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ドラマ『フォー・オール・マンカインド』感想(ネタバレ)…科学は全人類のためにあるはずだけど

フォー・オール・マンカインド

もし月に最初に降り立ったのがソ連だったとしたら…「Apple TV+」ドラマシリーズ『フォー・オール・マンカインド』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:For All Mankind
製作国:アメリカ(2019年~)
シーズン1:2019年にApple TV+で配信
シーズン2:2021年にApple TV+で配信
シーズン3:2022年にApple TV+で配信
シーズン4:2023年にApple TV+で配信
原案:ロナルド・D・ムーア
セクハラ描写 自死・自傷描写 LGBTQ差別描写 人種差別描写 性描写 恋愛描写

フォー・オール・マンカインド

ふぉーおーるまんかいんど
フォー・オール・マンカインド

『フォー・オール・マンカインド』あらすじ

1960年代、アメリカとソ連は激しい宇宙開発競争の最中にいた。そしてついに月に降り立つ。ゆっくりと宇宙飛行士が無音の月の大地に足をつける。その光景は全世界が固唾を飲んで見守っていた。その全人類にとっての大きな一歩を成し遂げたのは、ソ連だった。アメリカは面目丸つぶれとなり、宇宙開発をリスク覚悟で急がせる。それはいつまで続くかわからない宇宙開発競争の延長戦を意味することに…。

『フォー・オール・マンカインド』感想(ネタバレなし)

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新しさと古さが同居する歴史改変SFの傑作

2021年6月3日、開催が7月に迫る東京オリンピックをめぐり、日本政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長が「パンデミックの所でやるのは普通ではない」と発言しました。再三の指摘や助言にもかかわらずいまだにコロナ禍への対応に問題が山積している行政の現状を見続けている専門家として当然の発言だったと思いますし、多くの国民もそう思っていたでしょう。

しかし、それに対して与党からは「ちょっと言葉が過ぎる。それを決める立場にない」と専門家の発言を戒める反応が見られる始末です。まるで政府にとって都合の悪い発言をする専門家などお呼びではないような…。これが初めてではありません、ずっとそうでした。専門家の意見を聞くと言いつつも、専門家を軽視する。その結果が波が起きるたびに酷くなる今の日本のコロナ被害に表れています。

こうした「科学」が権力者に好き勝手に利用され、翻弄されるという状況は、歴史的に世界各地で起きてきました。ハッキリ言えばそれは科学にとっての最大の難題であり、天敵です。科学を前進させるのは人間ですが、科学を妨害するのも人間。科学が良い結果をもたらすか、悪い結果をもたらすか、それを左右するのも人間。そのことは科学に従事する人は嫌でもよくわかっています。

科学は本来は全人類のためにあります。そこには国境も宗教も人種も性別もありません。みんな等しく科学の恩恵を受けるべきで、科学は平等と多様性を肯定するものではなくてはいけません。それが科学者の大前提としての使命です。

でもそのとおりにならない。そんな現実をこのコロナ禍ではまたもや直視させられたわけですが、その心情だからなのか、このドラマシリーズはとくに心に刺さりました。それが本作『フォー・オール・マンカインド』です。

本作は宇宙開発を題材にしているのですが、その出だしは「もし最初に月に降り立ったのがアメリカではなくソ連だったら…?」という「if」であり、いわゆる歴史改変SFです。本来はアメリカが初めて月に降り立ち、それで宇宙開発競争は下火になり、以降は宇宙ステーションを地球の衛星軌道上に作ってスペースシャトルで運ぶというコンパクトな事業に縮小されました。

それは『アポロ11 完全版』『マーズ・ジェネレーション』でも映し出されていましたが、宇宙に夢を捧げる科学者や技術者にとってはかなり悔しい顛末でした。本当は月の次は火星へ行って、さらに遠い宇宙へ…というようにどんどん発展させるつもりだったのですから。敵国との競争という価値が薄れたら権力者たちは科学をポイっと捨てたも同じ。科学への情熱も使い捨ての道具なのか…と。

そんな苦渋を飲まされた科学愛を持つ者にとってはこの『フォー・オール・マンカインド』は一種の妄想していた夢の世界です。宇宙開発がまだ続くなんて!…と。あんなこともこんなこともできる!

