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『フェアウェル The Farewell』感想(ネタバレ)…おばあちゃんに会いたくなる

フェアウェル

おばあちゃんに会いたくなる…映画『フェアウェル』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:The Farewell
製作国:アメリカ(2019年)
日本公開日:2020年10月2日
監督:ルル・ワン

フェアウェル

ふぇあうぇる
フェアウェル

『フェアウェル』あらすじ

ニューヨークで将来の展望が見えずに暮らすビリーは、中国にいる大好きな祖母が末期がんで余命数週間と知らされる。この事態に、アメリカや日本など暮らしていた家族が帰郷し、親戚一同が久しぶりに顔をそろえる。アメリカ育ちのビリーは、大好きなおばあちゃんが残り少ない人生を後悔なく過ごせるよう、病状を本人に打ち明けるべきだと主張するが…。

『フェアウェル』感想(ネタバレなし)

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中国系家族を描くアメリカ映画の傑作を更新

2020年、テニスの全米オープンを制覇してその才能を世界に見せつけた「大坂なおみ」選手は、ただのスポーツ選手というだけでなく、BLMへの確固たる姿勢が称賛され、もはやヒーローとして時の人になりました。

ところが日本での扱いはなんだかチグハグというか、微妙に外れた反応も散見されます。その理由は残念ながらの彼女の出自にあるようです。現時点では日本国籍を持ちながらもアメリカで生活する大坂なおみ選手。父はハイチ系アメリカ人で、母は日本人。そんな彼女を日本社会はどこかよそよそしく評価します。まるで彼女が「日本人なのか、そうでないのか」決めあぐねているような…。

日本社会が考える「日本人」ではなく、「外国人」とみなしてくる。一方のアメリカ社会が考える「アメリカ人」でもなく、こちらも「外国人」と見なしてくる。じゃあ一体自分の居場所はどこ…?

これぞまさに世界に点在するアジア系移民が現在進行形で直面している待遇そのものです。ルーツのある母国と共鳴できないモヤモヤ。母国を愛している。暮らす国も愛している。でもなぜかありのままの自分を受け入れてくれない。私は移民ではないのでその葛藤を実感したことはないのですが、大坂なおみ選手の一件を見つめているとその問題は想像以上に身近に、そして当事者意識を持って向き合わないといけないんだなと思います。

昨今の映画界(ハリウッド)はアジア系の活躍が際立つという話はたくさんしてきましたが、単にアジア系俳優が出演しているという表面的な話ではとどまりません。つまり、アジア系移民の経験する身近な話題を映画で描くようになったということが何よりも大事です。それこそさっきから言っているアジア系移民としての“居所のぐらつき”がよくクローズアップされます。そしてそれは世代間のギャップとして多層的に描かれるのも定番です。

『クレイジー・リッチ!』も、『タイガーテール ある家族の記憶』も、『幸福路のチー』も、ジャンルは多少違えど、ざっくりまとめてしまえばそういう映画の類でした。

そしてここにまたひとつ大きな傑作が加わることに。それが本作『フェアウェル』です。

本作はアメリカ映画ですが、白人はほぼ登場せず、主に中国系の家族の物語になっています。主人公であるアジア系アメリカン人の若い女性を主軸に、中国で暮らす祖母を取りまく家族模様が描かれていくのがだいたいの作品の概要です。

物語のタッチとしては是枝裕和監督の家族ドラマに非常に近いものがあります。『歩いても 歩いても』や『海よりもまだ深く』をなんだか思い出しますね。中国系アメリカ人を描く家族映画の歴史を辿れば、1993年の『ジョイ・ラック・クラブ』はやはり大元になってきますが、この『フェアウェル』はその作品数の乏しい歴史に大きな足跡をつけるものになったのではないでしょうか。

とにかくこの『フェアウェル』は批評家から絶賛されており、数多くの映画賞を受賞もしくはノミネートされていきました。『ジョイ・ラック・クラブ』のときはここまで盛り上がらなかったので、この20~30年で世界がアジア系に目を向けてくれるようになっているのがよくわかります。2018年は日本の家族を描く『万引き家族』がフィーバーし、2019年は韓国の家族を描く『パラサイト 半地下の家族』、そして中国の家族を描く本作『フェアウェル』が称賛を浴びているわけで、ここ直近のアジア系家族映画の怒涛の勢いは目を見張るものがありますね。今後はこれらの三強を土台にアジア系映画のクオリティ競争も激しさを増すのかなと思います。

