有害な支配を振り切れ!…映画『マッドマックス フュリオサ』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2024年)
日本公開日:2024年5月31日
監督:ジョージ・ミラー
まっどまっくす ふゅりおさ
『マッドマックス フュリオサ』物語 簡単紹介
『マッドマックス フュリオサ』感想(ネタバレなし)
トキシック・ファンダムは狂気では誤魔化せない
どんな作品も、それが人気となれば、ファンダムが成熟します。ファンが盛り上がるなら何でも良いことじゃないかと思うのですが、ひとつの問題が浮上します。そのファンダムがときに大きく有害に傾くケースがあるということです。
この現象は近年ならば「マーベル(MCU)」や「スター・ウォーズ」のファンダムで顕著であり(IndieWire)、「トキシック・ファンダム」の典型例として醜態を更新し続けています。そのフランチャイズに女性の目立つ活躍などフェミニズムな要素があったり、有色人種やLGBTQの表象があったりすると、たちまち一部のファンが「自分の好きな作品を汚した!」と激昂する言動が勃発するのです。それは関わったクリエイターや俳優への誹謗中傷、デマの拡散などに発展することもしばしばです。
共通するのは、作品の神聖化がマジョリティな規範(男性・白人・異性愛など)と結びつき、作品のレガシーを守る(「作品の質を守る」と言ったりもする)というレトリックでカモフラージュしつつ、あからさまにその根底には差別主義が蔓延している点です。
この嘆かわしいファンダムの歪みは、「マッドマックス」シリーズにも発生しました。
“ジョージ・ミラー”監督の手で始まったこのシリーズ。1作目の『マッドマックス』(1979年)、2作目の『マッドマックス2』(1981年)、3作目の『マッドマックス/サンダードーム』(1985年)と続き、カルト作として支持されました。
そして2015年に久々の続編となった『マッドマックス 怒りのデス・ロード』は、日本の映画ファンの間でも一大ブームとなり、大きな熱狂を巻き起こしました。応援上映も活発化し、名セリフを引用したファン・カルチャーも普及。お祭り騒ぎを味わった人には懐かしいでしょう。
そんな「マッドマックス」シリーズですが、初期の頃はかなりシンプルにハイパーマスキュリンな作風がありました。暴力と支配をめぐる男らしさの応酬が作品の肝となっていました。
しかし、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』のときは少しそうも言ってられない空気となりました。というのもこちらの映画では、これまでのシリーズとは異なる展開や雰囲気があったからでした。「男社会に支配される女性たちの反逆」、そして「その女たちの反抗を黙って支援する男主人公」…こうした構図から本作はフェミニズム映画としてもじゅうぶんに解釈できるものとなっていました。事実、この映画は“V”という女性への暴力問題を扱う活動を行っている専門家(『シティ・オブ・ジョイ 世界を変える真実の声』も参照)によるフェミニズムのコンサルタントがあったことも知られています。
ただ、そこで例の有害さがこぼれ出ることに…。『マッドマックス 怒りのデス・ロード』をフェミニズムな視点で捉えることを認めたくない一部の層が存在し、「野郎たちの飲み会に水を差すな!」と言わんばかりに反発して…。今振り返ると、2020年代に深刻化するトキシック・ファンダムの前兆みたいな事象でしたね。
そして2024年、またもファンダムが試されるときが来ました。
シリーズ5作目にして、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』の前日譚スピンオフとなる『マッドマックス フュリオサ』の劇場公開です。
前作で主人公以上に大きな存在であった「フュリオサ」という女性のキャラクターが今回は主人公としていよいよ本格登板。ここまでくるとこの映画はさすがに「男の映画だ!」みたいな私物化はできないだろうと思ったのですけど、少なくとも日本の宣伝はあまり成長していない気がします…。
男性を語り手として明らかに「男性向け」に売っているかのようなマーケティングの連発に、一部からは「どうなの?」という不満の声も上がりました。日本のワーナー・ブラザースさんは去年の自社の『バービー』のヒットから何か学んでいないんですかね…。
ともあれ『マッドマックス フュリオサ』は前作と同じく、シームレスなカーアクションの怒涛の連発、アイコニックな演出、強烈なキャラクターたち…全てが揃っています。この極上のエンタメをひと握りの支配欲にしゃぶらせるのはもったいないです。
なお、作中で女性に対して嗜虐的に暴力を振るう描写があるので、そこは留意してください。
『マッドマックス フュリオサ』を観る前のQ&A
A:過去作を観ていなくても問題はないですが、本作のエンドクレジットで『マッドマックス 怒りのデス・ロード』のシーンの一部が映るのでそこは留意です。
