良い植民地主義者になる?…アニメシリーズ『ティアムーン帝国物語~断頭台から始まる、姫の転生逆転ストーリー~』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:日本(2023年)
シーズン1:2023年に各サービスで放送・配信
監督:伊部勇志
恋愛描写
てぃあむーんていこくものがたり
『ティアムーン帝国物語』物語 簡単紹介
『ティアムーン帝国物語』感想(ネタバレなし)
マリー・アントワネットは日本では…
人類の歴史において死刑の手段はいろいろありました。今ではまず使われない処刑方法もあったり…。例えば『エジソンズ・ゲーム』で描かれたような電気椅子とか…。
とくにひときわインパクト絶大だったものと言えば、やっぱりこれ。1790年代のフランス革命期に大活躍だった「ギロチン」です。
「History」によれば昔からこの処刑方法はあったそうですが、ギロチンはフランス革命の象徴みたいになっています。もともとは人道的だからという理由で導入されたそうです。確かに剣や斧で殺すよりは確実なのかもしれないけど…。
当時はこのギロチン処刑が大衆のエンターテインメントになっていたそうで、子ども向けのギロチンおもちゃまで出回ったとか。なんかモラルが現代とそう変わらないな…。
このギロチンは1970年代までフランスで使用されたとのことで、人間、ギロチン好きすぎですね…。どこかで見ているかもしれない宇宙人にドン引きされていないかな…。
今回紹介するアニメシリーズはそんなギロチンから逃げ回る話…と言ったら語弊があるけど、ギロチン処刑の運命を回避しようとするお話です。
それが本作『ティアムーン帝国物語~断頭台から始まる、姫の転生逆転ストーリー~』(以下『ティアムーン帝国物語』)。
原作は「小説家になろう」始発の“餅月望”による2018年のライトノベル。2023年にアニメ化されました。
物語は、とある帝国で革命が起き、主人公の若き皇女はギロチンで首をばっさり処刑されてしまうのですが、なぜだか12歳の頃の自分の姿に転生してしまい(厳密にはタイムリープ)、その過去から人生をやり直して、自分が処刑されないように奮闘する…というSFコメディです。
舞台は完全に近世ヨーロッパっぽい架空の帝国ですが、この主人公の皇女はその設定からあからさまに「マリー・アントワネット」から着想を得ているのがわかります。
マリー・アントワネットはフランス国王のルイ16世の王妃で、最近の映画『ナポレオン』でも描かれていましたが、フランス革命でギロチン処刑されました。
贅沢に甘んじてその結果で処刑となったという「我が儘な王族・貴族」「憎たらしい豪遊の女」の象徴のように現在も認識されがちです。実際は「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」という言ってもいない言葉がひとり歩きしたり、結構風評被害食らいまくっているのですが…。
着想を得ていると言ってもそれだけなので、正確に歴史を映し込んでいることもなく、史実の人物がそのままでてくることもないですし、そんな歴史マニアが喜ぶような作品ではないです。ふんわりした感じの世界観です。
まあ、でも日本人でもマリー・アントワネットをよく知らない人もいるだろうから、こういう作品から興味を持つ人もいるのかも…。
マリー・アントワネットを主題にした実写映画だと、“ソフィア・コッポラ”監督の『マリー・アントワネット』(2006年)が物議をかもして話題になったりしましたが、『マリー・アントワネットに別れをつげて』(2012年)などもあるし、どれが初心者にいいのかは、私にはわからん…。
つい最近だと、俳優の“ミリー・シャピロ”がマリー・アントワネットの仮装をハロウィンでやっていて面白かったな…(ネタの意味は『ヘレディタリー 継承』を観ないとわからないと思うけど;The Mary Sue)。
本作『ティアムーン帝国物語』はそんなアントワネット風のベタベタなキャラクターが人生をやり直す物語で、ジャンルとしてはいわゆる「悪役令嬢モノ」をなぞってもいます(悪役令嬢モノについては『私の推しは悪役令嬢。』を参照)。本来は敗北して破滅してしまう、いわば負け役のキャラをあえて主人公にし、物語の王道を覆そうとする…っていうドラマのパターンですね。
だから『ティアムーン帝国物語』はマリー・アントワネット超初心者向けにアダプテーションされている…のかもしれない…。歴史の知識皆無でも全然OKですし…。
なお、以下の後半の感想は、あくまでアニメだけを前提に感想を書いており、原作の中身には触れていませんのであしからず。
『ティアムーン帝国物語』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :興味あれば気軽に |
友人 | :自由に楽しんで |
恋人 | :恋愛要素は少しあり |
キッズ | :子どもでも見れる |
セクシュアライゼーション:なし |
『ティアムーン帝国物語』感想(ネタバレあり)
あらすじ(序盤):今度こそは死なない!