しかし、そう思いどおりにいかない。この『フォー・オール・マンカインド』では延長された宇宙開発競争が米ソ対立をさらに過激化させ、それはあり得ないほどの緊張感を生んでいく…そんな浮かれてはいられない「if」を描いています。SFであり、ポリティカル・サスペンスであり、スパイスリラーでもありますね。政治以外でもさまざまな歴史の変化が起きる。まさにバタフライ効果です。

設定は古きSFという感じなのですが、そこにはフェミニズムやクィアなどの視点も加わり、新しさと古さが同居する歴史改変SFの傑作だと私は思います。

『フォー・オール・マンカインド』を生み出したのはあの“ロナルド・D・ムーア”です。『新スタートレック』以降、『スタートレック:ディープ・スペース・ナイン』『スタートレック:ヴォイジャー』、さらに『GALACTICA ギャラクティカ』などに参加。SFファンにとっては信頼抜群のひとりですね。

俳優陣は、『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』にも出演のスウェーデン人の“ヨエル・キナマン”『透明人間』“マイケル・ドーマン”、ドラマ『アウトキャスト』“レン・シュミット”、ドラマ『ALCATRAZ アルカトラズ』“サラ・ジョーンズ”、ドラマ『ザ・ボーイズ』“シャンテル・ヴァンサンテン”、ドラマ『LOST』“ソーニャ・ヴァルゲル”、ドラマ『SUPERGIRL/スーパーガール』“クリス・マーシャル”、ドラマ『The Enemy Within』“コーラル・ペーニャ”など。

ひとつ注意点があるとすれば、『フォー・オール・マンカインド』は改変された架空の歴史を描いていくことになるので、なるべく観客は史実を理解しておく方がいいということ。そうじゃないとどこが歴史改変なのか把握できずに流してしまいます。後半の感想で多少は説明しますけど、全部はとても解説しきれないほどに要所要所で細かく歴史改変が連鎖的に起こっており、そこも注目ポイントです。実在の人物もたくさん登場し、事実とは違う人生を進んだりしますから。

骨太でとんでもないスケールの、でもどこか現実とシンクロする、SF大作。「Apple TV+」で配信中なのでぜひ鑑賞してみてください。個人的には「Apple TV+」の中ではベスト級です。

オススメ度のチェック

ひとり 5.0:SF好きは絶対に必見
友人 5.0:SFファン同士で話題抜群
恋人 4.0:愛もスリルも満点
キッズ 4.0:やや性描写あるけど
↓ここからネタバレが含まれます↓

『フォー・オール・マンカインド』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(序盤):今度は基地レースだ!

1969年6月26日。世界各地で人々はテレビの映像に釘付けとなっていました。そこに映っていたのは月面に着陸したという宇宙船。月からの生中継です。これは人類にとって世紀の偉業。テレビのアナウンサーは「少し前まで夢物語だと思っていたことが今起きているのです」と実況します。

しかし、テキサス・ヒューストンの人々の顔は一様に暗いです。バーに集まる人も、NASAの管制室で見守る人も…。映像では宇宙飛行士が降りてくるのが見えます。地に足をつけ、カメラの方を向いた宇宙飛行士が喋りました。英語ではない言葉で…。

