販促動画の大作?…映画『グランツーリスモ』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2023年)
日本公開日:2023年9月15日
監督:ニール・ブロムカンプ
恋愛描写
グランツーリスモ
ぐらんつーりすも
『グランツーリスモ』あらすじ
『グランツーリスモ』感想(ネタバレなし)
あの人気レースゲームを題材に
運転免許を持っている人ならわかると思いますが、自動車教習所には車の運転を体験できるシミュレーターがあり、講習の中でそれを利用する機会があります。ゲームセンターにあるような座席とハンドルがついていて、アクセルやブレーキペダルもあるので、実際の車とそっくりです。
と言っても、あくまで運転操作の基礎を覚えるためのものなので、そんなに超リアルなシミュレーションはできません。シミュレーターを利用するくらいなら普通に実物の車を運転してみるほうが手っ取り早く学べますからね。
しかし、今では自分の家でものすごいハイテクなドライビング・シミュレーター・ゲームをプレイできる時代です。
そのゲーム・ジャンルで先頭を爆走してきたタイトルと言えば「グランツーリスモ」でした。
「グランツーリスモ」は1997年に「PlayStation」で1作目が発売され、以降、大人気となってシリーズ化しているゲームです。レーシングゲームですが、その売りは超リアルな映像とシミュレーションとしての面白さ。まるで自分が本当にレーシングカーを運転しているような操作感を味わえます。当時の家庭用ゲーム機の性能が飛躍的に向上し始めたことがこのジャンルの燃料となり、今も新しいゲーム機がでるたびに新作「グランツーリスモ」の映像がいかに実写そっくりかが語られる…そんな光景がおなじみとなりました。
この「グランツーリスモ」の生みの親は“山内一典”という日本のゲームクリエイターで、「ソニー」で働いていて、念願叶って車ゲームを作れたのだとか。すっかり「ソニー」の主力ゲームタイトルです(開発は「ポリフォニー・デジタル」)。
こんなふうに紹介しておいてなんですが、私は「グランツーリスモ」ってプレイしたことがないんですよ。というかドライビング・シミュレーター・ゲーム自体をしっかりプレイした経験がない…。レーシングゲームでさえ「マリオカート」くらいしか…。つくづく車には興味ない人間なんだな…。
そんな「グランツーリスモ」ですが、ついに2023年、映画化されました。
それが本作『グランツーリスモ』です。
『アンチャーテッド』やドラマ『THE LAST OF US』と近年はゲームの実写化に続々と乗り出している「PlayStation Productions」のラインナップとなります。
ただ、この『グランツーリスモ』、少々他とは違っていて、厳密にはゲームの実写化ではありません。ゲームをとりまく出来事の映画化であり、ほぼ伝記映画です。ビジネス成功モノであり、スポーツ成功モノでもあります。
具体的には、ゲーム「グランツーリスモ」の凄腕プレイヤーが実際のプロのカーレースに出場するまでの逸話を描いています。主人公も実在の人物で、多少の脚色はありますが、大まかな流れは実話に基づいています。
その映画『グランツーリスモ』をソニーが制作・配給するわけですから、もう完全に自社コンテンツ推しまくりの作品です。正直「これってカネをかけた販促動画なんじゃないの?」というツッコミは大いに頭に浮かぶのですが、そこはグっとこらえるとしようか…。『バービー』どころじゃない、商業利益ありまくりの映画ですよね。まあ、それこそ「PlayStation Productions」のビジネス上の狙いなわけだけど…。
この映画『グランツーリスモ』を監督したのが意外な人物で、“ニール・ブロムカンプ”です。2009年の『第9地区』で鮮烈な注目を浴びた奇才ですが、その作家性はハリウッドの大手とは相性が悪く、苦い経験もあったし、商業的な大作は避ける方向でいくのかなと思ったら、いきなりの『グランツーリスモ』ですからね。やっぱり『デモニック』みたいな小粒の作品や短編をちまちま作っているだけだと、資金的に厳しいと思ったんだろうか…。
映画『グランツーリスモ』の脚本を手がけるのは、『アメリカン・スナイパー』の“ジェイソン・ホール”と、『クリード 過去の逆襲』の“ザック・ベイリン”。
俳優陣は、『ティーンスピリット』やドラマ『See 暗闇の世界』の“アーチー・マデクウィ”が主人公に抜擢され、『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズの“オーランド・ブルーム”、『バイオレンス・ナイト』の“デヴィッド・ハーパー”、『シャザム!〜神々の怒り〜』の“ジャイモン・フンスー”、ドラマ『私の初めて日記』の“ダレン・バーネット”などが脇に揃っています。
