ヨークシャーの大地で愛を育む…映画『ゴッズ・オウン・カントリー』(ゴッズオウンカントリー)の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:イギリス(2017年)
日本公開日:2019年2月2日
監督:フランシス・リー
ゴッズ・オウン・カントリー
ごっずおうんかんとりー
『ゴッズ・オウン・カントリー』あらすじ
年老いた祖母や病気の父とともに、家族経営の寂れた牧場で暮らす青年ジョニー。孤独な労働の日々を酒と行きずりのセックスで紛らわす彼のもとに、ルーマニア移民の季節労働者ゲオルゲが羊の出産シーズンを手伝いにやってくる。はじめのうちは衝突してばかりの2人だったが、ジョニーはこれまで感じたことのない恋心を抱きはじめる。
『ゴッズ・オウン・カントリー』感想(ネタバレなし)
ヨークシャーを知っていますか
「イギリスの料理はマズい」…そうなにかとネタにされがちな英国料理界隈ですけど、じゃあ、代表的なイギリス料理と言えば?と聞かれてバラエティ豊かに答えられる日本人はあまりいないです。そもそもイギリス料理店というのがほとんど見かけないですから、しょうがないといえばそうなのですが…。
でも個人的にはイギリス料理の趣は家庭料理にこそあるのではないかと思っていて、その代表的な料理が「ヨークシャー・プディング」です。名前からしてスイーツ風に思えますが全然違って、シュークリームの皮だけみたいなもので、肉料理の付け合わせとして食されます。このヨークシャー・プディングをベースに皿のようにして中にソーセージを詰めた料理を「トード・イン・ザ・ホール」と呼び、こちらもイギリスの郷土料理です。トード・イン・ザ・ホール…つまり「穴の中のヒキガエル」という意味ですが、なんだこのネーミングセンス…。
それはさておきなんでこんな話をしたかと言えば「ヨークシャー」です。イギリスは、イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドの4つからなって、独自の文化を持っている…という話は散々していますし、常識ですが、そこに第5の地域を挙げるならこのヨークシャーがそうです。
治政的にはイングランドに属していることになっていますが、イングランド北部にあるこの地域はこれまた独自の文化と誇りを持った場所となっています。ヨークシャーのうち「シャー」の部分は行政上の区域を差す語(日本でいう都道府県みたいなもの)なので、地方の名としては「ヨーク」です。
先ほど挙げたヨークシャー・プディング以外にも、リコリス菓子の発祥の地だったり、製菓産業が盛んです。いろいろな伝統を生み出しているんですね。
そんなヨークシャーが舞台になった地方映画が本作『ゴッズ・オウン・カントリー』です。タイトルは、ヨークシャーの田園地帯が「神の恵みの地方(God’s Own County)」と称されていることに由来しています。
監督の“フランシス・リー”はこのヨークシャー出身で、自分の故郷の記憶をそのまま映画にしたとのことで、非常に私的な思いの詰まった作品になっているのでしょう。ただ、日本の地方映画にありがちな、観光宣伝動画みたいなものには全くなっていないというのが重要なところ。ちゃんとヨークシャーの田舎らしい閉塞感もリアルに映し出しているんですね。でもマイナス面ばかりでもなく。そのバランスが上手い一作です。
そして素晴らしいことに本作は批評家評価が非常に高く、各賞に輝くなどインディーズ系の作品としてこれ以上ない絶賛。英国インディペンデント映画賞では、多くの部門にノミネートされ、最優秀英国作品賞、最優秀主演男優賞、最優秀新人脚本家賞、最優秀音響賞を受賞。監督デビュー作で、この成功ですから、凄いものです。これからも注目を浴びそうな監督ですね。
日本では2018年に一部で実施された特集企画で上映されただけでしたが、そこでの観客の評価も良かったため、2019年に全国公開が開始。観られる機会が増えて良かったです(まあ、それでもすごく上映は少ない方ですけど)。下手したら劇場上映どころか、ビデオスルーにすらならずに終わる可能性もある映画でしたからね。
