黒電話はそうやって使うものなの!?…映画『ブラック・フォン』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2022年)
日本公開日:2022年7月1日
監督:スコット・デリクソン
イジメ描写 児童虐待描写
ブラック・フォン
ぶらっくふぉん
『ブラック・フォン』あらすじ
『ブラック・フォン』感想(ネタバレなし)
黒電話の使い方を知ってる?
「黒電話」と言ってパっと理解できる人は今はどれくらいいるのかな?
若い人の中にはわからない人もいますよね。固定電話すら使われなくなりつつあるのですから、黒電話なんてもっと論外ですし、もはや化石かも…。こうなってくると、電話番号を明記するときによく番号数字列の横に併記して使われるあの電話マーク(☎)も何が由来なのか知らないという人も普通にいるんだろうなぁ…。近年はこの電話記号さえも使用しないことにした媒体も新聞などで登場しているというし…。
黒電話というのは固定電話の一種ですが、日本では1952年以降に一般電話加入者に提供された一部の電話機の総称であり、ダイヤルパルス方式の電話機や回転ダイヤル式電話機と言えばコレでした。その名のとおり、全体が真っ黒で、受話器が大きく、なんだか武骨です。でもよく見ると味のあるデザインですよね。
実はこの日本で普及していた黒電話は、アメリカにもともとあった電話機を真似たものだそうで、まあ、要するにパクリです。そのオリジナルの黒電話は“ヘンリー・ドレイファス”という有名な工業デザイナーが考案したものだとか。
ともかく今は黒電話は昔の時代を象徴するアイテムとしてしかみなされないでしょう。
今回紹介する映画はその黒電話がキーアイテムとなる作品。それが本作『ブラック・フォン』です。
原題は「The Black Phone」。もちろんオーソドックスな黒電話のことです。今の時代の感覚だと、なんか新しいスマホの製品名に思えなくもないけど…。
『ブラック・フォン』のジャンルはポスターからも明らかに異様さを放っているとおり、サイコスリラー映画であり、ホラー的な雰囲気さえあります。舞台は1978年。とある閑静な住宅地域で子どもの誘拐事件が多発し、主人公である子も誘拐されてしまう…という物語。その恐怖といかに立ち向かっていくか…という子ども視点のストーリーですが、暴力的な描写も多いので緊迫感があります。ハリウッドはこういうジャンルにおいては子どもを残酷に殺すことに何の躊躇いもないですからね…。
そこに黒電話がどう活かされていくのかは見てのお楽しみ。「え?」ってなると思う…。
本作には原作があって、あのアメリカのホラー小説界の王である“スティーヴン・キング”の息子である“ジョー・ヒル”が2004年に書いた短編が土台になっています。“ジョー・ヒル”の作品もドラマ『ロック&キー』など近年はどんどん映像化されていますね。当初は著名すぎる父の影響を気にして名前を“ジョー・ヒル”として完全に関係性を隠して活動していましたが、ちゃんと“ジョー・ヒル”には彼なりの個性や才能がありますよね。まあ、といっても私もあんまり読んでないんですが…。この『ブラック・フォン』の原作短編も未読ですけど、たぶんかなり脚色はされているんでしょう。
その映画化を監督として引っ張ったのが、“ジョー・ヒル”と同じ50代の年齢である“スコット・デリクソン”。『ヘルレイザー ゲート・オブ・インフェルノ』(2000年)、『エミリー・ローズ』(2005年)、『フッテージ』(2012年)、『NY心霊捜査官』(2014年)と、監督と脚本を兼任することが多い、ホラー映画界のリードランナーのひとりです。2016年には『ドクター・ストレンジ』を手がけ、大作監督として大成功を収めました。
その続編である『ドクター・ストレンジ マルチバース・オブ・マッドネス』は降板してしまったのですが、本人的にはミニマムな映画を撮りたかったようで、そこで手がけたのが『ブラック・フォン』。
映画のスケールは本当に小さくなっていて、“スコット・デリクソン”監督作のフィルモグラフィーの中でも最小クラスです。なにせほとんど地下室で展開されますからね。
それでも“スコット・デリクソン”監督らしい現実と狂気の狭間に翻弄される感じが全編に漂っており、独特の鋭さがあります。
製作はおなじみ「ブラムハウス・プロダクションズ」です。
