シャマランはホモフォビアもお構いなし…映画『ノック 終末の訪問者』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2023年)
日本公開日:2023年4月7日
監督:M・ナイト・シャマラン
LGBTQ差別描写 自然災害描写(津波)
ノック 終末の訪問者
のっく しゅうまつのほうもんしゃ
『ノック 終末の訪問者』あらすじ
『ノック 終末の訪問者』感想(ネタバレなし)
シャマラン、今度は黙示録?
世界の終わり、いわゆる「アポカリプス」を象徴するものと言えば、何でしょうか。
戦争、自然災害、疫病、今だったらAIの高度な進化…。最近はコオロギ食に右往左往でパニックになる人もいるけど…。
古来、宗教では「黙示録」というものがあって、「世界が終わりを迎えるときは、こんなことが起きる!」と予言するような文章がまとめられています。有名どころだと「ヨハネの黙示録」です。「ヨハネの黙示録」って読んでみると世界が終わるまで妙に長ったらしくて複雑な段階があるんですよね。さっさと世界が終わるわけではなく、「まずこれが起きます」「次はこれです」「その次はこれ、そしてこれが続きます」みたいに、もうなんだか下手な人が書いた手順書みたいな面倒臭い内容で…。まどろっこしいったら、ありゃしないです。いっそのこと早く終われよ!って逆ギレしたくなる…。
でもそんなことでイラついているようでは、今回紹介する映画は最後まで見れないかもしれない…。
それが本作『ノック 終末の訪問者』です。
この映画を語るならやっぱり監督の名から入るしかありません。本作の監督は“M・ナイト・シャマラン”。元気です。すっごく元気そうにしてます。
“M・ナイト・シャマラン”の説明はもういいとして、ここ最近の作品の方向性として、『ミスター・ガラス』(2019年)の“監督で好き放題にクロスオーバーしちゃいました”な一発ネタ以降、『オールド』(2021年)ではまた小規模作スタイルに戻ったようで、この『ノック 終末の訪問者』もそうなっています。2024年も新作公開を予定しているらしく、ドラマ『サーヴァント ターナー家の子守』もひと段落ついたので、映画に集中特化していくのかな。
さあ、そして気になるのが今回の『ノック 終末の訪問者』はどんなシャマラン節を見せてくれるのかということ。何が流れてくるかわからない回転寿司みたいなものですからね。シャマラン寿司は待っている間もドキドキです。びっくりして皿を取り損ねるかもしれない…。
案の上、ネタバレができないので何も書けないのですが、タイトルがヒントになります。邦題はなんか「週末の訪問」とひっかけたオヤジギャグみたいになっちゃっているのですけど、原題は「Knock at the Cabin」です。で、今回は原作があって、“ポール・G・トレンブレイ”が2018年に発表した小説「The Cabin at the End of the World」となっています。
この映画原題と原作のタイトルにある「cabin(キャビン)」でわかるとおり、キャビンというのは森とかにある小屋のことで、ここは映画ではホラーやスリラーのジャンルの定番舞台。たいてい、殺人鬼が襲ってくるか、悪霊や呪いの類の品とかがあるか、そんなです。
つまり、この『ノック 終末の訪問者』もそのジャンルをなぞるということです。では具体的には何が起きるのか…それは見てのお楽しみですけどね。
人によって合う合わないが激しく差がでることに定評のある“M・ナイト・シャマラン”作品ですが、今作も好き嫌いは分かれると思います。私は…まあ、それは後半の感想で書こう…。
『ノック 終末の訪問者』の俳優陣は案外と多いです。キャビンものはなるべく人をぎゅうぎゅうに押し込んで、そこでどんな人間関係のいざこざが起こるかを眺めるのが毎度の恒例ですね。
主演は『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』シリーズですっかりおなじみの“デイヴ・バウティスタ”。ドラマ『マインドハンター』の“ジョナサン・グロフ”と、ドラマ『PENNYWORTH/ペニーワース』の“ベン・オルドリッジ”は、物語の柱となるゲイカップルを演じています。
他には『オールド』にもでてきた“ニキ・アムカ=バード”、『サーヴァント ターナー家の子守』でもタッグを組んだ“ルパート・グリント”、ドラマ『Mad About You』の“アビー・クイン”など。
この俳優たちがどう絡んでいくのか…。あんなことになるなんて…。
『ノック 終末の訪問者』は注意点があるとすれば、これはネタバレ云々関係なしに警告しておくべきだと思いますけど、本作には津波の描写があります。大地震にともなう自然災害としての津波が明確に描かれるので、その点は留意してください。
『ノック 終末の訪問者』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :シャマランに付き合って |
友人 | :自由に語り合って |
恋人 | :デート向きではない |
キッズ | :残酷描写が多め |
『ノック 終末の訪問者』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):世界が終わってしまうと言われても
喧騒から離れた森の中。草地でウェンという幼い子がバッタを手掴みして瓶に詰めていました。小さな生き物にも優しく声をかけ、名前を付け、ノートに記録します。