中身は真正面で描き切ったゲイ・ロマンスなラブストーリー。ヨークシャー版『ブロークバック・マウンテン』みたいな感じと言ってもいいかなと。静かに染みわたる良作です。より多くの人に観てもらってこの魅力を知ってもらいたい…確かに応援したくなる映画でした。
高評価を信じて鑑賞してみてはいかがでしょうか。
オススメ度のチェック
ひとり | ◎(隠れた名作を観たいなら) |
友人 | ◯(映画好きはとくに) |
恋人 | ◯(ジェンダー関係なく) |
キッズ | △(性描写あり) |
『ゴッズ・オウン・カントリー』感想(ネタバレあり)
なにこれ、愛しい
『ゴッズ・オウン・カントリー』は言ってしまえば「ゲイ映画」なわけですが、あまり直接的な差別は描かれません。
ある男が、よそから来た別の男と出会い、恋に落ち、喧嘩し、また愛を深める。それだけの経緯をたどるストーリーであり、そこにセクシュアリティへの露骨な問いかけは不問です。
本作が多くの観客の心を掴む理由のひとつにキャラクターのピュア(純粋さ)とインピュア(不純さ)のバランスがあると思います。同じようなゲイ映画で高評価を獲得した作品だと最近は『ムーンライト』や『君の名前で僕を呼んで』がありましたが、『ゴッズ・オウン・カントリー』はちょうどそれらの中間的な映画に思えました。
『ムーンライト』ほど社会問題に苦しむ葛藤が描かれているわけではない(ただ後述するようにこの観点もゼロではないと思いますが)。外の世界から入ってきた存在に恋をするという意味では『君の名前で僕を呼んで』と同じパターン。でも、『ゴッズ・オウン・カントリー』の主人公はかなり荒んだ状態にある点が決定的に違います。
主人公のジョニーはヨークシャーの田舎で農業や畜産業をする家庭に生まれました。しかし、家にいるのは体が不自由で杖をついている父と、高齢の祖母。要するにバリバリに動ける働き手は自分だけ。そんな生活が嫌で嫌で仕方がないのでしょうが、出ていくほどの力もない。結果、目についた男と激情のおもむくままにヤっては、酒を浴びるように飲み、倒れ、翌朝にトイレで吐く。この何の生産性もない行動の繰り返し。
序盤で映し出されるジョニーのセックスは非常に乱暴で、動物的なのが印象的です。完全に性を感情の捌け口にしている感じで、依存症に近い状態でもあります。
そんなジョニーの元に短期労働者としてやってきたのがゲオルゲという男。この男がまたジョニーとは真逆のしっかり者で、仕事のできるやつ。しかも、仕事だけでなく、ジョニーに「愛」も教えてくれて…。
最初1回目にジョニーとゲオルゲが体を交えるシーンはいつものように獣的な生々しさで強引なのですが、それからどんどん懐柔されていったジョニーは優しく愛撫する思いやりのこもったセックスをしていき…。
あとはもう二人のイチャイチャ・パートです。二人でトラクター、二人でバイク、二人で風呂…じゃれ合いがどこまでも微笑ましく。仲違いを乗り越えて、“二人の家”へ帰る寄り添い合った姿はこれ以上ない理想的なハッピーエンド。
観客はニッコリできますよ、そりゃあ、もう。
宗教アートです
そんな純愛に心をスパーク・ジョイするのもいいですが、そんなピュアさとは対照的に絵作りは非常にシック。プライベートな交流を描くスケールの小さい内容をおさめるにしては、壮大すぎる世界観が怖いくらいです。
どんよりした曇り空と寒々しい風景は、一種のここで暮らすジョニーを含めた者たちが抱える閉塞感を象徴するようですが、ヨークシャー地方はもともと天候が不安定らしく(だから撮影も大変だったそうです)、そこまで狙ったわけではないかもしれません。でも観客に想像させるだけのフィールドの力がありますよね。
そして何よりも宗教的もしくは神話的な意味でシンボリックな絵作りになっているのが印象的。