俳優陣は、恐怖を振りまく誘拐者をあの“イーサン・ホーク”が怪演します。“スコット・デリクソン”監督とは『フッテージ』で手を組んだことがありましたが、あのときは作家の役で恐怖に立ち向かう側の人間だったので、今回は真逆。今の“イーサン・ホーク”は悪人の方が光るのかも…。
主人公である子どもを演じるのは、ドラマ『フォー・オール・マンカインド』にもちょこっと出ていた“メイソン・テムズ”。その主人公の妹という重要キャラクターを演じるのは、『アントマン&ワスプ』で子ども時代のホープを演じていた“マデリーン・マックグロウ”。
恐怖をばらまく“イーサン・ホーク”が観たいなら『ブラック・フォン』をぜひ。暗い映画館だと雰囲気はさらにあがりますよ。
ネタバレが一切嫌な人は新鮮な鑑賞体験のためにも予告動画も観ない方がいいです。
『ブラック・フォン』を観る前のQ&A
A:残酷描写よりも、子どもを狙った犯罪なので、そのあたりの描写が苦手な人は注意。子どもへの虐待描写もあります。
オススメ度のチェック
ひとり | :ホラー映画好きなら |
友人 | :俳優ファン同士で |
恋人 | :ロマンス要素はほぼ無い |
キッズ | :やや暴力描写あり |
『ブラック・フォン』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):黒電話が鳴り響く
1978年。アメリカのコロラド州のデンバー北部。小さなグラウンドで少年野球の試合が行われていました。ピッチャーのフィニーはボールを精一杯投げますが、ブルースという子にあっけなくホームランを打たれてしまい、負けが確定してガッカリ。密かに憧れる女の子に良いところを見せられるチャンスも台無しです。
ブルースは勝利の余韻に浸って意気揚々と自転車で住宅街を駆け抜けていましたが、そこに黒いバンが…。
フィニーは家で食事をします。目の前にいるのは髭面の父。妹のグウェンがうっかり音を出してしまい、ビクっとしながら謝ります。
フィニーとグウェンの兄妹は一緒に投稿。行方不明のチラシをいくつも見かけます。最近は連続児童誘拐事件が起きていたのです。そのチラシにはあのブルースの写真もあり、あの子まで被害に遭ったことを知ります。
学校では喧嘩が起きていました。周りが盛り上がっている中、血塗れになっても殴り続けるバンダナの少年。フィニーら兄妹はその場を去ります。
授業が終わるとフィニーはトイレに急ぎ足で駆け込み、個室にこもります。そこに少年3人がやってきて、毎度ながらイジメてきます。すると先ほど喧嘩で殴りまくっていたバンダナの子がやってきて、3人はすごすご退散。フィニーは「ありがとう」とお礼を言います。その子はロビンという名でした。
その頃、グウェンは先生に呼ばれ、そこには刑事の2人もいて、聞き取りをされます。実はグウェンは予知夢を見ることができて、最近相次いでいる誘拐事件の手がかりにならないかと刑事も藁をもすがる思いでした。しかし、「グラバー(The Grabber)」と呼称される犯人の情報は乏しいまま。
フィニーは夜にふいに目を覚まします。絶叫が聞こえる…。父が妹をベルトで叩いていました。泣き叫ぶ妹。フィニーは立ち尽くすだけ…。
そうこうしているうちにまた事件。今度はロビンが行方不明です。一斉捜索が夜中に実施されるも痕跡は無し。
ロビンが消えたことで、フィニーはイジメっ子たちに殴られるようになり、そこに妹が助けに入るも顔を蹴られ、耐えるしかありません。
フィニーは凹みながらひとり帰っていました。そのとき、黒いバンが目の前に止まります。降りてきた男は盛大に荷物を地面に落とします。口の軽いこの男はマジシャンだそうです。ちょっと関心を持ったフィニーでしたが、一瞬の隙をつかれてバンに押し込められ、誘拐されます。
目が覚めると不気味な仮面の男がおり、ここは暗い部屋でした。トイレはあるし、自由には動けるものの、周りに音は聞こえない地下室です。
黒電話だけがぽつんとありましたが、線は切れており、使い物になりません。
ひとりで何もできずにいると、急に黒電話が鳴りだします。びっくりしながらも受話器をとるフィニー。
「もしもし」…そこから聞こえてきたものとは…。
イーサン・ホーク、怖すぎます
『ブラック・フォン』はやはり“イーサン・ホーク”に始まり、“イーサン・ホーク”に終わる、彼の怪演ショーです。
ビジュアルからして禍々しく、私は映画を観る前は「こんな見た目の奴が急に町に出没したら誰も彼もみんな警戒しないか?」と思ったのですけど、ちゃんと誘拐する時点ではわりと普通の雰囲気でした。ここでいかにも無害そうなマジシャンのおじさんを隙だらけで装う“イーサン・ホーク”の技ですよ。この俳優、誘拐犯になれちゃうよ…(誤解を与える文章)。
