感想は2200作品以上! 詳細な検索方法はコチラ。

『ガール・ウィズ・ニードル』感想(ネタバレ)…残酷な針が女たちを貫く

ガール・ウィズ・ニードル

その針を尖らせたのは…映画『ガール・ウィズ・ニードル』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Pigen med nalen(The Girl with the Needle)
製作国:デンマーク・ポーランド・スウェーデン(2024年)
日本公開日:2025年5月16日
監督:マグヌス・フォン・ホーン
自死・自傷描写 児童虐待描写 性描写
ガール・ウィズ・ニードル

がーるうぃずにーどる
『ガール・ウィズ・ニードル』のポスター

『ガール・ウィズ・ニードル』物語 簡単紹介

第1次世界大戦後のデンマークのコペンハーゲン。カロリーネは地元の工場で裁縫師として懸命に働くも困窮していた。戦場に兵士として向かった夫は音信不通で、もう亡くなったと考えていた。新しい人生を始めようとするが、次の結婚相手と考えていた勤め先の工場長の男との間に子どもを作るも、どうしようもない厳しい現実に直面し、追い込まれていく。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『ガール・ウィズ・ニードル』の感想です。

『ガール・ウィズ・ニードル』感想(ネタバレなし)

スポンサーリンク

これもデンマークの確かに実在した過去

2025年、デンマークでは中絶に関する大きな法制度の変化が起きました。中絶期限を12週から18週へ引き上げる法律の改正案が可決され、議会を通過したのです。また、これによって15歳から18歳までは親の同意は不要となり、中絶の権利はより若い世代にも拡大することになりました。

デンマークが中絶を完全に合法化したのは1973年でした。世界の国々の中ではかなり早い法制化でした。2025年にはさらに前進し続けることになります。遅れまくっている日本からすれば羨ましいです。

そんなデンマークも17世紀の頃は中絶すれば死刑でした。社会は変わるものですね。

そのデンマークの現在の姿を見つめられる今、今回紹介する映画を観てしまうと「ええ? これが同じ国?」とギョっとするのですが、そういう時代もあったという紛れもない歴史の一片です。

それが本作『ガール・ウィズ・ニードル』

本作は第一次世界大戦後のデンマークの首都コペンハーゲンを舞台にしており、戦争終結直後の傷跡も生々しい社会の混乱の中で、貧困と女性抑圧の二重苦に苛まれながら懸命に足掻いて生き抜こうとするひとりの女性を主役にしています。

全編にわたってモノクロで映し出され、見るからに陰鬱で、中身も相当に重たい一作です。寓話的、それも暗黒面を覗き込むような残酷な寓話になっているのですが、実はこれ、実話が元にもなっていて、そこも衝撃的なんですね。

中絶がひとつの描かれるポイントになってきますが、それ以外にもこの時代の女性たちが声もあげられず抱え込むことになっていた苦悩がこれでもかと最悪のかたちで直視させられ…。観てるこっちも言葉を失ってしまうような映画です。

この『ガール・ウィズ・ニードル』を監督したのは、スウェーデン系ポーランド人の“マグヌス・フォン・ホーン”。2015年に刑務所から出所した若い男が地元の現実に直面する姿を描いた『波紋』という映画で長編映画監督デビューして高く評価され、2020年にはフィットネスのインフルエンサーがストーカーを撃退するべく行動にでる3日間を痛烈に描いた『スウェット』も監督しました。

『ガール・ウィズ・ニードル』は“マグヌス・フォン・ホーン”監督の3作目となるわけですが、歴史モノに手を出し、また一気に注目度が跳ね上がりました。カンヌ国際映画祭のコンペティション部門にも出品され、米アカデミー賞の国際長編映画賞にもノミネート。これは今後、賞ステージの常連になっていきそうです。

主演を務めるのは『MISS OSAKA ミス・オオサカ』『ゴッドランド GODLAND』“ヴィクトーリア・カーメン・ソネ”(ビク・カルメン・ソンネ)。共演は、ドラマ『メアリー&ジョージ 王の暗殺者』“トリーネ・デュアホルム”『The Blue Orchid』“ヨアキム・フェルストロプ”、ドラマ『ダークネス:ゾウズ・フー・キル』“ベシーア・セシーリ”、同じくドラマ『ダークネス:ゾウズ・フー・キル』に出演していた“テッサ・ホーダー”など。

『ガール・ウィズ・ニードル』は観終わった後はちょっと気が重くなってテンションは下がりっぱなしかもしれませんが、鑑賞後の気分回復を用意したうえで臨んでください。

スポンサーリンク

『ガール・ウィズ・ニードル』を観る前のQ&A

✔『ガール・ウィズ・ニードル』の見どころ
★モノクロで映し出される当時の社会における女性の壮絶な抑圧。
✔『ガール・ウィズ・ニードル』の欠点
☆ショッキングな描写があるので注意。