それは翻訳され、世界に発信されます。話していたのはソ連の宇宙飛行士のアレクセイ・レオーノフ

「この最初の一歩を我が国に我が同士に。マルクス主義的な生き方に捧げます。今日のことは小さな一歩だが誰もが星へ行ける日が来るでしょう」

こうしてソ連は人類初の有人月面着陸にどこよりも早く踏み出したのでした。

その後、アメリカの宇宙開発を手がけるNASAでは、宇宙飛行士室の室長であるディーク・スレイトンのもとに関係者が集まっていました。「アポロ11号は2週間半後に打ち上げだ、12号から20号までの訓練も予定どおりだ。だが今日はキャンセルだ、仕事に戻る前に怒りをぶちまけておけ」…完全にソ連に敗北したアメリカ人として絶望し、怒りを発散するしかできません。宇宙飛行士たちのおなじみのバー「アウトポスト」に集まり、酒を飲み、どんちゃん騒ぎ。「RED MOON」と見出しが載る新聞に瓶を投げつけ…。

一方でニクソン大統領をトップとするアメリカ政府は「早くアメリカ人を月に送り込め」と急かします。「我々の計画はソ連よりも優れています」とNASAの長官は会見するも言葉に説得力はありません。記者からも質問が飛びます。以前にアポロ10号は月の上空13キロまで行ったのだから、それに搭乗していたアメリカ人のエドワード・ボールドウィンが最初の人になることもできたのでは?…と。「燃料が足りず、着陸船も重すぎました」とヴェルナー・フォン・ブラウン博士の判断として片づけるも、誰が見ても後悔が滲んでいます。

その当事者であるエドはアポロ1号の火災のせいでNASAはもうリスクをとらなくなって月レースで負けたと自嘲気味に妻のカレンに話します。エドはキャリアの展望を失っていました。

アポロ応用計画の会議に参加。とにかく次のアポロ11号に全てが懸かっており、失敗という選択肢はありません。

緊張の中、ついに打ち上げ。4日後、ニール・アームストロングバズ・オルドリンの乗るイーグル号が月に近づきます。一時的に交信が途絶え、墜落した可能性も持ち上がり、関係者は祈るしかない状況に。しかし、無事でした。アメリカ人はソ連に遅れて2番手ですが、月に足跡を残せました。

これに勢いづいたNASAは今度は月面基地レースに勝つべく、エドをアポロ計画に戻し、同じく現場を共にしたゴードー・スティーブンスにも声をかけます。

ところがまたしても予想外の事態。ソ連が2度目の月面着陸に成功。その宇宙飛行士は…アナスタシア・ベリコワ…女性でした。

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実在の人物をおさらい

『フォー・オール・マンカインド』には実在の人物がたくさん登場し、史実とは異なる人生を進んだりします。全員ではないですが以下で少しだけ解説します。

まずは作中にて衝撃の月面着陸で1番手となった「アレクセイ・レオーノフ」というソ連の宇宙飛行士。彼は史実では1965年に世界で初めて宇宙遊泳を行った人でしたが、1969年はロケット発射が失敗し、月面には行けませんでした。彼はシーズン2で描かれたアポロ・ソユーズ計画の実際のミッションで参加していました(作中では1980年代に実施ですが、実際は1975年に行われた)。

次に「ニール・アームストロング」「バズ・オルドリン」「マイケル・コリンズ」の3名はすぐにわかりますね。月面着陸したアポロ11号のクルーです。事実ではアポロ計画は17号で打ち止めですが、本作ではその後も続きます。しかし、作中では23号の大爆発事故などもあって、この伝説の3名は現場から退くことに。

作中のこの23号の大爆発で死亡する「ジーン・クランツ」新所長。実際のジーン・クランツはアポロ11号のフライトディレクターであり、今も存命です。本作は史実のレジェンド級の人を本作オリジナルの人物に交代させるため、結構大胆な改変をしますね。

大胆と言えば「ヴェルナー・フォン・ブラウン」も忘れてはいけません。彼はドイツからアメリカに亡命した工学者で、米ソの宇宙開発競争には欠かせない重大な人物。彼なくしてロケット技術は確立できなかったかもしれません。史実では宇宙開発縮小で引退することになるのですが、本作ではナチス党員として奴隷労働に関与したことを追及され、業界から追放されることに。ナチス時代の件は事実のようですが、ハッキリと断罪されるあたりが今っぽいアレンジです。

