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『マー サイコパスの狂気の地下室』感想(ネタバレ)…Maの優しさにご用心

マー サイコパスの狂気の地下室

「Ma」の優しさにご用心…映画『マー サイコパスの狂気の地下室』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Ma
製作国:アメリカ(2019年)
日本では劇場未公開:2020年にDVDスルー
監督:テイト・テイラー

マー サイコパスの狂気の地下室

まー さいこぱすのきょうきのちかしつ
マー サイコパスの狂気の地下室

『マー サイコパスの狂気の地下室』あらすじ

とある高校生のグループはこっそりアルコールやドラッグを楽しめる場所を探していた。ある日、スー・アンという名前の地元の女性と知り合い、「Ma」と呼べるほどに親しくなった。しかも、その女性は自分の家の地下室を若者たちに快く貸してくれた。その優しさに甘えて、大人や警察にバレない秘密の場所として散々に騒ぐ高校生たち。その姿をスー・アンは不気味に見つめていた…。

『マー サイコパスの狂気の地下室』感想(ネタバレなし)

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オクタヴィア・スペンサー(悪)

親切な人というのは世の中にいるものです。街中でそんな人に出会ったら嬉しいですよね。

落とし物を拾って届けてくれた…。道がわからないところを地図で教えてくれた…。機械の使い方に困っていると代わりにやってくれた…。

どんな些細なことでもいい。下心もなく、報酬も求めず、ただ親切にしてくれる。何気ない親切心は社会の心を豊かに満たす効果があります。

私もリアルでもネットの世界でも親切でありたいと心掛けていますけど、まだまだだなと思うこともしょっちゅうです。もっとこう、ごく自然に親切が発揮できるようになりたいですね。どうしてもこれは余計なお節介ではないかと躊躇う自分がいる…。

そんな中、映画界では「親切な人」というイメージで固定化されている俳優がいます。とくにそういうキャラクターで売っているわけではないのですが、いつのまにやらそんな印象で染まっている俳優。

例えば、そのひとりとしてよく名前を挙げられるのが“オクタヴィア・スペンサー”です。彼女はハリウッドきっての「親切な隣人」俳優でしょう。

最新の主演作であるリミテッドシリーズ『セルフメイドウーマン マダム・C.J.ウォーカーの場合』でも非常に彼女らしい良い人オーラでぐいぐい進んでいましたし、『gifted/ギフテッド』『シェイプ・オブ・ウォーター』など近年の出演作でも主人公を支える良き隣の人でした。

その“オクタヴィア・スペンサー”ですが、俳優デビュー作は1996年の『評決のとき』で、ナース(看護師)の役でした。そもそも役者ではなくキャスティング関係の裏方仕事をしていたらしく、たまたま端役をやってみる機会を得たそうです。そこからしばらくは本当にエキストラ程度の役がほとんどでした(なんだかナースの役が目立つ)。2002年の『スパイダーマン』にも受付の人の役で実はこっそり出ています。

そのような影に隠れがちな演技仕事を続ける中、“オクタヴィア・スペンサー”が一躍有名になったのが2011年の『ヘルプ 〜心がつなぐストーリー〜』。本作ではメイドの役なのですが、彼女はアカデミー助演女優賞を受賞しました。ここから彼女の定番のイメージに連なっていくことになります。

しかし、“オクタヴィア・スペンサー”のこのイメージも必ずしも良きこととして無邪気に褒めるのもどうなのかなと思う事情もあります。なぜならこれ自体が典型的な黒人女性のイメージそのものだからです。つまり、白人が考える「良き“無害な”黒人女性」というステレオタイプですよね。それこそ1939年に『風と共に去りぬ』にて黒人でオスカーを初めて受賞したハティ・マクダニエルと同じと言えるかもしれません。あれから70年以上経過してもアフリカ系アメリカ人女性は型にハメられている、と。

