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ドラマ『海賊になった貴族 Our Flag Means Death』感想(ネタバレ)…これが私たちのフラッグとシップです

海賊になった貴族

これが私たちのフラッグとシップです…ドラマシリーズ『海賊になった貴族』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Our Flag Means Death
製作国:アメリカ(2022年)
シーズン1:2022年にU-NEXTで配信(日本)
シーズン2:2023年にU-NEXTで配信(日本)
製作総指揮:デイビット・ジェンキンス、タイカ・ワイティティ ほか
児童虐待描写 性描写 恋愛描写

海賊になった貴族

かいぞくになったきぞく
海賊になった貴族

『海賊になった貴族』あらすじ

1700年代。海賊たちが大海原で暴れている。しかし、その中にひときわ変わった海賊がいた。それはスティード・ボネットという男で、裕福な地主であったものの何を思ったのか海賊に転身したのである。自分の船を繰り出し、寄せ集めの船員で海賊を結成。けれどもその海賊人生は血生臭い暴力も私欲にまみれた略奪もない刺激ゼロの日々だった。ところがその退屈な毎日はある海賊に出会ったことで一変する…。

『海賊になった貴族』感想(ネタバレなし)

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こんなシップ、乗船するしかない!

英語圏のファンダムの世界では「ship(シップ)」「shipping(シッピング)」という単語を目にすることがあります。これはスラングで、作品内の特定の“あるキャラクター”と別の“あるキャラクター”をファンが勝手に脳内妄想的に恋愛関係でくっつけて楽しむという、日本語で言うところの「カップリング」。そうやってキャラクター2人(場合によっては3人以上)の関係性をあれこれと議論したり、考察したり、二次創作で掘り下げてみたり…こういう活動を積極的にする特定作品のファンを「shipper(シッパー)」と言います。たいていの「shipper」はお気に入りの「ship」があり、それを広めて、同じ感覚の人と繋がって満喫します。ときにはそのキャラクター同士の関係を「ship name」という固有の呼び名をつけたりもして、基本はそのキャラ同士の名前を組み合わせた造語で構成されます。

ファンダムの全員が「shipper」というわけではないのですが、何かしらどこかには「shipper」はいたりします(ただ、こういう遊びをする人は閉鎖的なコミュニティにあえて籠って楽しみ合うので、あまり外部からは観察しづらいかもしれませんが…)。

この「ship」は公式とは違います。あくまでファンが勝手にやっていることです。実際の作品内で描かれている範囲では恋愛関係に見えないキャラ同士をくっつけたり、恋愛関係にあるけど描写はそれほどではなかったキャラ同士をさらに濃厚に深めたり…。

また、この「ship」は既存の作品におけるLGBTQ表象の少なさに困っているファンの飢えを満たす意義もあり、同性同士の「shipping」はとくに盛り上がりやすいです。中には大熱狂となるものもあったり…。

2022年、この「shipper」界隈に激震を起こしたドラマシリーズが登場しました。

それが本作『海賊になった貴族』、原題は「Our Flag Means Death」で、「OFMD」の略称でファンに愛されています。

このドラマの何が凄いかって「shipper」の夢がオフィシャルで実現してしまったこと。「このキャラとこのキャラでshippingするでしょ? 公式でやっておきました!」というサービス満載で、「え?やってくれたんですか!」とファンも悶えて小躍りしたくなる事態に。

昔から「このキャラとこのキャラでshipになるな」とファンが考えていた関係性を公式が採用して作品内でカップリングが描かれてしまうことはありました(例えば『アドベンチャー・タイム』の「バブルガムとマーセリン」とか)。でもこの『海賊になった貴族』はドラマ開始早々からもう「shipper」の妄想を先読みするかのように”関係性”が作品内で描かれているのです。そりゃあ、嬉しいですよ。

『海賊になった貴族』は本国アメリカでは「HBO Max」で独占配信されたのですが、配信されるや瞬く間に大人気に。原作無しのオリジナル作品なのに、他社の有名フランチャイズに迫る視聴者数を記録し、あらためて「shipper」ファンダムの熱量の凄まじさをみせつけました。

この『海賊になった貴族』、ジャンルは海賊モノのラブコメです。主人公は変わり者で、スティード・ボネットという航海経験もないのに裕福な地主から海賊に転職(?)した男。しかも、このボネットは実在の人物で、あの有名な海賊「黒ひげ」ことエドワード・ティーチと出会って実際に一緒に海賊行為をしていました。