「ディーク・スレイトン」(本名:ドナルド・ケント・スレイトン)はマーキュリー・セブンのひとり。作中ではアポロ24号の暴走で壮絶な死を迎えますが、史実では1975年のアポロ・ソユーズ計画で初宇宙に。

シーズン2で太陽嵐の直撃を受ける「ウッボ・オッケルズ」も実在の宇宙飛行士(もちろんこんな経験はしていない)。シーズン2のラストでエドに銃を突きつける「サリー・ライド」も実在の宇宙飛行士で、本来の歴史におけるアメリカではじめて宇宙飛行を成し遂げた女性です(作中では思わぬ見せ場を用意してくれたもんです)。このサリーは実は女性と交際関係があり、宇宙飛行士初のクィア当事者と言われています(男性と結婚はしていた。なので作中のエレンの設定はこのサリーを基にしているんでしょうね)。

本作オリジナルの人物でも実在の人をベースにしていることがあります。ゴードー・スティーブンスとその妻のトレイシーは、マーキュリー・セブンの「ゴードン・クーパー」と妻の「トルゥーディー」が基です(妻も実際にパイロットだったそうです)。

作中で女性初として宇宙に飛び立つモリー・コッブは、マーキュリー計画に参加した女性パイロット「ジェリー・コッブ」が基になっています。実際はジェリーは宇宙に行けませんでした。女性が訓練を受けていたのは事実であり、それは『マーキュリー13: 宇宙開発を支えた女性たち』というドキュメンタリーでも整理されています。

また、作中で黒人初の宇宙飛行士に抜擢されたダニエル・プールは、計算手という設定でわかるとおり、『ドリーム』でも描かれた黒人女性の計算手たちがバックグラウンドにあります。

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シリーズ1:うわべだけの女性活躍でも…

どの国であろうと月に降り立つのは全人類の成果。でも国同士の火種になってしまうのが悲しい運命。『フォー・オール・マンカインド』のシーズン1では月面基地レースが勃発する過程を描いていきます。

そこで面白いのが意地の張り合い。ソ連が女性を月に送ったものだから、アメリカも女性を送らないといけない雰囲気に。思わぬ形で女性に未来が開けることになり、前半はフェミニズム要素が強いです。

でもNASAは男社会。第1話でも思いっきりホモ・ソーシャルなノリが映し出され、ソ連に負けて萎えてしまった男たちのみっともなさが描かれていました。なので女性宇宙飛行も渋々認めているだけ。しかも、大統領は美人で金髪でアメリカらしい女性をお望み。そういううわべだけの“女性活躍”なのはじゅうぶんわかっているモリーでしたが、それでも宇宙へのロマンに胸を躍らせる姿は印象的。

結果、4名も一気に女性宇宙飛行士が増え、世界中の科学に憧れる少女たちに夢を与えます。宇宙飛行士だけではありません。マーゴ・ マディソンは女性初の管制官に。女性初のフライト・ディレクター(アイリーン)も誕生します。

アメリカ社会においても世論の熱が高まり、男女平等を謳った合衆国憲法修正案のERAが採決(史実では採決されていません)。

しかし、良いことばかりではないです。ソ連との対立は深刻化し、事故が起きようものなら、ソ連の工作では?と真っ先に疑う始末。共産主義と絡めた同性愛者狩りも横行(俗にいう「ラベンダーの恐怖」)。エレン・ウィルソンとパムがほんとに可哀想…。

そしてついにジェームズタウン基地が完成し、エドとゴードーとダニエルが滞在するも、ゴードーの精神崩壊もあって(「ボブ・ニューハート・ショー」大活躍)、エドのみに。そのエドはかつては朝鮮戦争でソ連と戦ったこともあって、ソ連への敵意は根深いです。もともと本人は典型的な家父長的男性像であり、それは本作においてずっと危なっかしい要素になっています。