鑑賞の案内チェック

基本 危険な中絶行為、ドラッグ依存、自殺未遂、さらには赤ん坊の死の描写があります。
キッズ 1.0
性行為の描写があるほか、残酷なシーンがあります。
↓ここからネタバレが含まれます↓

『ガール・ウィズ・ニードル』感想/考察(ネタバレあり)

スポンサーリンク

あらすじ(前半)

1919年、デンマークのコペンハーゲン。カロリーネは困窮していました。支払いを求めて部屋に押しかけられるも払えません。隠していた小銭でその場しのぎを試みるも無駄です。身近に頼れる人もいません。

こうなってしまったのも、夫のペーターが戦争に派兵されたのが大きいです。夫は音信不通で返事は無し。生きていない可能性が高いと考えていました。けれども正式な死亡宣告もされていないので、未亡人として補償金がでるわけでもありませんでした

カロリーネは地元の工場で多くの他の女性たちに交じって裁縫師として必死に働くものの、稼ぎはわずか。ついには住み慣れた家の部屋を追い出され、粗末な場所に引っ越すしかなくなります。そこは壁も天井も汚れ、住み心地は良くないですが、文句を言えません。

このままでは飢え死には避けられません。そこでカロリーネは新しい人生を踏み出そうと考えます。それはつまり新しい夫を見つけるということでした。

ちょうどいい相手が近くにいました。勤務している工場の工場長であるヤアアンです。裕福で身分もいいので、上手くいけば生活は好転するはず。カロリーネはヤアアンと親しくなっていき、2人で一緒に出かけ、仕事終わりに路地裏の暗がりで体を重ねます。

戦争が完全に終わり、工場の雰囲気は変わり始めました。もう戦争のためのものを作る必要はないのです。

ある日、退勤時にカロリーネの名を呼ぶひとりの不審な男が通りの向こうに立っているのに気づきます。最初は誰かもわかりませんでしたが、近づいてみるとそれは夫ペーターでした。戦争の傷で顔面は大きく負傷していましたが、マスクでそれを隠しています。それ以外は無事なようで、とにかく生きて、今ここにいます。

とりあえず家に連れて帰り、久しぶりの夫婦の会話。気まずいです。カロリーネは本音をぶちまけます。死んだと思って新しい人生を生きようとしていたと告白し、妊娠のことも話します。

「きみは私の妻だ」とのペーターの言葉に、「出て行って!」と追い出すカロリーネ。ペーターは困惑しながら席を立ち、その場を去ります。

慌てたカロリーネは職場でヤアアンのもとに行き、結婚を急ぎたいと頼みます。そして着飾り、ヤアアンの家に行き、そこはメイドもいる屋敷です。しかし、ヤアアンの母は厳格で、まず本当に妊娠しているのかと身体のチェックを受けさせます。確かに妊娠していることがわかりましたが、なんとヤアアンの母親は2人の身分違いの結婚を認めませんでした

結婚という手段を封じられ、後先がなくなり、孤立したカロリーネ。もはやこのお腹の胎児すらも負担でしかありません。そこで地元の銭湯で大きな針を使った危険な中絶を試みる覚悟を決めます。痛みを口を手で押さえて我慢し、針が深く入り込もうとした瞬間…。

ダウマという女性に止められます。その人は7歳のエレナという娘と一緒です。

なんでもダウマは表向きはキャンディショップを経営していますが、その裏で秘密の養子縁組の斡旋をしているらしく、貧しい母親たちが望まない子どもを里親に託す手助けをしているとのこと。

カロリーネはこのダウマに頼ることになっていき、そこで住み込みで働き始めますが…。

この『ガール・ウィズ・ニードル』のあらすじは「シネマンドレイク」によってオリジナルで書かれました。内容は2025/05/19に更新されています。
スポンサーリンク

生きるために女に何ができるか

ここから『ガール・ウィズ・ニードル』のネタバレありの感想本文です。

『ガール・ウィズ・ニードル』は、女性への抑圧があまりに当然のように構造化して組み込まれた救済なき社会で、極限の行為に手を染めるしかなくなるまでに追い詰められていく女性たちの悲痛さが生々しく刻み込まれていました。

第一次世界大戦ではデンマークは一応は中立の立場でしたが、治安を守るという名目で部隊を動員し、大国の狭間で翻弄され続けました。当然、本国の住人生活も戦争で疲弊し、厳しい状況が深刻化しました。

そんな中、コペンハーゲンで暮らすカロリーネはどこにでもいる平凡なひとりです。際立った境遇とかではありません。おそらくこういう女性は当時のデンマークにたくさんいたのでしょう。

カロリーネが貧困に陥っているのはひとえに「夫がいない」…その理由に尽きます。男無しでは女は困窮する…それが定めでした。カロリーネも工場で働いてはいますが、典型的な戦時中の労働力不足を補う穴埋めとしての女性の雇用にすぎず、安定した生活を維持できる収入にはなりません。