『フェアウェル』の監督は“ルル・ワン”という中国系アメリカ人で、2014年に『Posthumous』という作品で長編監督デビューし、本作が2作目。「Variety」誌の「2019年に注目すべき監督10人」のひとりに選ばれ、一気に飛躍した人物になりました。『フェアウェル』は“ルル・ワン”監督の実体験を元にしており、とてもパーソナルな想いが充満しています。このへんもアジア系映画あるあるですね。

そして主演は『オーシャンズ8』『クレイジー・リッチ!』『ジュマンジ ネクスト・レベル』などで勢いに乗るアジア系アメリカ人の“オークワフィナ”。彼女は今作でゴールデングローブ賞の主演女優賞(ミュージカル・コメディ部門)を受賞し、キャリアを完全にステージアップさせました。これは本当に凄いことで、本作での演技も惚れ惚れするぐらいの素晴らしさなのですけど、そのへんの話は後半の感想で…。

共演は、『タイガーテール ある家族の記憶』や実写版『ムーラン』でも活躍する“ツィ・マー”です。なんかすっかり「お父さん」ポジションが定着している気がする。『メッセージ』もなんだかんだでそういう役柄でしたしね。

他にも中国でも知名度が高い“ダイアナ・リン”“チャオ・シュウチェン”などが揃っており、地味ながら上質な演技合戦が展開されています。また、中国を拠点に活躍する日本人女優“水原碧衣”も印象的に登場しているのでそこも注目です。

アメリカでの配給はご存知、名作を嗅ぎ分ける能力が高い「A24」。まあ、今作の場合は争奪戦が激しかったみたいですが…。

中国の家族観がテーマですが、そこは日本ともとても親和性のあるもので、共感する部分も多いはず。観ればきっと自分の家族を思い出してしまうと思います。

オススメ度のチェック

ひとり ◎(見逃せない今年の傑作)
友人 ◯(家族トークできる友達と)
恋人 ◎(家族について考えたくなる)
キッズ ◯(大人のドラマではあるけど)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『フェアウェル』感想(ネタバレあり)

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「優しい嘘」は正しいのか

ニューヨークに暮らす中国系アメリカ人のビリーは、街中を歩きながら電話をしています。相手は中国の長春市で生活している祖母(ナイナイ)です。ビリーは遠く離れた地にいるナイナイを好いていました。他愛もない会話はしばらく続き、ビリーは電話を切ります。

一方、孫との電話を終えたナイナイは施設の椅子に座っていました。そこは病院で、診察の結果待ちだったようです。代わりに診断を聞いた妹のリトル・ナイナイは「健康だったよ」と何事もなく語りかけました。

ビリーは夜、家族と食事をします。父・ハイヤン、母・ルーともに席についていますが、会話は少なげ。やっぱりビリーにとって心置きなく話せる相手はナイナイだけです。自分のアパートに帰宅するとビリーはまたもナイナイに電話をかけます。ナイナイは同居しているミスター・リーが通り過ぎながらお茶をこぼしたことに文句タラタラで、指示して拭かせていました。それでも他人と暮らすのはなぜなのか。ビリーは疑問を口にすると「生きている人が側に居た方が寂しくない」とナイナイは淡々と答えます。今は孤独の中にいるビリーにとってその言葉は響きます。

ビリーの将来は先行き不安です。自分が応募したグッゲンハイム・フェロー(映画監督とか作家を対象にした助成)の不合格通知に目を通すビリーはひとり落胆します。前月の家賃すらも払えない状態で、このままでアパートを追い出されかねません。

しょうがないので実家で洗濯をしているのですが、親からの目線は厳しいです。

ある日、母からビリーの従兄・ハオハオが結婚するので中国へ行くと短く説明を受けます。しかもなぜかビリーは行く必要がないとあからさまに拒絶されます。そんなに体裁の悪い婚姻なのか?と思いましたが、父のあまりにも沈んだ姿にすぐにビリーはただならぬものを感じました。

