獣の棲む家
Netflix映画『獣の棲む家』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:His House
製作国:アメリカ・イギリス(2020年)
日本では劇場未公開:2020年にNetflixで配信
監督:レミ・ウィークス

獣の棲む家

あらすじ

戦火の南スーダンを必死に逃れ、イギリスに亡命を申請した若き夫婦。そこでは右も左もわからないまま、なんとか新しい人生をやり直そうと懸命になるしかなかった。しかし、新居として用意された家は何かがおかしい。2人はすぐに知ることになる。この家には忌まわしき闇が潜むことを。そして、それは2人の決して消えない罪をえぐりだすことにもなっていき…。

『獣の棲む家』感想(ネタバレなし)

ホラー映画は社会の恐怖を映す鏡

コロナ禍は国境を越えるような人の往来を壊滅的に絶たせる力がありました。これはグローバル社会を100年は逆戻りさせる、とんでもない大事件です。空港会社も観光船会社も経営に大打撃なのはもちろん、あらゆるものを自国で回さないといけないことの現実を私たちに突きつけました。インターネットがあるからまだマシだったようなものです(なかったらどんな状況になっていたのだろうか)。

この影響は移民にも及んでいます。パンデミックが起こる前、世界の先進国では移民問題がひとつの主要課題になっていました。しかし、国境封鎖によって移民の流入が激減し、皮肉にも移民に反対している人たちが欲していた世界が実現しました(でもそんな移民反対派の人たちが、今度は感染対策で自由を制限されることに嫌気がさして対策反対を訴えているのがまたなんとも…)。

しかし、それで移民が消えるわけではありません。そもそも移民が発生する原因、つまり貧困、紛争、虐殺…そういったものは依然として起き続けているわけです。なので移民は相変わらず母国を離れ、やって来ようとします。国を離れないと確実に死ぬ以上、コロナであろうと何であろうと新天地に向かわないといけないのです。移民たちにしてみればコロナよりも祖国で暮らすことの方が危険。

そしてやはり移民船の沈没事故は起きてしまいます。2020年10月も、セネガル沖で移民約200人を乗せた船が沈没し、少なくとも140人が死亡したとの海難事故が発表されました。こうした事件は当たり前のように常に生じています。あなたがこの文章を読んでいる今この瞬間にも難民の人たちが海で溺れて死んでいるかもしれません(この実情についてはドキュメンタリー『海は燃えている イタリア最南端の小さな島』を参考に)。


そんなどういう世界になっても苦しさは変わらない難民たちの悲痛を反映したホラー映画が生まれました。それが本作『獣の棲む家』です。

本作はBBCなどが製作を手がけたホラー映画で、よくありがちなアメリカ的エンタメなホラー作品とは一線を画すものです。

主人公はアフリカから難民としてイギリスの地に渡ってきた男女夫婦。しかし、その新天地であてがわれた新居にて普通では説明できない恐怖の現象に襲われていきます。一体なぜこんな目に遭うことになるのか。その秘密がしだいに明かされていくあたりはミステリーともなっており、なんとも謎めいたテイストのあるホラー作品です。

こういう移民や紛争で苦しむ人をホラーの題材にするというのはどうやら最近は目立つようで、『アンダー・ザ・シャドウ 影の魔物』もまさにそうでしたし、ホラーとは少し違いますけど『アトランティックス』もそのタイプだったといえばそうでしょう。

いずれも難民のような居場所のなさに怯える人間の心の脆さや闇が、心霊的な何かしらの餌食になっていきます。

難民の苦しい現実をリアルに伝える作品も大事ですが、こういうジャンル映画としてフィクションに変換して伝えることもやっぱり同じくらいに大切だと思います。まさに今起こっている現実の恐怖ですからね。ジョージ・A・ロメロ監督の『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』だって社会で起きている現実問題をホラー映画に混ぜ込んでいたわけですから、これぞホラー映画が歴史的に積み重ねてきたエッセンスとして欠かせないものです。ホラー映画は社会の恐怖を映す鏡ですね。

『獣の棲む家』の監督は“レミ・ウィークス”。どうやら本作が長編映画デビュー作となるようです。

俳優陣は、ナイジェリア生まれでホラー界隈で話題沸騰のドラマ『ラヴクラフトカントリー 恐怖の旅路』にも出演している“ウンミ・モサク”。ドラマ『ダーク・マテリアルズ 黄金の羅針盤』にて声で出ていた“ショペ・ディリス”。『ドクター・フー』の11代目ドクター役として知られる“マット・スミス”

