10」をリストするのも厳しいくらいです。

それなのに「映画賞にノンバイナリーを包括するのは社会運動になってしまって芸術を評価する立場が損なわれる」とかほざくような論調もでてくるんですよ。こんな大多数が名前も思い浮かべることができないような超少数の人たちを包括した程度で芸術性の評価が損なわれるほど、既存の映画賞は脆弱なんですかね…。

でもこの記事を今読んでいるあなた。今日はノンバイナリーの映画監督の名をひとり覚えることができますよ。おめでとう。

そのノンバイナリーの映画監督が手がけた作品が本作『バース/リバース』です。

本作の監督は“ローラ・モス”という名で、これが長編映画監督デビュー作となります。ニューヨーク出身のアメリカ人であり、ノンバイナリーであることを公表しています。

この“ローラ・モス”が2023年に監督・脚本したのが『バース/リバース』(原題は「Birth/Rebirth」)で、インディペンデント・スピリット賞で最優秀脚本賞にノミネートされるなど、高評価を受けました。

『バース/リバース』はサイコロジカル・ホラーであり、『戦慄の絆』などと同じ医療を主題にした生殖ホラーでもあります。

主人公は病院で働く2人の女性。ひとりは死体を扱う病理医で、もうひとりは助産師。病院の繋がりはあれど全く仕事内容は異なっているこの2人が、ある出来事をきっかけに急接近。生命倫理の一線を超える行為に手を染めていきます。

“メアリー・シェリー”の古典的な怪奇小説『フランケンシュタイン』を下地にしており、それを現代医療を舞台に翻案し、ほんのりとノンバイナリーのレンズを通して語り直したようにもみえる、そんな派生作と言えるかもしれません。

作中で明確にクィアなキャラクターがいるわけでもないのですが、ストーリー全体で多角的に解釈できる構造が味わい深いです。

「Birth/Rebirth」というタイトルも最後まで観ると「なるほど…」と意味深に納得できます。

俳優陣は、主役を演じるのは『Eileen』“マリン・アイアランド”と、『Smile スマイル』“ジュディ・レイエス”の2人。この2名でグイグイとスリルたっぷりに物語に引きずり込んでくれます。

『バース/リバース』は日本では劇場公開されておらず、2024年12月に「Amazonプライムビデオ」で配信され、ようやく見やすくなりました。こういう小規模ホラーはもっと劇場公開されてほしい作品が本当にいっぱいある…。

本作を観て、“ローラ・モス”監督の名をぜひ刻み込んでください。

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『バース/リバース』を観る前のQ&A

✔『バース/リバース』の見どころ
★生命倫理を揺るがすゾっとするスリルある演出。
★女性の性と身体を分解するような語り口。
✔『バース/リバース』の欠点
☆医療関係者をリアルに描いているものではありません。

鑑賞の案内チェック

基本 生々しい人体の解剖シーンがあるほか、子どもの死が描かれます。また、ペット動物の無残な殺害が描写されます。
キッズ 2.0
性行為の描写があります。
↓ここからネタバレが含まれます↓

『バース/リバース』感想/考察(ネタバレあり)

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あらすじ(前半)

病院の奥にある薄暗い部屋。ここは病理部です。亡くなった人の遺体を解剖して分析し、研究に活用するところであり、普段は関係者しか立ち入れません。遺体にメスを入れているのは病理学者のローズ・キャスパーです。

ローズは人と触れ合うのが嫌いで、電話の音も気に入らないほどです。同僚もあまりに人間関係に冷徹なローズに距離感を掴み切れません。当の本人はそんな他人はどうでもいいようです。死体と触れ合うほうが性に合っているのでした。

一方、同じ病院に勤めているといっても、入院者と頻繁に触れ合う仕事をしているのがセリア・モラレス。産科看護師で、仕事づくめで床で寝ているぐらいです。シングルマザーであり、疲れた体を奮い立たせながら、託児所にいる6歳のリラを迎えにいきます。リラにはいつも寂しい思いをさせてしまっていますが、仕事のスケジュールは過密です。

ローズはダイナーで動物性のもの抜きのサラダを注文していると、隣の男が「俺が肉を食べてやるよ」と生意気に絡んできます。その男にローズは「トイレでイかせてあげる」と誘います。