“オクタヴィア・スペンサー”は良き隣人だと私も含めて好きに言ってきましたが、彼女は当然それ以外の側面も持っています。7人兄弟の6人目に生まれ、13歳の時に父親は亡くなり、大学ではジャーナリズムを学び、ディスレクシア(失読症)を抱えていた…そんな彼女のバックグラウンドを気にかけた人はいたでしょうか。

その“オクタヴィア・スペンサー”のデビュー時からの旧友に“テイト・テイラー”という人がいて、何より彼女のキャリアを上げた『ヘルプ 〜心がつなぐストーリー〜』を監督したのも“テイト・テイラー”でした。そして、そんな“テイト・テイラー”が同じ役ばかりで物足りなさを抱える友人“オクタヴィア・スペンサー”を気にし、彼女をあえて全く違うイメージで起用した映画を監督しました。

それが本作『マー サイコパスの狂気の地下室』です。

本作はタイトルからなんとなく察することができると思いますが、スリラー映画であり、“オクタヴィア・スペンサー”は主役として若者を恐怖に陥れるマンハント役となっています。最近だと『ルース・エドガー』でもこれまでにない一面を披露する役柄でしたし、いよいよ“オクタヴィア・スペンサー”の才能が枠を超えて爆発してきた感じでしょうか。とにかく『マー サイコパスの狂気の地下室』では恐怖を与える“オクタヴィア・スペンサー”を堪能できます。

製作はホラーなら任せろの“ジェイソン・ブラム”。他の出演陣は“ジュリエット・ルイス”“ルーク・エヴァンズ”など。また若手勢として『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』の“ダイアナ・シルヴァーズ”が被害者主役として登場しています。

『マー サイコパスの狂気の地下室』は日本では劇場未公開でビデオスルーになってしまったのですが、気になる方はぜひ鑑賞してみてください。

オススメ度のチェック

ひとり ◯(軽めの映画を観るなら)
友人 ◯(仲間と暇つぶしに)
恋人 ◯(気軽な暇つぶしに)
キッズ ◯(残酷描写がチラホラ)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『マー サイコパスの狂気の地下室』感想(ネタバレあり)

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“映える”記念写真を撮りましょう

マギーとその母エリカは車で新天地へ向かっていました。といってもそこは母の故郷です。母は父と離婚し、娘である高校生のマギーを連れて生活をやり直そうとしていたのでした。

母に付き合うことになったマギーはやや複雑です。母にとっては故郷でも自分にとっては知らない土地。新しい場所でやっていけるだろうか。母からはナーバスになっていないかと心配されます。

転校初日。見慣れない学校をウロウロと迷いながら歩くマギー。すると車椅子に乗っている黒人の女子高生に遭遇。親切心で助けてあげようと車椅子を押しますが、とくに補助は要らないようで、すぐに別れます。

校内でポツンと食事をとっていたマギー。そこにひとりの女子が気軽に話しかけてきます。ヘイリーというその子は、パーティがあるからと誘ってくれました。

帰宅。母のエリカはカジノでの仕事に行かなくてはならず、ひとり家に残るマギー。つまらないです。やっぱりあの話しかけてくれた友達と遊ぼう。そう思い立ち、バンで迎えにきたヘイリーと合流しました。車の中には他に4人の男子がおり、「飲むぞー!」と血気盛んにはしゃぎます。

しかしまずクリアすべき壁がひとつ。未成年なので当然アルコールは買えません。酒を手に入れるためにアルコール店の前を歩く人に声をかけて買ってもらう地味な作戦を実行。ただ全然上手くいきません。そこでマギーがやることになります。

マギーは片足のない犬を散歩させている黒人中年女性が通りかかったのでその人に声をかけました。最初は明らかに嫌そうに反応する女性でしたが、5人の若者のうちのひとりであるアンディを見るとなぜか態度がコロッと変化。やってくれることになり、箱いっぱいのアルコールを買ってきてくれました。ラッキーだと調子に乗る若者グループ。

けれどもこの女性がその後にこっそりとインターネットでアンディを検索、SNSであの若者たちの情報を収集していたことは知りません…。

人影のない荒れた場所で騒ぐために集まった5人の若者。しかし、夜、警察が急にやってきて焦ります。その場はなんとかやりすごして、事なきをえましたが、もうあそこは使えないかも。

