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『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』感想(ネタバレ)…あらすじも長くなる

フレンチ・ディスパッチ

タイトルも長いけど、あらすじも長くなる…映画『フレンチ・ディスパッチ』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:The French Dispatch of the Liberty, Kansas Evening Sun
製作国:アメリカ(2021年)
日本公開日:2022年1月28日
監督:ウェス・アンダーソン
性描写 恋愛描写

フレンチ・ディスパッチ

ふれんちでぃすぱっち
フレンチ・ディスパッチ

『フレンチ・ディスパッチ』あらすじ

国際問題からアート、ファッション、グルメに至るまで深く切り込んだ多彩な記事で人気を集めるフレンチ・ディスパッチ誌。編集長アーサー・ハウイッツァー・Jr.のもとには、向こう見ずな自転車レポーターのサゼラック、批評家で編年史家のベレンセン、高潔のジャーナリストのクレメンツ、食を愛する孤独なエッセイストのローバックといった、ひと癖もふた癖もある才能豊かな記者たちが揃うが…。

『フレンチ・ディスパッチ』感想(ネタバレなし)

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ウェス・アンダーソンのお時間です

インターネットの普及は情報に誰でも触れやすい環境をもたらしましたが、同時に情報の質を大幅に下げてしまった…かもしれません。

大手メディアでさえもアクセス数稼ぎに必死になり、記事を書くライターは安く酷使される時代になりました。とりあえずバズることだけが重視され、内容の精度や公正さは疎かになり、過激に煽り立てるような文章ばかりがインターネットの海を無数に漂います。

こうなってしまうとライターという仕事の職務的使命はすっかり忘却の彼方。本来、ライターとは取材対象と読者を繋げる丁寧で繊細な仕事をする人だったはず。もうそんな文化は消滅してしまったのか…。

そんな現状を憂い、かつての素晴らしいプロフェッショナルな仕事を積み重ねてきたライターたちに敬愛を捧げる、そんな映画が登場しました。

それが本作『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』です。

やたらと長いタイトルですが、原題が「The French Dispatch of the Liberty, Kansas Evening Sun」なので、ほぼそのまんまの邦題。ただ、さすがに長すぎると思ったのか、日本の配給会社ですらも『フレンチ・ディスパッチ』と短縮してもっぱら宣伝しているようですが…。

そして題名も長ければ、あらすじも長い。というか説明しづらい…。なぜなら本作はアンソロジーになっており、複数のエピソードが連なる構成だからです。それぞれのエピソードは一見すると無関係で、全く意味も脈絡もないように思えてきます。しかし、一応の主軸はあって、本作は「フレンチ・ディスパッチ」という架空の雑誌の編集部がメインで、そこに所属する記者たちが自分の得意とする話題を見つけ、その取材内容がそれぞれ映像化されて展開される…というスタイルです。

ある記者は刑務所で起きた美術に関する珍騒動を、別の記者は学生運動の中で巻き起こる人間ドラマを、さらに他の記者は警察とギャングの間で勃発した大混乱を…。

この変わり種の映画を作ったのは、他ならぬ“ウェス・アンダーソン”監督。その作風は個性全開。完璧なシンメトリーの統一された構図、独特の色彩鮮やかなカラー・パレット、ミニチュアのように職人芸で作り込まれた世界観…。そのこだわりぬいた作品のエッセンスに魅了される映画ファンも多く、すっかりシネフィルのイチオシの監督として有名になりました。

『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』は“ウェス・アンダーソン”監督の記念すべき長編映画10作目(ストップモーションアニメ映画も含む)。ということでこれまで以上に豪華です。“ウェス・アンダーソン”監督成分がこぼれるくらいに全編に渡って詰まっています。1回の鑑賞では頭に入り切りません。

何より俳優もスゴイ顔触れ。挙げだすと紹介が大変なのですが…。

まずは“ビル・マーレイ”。『天才マックスの世界』など“ウェス・アンダーソン”監督とは長い付き合いです。そして“オーウェン・ウィルソン”。こちらも“ウェス・アンダーソン”監督の商業映画デビュー作『アンソニーのハッピー・モーテル』からずっと一緒。『天才マックスの世界』でデビューした“ジェイソン・シュワルツマン”も出演しています。

また、『ムーンライズ・キングダム』の“フランシス・マクドーマンド”、『グランド・ブダペスト・ホテル』の“ティルダ・スウィントン”“レア・セドゥ”“マチュー・アマルリック”、『ダージリン急行』の“エイドリアン・ブロディ”など、過去の作品で見たことのあるメンツも。