民衆の怒りの炎は燃え上がっていました。「放しなさい!この無礼者!」…そう喚くも容赦なく引きずられ、牢に押し込まれるひとりの若い女性。泣き叫んでも誰も助けません。ティアムーン帝国の第一皇女であるミーア・ルーナ・ティアムーンの栄光は革命によって消えたのです。
3年後、ボロボロになったミーアは薄暗い牢で日記を書き続けていました。嫌いな黄月トマトの酷い食事を口に押し込まれるも抵抗はできません。これが人生最後の食事となった日です。
日記を抱えたまま、ギロチン台にゆっくり足を進めるミーア。民衆は「この性悪女!」と罵声を浴びせ、ミーアの首にギロチンが落ちて…。
叫んで目を覚ますミーア。首を触ると、ちゃんと繋がっています。自分を見るとドレスの格好です。鏡の前に映るのは明らかに幼い姿、12歳の自分でした。ここは自分の部屋です。
処刑で死んだはずでは…。気のせいか…。そう思った矢先、ベッドには血塗られた日記が…。確かに自分が書いたもので、処刑の直前に持っていた本です。落ち込みながら宮殿の荘厳な廊下を歩き、悪夢だったに違いないと言い聞かせます。
食事中も大きな溜息が止まりません。以前の記憶ではクビを言い渡したことがある料理長が不安そうに立っていました。シチューにトマトが入っていましたが、食べてみるとその美味しさに驚愕。自分が嫌いだったものとは思えません。今ではパンも何でも最高に美味しいです。あのときと比べれば…。
料理長に感謝の言葉を述べるとメイドは驚きます。「あの我が儘な姫が!」
この食事について「庶民が1カ月働いて得る給金と同程度の高級なものです」と説明を受け、ミーアは革命を思い出します。
次にメイドに甘いものを持ってきてもらいますが、大きなケーキを持ってきたメイドは目の前で転び、顔面ごとメイドは突っ込んでしまいました。ケーキはこれしかないと聞いて、そのメイドを怒ると、そのメイドの顔を見て何かを思い出すミーア。
そのメイドは、ミーアが処刑される最後の日までずっと来てくれたアンヌでした。冷たく扱ってきたにもかかわらず…。処刑の日にアンヌの前で頭を下げ、「どうか許して」とミーアは謝ったのですが、「ミーア様に神の御加護がありますように」とアンヌは抱きしめてくれました。
そのことを考え、今のミーアは目の前の怯えるアンヌに優しく接し、「あなたを私の専属メイドにいたします」と言いきります。
未来に自分の処刑が起こるなら、その運命を変えないといけない。大図書館で日記を読み直していると思い出します。あと数年で財政は悪化、飢饉が蔓延、民衆が革命を起こして近隣国が革命軍に手を貸して介入。そうやって処刑になってしまうのです。当時は外に興味がなかったですが、今から勉強すれば…。
しかし、何が起こるかわかっていても何をしたらいいのか見当がつきません。
このティアムーン帝国の帝都ルナティアには5つの月省が存在します。首都の行政を担う青月省、地方の政治を担う赤月省、外交を担う緑月省、帝国7軍をまとめあげる黒月省、税関係を担う金月省。
ミーアに必要なのは頼りになりそうな仲間でしたが…。
良い君主になればみんなハッピー?
