血も涙も単位もない…ドラマシリーズ『ジェン・ブイ』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2023年)
シーズン1:2023年にAmazonで配信
原案:クレイグ・ローゼンバーグ、エヴァン・ゴールドバーグ ほか
性暴力描写 自死・自傷描写 ゴア描写 性描写 恋愛描写
ジェン・ブイ
じぇんぶい
『ジェン・ブイ』あらすじ
『ジェン・ブイ』感想(ネタバレなし)
大学の“選択と集中”、それは壊滅のフラグ
今の日本政府は「選択と集中」で日本の大学を選りすぐって世界最高水準の大学を作ろうと考えているようです。
ここ数年は大学運営にかかわる基盤的経費(運営費交付金)をカットし続けてきましたが、2023年に猛批判を受けているのは、10月に臨時国会に提出された「国立大学法人法の一部を改正する法律案」。政府が「運営方針会議」と称する新たな合議体を通じて大学に介入できてしまうもので、国立大学だけでなく私立大学にまでも将来的には導入を進める姿勢を明らかにしています。
これは大学の自治にとって大きな危機です。今後の大学のあり方や大学の中身まであらゆる面で発言する権限を実質的に奪われ、教員はただの駒になってしまいます。
何を大袈裟な…と思うかもしれませんが、歴史的に権力者は教育を支配したがるものです。現在のアメリカでも政治家が学校教育に介入し、「あれを教えるな」「これを学ばせるな」と指図してきています。
一方で大学の自治にだって問題がないわけではありません。大学内でも、学生や教員が搾取されたり、不正の温床になったりすることがあります。つい最近もアメリカンフットボール部の部員が薬物で逮捕された件で日本大学が不適切な対応を問われ、その自治能力が疑われる事態が起きていました(NHK)。試験の不正や、ハラスメント、差別、キャンパス内の性暴力など、さまざまな不祥事が浮上することもしばしばです。
つまるところ、大学というのは、それ自体が巨大な権力システムであり、その上位にさらに大きな権力システムがある…そんな多重構造の中にあると言えるでしょう。
そんな大学の構造を痛烈にエンターテインメントで風刺するドラマが颯爽と開学しました。
それが本作『ジェン・ブイ』です。
本作は、ドラマ『ザ・ボーイズ』のスピンオフであるということをまず理解しておかないといけません。2019年から「Amazonプライムビデオ」で独占配信が始まった『ザ・ボーイズ』は、溢れかえるアメコミ・ヒーロー・コンテンツを背景に、過激なヒーローがエログロで暴れまわって強烈なインパクトを与えた話題作。単に過激というだけでなく、しっかりヒーローを中心に政治社会を風刺しているのが魅力です。露悪的なノリは好き嫌いが分かれますが、間違いなく世の中を抉っていました。
2022年にシーズン3が配信され、絶好調でしたが、ここにきて実写のスピンオフが登場で、世界観をさらに拡張してきたことになります。まあ、基幹シリーズの『ザ・ボーイズ』だけでも相当数のキャラが登場していましたけどね。
しかも、この『ジェン・ブイ』は過激なスタイルは同じですが舞台や主要人物はガラっと変えてきているのです。本作は超人能力を持つ学生が集う大学が舞台。そこでそれはもう血みどろの大変なことが起きていきます。
タイトル「Gen V」は「Gen Z(Generation Z;Z世代)」を意識したもので、若い世代が勢揃いするというこもあり、この『ザ・ボーイズ』に新風を巻き起こすでしょう。
主役に抜擢されたのは、ドラマ『サブリナ: ダーク・アドベンチャー』の“ジャズ・シンクレア”。他には、『ゴーステッド Ghosted』の“リゼ・ブロードウェイ”、『アフター』シリーズの“チャンス・パードモ”、ドラマ『めちゃくちゃ恋するハンターズ』の“マディー・フィリップス”、ドラマ『シャイニング・ヴェイル』の“デレク・ルー”、ドラマ『シェイムレス 俺たちに恥はない』の“ロンドン・ソア”、ドラマ『ダーマー』の“エイサ・ジャーマン”、『ダニエル』の“パトリック・シュワルツェネッガー”など、若者がズラリ。
大人勢はドラマ『グッド・オーメンズ』の“シェリー・コン”が新しく参加し、『ザ・ボーイズ』からあのクソな大人たちを演じた面々もぞろぞろやってきます。
『ジェン・ブイ』はシーズン1は全8話。
本作を鑑賞して、大学の「選択と集中」が壊滅のフラグになることをどこかの政治家さんもよく肝に銘じておいてください。