映画『グランツーリスモ』はジャンルが王道なのでゲームにそんな興味ない人でも見やすい作品です。映画でテンションあがっても、くれぐれも安全運転だけは忘れないでください。
『グランツーリスモ』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :ひとりでも快走 |
友人 | :みんなで盛り上がる |
恋人 | :恋愛要素薄め |
キッズ | :車好きの子にも |
『グランツーリスモ』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):これはゲームではない
ウェールズのカーディフ。衣料品店で働くヤン・マーデンボローはごく普通の若者。今の彼の最大の楽しみは、ゲームです。今日はそのお目当てのゲームが届き、大興奮が抑えられません。箱から出てきたのは本物の車と同じようなハンドル。これがそのゲームをプレイするのに欠かせません。
「グランツーリスモ」…本格的なドライビング・シミュレーターであり、レーサーになったようなリアルな臨場感を味わえます。
そんなゲームに熱中するヤンに対して、父親はあまりいい顔はしていません。食事の席でも険悪な空気。父はヤンにもサッカーを楽しんでほしいようですが、ヤンにとってはこの「グランツーリスモ」こそが生きがいなのです。
部屋にこもってゲームを起動。ゲーム内で車をカスタマイズし、走行すれば、もうそこは自分だけのレースです。
ところかわって東京。日産のモータースポーツ部門にやってきたのは、マーケティング責任者のダニー・ムーアです。彼はある企画を持ち込んできました。それは「グランツーリスモ」の熟練プレイヤーを採用し、本物のレーシングドライバーに育てるという大胆なアイディア。自信満々に提言し、通訳を介して反応を窺います。名付けて「GTアカデミー」です。
とりあえずGOサインが出ましたが、問題があります。選手たちをトレーニングする人材が必要です。何人か候補をリストアップし、連絡するも、やはりこの前代未聞の企画に乗ってくる人はいません。残ったのは、元ドライバーからメカニックになったジャック・ソルターでした。
直接話してみると、ゲームなんてと相手にされません。かといってジャックも今の職場に満足しているわけでもありませんでした。今のジャックの所属するチームの若手ドライバーであるニコラスはかなり傲慢な態度で、ジャックもうんざりでした。ゲーム・キッズの面倒をみるほうがマシかと判断し、思い切ってこの「GTアカデミー」を承諾してくれます。
ヤンはいつものように地味な仕事をしていると、友人から「グランツーリスモ」でタイム記録を樹立すると「GT アカデミー」という本物のプロのレーサーになれるチャンスが巡ってくると教えられます。企画者のダニーが熱く呼びかける動画を目にして、もしかしたら人生を変えるかもと心が跳ね上がります。
少し高揚しているヤンは弟からパーティーに誘われ、兄弟は父親の車に乗って、警察車両を振り切る危ない走行をしてしまいました。しかし、ヤンは自分の運転にさらに自信を持ちます。
そしていざ運命を決めるレースがゲーム内で始まります。これに見事に1位を獲得し、ヤンは「GTアカデミー」への出場権を得ることができました。
こうして集まったのはゲーム内では抜群の才能を見せたプレイヤーたち。そんな一同の前に立ったジャックはこう言い切ります。
「これはゲームではない」
この意味をヤンはこれから強烈に思い知ることになり…。
ゲームオタクも結局はこれに憧れる
ここから『グランツーリスモ』のネタバレありの感想本文です。
映画『グランツーリスモ』は「GTアカデミー」という企画を題材にしていますが、プロのレーサーがシュミレーターを利用してスキルを磨くというのは、今ではそんなに珍しい話ではないようです。シュミレーターの性能もどんどん上昇したのも背景にあるのかな。
本作は、ゲームオタクがプロのカーレースへと挑む…というプロットであり、これ自体は日本映画でも『ALIVEHOON アライブフーン』なんかがありました。
全体のプロットはオーソドックスで、『ロッキー』みたいな社会の底辺から成りあがっていくスポーツ成功譚です。勝利という栄光、カノジョの獲得、父との和解など、かなり定番な通過点がきっちり並んでいます。
ひとつ大きな違いは、何度も繰り返しますが主人公はゲームオタクであるということで、本来はこうしたスポーツ成功譚において外野にいるような層です。その「スポーツできる奴なんてどうせ恵まれてるだろ?」と思ってしまいがちなゲームオタクでも、全く同じスポーツ成功譚が手に入ってしまうのがこの「GTアカデミー」のご褒美であり、結局、「ゲームオタクもこういう人生が本当は羨ましいと思ってますよね?」という話です。