本作はこの史実を大幅にアレンジするのですが、これは隠すよりもガンガン宣伝した方が観てくれる人が増えると思うので書いちゃいますが、最大の注目はこの主人公と黒ひげの男同士のロマンスになるという点です。海賊船で「ship(シップ;船)」が展開されるというのは狙っているのか? わかりませんけど、とにかくこのクィアな関係性が最高です。海賊でオッサンなのに、切なく甘酸っぱい恋をしてやがる…。

他にもクィアなカップリングが作中でいくつもあって、ファンダムに興奮の燃料投下をしてくれます。

『海賊になった貴族』を製作総指揮したのが、今やハリウッドのコメディ界の新星として大活躍する“タイカ・ワイティティ”『マイティ・ソー バトルロイヤル』の監督起用から大作でもその才能をいかんなく発揮していますが、もともと群像劇コメディは大得意。私もドハマりしたドラマ『シェアハウス・ウィズ・ヴァンパイア』で吸血鬼ジャンルに続き、今度は海賊ジャンルを“タイカ・ワイティティ”色に染め上げてます。本作ではエピソード監督もしているほか、黒ひげ役で出演。演技面でも注目です。

『海賊になった貴族』の原案は、ドラマ『People of Earth』で成功をおさめた“デイビット・ジェンキンス”です。他のエピソード監督としては『シンクロナイズドモンスター』“ナチョ・ビガロンド”や、ドラマ『ホークアイ』“バート&バーティ”などが参加しています。

“タイカ・ワイティティ”以外の俳優陣はいっぱいいるので挙げきれないのですけど、主人公のボネットを演じるのは『ジュマンジ ウェルカム・トゥ・ジャングル』“リス・ダービー”です。

『海賊になった貴族』は日本ではHBOと契約を結んでいる「U-NEXT」での独占配信となっており、2022年6月24日からシーズン1が一挙配信。シーズン1は全10話ですが、1話あたり約25~35分程度なので観やすいです。

一緒にこの沈みそうだけど愉快な船に乗りましょう。

オススメ度のチェック

ひとり 4.5:気楽に見られる
友人 4.5:海賊モノが好きなら
恋人 4.5:同性ロマンスたっぷり
キッズ 3.5:多少の暴力描写あり
↓ここからネタバレが含まれます↓

『海賊になった貴族』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(序盤):これが今の家族

1717年、海賊の黄金時代。裕福な地主のスティード・ボネットは刺激を求めて海賊に転身しました。しかし、順風満帆とはいきません。ボネットの海賊船「リベンジ号」では船員たちは退屈していました。普通の海賊なら今頃20人は殺しているだろうに、自分たちはのんびりした日々。

古株な船員でカモメのカールと一緒のナサニエル・バトンズ、黒ひげ海賊団の一員だったと自慢するブラック・ピート、音楽担当のフランキー、コック担当のローチ、ちょっと間の抜けているスウィード、巨漢だけど優しいジョン、比較的常識人なオルワンデ、無口でナイフ投げが得意なジム。文字が読み書きできるルシアスは記録係です。

そこへ船長であるボネットが意気揚々やってきて、「我々はこれから危険なことに挑む。危険すぎて生きて戻れない者もいるだろう。メンタルをやられてしまう者もいるかもしれない。そうしたら…とことん話に付き合ってあげるんだ、それでこそリベンジ号だ」と意気込みます。

でも海賊らしい略奪なんてゼロです。船員には基本給を払い、船内には娯楽施設もユニットバスもボールルームも図書館もある。そういう充実ばかりに精を出していました。

この船には旗がないと船員から指摘され、自分で作ってみようということに。ピートは裁縫は女の仕事だと不満げですが、一同は裁縫を始めます。その中で、船長を殺そうと反乱の呼びかけをする者まで現れ…。

そこにイギリス海軍の軍艦が1隻接近。それはボネットの貴族時代の旧友であるバトミントン大佐の船でした。海賊だとバレないように貴族のふりで一緒に船内で食事することに。

「君は海賊になるために妻と子どもを捨てたという噂があるけど、でも弱虫のお前には無理だろう」と言われ、我慢するボネット。

しかし耐えきれずボネットは大佐を後ろから殴りつけ、その大佐は倒れた拍子に目に剣が刺さって死亡しました。暴力が嫌いなボネットは動揺を抑えきれませんが、これを船員に成果としてアピールし、ひとまずは反乱の空気は消えたようです。