さらに、“ジェフリー・ライト”、“ベニチオ・デル・トロ”、“ティモシー・シャラメ”、“シアーシャ・ローナン”、“ウィレム・デフォー”、“エリザベス・モス”、“エドワード・ノートン”、“クリストフ・ヴァルツ”、“リナ・クードリ”、“スティーヴン・パーク”などなど。これでさえも全員を紹介しきれない。本当に俳優陣も多すぎる…。異様に盛り付けがスゴイ豪華海鮮丼みたいですよ。

『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』は“ウェス・アンダーソン”監督のフィルモグラフィーの中では相当にクセが濃いのでファンは大満足ですけど、初心者向きとはあまり言えないかも…。でもハマる人は夢中になれるチャーミングな世界観が待ってます。

オススメ度のチェック

ひとり 4.0:監督ファンへのご褒美
友人 3.5:俳優好き同士で
恋人 3.5:異性愛ロマンスはある
キッズ 3.0:子どもにはクセが強すぎる?
↓ここからネタバレが含まれます↓

『フレンチ・ディスパッチ』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):フレンチ・ディスパッチ廃刊?

フランスのとある街アンニュイ・シュール・ブラゼ(架空の街です)。この歴史ある街で、「フレンチ・ディスパッチ」という雑誌の編集長をしているアーサー・ハウイッツァー・Jrという男がいました。

旅のコラムから始まったこの雑誌は、政治、社会問題、アート、ファッション…大衆が興味をそそるものなら何でも題材にして取り上げます。かといって低品質な記事は許しません。この「フレンチ・ディスパッチ」の編集部に集められた記者たちはそれぞれの分野で一流の者ばかり。アーサー・ハウイッツァー・Jrの厳しいクオリティへの追及姿勢もあって、この雑誌は独創性を放っていました。

記者のひとり、アーブサン・サゼラックは編集長お気に入りの記者で、自転車に乗りながら変わっていく街並みをレポートします。

そんな雑誌「フレンチ・ディスパッチ」にまさかの廃刊の危機が来るとは…。

『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』は4つのエピソードで成り立つのですが、最初の「The Cycling Reporter」にはそんなに物語らしいものもないので、実質3つのエピソードです。

そもそもこのアーサー・ハウイッツァー・Jrとその雑誌「フレンチ・ディスパッチ」にはモデルがあります。その元ネタが「ザ・ニューヨーカー」という雑誌で、その創始者のハロルド・ロスです。

「ザ・ニューヨーカー」にはルポルタージュ、批評、エッセイ、風刺漫画、詩、小説などが幅広く掲載され、ニューヨーク文化を掘り下げ、多くの読者に愛されています。この「ザ・ニューヨーカー」のおかげで有名になった作家もたくさんいて、J・D・サリンジャーなんかもそのひとり。

ではなぜ「ザ・ニューヨーカー」はアメリカの雑誌なのに、本作の舞台はフランスにしてしまったのか。これは“ウェス・アンダーソン”監督がニューヨークで多くを過ごしながらも今はパリに住んでいるからであり、つまり、“ウェス・アンダーソン”監督の考える「私の大好きなフランスの街であのニューヨークにある最高の雑誌が出版されていたらどんな感じになるだろうか…ステキじゃないか!」という妄想が具現化したのがこの『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』。

なのでリアリティは全くないです。本作のフランス描写も正確さは無いし、そこは気にしていない。これは“ウェス・アンダーソン”監督のフランス。基本は英語で、たまに唐突にフランス語がペラペラとでてくるのでもOK。“ウェス・アンダーソン”監督の脳内妄想なのですから。近年は『犬ヶ島』で“ウェス・アンダーソン”監督の日本を映像化してみせましたが、ノリは同じですね。

こういう完全に趣味だけで映画を細部まで作りこんでしまうというのは本当に“ウェス・アンダーソン”監督ならではのマジック。当人が一番楽しいやつでしょうね。

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The Concrete Masterpiece(確固たる名作)

エピソード「確固たる名作」は、記者のJ・K・L・ベレンセンがアートギャラリーで講演して語る、とある刑務所での物語。

ここに殺人の罪で収監されているモーゼス・ローゼンターラーは無愛想ながら実は相当に才能を持っているアーティストであり、独自の絵の才能がありました。そして、なぜか看守のシモーヌに夢中になっており、ときおり目の前で裸でポーズを決めてもらい、シモーヌをモデルに絵を描く…それが終わるとまた服役囚人と看守の関係に戻るという、なんとも珍妙な関係性を築いていました。

そんなモーゼス・ローゼンターラーと出会ったのが、脱税で捕まった美術商のジュリアン・カダジオ。その絵の才能に目ざとく気づいたカダジオはローゼンターラーに「買いたい」と申告。しかし、ローゼンターラーは「売らない」と頑なに拒否。

それでもローゼンターラーはすぐに芸術界でセンセーションを巻き起こし、そのアートをひとめ見て、我がものにしようと多くの者たちが集まってくるのですが、それは刑務所の波乱を招くことに…。