すると奥から体格のいい男がノシノシと歩いてくるのが見えます。こちらに来て気さくに声をかけてくる大柄な男はレナードだと名乗ります。全身入れ墨だらけですが、バッタは好きだと言ってきて、一緒に採集を手伝ってくれます。
ウェンは自分の父は2人いて、エリックとアンドリューだと説明。その間もレナードはしきりに森の奥深くを気にします。「何でここに来たの?」とウェンは疑問を口にします。
そこへ森の奥から新たに3人が現れ、なんだか異様な空気を漂わせていました。ハイキングという感じではありません。
ウェンは不気味に感じながら小屋に帰り、のんびりしていた父親たちに今見たことを必死に伝えますが、子どもがパニックになっているだけだと思って深刻に受け止めてくれません。
するとノックが鳴り響きます。レナードがドア越しに声をかけてきます。警戒した父親たちは対応を考えるのですが、「ある任務のために来た」という不審な男を簡単には信用できません。レナードは話がしたいと繰り返すばかり。窓から覗くと武器を持った他の人間がゆっくり忍び寄っていました。電話は繋がらず、危険性を感じるエリックとアンドリュー。「これは武器ではなく、道具だ」というレナードの声も受け止められるはずもありません。
ドアを激しく揺さぶられ、急いで窓を封鎖しようとする3人。しかし、窓を割られ、侵入されてしまい、抵抗も虚しくエリックは攻撃を受けて意識を失います。アンドリューもひとまず殴り返していきますが、囲まれて、ウェンは大男に確保されたので抵抗を諦めるしかありませんでした。
気が付けばエリックとアンドリューは椅子に縛られ、ウェンはアニメを見ていました。
やけに礼儀的に自己紹介し始める訪問者。レナードは子どものバスケットボールのコーチだそうで、見た目に反して一番穏やかな口調です。サブリナは看護師でスキルもある様子。レドモンドは衛生管理の仕事と言っていますが飄々としており、落ち着きがないです。エイドリアンはメキシカン・レストランの調理師で2匹の猫を飼っているなどと関係ありそうにない情報まで口にします。
なんでもこの4人は終末のビジョンを見たそうで、人類が生き残るには生贄が必要で、エリックたちが選ばれたと言ってのけます。ふざけている感じはなく、懸命に説明を尽くそうという深刻そのものな態度です。
当然エリックもアンドリューもそれを信じられません。滅びるなんて荒唐無稽すぎる…。
その反応を受け止めた一同はおもむろに武器を手にして、すっかり憔悴したレドモンドがひざまづき、白い布を怯えながら悪態をつきつつも被り、サブリナとエイドリアンが目の前でレドモンドの頭に武器を突き刺しました。そしてレナードはその首を斧で切断します。
衝撃の光景に言葉を失うエリックとアンドリュー。しかし、訪問者側も動揺しており、レナードは吐き、他の2人も恐怖に怯えていました。
さらにテレビをつけると、ニュース速報で大地震と津波が発生し、しかもそれが次々と連発していることが報じられています。
これは偶然なのか、それとも策略なのか、はたまた本当に終末が迫っているのか…。
選択という名の脅迫
ここから『ノック 終末の訪問者』のネタバレありの感想本文です。
『ノック 終末の訪問者』は黙示録モノでしたが、「あれ、そう言えばシャマランで黙示録と言ったら…」と思い浮かぶのが2008年の『ハプニング』。あちらも次々とわけのわからないことが世界レベルで発生して、それに翻弄される主人公を描いていました。あの映画もなかなかに勢い任せでしたね…。
そもそもシャマランはきっと黙示録モノが大好きなのでしょう。「なんだ、何が起こってるんだ!?」と観客を右往左往させるストーリーの仕掛け方がいつもの得意技であり、『サイン』(2002年)などもそうでした。
ただ今回の『ノック 終末の訪問者』の場合、冒頭からものすごいわざとらしいです。まずオープニングのクレジットからして、いかにも90年代ホラー映画風なフォントとBGMを漂わせ、定番ジャンルを匂わせます。
そして幼い子がバッタを集めているという、これだけでも意味深にもほどがある出だしから始まります(バッタやイナゴは終末と関係深い生き物)。
さらに訪問者となる4人が、斧、槌、ツルハシ…のようにやけにどでかい武器を持っており、そこもスラッシャー映画を直球で連想させます。殺す気満々に思えるのも無理ないです。だいたいあんな長い斧、普段は何に使うものなんですか…。
ところがこの世界はシャマラン・ワールド。単純にはいきません。この4人の訪問者は強制的にエリックとアンドリューを殺すわけでもなく、世界の生贄になってくれと選択する機会を与えます。そして拒否すると訪問者側の自分たちの仲間をひとりずつ惨殺し、また選択を迫ってくる…。
新手の脅迫みたいですが、4人の訪問者はイカれた殺し屋とかではなく、極めて常識的な人間性を持ち合わせながら、この行動に及んでいることがわかり、そこもまた本作の恐怖ポイントです。狂った人はこの場に誰もいないのに、狂った行為が行われてしまう…何とも言えない不気味さ…。
そして世界が終末に向かっていることをこれでもかと演出する報道映像の数々。この「やりすぎたらチープになるんじゃないの!?」ということも平然とやりまくるスタイル、実にシャマラン監督らしい…。しかも今作はこれを何回もやるんですよ。殺す→終末映像→殺す→終末映像…と繰り返されるばかりで…。
「シャマラン、今回はやけにまどろっこしいなあ!」と観ていてずっと思ってしまいましたよ。
原作のオチをなぜ変えた?