ボネットは自分に言い聞かせます。今の家族は海にいる…。

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シーズン1:この2人の距離感がたまらない

『海賊になった貴族』の魅力はやはり何と言っても、海賊紳士スティード・ボネットと黒ひげエドワード(エド)・ティーチとの、なんとも歯痒い距離感の詰め方で親密さを深めていく過程です。

この2人は真逆の存在ながら似た者同士です。

ボネットは、バルバドスの裕福なイギリス人家庭に生まれて財産をそのまま相続し、屋敷で不自由なく暮らしていました。しかし、型どおりのメアリーとの結婚後はその関係が全く上手くいかず、焦燥感に沈んでいきます。そして、妻と子を家に置き去りにして、自身の造船した船で密かに憧れていた海賊の暮らしに飛び込んでみることに…。

一方のエドは、こちらはあの悪名轟く黒ひげで海賊の中の海賊として尊敬と恐怖を集めていましたが、本人はそんな野蛮な風評や人生に飽き飽きしており、こっちはこっちで貴族生活に憧れていました。

海賊になりたい貴族と貴族になりたい海賊。ボネットとエドは持ちつ持たれつの関係で互いに無いものを補うようになっていきます。

そして2人は支配的な父親に子ども時代から苦しめられたという“有害な男らしさ”の犠牲者の側面を共有しており、その傷を互いに癒し合う関係にもなっていきます。ボネットは父のせいで暴力に対してトラウマを抱え、エドも父を殺したことで自分はクラーケンだと自己責任を課すように…。そんな2人の男同士のメンタルケアです。

これだけでも関係として「shipping」な想像をかきたてるにはじゅうぶんな素材は揃っているのですが、本作はド直球でしっかりロマンスをやってくれます。最初はふざけ合うギャグで終わってしまうのかと思ったら、第6話あたりからあれよあれよと周囲にバレバレなほどにトキメキが点滅ラッシュ。そして第9話でついにキス・シーンまで描いてくれる。こういうのを躊躇いなくやってくれるのが何よりも嬉しいですね。

ボネットとエドという2人の関係性に割って入る邪魔者…イジー・ハンズキャリコ・ジャックを配置したりして、きっちりベタな三角関係のジレンマも描いてくれるし…。

今回はエドを演じる“タイカ・ワイティティ”が抜群に上手いなと思いました。セクシーな黒ひげという露骨なほどにアイコニックなキャラをここまで嫌味なしで演じられるのはやっぱりこの人ならではだなと…。今作ではそんなエドが弱みを見せていくあの繊細な演技含めて、“タイカ・ワイティティ”の術中にまんまと乗せられて悔しいのですけど、でも…しょうがない(敗北)。

“タイカ・ワイティティ”ってふざけ名人みたいに世間では真っ先に認知されているけど、『ハント・フォー・ザ・ワイルダーピープル』とか過去作でもそうですけど、クィアな背景を薄っすらと背負ったキャラクターを映し出すのが妙に卓越してるんですよね。

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シーズン1:それぞれの旗がある

『海賊になった貴族』のメインのシップはもちろんボネットとエドなのですが、それ以外にもクィアな関係軸は散りばめられています。

そのひとつが、ジムとオルワンデの関係。髭面のジムは第1話から明らかになりますが、実は付け髭&付け鼻の男装であり、素性はボニファシア・ヒメネスという名で、家族を殺した無法者たちに復讐したことで追われていたのでした。オルワンデはジムの正体を知っており、海賊共和国にいるスパニッシュ・ジャッキーの元から一緒に逃走してきた過去があります。作中では2人は恋愛関係へと発展していきます。

ジムを演じるのはプエルトリコ系の“ヴィコ・オルティス”で、ノンバイナリーと公表しています。本作のジムも正体がバレて以降は女や男ではなくジムと認識されたままで、どことなくノンバイナリーな存在感です。

そもそもこのボネットの船員たちはそんなにホモフォビアな空気がありません。ピートは当初は女性蔑視な発言もしていましたが、その後はちゃっかりルシアスとくっついて良い関係だったり、ジェンダーやセクシュアリティについておおらかな緩さがあのコミュニティ全体に漂っています。

そういう諸々がジムをノンバイナリーとして捉えても安心できる世界観にしているのだと思います。「女を船に乗せたら不幸が起きる」という船乗りのバイナリーな迷信に対して、それがサクっとどうでもいい感じに投げ捨てられるあのテキトーさは本作を象徴していますね。

ちなみにスパニッシュ・ジャッキーは史実では男性として一時は生きてきたこともある海賊であり、本作では19人の夫がいるポリアモリックなキャラになっていて、こっちもクィアな親和性があります。