主人公のヤン・マーデンボローは実在の人物ですが、本作においてはその人物の史実のバックグラウンドはなるべく薄められています。
本当は親ともそんなに仲が悪かったわけでもないし、「GTアカデミー」の参加もすんなりいっていたし、ましてやヤンが最初の「GTアカデミー」の突破者でもないのですが、そこは映画では省略されています。
結果、映画内では「ただの鬱屈を溜めていたゲームオタクがゲームの腕前ひとつで大成功を手にした」という、超シンプルなサクセスストーリーとしてショートカットで最短プロット化されており、観客が感情移入しやすい主人公の型にハマっています。
でもこれだけ「ゲームオタクでもプロの世界で栄光を勝ち取れるぜ!」とぶちあげる物語を見せておきつつ、実際の「GTアカデミー」、2016年で終わってるんですけどね。
やっぱり今の時代は「eスポーツ」に重点が置かれているから、そんなに本物のカーレースと接続する意味もなくなっちゃったのかな。
監督の作家性がもし全開だったら
映画『グランツーリスモ』はざっくり評すれば典型的なスポーツ・マッチョイズムに迎合しているのですが、それを“ニール・ブロムカンプ”が監督しているってところで、一筋縄ではいかない異色さが染み出しています。そもそも“ニール・ブロムカンプ”監督の作家性としても、そんなマッチョイズムな王道映画を作るタイプのクリエイターではありませんからね。
もちろんこの物語が“ニール・ブロムカンプ”監督のテーマ性と部分一致する面もあって、とくにゲーマーというデジタルの人間が、リアルな世界でその真価をどこまで発揮できるのかという、バーチャルとリアルの接続点を試していくような味わいは、とても監督の関心ポイントだったはずです。
また、ところどころ“ニール・ブロムカンプ”監督節がこぼれでるシーンもありました。
主人公のヤンがニュルブルクリンクのサーキットを舞台にしたレースで激しいクラッシュを体験し、九死に一生を得る場面。ゲームのシミュレーションでは絶対に味わえない恐怖、観客には死亡者がでたことへの罪悪感とトラウマ…その苦しみに苛まれます。
たぶんいつもの“ニール・ブロムカンプ”監督流が100%炸裂していたら、以下のような話になってましたよ。
…この重度のトラウマによって主人公はバーチャルの世界に立てこもり、そこであの忌まわしき事故を再現できるシミュレーションを独自に開発し、あの事故体験を何度もトライし、死者を仮想世界からだけでも救おうとするが、それは全てのバーチャル・シミュレーターに死のリアルを導入する引き金となってしまい、プレイヤーは戦慄の地獄を生々しく体感することに…。
ああ、これじゃあ、ホラーだ…。絶対にこの映画にはブレーキがかかる…。
ということで、無難に“ニール・ブロムカンプ”監督っぽさがでたのは、後半のル・マン24時間レースでのリアル走行からゲームプレイへと感覚が移行し、また舞い戻るような演出ですかね。徹底してゲーム・スキルがかっこよく描かれる…すごいソニー接待なまま走り抜けた映画だった…。
個人的な本音を言うなら、本当はどっぷり商業的な販促映画になるよりも、もっと業界自己批判も兼ね備えた作品になってほしかったところです。ああいうカーレースというのは車業界における「オリンピック」や「FIFAワールドカップ」みたいなものじゃないですか。当然、そこには商業ゆえの既得権益があり、それに対する批判も免れないわけでしょうし…。
今回は車とデジタル(ゲーム)の関係をとても無害かつ純真に描いてましたが、現実では車メーカーが車両で入手した位置情報やアプリ記録や車内音声やりとりのデータを収集し、販売したりしているという、劣悪な個人情報保護(プライバシーポリシー)の乏しさも指摘されていたりするわけです(Mozilla Foundation)。
そっちのデジタルなリスクのほうが“ニール・ブロムカンプ”監督の好むテーマ素材になりそうですよね。
なのであまりこの映画『グランツーリスモ』の物語を「かっこいいな!」と有頂天で眺めていられる気分にはなりきれないのが、私の素直な気持ちなのでした。
あえてこの映画に乗せられてゲーム「グランツーリスモ」を買うか、エンヤの「Orinoco Flow」やケニー・Gの「Songbird」を聴いて現実逃避するか、その道先はあなたに任せます。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 64% Audience 98%
IMDb
7.4 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Sony グランツリスモ
以上、『グランツーリスモ』の感想でした。
Gran Turismo (2023) [Japanese Review] 『グランツーリスモ』考察・評価レビュー