さらにホラーの怪物役で引っ張りだこになっている名役者、私も大好きな“ハビエル・ボテット”も今回も不気味に襲ってきます。

お祭り気分で盛り上がるハロウィン向けホラーではありませんが、社会全体にじんわりと恐怖が蔓延している今だからこそ本作を観る意味もあるのではないでしょうか。

『獣の棲む家』はNetflixオリジナル作品として2020年10月30日から配信中です。

オススメ度のチェック
ひとり◯(ホラーファンは要注目)
友人◯(遊び抜きでホラーに浸るなら)
恋人◯(遊び抜きでホラーに浸るなら)
キッズ△(かなり怖い描写も多め)

『獣の棲む家』予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





『獣の棲む家』感想(ネタバレあり)

新しい家には“何か”がいる

ボルリアールは、子どものニャガクを連れて母国を離れることにしました。戦乱のせいで居場所はなく、あのままあの地にいれば死ぬことは目に見えていました。道中でどれほどの死体を見てきたことか。次は自分がああなってしまう番です。それから逃げるために苦渋の決断でした。

ピックアップトラック荷台にぎゅうぎゅうにすし詰め状態で乗って移動する一団。次に、狭い船でこれまたぎゅうぎゅうに乗って海を移動する一団。しかし、荒れ狂う海をそんな無理やりな船で渡るのは危険すぎました。一同は海に投げ出され、ボルとリアールは子どもが夜の真っ暗な海に消えていくのを止められず…。

夢から目覚めるボル。それはあの海での最悪な体験。悪夢を見たことを誤魔化しますが、リアールはわかっていました。

今、2人は狭い部屋にいます。すると呼びだされます。広い部屋で面談を受けると「おめでとう、収容施設から出られます」と告げられます。意外な答えに喜ぶ2人。

「これはあくまで保釈です」「難民申請段階です。市民になったわけではありません」

そう釘をさされますが、ひとまず安心です。毎週生活状況を報告すること、おカネはこちらから支給されるということ、働いてはいけないということ、指定の住居から転居はできないということ。いろいろな指示を受けます。それでも未来への道筋が見えました。

バスに乗せられ、「どこへ行くの?」と聞いても答えはありません。

到着したのはさっぱり知らない街。そして住む家を紹介されます。家の案内人であるマークは事務的に2人に説明をしていきます。ペットも人を招くのも禁止だそうですが、当然、2人にそんな余裕はありません。何もないのです。家はドアは壊れており、電気も壊れていて、かなりボロボロ。お世辞にも良い住宅ではないです。しかし、たった2人でこの1軒をまるごと使っていいらしいようです。

「とにかく君たちの家だ」…そう言ってマークは立ち去りました。

ついさっきまで一文無しだったのに、今は大きい家がある。それは大きな違いです。新しいスタートをきれるのです。

しかし、すぐに異変に気づきます。夜、壊れていたはずなのに電気がついていることにひとり気づくボル。スイッチを押してもなぜか消えません。すると壁紙がべろんとめくれます。穴があり、中を見ると、何かがあることがわかり、それを引っ張ってみます。電気が消えます。ズルズルひっぱり続けると、それはいつまでもいつまでも引っ張れます。しだいにそれはまるで水の中にあったようにべちゃべちゃとしており、海草のようなものまで絡みついていました。そして、ふいに人形が出てきて誰かの腕がそれを闇に戻したのです。ボルがびっくりすると壁紙は直っていました。

不信に思い、壁紙をめくっていくボル。全部を剥がしても何もわかりません。

リアールも壁の穴から声を聴いたような気がしてきます。それは何かを囁く不気味な声。

ボルは「この国はチャンスをくれる。そのうち子どもも作ろう」とリアールに言って、前向きになろうとします。しかし、リアールは違います。

彼女はある物語を話し始めます。それは「アペス」という夜の魔術師の物語。ひとりの男の嘘の行いが、大きな災いとなる呪いの逸話。「この家までアペスがついてきたのよ」とリアールは何かを知っているように告げます。

ボルは「“あの子”はもういない。死んだんだ」「魔術師なんていない」と強い口調でリアールを否定しますが、彼女は「あなたは嘘をついている」とさらに厳しく言い放つのでした。

実は2人には人に明かせない罪深い秘密があって…。

獣の棲む家

「家を出る」という選択肢はない

『獣の棲む家』は難民という題材を脇に置いておけば、基本はという限定空間を舞台にしたオーソドックスなホラーです。そこで起きる恐怖現象も真新しいものはなく、ベタと言えばベタです。

家の壁から何か恐ろしい存在の気配がする…というのも定番ですね。私たちの知っている家は基本的には見慣れた空間で、安心できる世界ですが、実は壁の中には空間があってそこだけは住人でもよくわかっていない。なのでそこに“何か”潜んでいるのではないかという得体の知れない怖さが湧いてくる。こういうことは住宅構造を巧みに活かしたホラーの引き出しだと思います。