そしてビリーは聞かされます。ナイナイが末期癌を患っていることを。そのうえ余命3か月だということも。そのことは本人であるナイナイには伝えられておらず、周囲の家族だけが知っているようです。従兄・ハオハオの結婚式で家族全員が一致団結し、この重大な局面を乗り越え、ナイナイと最後の対面を密かに果たそう…そういう狙いがありました。

ビリーがその大切な家族のイベントに除外されたのは、どうせ顔に出てバレてしまうからという理由。実際にビリーはそれを聞いて、ちゃんとナイナイに知らせるべきだと主張しますが、それが中国の伝統だからと両親は頑なに受け入れません。

翌日、さっそく早朝に両親は中国へ向かってしまい、問答無用で残されたビリーはナイナイのことが頭から離れず、街でも心ここにあらず。

じっとしていられないので意を決して単身で中国にやってきてしまいました。祖母のマンションへ着くと、いるはずのないビリーを目にして両親含む親族全員が驚愕で固まります。

当のナイナイはすっかり大喜び。意気揚々と話しかけまくってきますが、ビリーは緊張した面持ち。それを固唾を飲んで見守る親族一同。自分の感情をなんとか飲み込んだビリーは「会いたかったよ、おばあちゃん」と言って、「ここまで泳いできたんだよ」と冗談を飛ばして周囲をひとまず安堵させます。

ハオハオは日本人のアイコと結婚することになっており、ナイナイは式をしっかりやらないとダメだとひとり張り切っています。

翌朝、太極の動きをするナイナイに付き合うビリー。

「ハッ!ホッ!」と威勢よく声を上げて手を前に突き出す動作は、体から毒素を追い出すらしいです。ビリーも真似ろと言われて見よう見まねでやってみますが、「真面目にやりなさい」と言われてしまいました。そして、アメリカに帰ってもちゃんと実践するように、愛する孫娘に言い聞かせるのでした。

ナイナイだけが知らない秘密をみんなで共有するという、気まずい空気が流れる中、結婚式の日は近づきます。

ビリーの葛藤はどんどん膨らんでいき…。

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東洋と西洋の違い

『フェアウェル』は作中でも言及されたように東洋と西洋の価値観の違いが強く対比される構成になっています。その主題になっているのは「祖母の余命を本人に教えてあげるか、否か」です。

私事ですが、私の家族もこの余命問題に直面したことがあり、本作の葛藤もかなり自分事として思い出すように共感できました。余命というのはなかなかに厄介なもので、最終的には家族に扱いが任されるものですけど、でもマニュアルがあるわけではない。非常に嫌な存在です。余命を告知する側もされる側も良い気分になりません。だから困り果てます。家族の間に気まずい空気も流れます。ほんと、不謹慎な話ですが、余命なしでいきなり亡くなる方が幸せなのではないか…そう思ったことも実体験としてありました。

ただ、本作の場合、そのただでさえ扱いが高難度な余命問題に「東洋・西洋」の価値観対立が生じるので厄介です。

中国ではこの余命問題について当人に伝えないという方針でどうやら一貫しているようです。恐怖を与えないようにするというのも、まあ、わからない話ではありません。

しかし、中国の場合はそこには個人よりもコミュニティを絶対視する土台があり、それはこの余命の告知にも影響しています。個人の権利よりもコミュニティの平穏を優先するんですね。

中国は圧倒的に年功序列で、家長を重視します。本作の「ナイナイ」はそもそも名前ではなく父方の祖母を表す言葉なのだそうです。本来の家長であった祖父が亡くなり、自然にそのポジションは祖母に移ります。作中でもあらゆる家族のメンバーが祖母の言いなりになっている姿がときにユーモラスに描かれていました。

こういう中国の家族観は西欧から見れば異色でしょうけど、日本や韓国から見ても中国は特別に極端に見えますよね。

とにかくアメリカ的な価値観はその真逆で、個人を絶対的に重視します。余命を知るのも個人の権利です。たとえ家族であろうとも他人がとやかく制限できるものではありません。

このコミュニティを最優先にする中国と、個人を最優先にするアメリカの対比。最近もドキュメンタリー『アメリカン・ファクトリー』で垣間見た光景とそっくり同じです。あちらは企業の中での話題でしたが、水と油という感じがよく伝わるものでした。