やがてソ連宇宙飛行士・イワンを独断で拘束することに。このソ連宇宙飛行士との邂逅が地球外生命体との遭遇のように描かれるのが印象的でした。

でも最後は科学の奇跡を見せてくれる。この最終話の緊迫と感動がまさにこの『フォー・オール・マンカインド』の一番の魅力ですね。

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シリーズ2:領土奪い合いの末に

『フォー・オール・マンカインド』のシーズン2は、第1話で月からの日の出というワクワクな光景を見せて科学へのロマンを高めたところで、宇宙の暴力性を見せつけるというなんとも悪趣味な展開に。この宇宙の怖さが最終話でゴードーとトレイシーの夫婦を痛ましく襲うのですが…。

シーズン2は1980年代を舞台にし、いよいよ月の基地はコロニーへと発展。この宇宙開発の恩恵で、電気自動車が普及したりとかなり実生活でも恩恵があったようでした。

ちなみに社会も歴史改変が連鎖的に起こっているらしいことが断片的に描かれていました。ジョン・レノンは存命し、王太子であるウェールズ公チャールズはカミラと結婚し、ロマン・ポランスキーは逮捕。『未知との遭遇』がアカデミー作品賞を受賞。ロナルド・レーガンが第39代大統領になったりも。

宇宙開発技術も格段にパワーアップ。高層ビルに匹敵する海上発射巨大ランチャーロケットの「シードラゴン」は再利用可能な補給を実現。そして満を持して登場する原子力シャトル「パスファインダー」が終盤では活躍(『月世界征服』みたい…)。

そしてソ連との基地レースは領土奪い合いに激化。大韓航空をソ連戦闘機が撃墜したかと思えば、月でアメリカがソ連宇宙飛行士を射殺。最初に月で人を殺したのはアメリカになってしまいました。ついには基地を乗っ取られ、シャトルの武装で核戦争勃発直前にまで…。国防総省に取り込まれそうなNASAの立場も苦しいです。

なのでシーズン2はかなり暗く重いです。しかし、そんな中でも所長になったマーゴ、長官になったエレン、宇宙飛行士室室長になったモリー、若きエンジニアとして一歩を進めるアレイダと、女性のパワーが現場を支えます。

シーズン2の最終話の緊迫と感動も格別でしたね。マーゴの愛、ダニエルの命令無視、スティーブンス夫婦の決断、エドのグレーな選択…科学はこうでなくちゃという理想を見せてくれますし、まさに『オデッセイ』なんかと同じ。

まあ、でもやっぱりソ連との対立は消えません。これ、どうなっちゃうんだろう…。みんな仲良く宇宙開発してください…。

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シリーズ3:火星レース、勃発!

※シーズン3に関する以下の感想は2022年8月27日に追記されたものです。

『フォー・オール・マンカインド』のシーズン3は、舞台は1900年代に。ついに月を飛び越えて火星へ向かって出発です! でも…案の定、やはりここにも競争勃発で…。

米ソは月を二分割する条例に合意しましたが、火星は別。なんとしても1番手になりたい。その欲がまたしても膨れ上がる…。しかも、今回は「アメリカvsソ連」の構図を揺るがす思わぬゲームチェンジャーが出現。それはデヴ・アイエサをCEOとする「ヘリオス・エアロスペース」というスタートアップ企業。安価でクリーンな核融合を可能にした「ヘリウム3」の採掘で財をなしたヘリオスは民間企業単独で火星への人間到達の成功を狙います。それに貢献するのは、エドと離婚して宇宙ホテル事業のポラリス社を始めるも第1話の大事故を経験したカレン。そして度重なる問題行動で不安視されてNASAの火星計画の船長から外されたエド。そこに亡きゴードーとトレイシーのスティーブンス夫婦の息子で、エドとカレンに世話となったダニーも参加。