でも“イーサン・ホーク”は最近もドラマ『ムーンナイト』で悪なのか善なのかあやふやな佇まいで視聴者を翻弄していましたし、この手の役柄は完全に得意分野です。
『魂のゆくえ』とか『テスラ エジソンが恐れた天才』でも狂気を感じる役柄でしたし、そもそもハマらないわけがないんですけどね。
もうこんなの見ちゃったら今さら『6才のボクが、大人になるまで。』とか信用できないな…。あの映画が誘拐犯の話だったら根底が変わっちゃうけど…(超恐ろしい話になる…)。
『ブラック・フォン』のあの児童誘拐殺人犯グラバーの見た目は、『真夜中のロンドン』という1927年のサイレント映画にでてくる“ロン・チェイニー”演じる恐怖の人物に似ています。「千の顔を持つ男」と称された三大怪奇スターのひとりである“ロン・チェイニー”と並ぶほどに、今回の“イーサン・ホーク”は異様に怖かったのは間違いありません。
上半身半裸で座って待ち構えているときの「え?何をしたいの、こいつ!?」っていう不気味さとか、終盤の「そいつはこんな場所で躊躇いもなく殺せちゃうのか」という大胆さとか、行動も全く読めないのがなおさら恐ろしい…。
こんな怖い奴を子どものときに目撃していたら、私だったら一生のトラウマになって、絶対にひとりで夜に行動できなくなると思う…。
こういうホラーのジャンルではどういう造形の悪役を創造できるかで作品のインパクトが8割くらいは決まってしまうと思うので、今作の“イーサン・ホーク”は見事でした。
黒電話は武器です
『ブラック・フォン』はものすごくミニマムな物語で、『IT イット “それ”が見えたら、終わり。』みたいな複数の子どもたちがでてきて恐怖に立ち向かうわけではありません。
主人公は内気で行動力がない少年のフィニー。そんな子が憧れてしまうような“強い子”でも到底敵わない恐怖の大人。それに対してフィニーは立ち向かう勇気を獲得するというのが本作の最終的な着地。
黒電話はその過去の被害者とのコミュニケーション、というか無念の思いを託すツールになっています。電話を介して超常現象的に繋がっていく展開は『ザ・コール』を思い出したりもするけど。
フィニーが現代の子だったら黒電話の使い方もわからないでしょうが、幸いにもこの時代の子ならわかる。でもそれ以前にこの地下室にある黒電話は断線していて使えない。なのに不審電話並みに何度もかかってくる黒電話。着信拒否はもちろんできない。深層心理を揺るがす不確かな状況の中で、フィニーは脱出の策を練っていきます。
窓の格子にコードをひっかけて登っていくとかはまだ想定の範囲内なのですが、紆余曲折あって最終的に辿り着く答えが「黒電話を武器にして殴る」になるとは思わなかった…。だって、黒電話がキーアイテムの映画で「物理で殴る」ことが最適解になるだなんて普通は考えないよ…。
最後は気迫のファイティングで仮面男をノックダウン。黒電話は丈夫だった…。
『ブラック・フォン』の全体としてはもう少しあの妹パートのサスペンスと噛み合っていく展開があって、観客にも監禁場所探しの予測ごっこが楽しめると良かったなと思いました。めっちゃ口汚い妹のキャラクター性は面白いのですけどね。
あとは犬ね。今作の犬は「アホ犬」ではなく「怖い犬」でホラー映画に寄与していましたが、犬ももっと活用してほしかったかな。
物語の流れとしては、ひ弱な少年が「男になる」という構造があり、そこはちょっと今の時代では安易に称賛していいものなのかと思いますし、父親からの虐待を受けている家庭を描くとしても、今作のラストのあのとりあえずの反省モードは甘すぎる気もするので、個人的にはもっとエグくてもいいのですが…。
『ブラック・フォン』を見ながら「殴るアイテム」になった黒電話の消えゆく姿に思いを馳せるのでした。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 85% Audience 90%
IMDb
7.4 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)2021 UNIVERSAL STUDIOS. All Rights Reserved.
以上、『ブラック・フォン』の感想でした。
The Black Phone (2022) [Japanese Review] 『ブラック・フォン』考察・評価レビュー