ちなみに私も自分の住む家のちょっとした改修をした際に、業者に依頼して一部の壁紙を全部剥がしたことがあるのですが、見慣れたはずの部屋の壁がべりべりに剥がされた現場を見て「これはホラーっぽい!」と勝手にワクワクしてました。とくに夜に暗い部屋でそれを見るとかなり雰囲気があります。家って表面上は綺麗に見えるものですが、その皮をとってしまうと案外と汚いんですよね。

本作が面白いなと思うのは、ボルがせっかくの手に入れた家を破壊していくようになるという展開です。最初の入居した時点でも確かに清潔とは言えず、ボロではあったのですが、普通であればそこからちょっとずつ綺麗にしていくはずなのに、恐怖に煽られ破壊をしてしまう。それは何も知らない人から見ればまるでおかしくなったように思われてしまうものです。

これはつまり新天地に移り住んだ難民の生活実態そのままです。移民がいるともとからそこに住んでいた人は彼ら彼女らを“荒らしていく存在”と決めつけて目を向けます。でも当事者にしてみれば、実際はもっと複雑で、荒らしているのではなく、自分の中にある不安と戦っているだけではないのか、と。

この手の「家ホラーもの」ではその家を出るか出ないかという部分がひとつの選択肢になってきます。たいていは耐えきれなくなって家を出ることもあるのですが、それでも愛着がある家だからこそ出たくないというジレンマも発生して、そこが物語の駆け引きになります。

『獣の棲む家』のボルとリアールには「出る」という選択肢は実質ありません。作中で引っ越せないかと相談に行きますが、それはマイナスの評価になる(つまり国に戻される)とさりげなく警告を受けることになります。

出れば国に戻されて死ぬことになる。でもここにいるだけでも危険を感じる。じゃあ、どうすればいいのか。

これは今の世界中の難民が抱えている本当の恐怖そのものでしょう。

ボルとリアールも周辺住民からは全然歓迎されていません。「アフリカに帰れ」などの罵倒を受けます。それにしてもああいう難民の生活提供先について、ろくに理想的な精査も安定した支援システムもなく、ただ島流しに近い感じで派遣されるように送られるという実態は本当に理不尽ですね。あれでは移民対立感情が生まれるのも無理はありません。結局は移民の受け入れ先を貧困区に押し付けているようなものなのですから。

追い出せばいいというものではない

『獣の棲む家』は物語の後半になって、ボルとリアールが難民としてここまで来る道すがらで起きたある事実が明らかになります。

それはニャガクという子どもを失った悲劇であるように前半ではミスリードされていますが、実際は違いました。

2人は子どもはおらず、最初は2人で地元を離れて逃走しています。一刻も早く逃げなければ追っ手が現れて虐殺に巻き込まれるだけ。そんな今すぐにでもこの場を離れたいのに、バスに乗ることができません。バスは人でいっぱいで、子どもを優先して乗せることにしていました。

そこでふと近くにいたひとりっぽい子どもを捕まえて、さも自分たちの子であるかのように一緒に連れて、バスに乗ることに成功します。バスが出発すると本当の母親らしき女性がその子の乗るバスを追いかけてきました。子どもも母を呼びます。しかし、銃を持った殺戮者の銃声が響き、それっきりその母親は消えました。

そして海にて今度はその子を失うことになり…。

これが2人が抱える罪と嘘の正体でした。

自分を守るためにさらに弱い存在を犠牲にしてしまった罪悪感。そしてそれはあのボルとリアールだけでなく、おそらくこの家に住んできた多くの難民も同じ経験を少なからずしているに違いありません。あの家は広い場所で2人っきりではない。大勢の無念がそこにひしめきあっていました。

「幽霊は消えはしない。共に生きるんだ」

そのラストの決意はこの手の「家ホラーもの」ではあまりない明確な共生への意思表明です。もちろんそれは単純に倒して終わりという展開にできるものではないからです。

もしかしたら世界で起きている移民問題も「家ホラーもの」と同じに考えている人がたくさんいるのかもしれません。悪霊とか化物とか、そういう怖い存在は追い出せばいいんだ、と。でもそれは現実問題では解決にならないと本作は訴えているわけで、私たちがやらねばいけないのは「どうやって追い出すか」ではなく「どうやって共に生きるか」である、と。

ここでジャンル映画に対する非常にパンチの効いた反転があるからこそ、本作のオリジナリティが輝きます。それはやはり難民という視点に立っているからこそ描ける着地だとも思います。

部屋いっぱいの人たちが開放的にのびのびと生きられる世界が来ればいいのですが…それは到来するのでしょうか。

『獣の棲む家』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 100% Audience 85%
IMDb
6.3 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

関連作品紹介

難民などが題材になっているホラー映画の感想記事の一覧です。

・『アンダー・ザ・シャドウ 影の魔物』


・『アトランティックス』


作品ポスター・画像 (C)Regency Enterprises, Netflix

以上、『獣の棲む家』の感想でした。