ジョニーとゲオルゲ、二人の男。この最小構成もそうですが、その間に子羊を加えているのがまた効果的で。ゲオルゲは衰弱して死にかけた子羊を手当てして、体をさすり、見事に息を吹き返させるわけですが、それはまるで神の御業のよう。私は、死んだ子羊を手慣れた手つきでさばいていくゲオルゲが、その毛皮をはぎとり、別の子羊にかぶせてあげるシーンがとても好きですが、生と死…奪うことと与えること…この世の理を体現していくゲオルゲはやはり導き手として描かれています。すくすくと育つ子羊を愛でながら、愛を深める二人の男の絵面はもはや芸術的な宗教絵画みたいです。
子羊を飼いたくなるなぁ…。
この映像と構成センスがあるからこそ、本作をただのウェルメイドな純愛映画で終わらせていない、格調を一段上げた素晴らしさがあるのだと思います。
愛は他者を受け入れる力になる
しかも。まだ終わりじゃない。
先ほど「社会問題に苦しむ葛藤が描かれているわけではない」と書きましたが、でも読み解いていけば本作の物語にも社会というリアルな要素を掬い取ることができるようになっているのも面白さじゃないでしょうか。
まずヨークシャーは独立心が強い地域と説明しましたが、そのとおりそれは政治にも表れていて、最近も話題の渦中にあるブレクジット問題でもヨークシャーはEU離脱派が多数でした。
本作はそんなヨークシャーに来るルーマニア移民の季節労働者の話でもあります。そしてそのよそ者であるゲオルゲは明らかにネガティブな迎えられ方をします。とくにジョニーは容赦なく、ゲオルゲを侮蔑的な言葉で呼びます。「ジプシー」は相手を下等に見ている差別的な表現です(正確には「Gypo」と言ったのかな?)。
でもこれは明確なのですけど、ゲオルゲは教育的にも人間的にも優秀で、劣ったところを見つけることの方が難しいくらいです。英語もスラスラ。一方の、ジョニーはヨークシャー訛り全開で、粗雑。こう言ってはなんですが、ジョニーの方がどう考えたって“下等”と思われてもしょうがない状態です。そもそもヨークシャーなんてド田舎ですから。ゲオルゲがパブで客に地味な嫌がらせを受けたりもしていましたが、やはり地域全体にそういう“よそ者”嫌悪感情が蔓延っているのでしょう。
これは背景には先進国イギリスと東欧ルーマニア…ヨーロッパ内での経済格差が如実に存在しているのですが、まあ、ジョニーにはそこまでの社会問題に対する教養もなく…。だから偏見につながっています。
しかし、よそ者なんで出ていけと追い返せない現実もあります。人手が足りない。この「独立心は強いけど、単独では安定できない」というジレンマが本作にはずっと内在しているんですね。
それはゲイも同じ。本作はホモフォビアのような露骨なLGBTQ差別やそれに対する苦悩は表面上は描かれていません。でもジョニーの父や祖母の態度を見るに、やっぱり奥底では抱えているのでしょう。でも言えない。言ってしまえば、今の全てが崩壊するような気がしてくる。直接的な差別だけではない、こういう“言えなさ”というのもLGBTQ界隈ではあるあるだと思います。
時代の変革に揺れ動く保守的なヨークシャーという地域が、新しい愛を知り、それを受け止め、次の時代を生きる一歩につながっていく。そんな未来を提示させるような終わり方でもあったのではないでしょうか。ラストは“受け入れ、迎え入れる”というそのままの終わりでしたしね。
エンディングで映しだされる昔のヨークシャーの実録映像から、新しい価値観を受け入れても故郷の良さは変わらないんだという監督の地元愛を感じました。
春ですね。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 97% Audience 87%
IMDb
7.7 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★
作品ポスター・画像 (C)Dales Productions Limited/The British Film Institute 2017
以上、『ゴッズ・オウン・カントリー』の感想でした。
God’s Own Country (2017) [Japanese Review] 『ゴッズ・オウン・カントリー』考察・評価レビュー