オススメ度のチェック
ひとり | :エンタメ満喫 |
友人 | :興奮を共有 |
恋人 | :映像で盛り上がって |
キッズ | :暴力描写多め |
『マッドマックス フュリオサ』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
文明が崩壊した世界。どこまでも広がる荒野のある場所にわずかに森が残る秘境がありました。そこで幼いフュリオサが似たような年頃の子と一緒に2人だけで果実を取りにきていました。
しかし、そのとき気配を感じます。それはたまたまここを発見したバイカーの集団です。明らかに危険そうな荒くれ者たちで、どうやら馬を解体している様子。
フュリオサは単身でその集団に接近し、バイクに破壊工作を仕掛けますが、見つかってしまい、追い詰められます。必死に笛を鳴らして近くの故郷のコミュニティに危険を知らせますが、フュリオサは気絶させられ拉致されました。
その笛の音で全てを察した故郷の女のひとりは、フュリオサを誘拐した男たちを馬で追跡。すぐにひとりを仕留め、相手のバイクに乗り越えて、なおも跡を追います。
フュリオサが連れてこられたのは、ディメンタスという男が率いるバイカー軍団であり、この集団は確実にこの砂漠で勢力を強めていました。ディメンタスは緑溢れる地がどこかにあると信じ、フュリオサがそれを知っているのではと問いただしますが、フュリオサは口を割りません。
砂嵐が吹き荒れるあるとき、そのディメンタスがキャンプする場所に、追跡してきた故郷の女も到着。素早くフュリオサを回収し、先に行かせます。後を猛追するディメンタスを時間稼ぎで迎え撃ちますが、捕まります。フュリオサは置いていくことができず、再びディメンタスに捕まり、目の前で故郷の大切な人が理不尽に殺されるのを直視するしかできませんでした。
年月が経過し、フュリオサはディメンタスに大事に確保され、彼の勢力拡大の旅に同行していました。ディメンタスは「砦」で生活圏を獲得し、支配体制を整えているというイモータン・ジョーの存在を知り、大群で占拠しようとします。
けれどもイモータン・ジョーに追い払われてしまい、そこでガスタウンという燃料資源地を乗っ取り、交渉することにしました。
イモータン・ジョーはその取引の一部に応じますが、条件としてフュリオサの引き渡しを追加します。イモータン・ジョーは健康な子どもを産ませる健全な女性を欲しており、状態の良いフュリオサに目をつけたのでした。ディメンタスは渋々フュリオサを引き渡すことにします。
ところがフュリオサは脱出を試み、イモータン・ジョーの砦から出ようと抵抗。イモータン・ジョーの息子であるリクタスを振り払うも、砦の労働者の一員として潜り込むくらいしか逃げ場はありません。
それからさらに年数が経ち…。
「マッドマックス」とゲイ表象
ここから『マッドマックス フュリオサ』のネタバレありの感想本文です。
ここからの私の感想では、クィアな観点から「マッドマックス」シリーズを簡単に振り返り、今作の『マッドマックス フュリオサ』はどうだったのかということを掘り下げてみようと思います。
実は「マッドマックス」シリーズがクィアな視点で批評されるのは珍しくなく(Journal of Australian Studies)、なので私が今さら言及するのもあれなのですが、その角度で本作に触れる人は日本では少ないでしょうから、一応書いてみることにします。
何よりも悪役の描写です。1作目の『マッドマックス』のトーカッターといい、2作目以降のヒューマンガスのような暴走族といい、いずれもその表象にはステレオタイプなゲイらしさが浮き出ていました(PinkNews)。『マッドマックス 怒りのデス・ロード』のイモータン・ジョーを中心とする悪役勢も、性的な逸脱を匂わせる要素が散りばめられています。
これらはゲイ(男性同性愛者)をネガティブに捉えて誇張し歪曲した表象です。こうしたゲイの悪役化というのは昔からあるので、これ自体は特段の個性というわけでもないです。
このシリーズは過去作の物語の軸には「ストレートな男性主人公が悪しきゲイ男性集団を成敗する」という規範的な秩序をもたらす意味合いがあったのだと考えられます。
一方で、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』は顕著ですけど、そんなイモータン・ジョーを中心とする軍団はファンには人気となりました。みんな、なんだかんだでゲイ・カルチャーが好きなんですよ(極論)。
また、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』については、主人公が実質的にフュリオサとなり、このキャラクター自体がクィアと明言はなくとも、漂わす存在感は非常に非規範的で反抗的です。演じる“シャーリーズ・セロン”もLGBTQアライですし、LGBTQコミュニティがこの映画を楽しむのはそんなに抵抗はなかったとも思います。
よく喋る堕落したキリスト
