アメリカ映画に革命を起こせるか…映画『ブラックパンサー』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:アメリカ(2018年)
日本公開日:2018年3月1日
監督:ライアン・クーグラー
ブラックパンサー
ぶらっくぱんさー
『ブラックパンサー』あらすじ
絶大なパワーを秘めた鉱石「ヴィブラニウム」が産出するアフリカの国ワカンダは、目覚しい発展を遂げてきた。父のティ・チャカの死去に伴い、新たな王として即位したティ・チャラは、ワカンダの秘密を狙う元秘密工作員の男エリック・キルモンガーが、武器商人のユリシーズ・クロウと組んで暗躍していることを知り、国を守るために動き始めるが…。
『ブラックパンサー』感想(ネタバレなし)
これは歴史的な革命!?
2015年に公開された「ロッキー」シリーズ最新作『クリード チャンプを継ぐ男』。この作品、何度見返しても名作だなぁと個人的には思っているのですが、素晴らしいのは映画のストーリーと製作のストーリーがシンクロしていることです。お話は、伝説の男“ロッキー”から黒人の青年へ世代交代するのがメインプロットなのですが、作品の企画自体も“シルヴェスター・スタローン”が当時まだ1作しか映画を撮ったことがない新鋭の黒人監督“ライアン・クーグラー”を抜擢するという背景がありました。まさに映画業界で起こるアツい“世代交代”。感無量でした。
しかし、この伝説を継ぐドラマは終わっていなかった!
といっても『クリード チャンプを継ぐ男』の続編…ではなく“ライアン・クーグラー”監督の映画キャリアの続編の話です。
彼が次なる大舞台に挑むのは、現行ハリウッドで最もビックな世界、アメコミ映画。その“ライアン・クーグラー”監督が手がけたのは『ブラックパンサー』です。そして、また“伝説”を残しました。
アメコミ映画といえば、2017年は非常に映画史に残る大きな出来事があって、それは『ワンダーウーマン』の大成功です。
『ワンダーウーマン』は女性監督&女性主演での形態で特大ヒットを記録し、それまでのアメリカ映画界の保守的な常識を覆しました。これはじゅうぶん革新的と呼んでいい事件だったと思います。
そして、2018年も早々にまたアメコミ映画である『ブラックパンサー』がやってくれるとは…。
公開3週目で興収は5億ドル超え。マーベル映画での記録を塗り替えていく勢い。さらには動物保護施設から黒猫を引き取りたいという申し出が多発する謎現象さえも発生。異様な盛り上がりを見せています。
ただ、本作の凄い部分は商業的にヒットしたからとか、単に黒人監督&黒人主演だからというレベルではありません。作品のテーマやデザイン、そして成功…全てが前代未聞。これは、アメリカ映画、さらにはアメリカ社会全体で大きなインパクトをもたらすものです。あるアメリカのジャーナリストは、本作をキング牧師の演説やオバマの大統領選勝利と同じ歴史的な出来事とさえ称賛しています。「ブラックスプロイテーション」なんて言葉は遠い昔のようですね…。
本作が成し遂げた偉業は日本人にはピンとこないと思いますし、おそらく大半の観客はいつものアメコミ映画のノリでしか本作を受け止めないでしょうが、そういう社会的影響力を持った作品だということを知っておくのも良いのではないでしょうか。
ちなみにほぼ過去のマーベル作品は関係ないので、いきなり本作を観ても問題ありません。
『ブラックパンサー』感想(ネタバレあり)
映像化したことに拍手
『ブラックパンサー』のテーマ性とかの小難しい話は後にして、まず驚いたことから先に書くと、何よりも作品全体のデザインです。なんじゃこれは!ですよ。この“ぽかーん”状態、『キング・オブ・エジプト』のときと同じ感覚ですけど、あれはホワイトウォッシュだのと叩かれたように微妙に偽エジプト感が出ていたじゃないですか。
しかし、『ブラックパンサー』は世界観の創造に対する本気度がその何百倍も凄い。いや、よく考えるとアホですよ、この設定は。アメコミ映画史上、一番ぶっとんでいるといってもいい、ハチャメチャさ。でも、アフリカのある場所に世界には知られていない超文明を持った国が存在する…近未来都市、ドーン!の映像に、個人的には心がウッキウキのワックワクでした。これはもう理屈じゃなくて、ロマン。『ロスト・シティZ 失われた黄金都市』の探検家の気持ちはこれだったんだな…。
その超文明を持つワカンダ王国の文化などの描写や衣装などの美術、とにかく登場する全てがフレッシュ。SF的な部分であれば、乗り物や武器などガジェットも独自性が際立っていました。そのガジェットが全力で活かされる前半の見せ場の釜山のカーチェイスシーンは凄かったですね。
ワカンダ王国で息づくキャラクターたちも強烈。ブラックパンサーことティ・チャラの恋人でスパイ活動しているナキア、ティ・チャラの護衛部隊「ドーラ・ミラージュ」、ティ・チャラの妹で天才科学者のシュリ…どのキャラも過去に存在した既存のフォーマットを黒人に置き換えたという雑なものではなく、ユニークなのが素晴らしいです。護衛部隊の隊長オコエ、強すぎません? シュリ、万能すぎません? このインフレ具合は今後の他作品との整合性が心配になりますが、よくよく考えると、すでに“雷筋肉野郎”だったり、“宇宙ダンスチーム”だったり、世界観がもっと狂っている人たち、いましたね…。じゃあ、良いつなぎ役になってくれそうです。