男は若干困惑しつつもトイレの個室でされるがままに射精をしますが、男はローズを娼婦か何かだと勘違いしていますが、ローズには明確な目的がありました。男の精液を持っている装置で手馴れたように採取。それが終わると呆然とする男を放置して帰ります。

実はローズはある秘かな行為に手を染めていました。家に着くと、床に寝そべり、採取した精液を注射器で自分の下半身から体内へと流し込んでいきます

朝、セリアはリラを隣人に預け、慌てて職場の病院へ向かいます。今日も激務です。妊婦は待ってくれません。出産間近で不安に混乱する女性を優しくなだめながら仕事ばかりで1日が過ぎていきます。

娘を預けた先から電話がかかってくるも、あまりちゃんと対応できません。スマホをトイレに落としてしまい、連絡不可能なままに帰宅。

ところが預けた先に人がいません。リラもおらず、トイレに血だまりがありました。しかも「リラを病院に」というメモだけが残されて…。

急いで職場の病院にとんぼ返りしますが、最悪の知らせしか待っていませんでした。

ローズの病理部に新しい遺体が運ばれてきます。検死対象で髄膜炎のようです。脳は綺麗なまま。身体も欠損はありません。その遺体はリラのものでした。そしてローズはこのリラの身体が自分の目的に最適だと直感します

体外受精なので父はいないリラ。セリアは娘の遺体を探しますが、検視局にはいないと言われてしまいます。遺体が紛失したのか、そんなことはあるのか?

必死になるセリアは病院の病理部で出会ったローズが何か怪しいと感じ、逃げるように消えたその姿を追いかけ、家にまでやってきます。

そしてそこで見たものに衝撃を受けることに…。

この『バース/リバース』のあらすじは「シネマンドレイク」によってオリジナルで書かれました。内容は2025/01/06に更新されています。
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2人で博士になる

ここから『バース/リバース』のネタバレありの感想本文です。

1818年の“メアリー・シェリー”によるゴシック小説『フランケンシュタイン』はSF文学の原点にして、フェミニズム文学としてもクィア文学としても幅広く分析されてきた秀作です。

その創造的土壌は多くの派生を生み出し、近年でも『哀れなるものたち』といったフランケンシュタイン源流の映画が登場しています。

『バース/リバース』も同類なのですが、独自のアレンジが禍々しい個性を放っていました。

まず亡くなった子どもの死者蘇生を目論む…これはまあ想定の範囲内です。その一見すると蘇った子どもがどうも生命らしい躍動感や感情に欠け、生ける屍のように怪物化しているようにみえるというのも定番どおり。

面白いのは、フランケンシュタイン博士に該当する人物が2人いるということ。しかも、その2人は特殊な科学者とかではなく、現代医療の現場で普通に働いている労働者の女性だということです。

ひとりは病理部のローズ。序盤からなかなかにギョっとさせる実験を独自に行っていることが判明しますが、それは生物学の教師だった母の影響のようで始まりは平凡です。ヒトデの再生に幼い頃に感動し、早々にハムスターの足を切り落としてみせ、やがて亡くなった母ミュリエルの身体で実験するなど、順調(?)に倫理観を解体していったようではありますが…。

もうひとりは助産師のセリア。こちらは非常に真面目で、協調性を発揮して労働に従事しており、妊婦や子どもにも愛情をみせ、誰よりも良心があります。しかし、それなのに過労が自分を追い詰め、後悔することになる決定的なミスをしてしまい…。

このローズとセリアは本当に水と油くらいに立場が違っていて、最初にあのローズがセリアの娘であるリラの遺体を家に持ち返って実験に利用していると判明した瞬間は、絶対に対立してもおかしくない状況です。

しかし、この2人は互いの願望はズレているにせよ、リラが蘇るという結果に利害の一致を見出し、共犯の関係性を構築します。しかも、2人のそれぞれの専門知識が絶妙に噛み合って上手いこと実験が進展してもいきます。2人合わさって「博士」になるのです。