ここから『ティアムーン帝国物語』のネタバレありの感想本文です。
『ティアムーン帝国物語』は可愛らしい絵柄ですが、政治を主題にしています。ギロチンを回避するべくミーアがやっていくあれこれは政治手腕が問われます。
とは言え、子ども向けの『プリキュア』くらいの政治描写の浅さであるのは否めません。病院作りで疫病対策OKなのかとか、お友達価格取引や新種の小麦備蓄などで飢饉対策とするのはふじゅうぶんすぎるだろうとか、ツッコめるところはいくらでもあります。それでも大事な要点を掴んでいるなら、ディティールがデフォルメされようと浅かろうといいかなとは思います。
ただ、政治の方向性の着地点はやっぱり気になります。私は『ティアムーン帝国物語』について、同時期に劇場公開していたディズニーアニメーション映画『ウィッシュ』とかなり近い政治的帰結があるなと感じながら観てました。
二作とも「良い君主になればみんなハッピーだよね」という温かい空気で押し切っているけど、「それでいいのか?」という疑念が残るあたりで…。
暴力はよくない、虐殺はよくない、弾圧はよくない…そんな姿勢は一貫しています。『ティアムーン帝国物語』の場合でも、ルールー族という少数民族と敵対しないように兵を引っ込めたり…。でも「悪い権力」の腐敗を正す「良い権力」というのは、都合のいい詭弁にもなり得るもので、下手したら「良い植民地主義者になろう」というプロパガンダになりかねません。
本来はもっとその大本にある権力(今作で言えば王政)の存在自体に疑問を持っていいはずです。
ただ、この『ティアムーン帝国物語』はなおさらスタンスとしてマズいのは、「革命を防ぐ」ことを前提にしている点です。つまり、王政は維持したまま「良い国」になれば革命は起きなくて平和だろうという考えに沿って物語は進行しています。ミーアは平和主義な権力者になろうとしていることになります。
さらに加えて、本作はミーアのキャラクター表象もなかなかに肯定しづらいです。というのも、今作のミーアはいわゆるポンコツ…アホの子としてデザインされています。これ自体、日本のアニメにありがちなキャラです。
しかし、政治に無能な女性が天然キャラのまま周りが察してくれることで愛されて、なんだか上手くいく…という流れは、ものすごく女性の政治能力を小馬鹿にしている感じがあると思います(作中で政治手腕を発揮する女性キャラもでてきますけどね)。政治が個人の性格の問題で弄ばれるという論点のすり替えも起きやすいですし…。
なお、史実のマリー・アントワネットは18世紀の貴族の少女が受けられる典型的教育を経験しており、人前でもきっちり論説できるくらいには基本の教養と度胸はある人物だったと歴史的資料からはわかるので、あんなミーアみたいなキャラではもちろんありませんでした。
本当にギロチンを回避するならば…
『ティアムーン帝国物語』がミーアというキャラクターを弄びつつ結局は甘やかし、王政に理想主義を抱いているのは、このプロットが「笑えて可愛いプリンセス・ストーリー」として消費できるものでないと困るからなのだろうとは察せます。アベルやシオンなど複数の王子様ポジション・キャラクターがでてきて、恋模様的な雰囲気をだすのもベタな流れです。
私は「笑えて可愛いプリンセス・ストーリー」でもいいので、例えば、自国の王や王子を殺す話とか、そういう古い王政打破の方向で持っていくといいんじゃないかなと思うのですけど。実写だとドラマ『THE GREAT エカチェリーナの時々真実の物語』みたいなアプローチもあるわけですしね。
作品のコンセプトに立ち返ると、ミーアの目的は「ギロチン処刑の回避」です。題材となった当時のヨーロッパは今と違って結構死刑になる範囲がざっくばらんで、魔術の罪でも死刑だったので、「自分は未来を知っていて…」なんて口走ったらその場で怪しい魔女扱いで処刑されることもあり得ます。かなりハード・モードです。無論、性格が良ければ処刑にならないわけでもないです(マリー・アントワネットのような政局変化の結果で裁判にかけられた者が死刑になる理由は、性格の問題ではなく、政治の問題なので)。
私も本作を観ながら結構真面目に考えてみたのですが、やっぱり「ギロチン処刑の回避」を達成するには、死刑制度廃止を実現するしかないんじゃないかな?
当時のフランスにも死刑制度廃止の思想はあったし、わりとこんな題材の作品もそうそうないだろうから、死刑制度廃止に奮闘するプリンセスなんて斬新じゃないですか? ギロチンは人道的だという当時の世相をさらに越え、(自分が死刑にされたくないという下心で)必死に人権運動に徹するヒロイン。滑稽でいいと思います。
現実のフランスは1981年に死刑の違法が宣言され、 2007年に憲法が修正されて死刑は禁止となりました。この政治の変化を200年も早く実現するというのはやりがいのあるミッションですよ。
ちなみに、現在のフランスでは、極右政党が死刑の復活を掲げており、国民の55%が死刑の再導入を支持しているなんていう世論調査もあり、死刑をめぐる議論は関心が高いです。だからこそ作品にする価値があるってものです。
『ティアムーン帝国物語』は転生(タイムリープ)のSFが大前提にあるので何でもありですから、もっと弄り回して他にない方向で面白く物語を転がすことはいくらでもできるのではないかな。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer ??% Audience ??%
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
日本のアニメシリーズの感想記事です。
・『星屑テレパス』
・『私の推しは悪役令嬢。』
作品ポスター・画像 (C)餅月望・TOブックス/ティアムーン帝国物語製作委員会2023
以上、『ティアムーン帝国物語~断頭台から始まる、姫の転生逆転ストーリー~』の感想でした。
Tearmoon Empire (2023) [Japanese Review] 『ティアムーン帝国物語~断頭台から始まる、姫の転生逆転ストーリー~』考察・評価レビュー