『ジェン・ブイ』を観る前のQ&A
A:『ザ・ボーイズ』の登場キャラクターやストーリー展開がかなり挿入されるので、先にこちらを観たほうがいいかもしれません。
オススメ度のチェック
ひとり | :シリーズのファンなら |
友人 | :過激に盛り上がる |
恋人 | :作風が好めるなら |
キッズ | :R18+です |
『ジェン・ブイ』予告動画
『ジェン・ブイ』感想(ネタバレあり)
あらすじ(序盤):自分のためにヒーローになれ
スーパーヒーローの有名チーム「セブン」にAトレインという新顔が加入したことがニュースとなっており、初の黒人という快挙なのでヒーロー・マネジメントを展開する「ヴォート社」の副社長マデリン・スティルウェルも「人種差別の克服です」と誇らしげに番組で答えています。マリー・モローの父は「こっちでテレビを見ろ。歴史的瞬間だ」と居間で子どもたちを呼んでいましたが、マリーと妹のアナベスは興味ありません。
そのとき、マリーはお腹が苦しくなりトイレへ駆け込みます。生理が始まったようですが、その血がなぜか宙を漂い…。母が心配してやってきますが、その血は母の喉を貫き、父を吹き飛ばして殺します。血塗れのバスルームで動揺しながら座り込むマリー。妹のアナベスが茫然とその光景に立ち尽くし…。
目を覚ます現在のマリー。8年前の凄惨な記憶はまだ鮮明に思い出せます。
今いるのはレッド・リバー研究所。能力持ちの子が集団生活をしています。マリーの能力は血を自在に操れることです。ある子がエルマイラのリハビリセンターの車に強制的に連行されるのを目撃し、ここに居場所はないと再度痛感します。
マリーはゴドルキン大学に入学することを夢見ていました。学部長インディラ・シェティのもと、1965年創立の由緒あるヒーロー教育施設です。そして合格の嬉しい知らせが…。
こうしてついにワクワクしながらキャンパスに立ったマリー。能力を自由に発揮して、伸び伸び過ごす学生たちに圧倒されます。
ルームメイトはエマ・マイヤー。小さくなれる能力者で、リトル・クリケットとして動画配信しており、デビッド・カルーソというネズミが相棒のようです。
エマはスタジアムに連れていってくれます。そこではゴールデン・ボーイという名で知られるルーク・リオーダンが全身を燃え上がらせ、激闘をみせていました。彼がこの大学のランキングトップの学生だそうで、学生たちはこのランキング上位に選ばれることがステータスになるそうです。ルークの傍には友人のアンドレ・アンダーソン、そして恋人のケイト・ダンラップがいて、常に注目のまと。
マリーはずっと受けたかった犯罪対策学部のブリンク教授の講義が時間割にないので、助手のジョーダン・リーのもとへ訴えますが、申し込みは却下されたと言われます。教授に直接熱意を伝えるもあっさり断られ、舞台芸術学部を薦められました。
意気消沈して外を歩いていた夜中、なぜか警備員に追われるひとりの学生を発見。「森なんかには戻らない!」と絶叫していて、捕まえるのを手伝います。その場にアンドレも居合わせました。
その頃、ルークはドラフトなしでセブンに入ることをブリンク教授から伝えられていました。
アンドレに誘われたパーティで死にかけた女性を能力で助けたマリーは、一方的に教授に退学を命じられてしまいます。責任をなすりつけられたかたちですが、逆らう術もありません。
それでも再度教授に不満をぶつけようと部屋を訪れたとき、ルークがブリンク教授を焼き殺しているところを目撃。さらに激情のルークはみんなに見られる中、空で爆死してしまい…。
若者たちの苦悩が能力に
ここから『ジェン・ブイ』のネタバレありの感想本文です。
『ザ・ボーイズ』では能力者のその能力は、基本的に既にあるアメコミ作品のパロディのようになっており、それを弄ることが口実のようになっていました。
対してこの『ジェン・ブイ』は能力が若者にありがちな何かしらの苦悩と関連付けられる言動や症状のメタファーとして位置づけられて表現されているのが特徴です。
例えば、主人公のマリーは血に関する能力者で、最初は初潮という二次性徴と重ね合わせる印象的かつ鮮烈な能力開花を見せます。その後は自分の手などをナイフで切って、その血を操り、これはリストカットと同一です。自傷行為ですが、自分は傷つかず、他人が傷ついてしまうというのが、マリーの背負う苦悩です。