このエピソードも初っ端からシュールでしかないのですけど、ひたすらに“レア・セドゥ”演じるシモーヌに美を見い出す“ベニチオ・デル・トロ”演じるローゼンターラーと、そのアートへの眼差しを淡々と受け流すシモーヌの、ヘンテコな関係。そこに割って入る“エイドリアン・ブロディ”演じるカダジオ。この三角関係があまりにも奇妙。

「PRISON/ASYLUM」とデカデカと書いてあるあの空間も妙におかしいし、“ティルダ・スウィントン”演じるベレンセンも「この人、記者なんですか?」っていうくらいにすでに本人の個性がアート性を放っているし…。

“ウェス・アンダーソン”監督はこういう狭い空間から物語がパァーっと外に開いていく感じのストーリーが好きなんでしょうね。

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Revisions to a Manifesto(宣誓書の改定)

エピソード「宣誓書の改定」は、記者のルシンダ・クレメンツが追いかける学生運動の当事者たちの人間模様の物語です。

ここでクレメンツは学生運動のリーダーであるゼフィレッリとかなり親密な関係を持ってまでして取材をしているのですが、主題となっている学生運動はやはりこれもフランスの歴史を土台にしているのでしょう。民衆が立ち上がるのはフランスの定番。

しかし、今作のゼフィレッリはおそらくモデルにしている人物がいて、それは湯舟に浸かっているシーンからもわかります。この構図は「マラーの死」というフランス新古典主義の画家“ジャック=ルイ・ダヴィッド”がフランス革命の指導者“ジャン=ポール・マラー”の死を描いた油彩画にそっくりです。マラーは新聞「人民の友」を発行し過激な政府批判を展開していました。つまり、ジャーナリズムで政治と闘っていた人物です。「マラーの死」はフランス革命を描いた有名な絵画のひとつで、1793年7月13日に暗殺の天使の異名で後に呼ばれるシャルロット・コルデーに暗殺されたマラーが浴槽に横たわっている場面を描いています。

ただ、この『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』内のエピソードではそこまで政治色は濃くなく、どちらかというと“ティモシー・シャラメ”演じるゼフィレッリと、“リナ・クードリ”演じるジュリエットの、なんだか少し子どもじみた対立劇の一部始終を見せられている感じもします。

“フランシス・マクドーマンド”演じる記者のクレメンツも、メイヴィス・ギャラントという実在する「ザ・ニューヨーカー」常連の女性作家がモデルになっているそうです。

迷いながら頑張る若者に対する大人側のささやかなサポートを提示するような物語でしたね。

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The Private Dining Room of the Police Commissioner(警察署長の食事室)

エピソード「警察署長の食事室」は、記者のローバック・ライトが語る警察とギャングのとんでもない物語。一番カオスな展開に発展していました。

ネスカフィエ警部補という、警察ながらシェフとしても信頼されている男。ちなみにこの名前はコーヒー製品「ネスカフェ」からそのまま引っ張ってきているみたいですね。

プライベートディナーに出席した一同ですが、警官コミッセアの息子ジジが誘拐されて(しかも気球でひょいっと)、ギャングに捕まってしまったものだから、さあ、大変。さらには誘拐少年は謎のショーガールと出会ったり、あれこれ起きつつも、事態はまさかのドンパチに。

終盤は盛大なアクション活劇。『グランド・ブダペスト・ホテル』でもありましたけど、こういう収拾のつかない大合戦でもやっぱり“ウェス・アンダーソン”監督節は常にフルスロットル。しかも、『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』ではアニメにさえ唐突にチェンジしますからね。ああなってくるともうヤケクソですよ。

関係のない者同士がふとしたことで出会って親交を深めるというのが“ウェス・アンダーソン”監督が好んでいるポイントですが、このエピソードでも“ウィレム・デフォー”や“シアーシャ・ローナン”の無駄使いみたいな登場といい、やりたいことをやりまくっている感じが愉快です。

最終的に「フレンチ・ディスパッチ」雑誌の編集長アーサー・ハウイッツァー・Jrは死亡するのですが(すごく無造作に死体がデスクにある)、人は亡くなってもこの文化は死なせないという高らかな宣言のように作業を進める編集部メンバーの姿。コロナ禍でも全く弱音を吐かずに映画作りに没頭する“ウェス・アンダーソン”監督らしいエンディングだったのではないでしょうか。

『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 75% Audience 76%
IMDb
7.3 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
7.0

作品ポスター・画像 (C)2021 20th Century Studios. All rights reserved. フレンチディスパッチ ザリバティ カンザスイヴニングサン別冊

以上、『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』の感想でした。

The French Dispatch of the Liberty, Kansas Evening Sun (2021) [Japanese Review] 『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』考察・評価レビュー