では、『マッドマックス フュリオサ』はどうか。最初に言っちゃうと、本作は最高の前日譚だったかもしれないですが、別に最高のクィアな映画ではありません。しかし、表象の細部は語りがいがあります。
まず、悪役ですが、今回のイモータン・ジョーたちはゲスト枠なので、とりあえず置いておきましょう。とくに今作で掘り下げられる面はほとんどないですし(前作と同じとも言える)。
今作の堂々の悪役は“クリス・ヘムズワース”演じるディメンタスとその軍団です。このディメンタス軍団は、過去作と違ってそんなにゲイらしさがなかったと感じました。むしろ、今回のディメンタスは露骨に規範的な家父長制の象徴としてのヴィランでしたね。“クリス・ヘムズワース”なので「マイティ・ソー」をそのままヴィランにしたみたいなノリもあったけども(新世代マッチョ的なキャラクター性)。
その風貌からしてキリスト像そのもので、極悪キリストが暴れているようなものです。しかも、政治的に無能で、ポピュリストなのでしょうけど、ガスタウンもバレットファームも統治を失敗しています(イモータン・ジョーと対比的)。亡くなった我が子を持ち出し、フュリオサを私物化するという言動は、未熟なパターナリズムの父親の害悪さが発露してもいます。本当に死に際まで無反省の徹頭徹尾の酷い野郎でした。
やや脱線しますが、ディメンタスが乗っ取る前にガスタウンを統治していたあの髭男。自身の部屋の壁一面に絵画を描き写していましたが(文明崩壊前は美術の職だったのだろうか)、あれはイギリスの画家“ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス”の『ヒュラスとニンフたち』です。2018年に美術館からの撤去騒動があり、フェミニズム・イシューで論議となった絵でもありますが(The Guardian)、今作での引用はやはり女性の性的搾取という暗示なのかな。
こんな感じで、『マッドマックス フュリオサ』は前作と違って悪役勢がクィア風味でもなく、フェミニズム映画として前作以上にわかりやすく、思い切りぶん殴って倒せる相手になっていました。
フュリオサ・サーガの開幕
次に『マッドマックス フュリオサ』の主人公であるフュリオサはどうでしょうか。
今作はついに満を持しての主人公に格上げですが、だからといって大きく人生が掘り下げられることもありませんでした。たぶんこれは“ジョージ・ミラー”監督こだわりの神話性を保持するためだと思われ、フュリオサもあくまでアイコンとしての抽象的な型は前作と変わりないです。
フュリオサの幼少期はいかにも女の子という見た目ですが(この時期を演じた“アリラ・ブラウン”の出番があそこまで長いとは…)、“アニャ・テイラー=ジョイ”(良い演技だった!)にバトンタッチしてからは髪を隠して少年のふりをします。これは男社会でサバイブするための手段であり、『サラウンデッド』のようにそんな振る舞いをする女性キャラは定番です。別にフュリオサのジェンダー・アイデンティティを示しているわけではないですが、しだいにこのキャラの個性となり、本人もずっとあのままなので、ジェンダー表現としてはクィアなインパクトはじゅうぶん。
それにしてもわりとあっさりまた髪バージョンでイモータン・ジョーたちの前に姿を現してたけど、結構あそこの人たちの人材管理、雑だな…。別に女性労働者禁制ってわけでもないんですね。
また、“トム・バーク”演じるジャックという共闘パートナーが登場しますが、彼との関係も前作のマックスと同様で恋愛になるわけでもなく、フュリオサの性的指向は曖昧なまま維持されます(ジャックも曖昧です)。
なお、拉致時にフュリオサを追ってくれる「鉄馬の女たち」のひとりの女性(“チャーリー・フレイザー”演じる)。作中では一応は「母」とフュリオサは口にしますが、実の母なのかは不明で、単に「鉄馬の女たち」はみんな共同体としての母なのかもしれません。「鉄馬の女たち」が「ヴァルキリー(ワルキューレ)」と重ねられている点も含めて、ここもおのずとクィアに解釈しやすい部分ではあります。
まあ、なにせ何度も言うように本作は神話なのでね。たいていの神話はクィアなんですよ(またも極論)。
幾度となく他者を見捨てず、狂気に染まらずに、復讐を神話に委ね、誇りを持ち続けたフュリオサ。そのフュリオサ・サーガは今度も多様な人たちに語られ続けるでしょう。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
?(匂わせ)
作品ポスター・画像 (C)2024 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.
以上、『マッドマックス フュリオサ』の感想でした。
Furiosa: A Mad Max Saga (2024) [Japanese Review] 『マッドマックス フュリオサ』考察・評価レビュー
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