これもまたフェミニズムな連帯かもしれませんが、その行為はあまりに歪んでおり、鑑賞者の不快感を意図的に煽ります。医療従事者として、研究者として、母親として、人間として…明らかに一線を超えていく2人。協力がその行為を後押ししてしまいます。

でも不快ではあるものの、妙な気持ちよさも拭い切れない…。それは元の『フランケンシュタイン』もそうですが、医療界というのはずっと男性優位の男社会であり、男の眼差しで女性を対象にして「医療」という名の措置が行われてきたからで、それは現実でも平然と非倫理的な一線を超えていました(そしてそれらは正当化されてきた歴史があります)。

今作では女性の医療労働者が主体となってかつて特権的な男性がやっていたようなことを現代に再現しているのであり、意趣返しになっています。

ただし、その犠牲者はさらなる弱い立場である子どもであり、妊婦のような存在になってしまうのですが…。

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生殖嫌悪を解剖する

『バース/リバース』は妊婦の当事者が経験する恐怖というものが髄所に散りばめられていたのも印象的でした。

あの冒頭のシーンも背景はわからずとも相当に嫌な感触を与える場面です。施術する医者は「赤ちゃんは守ります」と語りかけてくるものの、朧げな“母体”の女性は「私の命は?」と呟くも医者の耳には入らない…。帝王切開で取り出された赤ちゃんに心肺蘇生が施される一方で、女性は発作を起こし…。

これの背景がわかるのは後半になってからで、エミリー・パーカーという名の女性の顛末が裏側まで明かされます。その瞬間の何とも言えないゾっとする怖さですよね。

“メアリー・シェリー”もたくさんの子どもを産みましたが、ほとんど不幸な死を体験していますし、そことも重なります。

病院でも妊婦の不安な心理がずっと描かれます。そもそも自身が医療の対象になってしまうことの怖さ、または自分に別の命が宿ることのある種の不気味さといいますか…。世間はそれを「母になる生命の神秘」だとか小綺麗な言葉で表現したがりますけど、でも冷静に考えると怖くない?っていう…。だって、ねぇ? それって寄生されている状態とそんなに変わらなくない?とも思えるし…。

『バース/リバース』には一種の性嫌悪、生殖嫌悪、妊娠嫌悪といった感情が根底にある気がします。「自分が妊娠し、出産すること」を想像するだけでも気持ち悪い…。その具現化です。その感情は世間は「女として抱いてはいけないもの」とみなしますが、でもその嫌悪感は別に当然ではないのか。

ローズは明らかに個人的にはそういう嫌悪感を内包しているキャラクターにみえます。しかし、ここで異彩を放っているのは、それにもかかわらず、ローズは生殖のメカニズムには科学的好奇心、というか執着心すら抱いていること

作中でローズはわざわざ自身の身体を実験台にして胎児胚を毎度生み出し、その胎児組織から血清を作っています。一般的に女性的とされる身体の性的役割を拒絶しながら、自身の身体を積極的に自己利用することに躊躇はありません。通常の妊娠はまっぴらごめんだけど、生命の創造(死の克服)はしてみたいという複雑な願望です。

この女性の性と身体を分解するような語り口が、ある意味では女性として出生したノンバイナリーの視点を通した、アイデンティティの解剖のようで奇妙です。

同時にこれは現代医療が今まさに向かっている未来でもあるんですよね。生殖医療は女性の妊娠・出産という半ば社会的に義務化されてしまっていた性的役割を解体し、自ら選択し、ときに生殖を自分の身体以外でも行えるようにするという選択肢すら与えようとしているのですから(まだその実現には少し遠いけど)。

『バース/リバース』の「おかえり」エンドは単純に捉えると倫理を振り切った恐怖のラストに思えますが、考えようによってはそれは新しい未来のステージ。そこで救われるのは誰で、犠牲になるのは誰なのか…。

本作はそういう別の世界のリバース(再誕)を目撃させてくれる映画でもあったのでした。

『バース/リバース』
シネマンドレイクの個人的評価
7.0
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)

作品ポスター・画像 (C)Shudder バースリバース

以上、『バース/リバース』の感想でした。

Birth/Rebirth (2023) [Japanese Review] 『バース/リバース』考察・評価レビュー
#医療 #出産