これを「アメコミ映画」って表現していいのか?と疑問に思ってしまいますが…アフリカン・アメコミ映画ですよね。
「アフロ・フューチャリズム」と呼ばれる黒人がアフリカに抱くユートピア思想を、世界で最も金を持つ企業ディズニー&マーベルが本気で映像化しちゃいましたというアホ企画。大いに楽しませてもらいました。
黒人監督が考える真の敵
映像センスは実にケレン味溢れていますが、中身の芯になるテーマは意外なほど真面目なのが『ブラックパンサー』。
私は本作を観る前、『キャプテン・アメリカ ウィンター・ソルジャー』のような非常に政治色の強い硬派な作品になるのかなと予想していました。だって、主人公は国王ですし、舞台はアフリカですから。
ところが、いざ鑑賞してみると、意外なほど表面上の政治色は薄めだったことに驚きです。
本作はこれまでのマーベル映画と比べてもかなりのミニマムな争い。結局のところ、ブラックパンサーが対立する相手は、過激思想を持つキルモンガーや他部族です。これって、実際にアメリカで起こっているストリートギャングの抗争や、アフリカで生じている民族紛争の構図と同じ。つまり、黒人コミュニティ内の衝突です。
よくありがちな「黒人vs差別主義者」のような安直な対立にしていないというのは、本作が黒人監督であるゆえな気がします。本当だったらそういう構造の方が感情移入はしやすいはずです。現に敵であるキルモンガーに同情した人も多いでしょう。でも多くの黒人監督が作品内でそうしないのは、今の黒人が乗り越えるべき相手は「白人」でも「差別主義者」でもなく、「悲劇や憎しみの象徴に囚われる黒人」と考えているということなんだと思います。これは『フェンス』や『マッドバウンド 哀しき友情』などと全く同様のテーマ性でもあります。
表面上の政治色は薄めでしたが、実は裏では政治的要素があるのも本作の丁寧さの特徴。例えば、キルモンガーの過激にも見える思想は実在の「ブラックパンサー党」に酷似しているし、ワカンダ王国の開国をめぐる葛藤は今の欧米と同じ。目立たない部分だと、序盤の森でティ・チャラが車列からナキアを救出する場面は、イスラム系過激派組織ボコ・ハラムが女性や子供を誘拐していた事件が背景にありましたね。
パンサーではなくなったら、残るモノ
タイトルであり、ヒーローの名前でもある「ブラックパンサー」。「パンサー」と呼ばれる生き物は複数種いるのですが、アフリカに生息する動物でパンサーといえば「ヒョウ」のことです。ヒョウは単独で暮らし、ライオンのように群れることはありません。
作中のティ・チャラも冒頭で“群れる”ことをたしなめられていましたが、本作では最終的にティ・チャラは“群れる”という道を選び、ワカンダ王国を公にします。「ブラックパンサー」にはなったけど、パンサーであることは捨てたのです。つまり、残るは「ブラック」。人種としてのアイデンティティだけ。
彼が黒人の低所得層の子どもたちに支援を差し伸べる決断。今までもアイアンマンことトニー・スタークが科学支援をやってきましたが、それとは決定的に違うこと…それは共通のアイデンティティがあることです。これはとても大事であり、心強い武器でもあります。ラストの国連の演説で「あなたのような農業国家に何の支援ができるのですか」と聞かれて、ニヤリと笑うシーン。これはヴィブラニウムがあるということではなく、この人種というアイデンティティが武器なんだということを示す笑みにも思えました。俺たちには武力があるよという意味ではないでしょう。そもそもラストバトルではわざわざヴィブラニウムを無効化してガチの殴り合いをしたうえで、互いに理解し合えたのですから。これは別の人種であったら不可能だったはずです。
本作の何がいいって、『クリード チャンプを継ぐ男』に続き、またしても現実と作品のストーリーがシンクロしていることです。本作を黒人の低所得層の子どもたちが観て、差別の全くない黒人の世界だって作れることを知れば、世界に前向きになる希望になれるはずです。劇中のあの子のように。
ちなみに科学少女シュリ。あの軽妙な性格といい、技術オタクっぷりといい、完全にあの人と同じ。もしかして、もしかすると、あの人の後を継ぐの…かな?
イマドキ若者として「スパイダーマン」、黒人として「ブラックパンサー」、そして女性として今後公開される「キャプテン・マーベル」と、順調に次世代が揃いつつあるマーベル。世代交代の準備は万全ですね。『アベンジャーズ インフィニット・ウォー』なんてサクッと終わらせますか。ダメか。
最後にひとつ。『クリード チャンプを継ぐ男』がなければ本作は生まれなかった。つまり、シルヴェスター・スタローンがいなければ『ブラックパンサー』は生まれなかった。
だから、シルヴェスター・スタローン、ありがとう。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 97% Audience 79%
IMDb
7.3 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 9/10 ★★★★★★★★★
(C)Marvel Studios 2017
以上、『ブラックパンサー』の感想でした。
Black Panther (2018) [Japanese Review] 『ブラックパンサー』考察・評価レビュー