エマは身体サイズを小さくさせたり、大きくしたりできるのですが、これは吐いたり、食べたりといった行為と連動し、明らかに摂食障害を参考にしています。本人は摂食障害を受け入れておらず、それがまたストレスとなり、過保護な親や友人関係が状況を悪化させる。身体以上に心が不安定です。
そのエマと一時は恋仲になるサム。第1話で自殺したルークの弟で、もともと統合失調症だったようですが、どこまでがコンパウンドVの能力のせいなのか、もはや曖昧です。他人がパペットのように見えることがあり、倫理観に鈍感になりがちで、強力な身体パワーを制御しづらく、サポートを必要としています。
アンドレは磁気を操る能力を持ちますが、常に白人のルークの二番手であり、その位置に諦めきっているところがあります。そしてこれはスーパーヒーローとして活動経験がある父ポラリティの立ち位置と実はそっくりで、アフリカ系としての忍耐、家父長的な従属…そうしたものに挟まれています。
ジョーダンは、2つの身体的な性別と能力を自在に切り替えられます。フィクショナルな設定ですが、ジェンダー・アイデンティティはバイジェンダーのようで、出生時の男性としてしか受け入れない親との確執など、ノンバイナリーっぽいエピソードもあります。『ザ・ボーイズ』のときはアジア系の表象はイマイチでしたが、今回はきっちりやってきましたね。
そして複雑な闇を吐露するケイト。記憶操作というベタな能力ながら、描かれ方は辛い事実からの現実逃避的な行動そのもので、虐待被害者によくあるような心理状態(心理学でいう解離を意図的に引き起こせる)にありました。
本作は若い世代がみんな辛そうで悲しくなりますね…。
シーズン1:学生は“危険因子”か“製品”か
『ジェン・ブイ』は大学キャンパスを舞台に若い世代を取り巻く社会問題があれやこれやと描かれています。
いかにバズったかというSNS人気で評価されてしまうランキングへの渇望、『ハンティング・グラウンド』のようなキャンパス内での性暴力の蔓延…。
とくに陰湿にたっぷり描かれるのが、大人と学生の歪んだ関係性です。ジョーダンにとってのブリンク教授であったり、ケイトにとってのシェティ学部長であったり、学生が大人陣にマインドコントロールされてしまう状況。「私はあの先生がいないとダメだから」「あの教授は私を導いてくれる」…そんな感じで無意識に操られる。本作では学生のほうが能力者ですけど、非能力者の大人でもガスライティングという能力が使えるんですよね。
無論、それは愛情とかではなくて、「トップエリート学生を守る(大学の利益のために、大人の保身のために)」という偽善でしかないのです。
物語が進むと全容がわかってきます。シェティはホームランダーの飛行機大暴れのせいで夫と娘を亡くした過去があり、能力者を殲滅させるウイルスを開発するべく「森」で人体実験をしていました。シェティは能力者の若者を「危険因子」とみなしています(結果的に『ザ・ボーイズ』のブッチャーと同じ側)。確かに能力者優生過激思想に染まる学生の姿は危険な匂いがありました。
一方で、アシュリーなどのヴォート社は能力者の若者を「製品」とみなし、さしずめ「開発段階の品」です。儲けしか考えていません。
他に超能力者管理局の長官である議員のビクトリア・ニューマンという勢力もいて、こちらは表向きは政治的に公正な手続きで管理しようとしているようですが、シーズン1でこのニューマンもマリーと同じ血を操る能力者と判明しましたからね。しかも、この能力はホームランダーの攻撃も効かないようで、ちょっと情勢がわからなくなってきた…。
シェティ死亡、ニューマンがウイルス情報を持ち逃げ、ケイトとサムが救世主扱い(結局は白人)、マリー&エマ&ジョーダン&アンドレは謎の施設に監禁…一気にいろんなことが終盤で起きましたが、大学システムの腐敗は変わらず…。
『ザ・ボーイズ』シーズン4と『ジェン・ブイ』シーズン2に続くことは確定済みですが、どう絡んでいくのか先が読めません。
何よりも「ヒーローになりたい」という妹との関係回復ありきの進路を持っていたマリー。次なる進路を見つけるのか、血塗れ大学にまた通う日を待ってます。
ROTTEN TOMATOES
S1: Tomatometer 97% Audience 75%
IMDb
7.9 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Amazon ジェンブイ
以上、『ジェン・ブイ』の感想でした。
Gen V (2023) [Japanese Review] 『ジェン・ブイ』考察・評価レビュー