そんな男性性やクィアネスを抱える者たちのあれこれが描かれる中、最終話では視点がチェンジ。ボネットの妻メアリーの心情がストレートに描かれます。ここで今まで同情的に見られていたボネットの、やはりこいつはこいつで“有害な男らしさ”を自ら無自覚に振りまいていたよねという批判と反省が提示。結婚伴侶規範に苦悩する女性の解放をちゃんと描くあたりは本作の真面目さが窺えるポイントです。

「愛し合うってどういうこと?」「あなたも見つけて」「もう見つけた」「彼女の名前は?」「彼の名はエドだ」の夫婦のやりとりが良かった…。

シーズン1のラストは死を偽装して再び海に出たボネット。目指すは愛する人と仲間のもと。でもその愛するエドはすっかり傷心して黒ひげに戻り、本など元カレの品々を全部海に捨ててリベンジ号を乗っ取ります。けれどもまだ未練があるのがまた…。

『海賊になった貴族』の原題は「Our Flag Means Death」。これは死を象徴する海賊旗そのものを意味していますが、深読みすればとくにボネットとエドの希死念慮を察することのできるタイトルですし(2人があんな自暴自棄な行動に出るのも死にたいからなのでしょう)、同時にプライド・フラッグのことであるとも解釈できます。第1話でみんなで作った思い思いの旗。それぞれのフラッグがあるのです。そんな誇りを掲げて、このドラマは次はどんな海に行くのかな?

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シーズン2:期待以上のロマンチック大漁

※シーズン2に関する以下の感想は2023年12月6日に追記されたものです。

『海賊になった貴族』は初っ端のシーズン1から「shipper」界隈の妄想を具現化してくれる大サービスを提供してくれましたが、シーズン2も豪勢です。期待以上のロマンチック大漁でした。

ボネットはあらためて裕福な身分を完全に捨てて海賊人生に捧げると決めたものの、船は失い、海賊共和国での汚く雑多な生活に凹んでいました。心に想うのはやはりエドのこと…。

一方のエドはボネットと別れてからリベンジ号で際立って野蛮に振舞うも(黒ひげならぬ闇ひげ状態)、どこか自傷的で自暴自棄。心に想うのはやはりボネットのこと…。

第1話では2人が浜辺で走り合って再会するという超ベタなシーンをアホっぽく妄想で映し出しましたが、本編ではしっかり再会を描きます。

第3話の愛する者の呼びかけからの目覚め、第5話の穏やかなキス、第6話の甘いベッドシーン、そして第8話ではやっぱりやるんかい!という浜辺再会…。

今回も見たかったものを全部映像化してくれる…。最高かよ…。

ボネットとエドだけではありません。ブラック・ピートルシアスは最終話では晴れて結婚しますし、ノンバイナリーなジムアーチーと新たな恋が芽生え、実在の海賊メアリー・リードアン・ボニーは燃え上がるBDSMレズビアンを炸裂させ、ドラァグもあって、男性人魚もあって…。もうクィア乗せまくりですよ。『パイレーツ・オブ・カリビアン』とか『リトル・マーメイド』には欠けていたクィアが本作には全部ある。クィアをやるならこれくらいやれというお手本です。

もちろんシーズン2は全8話に短縮したこともあって、もっとキャラを掘り下げるには少し尺が足りなかったのは残念ですが…。中国(正確には清)の実在の海賊「鄭一嫂」の登場は嬉しかったですけどね。

でも本作はシーズン2で多幸感をさらに増量して、視聴者を笑顔にさせるにはじゅうぶんすぎるお宝でした。みんな良い奴すぎるんだもん…。私もアイツらと一緒の海賊になりたい…。

終盤でヴィランの本領発揮となったリッキー・ベインズは「反海賊」を掲げていましたが、これは事実上の「反LGBTQ」と変わらない意図的な役柄なのかな。イジーの死は現実の犠牲とも重ねって切ないです。

2人で穏やかに家で暮らすことになったボネットとエド。クィアな幸せを脅かす存在は海賊たちが許しませんよ。

『海賊になった貴族』
ROTTEN TOMATOES
S1: Tomatometer 93% Audience 94%
S2: Tomatometer 96% Audience 92%
IMDb
7.9 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
8.0

作品ポスター・画像 (C)Warner Bros. Discovery Global Streaming & Interactive Entertainment アワー・フラッグ・ミーンズ・デス

以上、『海賊になった貴族』の感想でした。

Our Flag Means Death (2022) [Japanese Review] 『海賊になった貴族』考察・評価レビュー