『ノック 終末の訪問者』は構図としては社会の世相を連想させるものにもなっており、それをわかったうえで観ないとイマイチぴんときません。
つまり、本作の主役にゲイカップルが設定されていることが肝で、今の(昔からそうなのですが)アメリカは多くの保守層は同性愛を嫌悪しており、宗教右派の支持者層は「同性愛が世界を滅ぼす」と公然と主張しています(日本にも「LGBTが地域を滅ぼす」と言っている人はいるけども)。
あの訪問者もそういう政治宗教思想を持った人たちなのではないかと、ホモフォビアに苦しんだ人生経験を経ているエリックとアンドリューは疑うわけですが、どうもそんな感じにも思えない。いっそそうだったら話はラクですし、理解しやすいんですけどね。
とは言え、結果的に本作はエリックはアンドリューの手で銃で撃たれて死ぬことになり、それで世界の終末が止まるので、なんだか「同性愛が世界を滅ぼす」ことを肯定しているようにも見えなくもないです。たぶんそういうふうに本作を受け取って喝采する保守層の観客もいるんじゃないかなと思います。
ただ、本作においては別にエリックとアンドリューのせいで世界が滅んでいたわけでもないですし、むしろ世界の崩壊を止める選択を託されている役回りです。ゲイは世界を滅ぼすのではなく、世界を救えるのだ(それこそ異性愛カップルが映画でよく犠牲と共に世界を救っているように)…ということに、この着地では言いたいのかもしれません。
そうは言われても、にしたって荷が重すぎるんですけどね。「bury your gays」のステレオタイプにハマっているとみなされても当然だし…。ホモセクシュアルな構造を組み込んだスリラー映画として過去には『エルム街の悪夢2 フレディの復讐』(1985年)なんかもありましたが、それと比べるとそりゃあ前進してはいるけど。
最近はホラー映画やスリラー映画の分野でも、『ボディーズ・ボディーズ・ボディーズ』のように同性愛者に破滅が待っていない内容のものもありますし、『ノック 終末の訪問者』はクィア・ホラーの立ち位置としてもやや後ろを走っている気もします。
そう思っていたら、この『ノック 終末の訪問者』の原作、オチは映画と全然違うんですね。ここでは原作未読者のために原作のオチは書きませんけど、これだと後味も解釈もいろいろ変わってくるな、と。原作の方が解釈の幅が広くて、未来志向的なのではないかなと思うけど、シャマランとしてはどうしてこういう映画版のオチにしたんだろうか…。
まあ、あまり難しいことは考えていなくて、そこらへんはシャマランの「全然空気は読まない」といういつもの能力が発揮されただけなのかもしれないです。陰謀論でも全力でモグモグと食べ尽くして自分の創作エネルギーに変えちゃうのが私の知っているシャマランですからね。
ヨハネの黙示録には「黙示録の四騎士」がでてきますけど、映画界の黙示録はシャマランひとりでじゅうぶんに暴れまわることができるのでした。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 67% Audience 63%
IMDb
6.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)2022 UNIVERSAL STUDIOS. All Rights Reserved. ノック・アット・ザ・キャビン
以上、『ノック 終末の訪問者』の感想でした。
Knock at the Cabin (2023) [Japanese Review] 『ノック 終末の訪問者』考察・評価レビュー