ある日、エリカはペットの診療所を訪れ、犬を預けていきます。そこにはあのマギーたちに親切にしてくれた女性が働いており、その女性は店を去るエリカの後ろ姿をじっと見つめていました

パーティー場所に困窮していた若者一同でしたが、なんとあの親切な女性が自分の家の地下室を使っていいと言ってくれます。これは渡りに船。地下室なんて理想的すぎます。さっそく向かうと、その親切女性は「絶対に上の階には上がらないように」と簡単なルールを強調しますが、後は自由にさせてくれました。「名前は?」と訊ねると「スー・アン」と答え、ひとりの男子が「Ma(マー)」と気安く呼んでも怒りませんでした。

すっかり気に入った一同。模様替えしたらもっとよくなるとひとりの男子がスー・アンに提案すると、急に彼女は銃をつきつけ、「脱げ」と命令。張りつめた空気の中で全裸になる男子。ところがスー・アンはこらえきれずに笑いだし、なんだ冗談だったのかと若者たちも安堵しました。

それ以降、この地下室は若者たちの集まりの場に変貌。大勢の高校生が押し寄せ、好き勝手にふざけまくっていました。マギーはある時、上の階から何かの物音が聞こえることに気づきます。スー・アンは今は地下室にいるので、他に誰かいるのか?

そしてその小さな不安と疑念はスー・アンのどんどん執拗さを増す行動によって増大していきます。この親切な女性は一体何がしたいのか。そこには心の地下に閉じ込めていた憎しみがあり…。

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こんなママは嫌だ(口を縫う)

『マー サイコパスの狂気の地下室』は基本的に真新しいオリジナリティのある要素はなく、オーソドックスなスリラー映画の鉄板ネタで構成されています。

警戒心ゼロの若者たち、パーティー、地下室、不気味な主、監禁、狂気…。毎度毎度ながらのいつものパターン。なぜアメリカは常にこうなのか…。

ただ、本作の一番の特徴は最初に前述したとおり“オクタヴィア・スペンサー”です。

企画時点では白人が主役だったそうですが、それを“テイト・テイラー”監督のアツい推しで“オクタヴィア・スペンサー”に変更。これが何よりも上手くハマりましたね。

それこそ“オクタヴィア・スペンサー”の持っていた良き隣人イメージを上手く活かしたカウンターであり、このキャスティングだからできる面白さになっています。たぶん“オクタヴィア・スペンサー”を知らない人が本作を観ても、彼女はもともと良い人そうなオーラを放っていますし、映画の本質は伝わってくるのではないかなと思います。

本作の原題は「Ma」。これは英語圏では「お母さん」を意味する幼児語でもあり、少しくだけた感じで女性に呼び掛ける言葉にもなります。しかし、みんなの「Ma」こと“オクタヴィア・スペンサー”は今回は牙をむくのです。

最初の登場時に片足の無い3本足の犬を散歩させているのが絶妙ですよね。ちなみにあの犬は撮影に使ったペット診療所にいた犬をそのまま起用しているらしいです。当然、あれは診療所の犬を散歩させているだけで他意はないのですけど、なんとなくハンディキャップを抱えた犬相手でも等しく接する優しさと受け取れますし、同時に何かしらの狂気の片鱗も予感させなくもない。そんな空気というか。

そしてアンディという男子高校生に妙に反応するスー・アン。別にイケメン男子が好きとかそういう趣味の熟女ではありません。ただこの時点では曖昧です。

そのままパーティーへ。ここでの“オクタヴィア・スペンサー”のはしゃぎっぷりがいいですね。ロボットダンスしたり、もう若者顔負けにテンションあげまくっています。なんか普段の配役の鬱憤を本人もぶちまけているような…。

そこからのにこやかそうな表情そのままに内面の狂気がこぼれだす終盤の変貌。あそこでも表面上は優しそうなままなのが“オクタヴィア・スペンサー”っぽい。アイロンをあてたり、口を縫い付けたりしても、なんだか悪気もなくやっている。そのせいでそれほど残酷なことはしていないような雰囲気すらある(実際は極悪だけど)。