こうして、相変わらず職場で寝泊まりしている所長のマーゴとフライト・ディレクターになったアレイダがサポートするダニエル船長のNASAの「ソジャーナ1号」、クズネツォフ船長率いるソ連の「マルス94」、エド船長のヘリオスの「フェニックス」…三つ巴の火星レースが1994年に開幕。なんだかんだでそのレースが開始する第3話終盤はワクワクしてしまう…。火星着陸シーンも最高ですしね。

まあ、でもシーズン3まで観続けていればこのドラマの流れはわかっています。大惨事が起きるんです。

火星に向けて航行中のマルス94の稼働不能と救出作戦、火星での水を得るための掘削での大事故と地滑り、そしてNASAクルーのケリー(エドとカレンの養子)の妊娠にともなうランデブーミッション…さまざまな困難な中で、対立していたこの3者が一致団結していく。この展開はやはりアツい。多数決の資本主義はときに利己的になるけど、多様性はやはり科学にとっても理想だろうという作り手の意思が迸ってます。

シーズン3ではまさかの北朝鮮という第4の刺客もサプライズ登場。しかもNASAとソ連の共同船よりも先に火星についていたイ・ジョンギルが実は最初の火星到達人類の栄光に輝くという…。たぶんこんな北朝鮮が活躍するアメリカのドラマ、他にないですよ(あの国のトップさん、このドラマ、見ているかな…)。北朝鮮版『オデッセイ』が見られたよ!

そんな火星任務の最中、男らしさをこじらせた過去を持つ(今もわりと変わっていない老いた白人男性特権)エドと、絶賛進行中でこじらせまくっているダニーとの、男と男のコミュニケーション不全。ダニー、ラストは刑務所代わりの北朝鮮探査船送りになってたけど、簡単には許されないだろうな…。

そして地球でも歴史が動きます。宇宙飛行士だったエレンは共和党出馬の大統領になるのですが、そこで浮上するのが同性愛について。おそらくこのドラマの歴史線では「LGBT」という言葉も存在しないほどに90年代の性的少数者に対する弾圧は酷いものになっています。宇宙競争で女性やマイノリティな人種の活躍は進んでもクィアはそうならなかったという悲しい現実。作中でもNASAのハッピーバレー基地で従事するウィル・タイラーがゲイだと公表すると厳しい批判に晒されてしまいます。

どうするんだろう?と思っていたら、ついにエレンが大統領として「私はゲイです」とカミングアウト。これがインパクトとなって社会のLGBTQ権利運動は出遅れましたがこっちも出発です。クィアと歴史は繋がっていることをよく実感させられるグっとくる展開でしたね。こんな歴史もいいかもしれないと思ってしまう…。

そして急速な技術革新についてこれなかった人たちと陰謀論者と混ぜ合わせである反NASA派のテロ事件が最終話の衝撃として飛び込みます。これはこの歴史線での911同時多発テロに相当するものとみていいのかな。一時は過激派に傾きかけるも最終的には持ち直したジミー(スティーブンス夫婦の一番下の息子)の警告も虚しく…。

ケリーを届ける任務を成功させたエドはしぶとく火星に帰還しましたが、NASAでのテロでカレンは死亡。モリーは助かりましたが、その後に亡くなり、ジョンソン宇宙センターはモリー宇宙センターとして再建。

さらに2003年、テロで亡くなったと思っていたマーゴはちゃっかりソ連に。セルゲイとの密かな愛、アレイダとの複雑な師弟関係の葛藤も切なかったですね。

次は2000年代なのか…ほんと、今度は予想できないな…。

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シーズン4:発展あれば格差もある

※シーズン4に関する以下の感想は2024年1月14日に追記されたものです。

『フォー・オール・マンカインド』のシーズン4は、2003年に突入。

冒頭は恒例の「歴史おさらい」です。エレンは再選し、アメリカでは同性婚が法的に可能になり、ハーヴェイ・ワインスタインが性的暴行発覚で早々に懲らしめられました(ざまあみろ)。アメリカはアル・ゴア大統領に変わり、ソ連も好景気で、米ソの友好は最高潮に深まり、冷戦は終わったという声も…