本作はそんなカロリーネがこの社会でサバイブする物語です。

そして考えついたのが工場長の男と結婚するという手段。やはりここでも男に依存しないといけない現実が存在します。カロリーネの本来の夫であるペーターは帰還してきますが、戦争の負傷で身体的にも精神的にも障害者となり、こうなると世間はこういう「規範から外れた男」を「男」としては扱いません。カロリーネもやむなくペーターを捨てるしかなくなります。

カロリーネのやっていることは狡猾だと思うかもですが、当時は生存するにはこれしかありませんでした。本作はとにかく現実を突きつけてきます。

しかし、結局あの工場長との結婚の計画は破談となり、すでに妊娠したカロリーネは一転してより窮地になります。妊娠というのがいかに女にとってのハイリスクな賭けになってしまうかということです。

当時のデンマークでは中絶は懲役刑。戦時中はあれだけ命を奪う行為に国家的に多くの男性兵たちは手を染めていたのに、女性が中絶するのは非倫理的とみなされるというのは、矛盾した皮肉な話です。

ここから銭湯での自力での中絶の試みといい、モノクロの描写も相まって、非常にスリラーを超えてホラー風味が濃くなります。まるでカロリーネがどんどんと奈落の底に転げ落ちていくかのようです。

舞台自体はよくある第一次世界大戦と第二次世界大戦の間の庶民目線の歴史ドラマではあるのですが、音楽をサウンドアーティストの“ピュース・マリー”が手がけていたり、演出のしかたが独特で、個性が研ぎ澄まされた映画でした。

スポンサーリンク

極限の行為の理由

『ガール・ウィズ・ニードル』の後半はカロリーネがダウマという女性に助けられ、一時は「やっと救済の場を見つけた」ように思えます。しかし、ここからこの映画は最も暗黒を発揮し、「極限の行為に手を染めるしかなくなるまでに追い詰められていく女性」の最悪をみせつけてくることに…

このダウマ、実在の人物を元にしていて、1913年から1920年の7年間で、自身の子ども1人を含む9人から25人の子どもを殺害した罪で実刑を受けました(死刑判決でしたが終身刑に減刑されています)。

作中のダウマの行為は本当に恐ろしいことですし、倫理的にも許容できるものではないのは言うまでもないのですが、本作は別にこのダウマの所業を咎め、断罪するような映画ではないでしょう。

先ほどからずっと言及しているように、そしてこの映画が序盤からずっと描いてきているように、あのダウマも当時の社会の問題と地続きです。つまり、女性への抑圧があまりに当然のように構造化して組み込まれた救済なき社会が行きついた結果があのダウマです

貧困ゆえに子どもを育てられない…そんな女性たちの苦しさを「子どもを引き取って密かに“処分”する」という行為で、代わりに罪悪感を受け持つ。ダウマにその異様な責任を背負わせたのは他でもない社会です。

戦争というものが男性を狂わせていく物語は多いですが、女性も社会の片隅でおかしくなっていっていたのだという歴史上の紛れもない事実。とくにそれは女性の平等な権利が存在しないゆえの歪みであり、それが歪曲した方向へと暴走していく…。『レッド・バージン』なんかも最近ではその類のショッキングな映画でしたが、『ガール・ウィズ・ニードル』もじゅうぶんに匹敵するものでした。

『ガール・ウィズ・ニードル』は史実と違って、ラストは観客にささやかな救いを提示しており、そこでなんとか希望を見いだせますが…。

まあ、でも一番の救いは現在のデンマークがこの記事の冒頭で紹介したように、中絶に関してとても真摯に社会が向き合い、女性のために尽くしていることですけどね。その今があるからこの『ガール・ウィズ・ニードル』を観ても絶望で終わらないでいられるところがあるなと思います。

逆に日本側としてこの映画を観終えると、この映画内の1919年のデンマーク社会での抑圧が2025年の日本社会とそう変わらない気がして、感情が重くなる…という問題があって…。現在の日本では孤立した女性が密かに出産して赤ん坊を遺棄して死に至らしめたことで逮捕されて有罪になる事件が散発していますから。

いまだに女性に鋭い針を握らせて押し付けている日本こそ、今すぐに本当の意味で社会を変えるべきです。

『ガール・ウィズ・ニードル』
シネマンドレイクの個人的評価
8.0
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)

作品ポスター・画像 (C)NORDISK FILM PRODUCTION / LAVA FILMS / NORDISK FILM PRODUCTION SVERIGE 2024 ガールウィズニードル ザ・ガール・ウィズ・ザ・ニードル

以上、『ガール・ウィズ・ニードル』の感想でした。

The Girl with the Needle (2024) [Japanese Review] 『ガール・ウィズ・ニードル』考察・評価レビュー
#デンマーク映画 #マグヌスフォンホーン #実話事件 #中絶 #殺人 #カンヌ国際映画祭 #アカデミー賞国際長編映画賞ノミネート