親切を仮面にできる人は信用するものじゃないです…。

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もう少し反転が上手いと…

一方でこの『マー サイコパスの狂気の地下室』における主題とも言える“オクタヴィア・スペンサー”のパブリックイメージの反転。その点について必ずしも綺麗な成功をしているとは言えない部分もあるのかなと思います。

確かに「良き“無害な”黒人女性」というステレオタイプは消えましたけど、これだと逆に「危険な黒人」というもっと最悪のステレオタイプを増幅させるだけではないか、と。そうなってしまうのは、本作におけるスー・アンのキャラクター描写がやや中途半端すぎる面も引っ張っているのかも。

邦題には「サイコパス」と明示されていますけど、本作のスー・アンは厳密には常人には理解不能なサイコパス性で行動しているわけではありません。明らかに復讐に基づいて行動しています。

回想シーンでハッキリするのはスー・アンが学校時代に虐められていたこと。その陰湿なイジメに関与して今は大人になった者たちの子どもがあの若者グループでした。その子たちへの世代を飛び越えたリベンジ。あの台無しだった青春をここでおぞましくも謳歌してやろうじゃないかという、歪んだ“リア充”憎悪。それがスー・アンは心を埋め尽くす背景です。

これらをそこまでセリフ的ではなく回想映像で暗示していくあたりは、“テイト・テイラー”監督の過去作『ガール・オン・ザ・トレイン』に通じるところもありますね。

この歪んだ“リア充”憎悪。本作ではイジメ加害者側を単なる悪にせず、かなりリアルな現実も描きだしています。例えば、エリカというキャラクターの現状は相当に厳しく、離婚もして不安定な仕事でなんとかやっていこうとする、明らかに充実した成功体験を得ることはできていません。それでいて自分の娘マギーには、親として道徳的な教育をしようとする。その姿を見るとエリカは彼女なりに自分の青春時代を悔いている部分もあるのだろうなと察することもできます。

そこは良いのですが、肝心のスー・アンとあまりクロスしていく展開にはなりません。とくに終盤は結構急ぎ足で物語が収束した感じは否めません。結局、あのスー・アンは憎しみを歪んで露出させ、狂気に走った奴として散っていっただけです。後半展開の予定調和にあとひとつふたつツイストを加えておけば、もっと語られる話題作になったのではないかなと思います。

個人的な理想を言えば、もっとスー・アンの苦悩が未来の世代の力で塗り替えられていく展開になると良かったなと思います。親世代はダメだったけど、今の世代はそんな落ちぶれはしないという希望とか。できればあの若者たちに黒人キャラをもう少し増やして人種的な問いかけもしてほしかったです。そうすればスー・アンが「危険な黒人」というステレオタイプに陥らずに済んだかもしれません。

こういうアフリカ系アメリカ人の人種問題構造を巧みに混ぜ込んだスリラー映画と言えば、やっぱり今は『ゲット・アウト』や『アス』のジョーダン・ピールに敵う者はいませんね。ちょっとあの作品群のせいで見る側のハードルが相当に高く設定されてしまっている現状もある…。

“オクタヴィア・スペンサー”のパブリックイメージの反転の試みとしては、『ルース・エドガー』が最もベストな成功例を見せている感じかな。
『マー サイコパスの狂気の地下室』、ちょっと惜しい映画でした。

『マー サイコパスの狂気の地下室』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 55% Audience 64%
IMDb
5.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 5/10 ★★★★★
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関連作品紹介

オクタヴィア・スペンサー出演の映画の感想記事の一覧です。

・『ドリーム』

・『シェイプ・オブ・ウォーター 』

・『ルース・エドガー』

作品ポスター・画像 (C)2019 Universal Studios. All Rights Reserved.

以上、『マー サイコパスの狂気の地下室』の感想でした。

Ma (2019) [Japanese Review] 『マー サイコパスの狂気の地下室』考察・評価レビュー