『フェアウェル』はアメリカ映画ですが決して「中国的価値観が古い、アメリカ的価値観が正しい」と偉そうに主張する作品ではありません。例えば、ビリーは序盤でフェローシップに落選しているのですが、このことからもアジア系に対する容赦のない偏見が根底にある見せかけの相互共助という、アメリカの欺瞞が伝わってきます。それに対して中国にはそういう差別はなく、自分でも素直に助けてくれる人がいる。中国的なコミュニティ優先も機能すれば救われる人もいるということ。

結局、本作は東洋・西洋の価値観に勝手気ままにレッテルを張るのではなく、その中間で揺れる在り様をそのまま描いていました。その中に理想があるんじゃないかと信じて…。

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コミカルさの中にある未来への展望

『フェアウェル』は全体的にはシリアスなのですが、ところどころのコミカルさが物語を和ませてくれて、ここも良い部分です。

とくにナイナイのやりたい放題っぷりは痛快です。やたらと結婚式の料理でカニではなくロブスターを出せとこだわったり、結婚するハオハオとアイコを強引に密着させて写真を撮ろうとしたり、凄いパワープレイを連発します。

下手すれば保守的な考えを押し付ける家長として、嫌な存在になりかねないのですけど、なんとなく許せる隙があるんですね。これはやっぱり女性の家長だから、ジェンダー的な支配構造がないからなのか。

ジェンダーと言えば、結婚式のシーンでハオハオは家族にいじられまくってもうヘトヘトになっていくという無邪気な場面があります。あそこはギャグとしても面白いですけど、同時に家父長的な構造へのくすぐりとも受け取れるのではないでしょうか。ハオハオは一応は将来的には家父長になる存在ですが、少なくともあの時点の扱われっぷりを見るとそんな人間になる未来は見えない。この保守的な家族観もきっと未来には変わっていくのではないか…そんな“ルル・ワン”監督の展望があそこでは薄っすらと見えた気がします。

それにしてもああいうお祝い事での中国の独特のハジケっぷりは面白いですよね。『アメリカン・ファクトリー』でも印象的でしたけど、中国って真面目に見えてふざけるときは「子どもか!」とツッコみたくなるほどにふざけるんだなぁ…。

また、中国系の家族を描くと言っても、そこには中国語を全然喋れない日本人の妻がいたりするし(あの間が悪そうに混ざっている感じがリアル)、西洋価値観をどこまで受け入れるかでも中国人同士でも異なってきたり、とても多様な中国家族の姿がそこにありました。

その中で主人公のビリーを演じた“オークワフィナ”。彼女が抜群に良かったです。“オークワフィナ”ってそもそもコメディ寄りの演技をしたきたわけで、それなのに本作ではコメディを完全封印しています。実は彼女は4歳で母親を亡くし中国人の祖母に育てられたそうで「おばあちゃんっ子」というキャラクター性が重なるんですね。キャスティングの際も監督から「オークワフィナではなくノラとして仕事してほしい」(本名はノラ・ラム)と言われたそうで、本作への想い入れも相当だったはずです。

作中では常にどこか体を曲げつつ、不安げな表情といい、いかにも居場所のなさそうにしている感じ。まさしく誇れるものを見失っているアジア系アメリカ人のあられもない姿そのまんまみたい。彼女にはとくに色恋も何もないのがまたいいですね。

そんなビリーが最後にエンディングで祖母から習った太極で「ハッ!」と大声を出す。ここもコミカルにできそうなものをあえてインパクト重視でやる。そこに恥も外聞も捨てた覚悟があって良い切れ味でした。

そしてラストに元気に「ハッ!ホッ!」としているナイナイの本人映像が流れるというオマケがまたズルい。

全然根拠も何もないのに元気がもらえる、気合いを注入される映画でしたね。

『フェアウェル』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 98% Audience 87%
IMDb
7.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★
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関連作品紹介

アジア系アメリカ人を題材にしたアメリカ映画の感想記事の一覧です。

・『クレイジー・リッチ!』

・『タイガーテール ある家族の記憶』

・『ハーフ・オブ・イット 面白いのはこれから』

作品ポスター・画像 (C)2019 BIG BEACH, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

以上、『フェアウェル』の感想でした。

The Farewell (2019) [Japanese Review] 『フェアウェル』考察・評価レビュー