シーズン4のテーマはずばり発展と格差でしょう。

プラズマ推進の新エンジンで月や火星への行き来はラクチンになり、発展は急拡大。月では経済圏が出来上がり、一般の人もホテルに宿泊できるまでに。火星のハッピーバレー基地は火星条約に基づいて「M-7」という国際共同開発体制となっています(北朝鮮も参加しているのが特筆点)。

しかし、浮かれてばかりもいられない。光あれば影があるように、発展があれば格差もある。技術革新の中で溢れたブルーワーカーの次の職場は地球外となり、そこで劣悪な労働が蔓延。その側の主人公であるマイルズ・デール、その仲間のサムたちも火星に行っても地球以下の賃金。キツすぎる…。

そんな中、火星に到達した人類の次なるミッションは小惑星の捕獲。冒頭でもはやシリーズお約束の大事故が起きますが、この事故で前述した労働者格差が浮かび上がるのも皮肉な演出で…(クズネツォフ宇宙飛行士は追悼されるけど、底辺労働者の名は報じられもしない)。

20兆ドルの資源価値のある小惑星「ゴルディロックス」の接近で再び緊張高まる人類。ソ連はクーデターで政権変化が起き、隠遁亡命のマーゴはまさかのロスコスモスでイリーナの下で働くことに。テロでトラウマを負うアレイダはNASAをやめ、企業ヘリオスにケリーと就職し、再びCEOに返り咲いたデヴと共に画策。一方、火星にこだわるエド(ダニーは孤独で自殺し、その件でダニエルとギクシャク)はデヴと共謀して、底辺労働者をストライキに焚きつけ、基地とミッションの乗っ取りを画策。小惑星を地球ではなく火星軌道に持っていき、火星計画が終わらないように仕向けます。そこに北朝鮮側のイの反乱もあったり…。

かつてない複雑カオスな政治人間模様が錯綜するシーズン4の終盤。乱闘状態になり、ダニエルが流れ弾で負傷し、やっとみんなの目が覚める中、物語は一応の着地を迎えます。

暗殺されたセルゲイの想いを託されたマーゴとアレイダが政治主導の計画に反発し、密かにストライキを起こすくらいに、それでも純真な科学を信じているのがせめてもの希望か…。対するNASAのイーライ・ホブソン長官は「全人類のためなのに!」と憤っていましたけど、本人は政治の手のひらの上だと気づいていない…。この差は大きいですよね。でもマーゴが罪を被って逮捕されたので、この2人の絆はここまでなのかな…。

そしてイの要望が通り、妻が火星まで脱北してきて他にも多くの脱北者が…。つまり、火星でも不法移民問題が生じるってことですからね。ここまできたか…。

結果、火星軌道に小惑星を持っていき、2012年に小惑星上にクズネツォフ・ステーションが稼働している姿で終わりますが、ほんと、このシリーズは宇宙開発の未来を良いところも悪いところも全部見せてくれますよ。

『フォー・オール・マンカインド』
ROTTEN TOMATOES
S1: Tomatometer 73% Audience 87%
S2: Tomatometer 100% Audience 82%
S3: Tomatometer 97% Audience 74%
S4: Tomatometer 100% Audience 85%
IMDb
7.8 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
9.0

作品ポスター・画像 (C)Apple フォーオールマンカインド

以上、『フォー・オール・マンカインド』の感想でした。

For All Mankind (2019) [Japanese Review] 『フォー・オール・マンカインド』考察・評価レビュー