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『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』感想(ネタバレ)…恋愛伴侶規範で人は幸福にならない

アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド

恋愛伴侶規範で人は幸福にならない…映画『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Ich bin dein Mensch(I’m Your Man)
製作国:ドイツ(2021年)
日本公開日:2022年1月14日
監督:マリア・シュラーダー
性描写 恋愛描写

アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド

あいむゆあまん こいびとはあんどろいど
アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド

『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』あらすじ

ベルリンの博物館で楔形文字の研究をしているアルマは研究資金を稼ぐため、ある企業が実施する秘密の実験に参加する。彼女の前に現れたハンサムな男性トムは、初対面にも関わらず積極性全開で彼女を流暢に口説いてくる。そんなトムの正体は、全ドイツ人女性の恋愛データ及びアルマの性格とニーズに完璧に応えられるよう緻密にプログラムされた高性能AIアンドロイドだった。そんな彼との共生が始まるが…。

『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』感想(ネタバレなし)

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アンドロイドに恋をする?

どうして人類は人間型のロボットを作りたがるのか…。ヒューマノイドやアンドロイドと呼ばれるロボットの開発は今も盛んに行われており、常に注目を浴びています。やはり人間にとって「ヒト」こそが最も高度な生き物であるという人間至上主義的な価値観が根底にあるせいなのでしょうかね。人型ロボットを作るのは究極的な目標になっています。人間型ゆえに倫理的な問題や差別助長の問題が立ちはだかるのですが、それでも人型ロボットを作るのをやめないですから…。

私なんかはそもそもが人間嫌いなのでロボットまで人間型にしなくていいのにと思ってしまうし、人間らしさなんて欠点じゃないかとさえ考えてもしまう。もっとこう、「R2-D2」みたいなロボットが日常で当たり前になるほうが私は嬉しいんですけどね…。

でも人間型のロボットがとくに必要とされるシチュエーションはやっぱり対人コミュニケーションの分野でしょう。ことさら心情的・感情的な側面を求められる場合は余計にです。つまり、単に機械的な作業をこなすだけならロボットはいくらでも作れます。しかし、人型ロボットを本気で人間に近づけたいなら、「心とは何か?」という課題に向き合わないといけない。ロボットというと真新しいテクノロジーのテーマに思えますが、この「心」を問うという部分に着目すれば、人類が昔から考えてきたテーマと何ら変わりないんですね。

そんなことを考えたくなる映画が今回の紹介する作品。それが『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』です。

ただ、この「恋人はアンドロイド」という邦題について、ちょっと誤解を与えるかなとも思います。

確かに完全に間違っているわけではありません。本作は、主人公の女性がとても精巧に作られた男性型のアンドロイドと出会い、その自分の伴侶になるべく設計された男性型アンドロイドと交流していくという物語。その男性型アンドロイドを演じるのは、実写版『美女と野獣』でおなじみの“ダン・スティーヴンス”であり、いかにも典型的な美男です。

しかし、「ダン・スティーヴンスっぽい容姿のアンドロイドが私の恋人に!? え、どうしよう!!」とワクワクドキドキしていく単純なロマンスではありません(まあ、観客としてそういう視点で楽しんでもいいのですが)。恋愛に重きを置いているわけでもない。むしろ『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』はコミュニケーションを描く作品であり、人間のメンタルヘルスを描く物語であると説明する方が適切かもしれません。

女性がイケメンのアンドロイドと恋をするロマンチックなお話だと期待していると、ちょっとセオリーどおりにならずに面食らうでしょう。逆に「ロボットと恋愛する話か~」と興味ない人は案外と見てみるとそのロマンチックありきではないテーマの深掘りに関心することもあるかもです。個人的には、人生に疲れてしまった女性のメンタルをケアしていく物語をシュールレアリスムな演出で描くという意味では『ありがとう、トニ・エルドマン』に近いテイストなんじゃないかなと思います。

『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』はドイツ映画で、監督するのは“マリア・シュラーダー”。ミニシリーズの『アンオーソドックス』で高評価を獲得したばかりであり、勢いに乗っています。次回作はあのハーヴェイ・ワインスタインの悪名高き性的暴力を題材にした『She Said』だというから、これは今後も目が離せない監督です。

“マリア・シュラーダー”監督作の『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』も高く評価され、ドイツ映画賞では監督賞・脚本賞・女優賞などを受賞し、アカデミー賞の国際長編映画賞にドイツ代表作として出品されもしました。

男性型アンドロイドを演じる“ダン・スティーヴンス”以外の俳優陣ですが、主人公を好演するのは『ヒトラーを欺いた黄色い星』の“マレン・エッゲルト”、他には『ありがとう、トニ・エルドマン』の“ザンドラ・ヒュラー”、『私は大丈夫』の“ハンス・レーヴ”など。

心が少しぐったりしてしまった人は『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』でひと息つくのが良いかもしれませんね。

オススメ度のチェック

ひとり 3.5:人生に疲れたときに
友人 3.5:変わった映画が好きなら
恋人 3.5:普通の恋愛とは違うけど
キッズ 3.0:大人のドラマです
↓ここからネタバレが含まれます↓

『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):アンドロイドは恋人になれるか

アルマという女性は、入り口でコートを預け、ダンスクラブに入っていきます。そこでは音楽に合わせてみんながノリノリで踊っていました。

そのまま真っ直ぐ案内され、トムという男性を紹介されて、対面で座ります。トムは初対面なのに「あなたはとても美しい女性だ」といきなり口にし、澄んだ瞳で見つめてきます。アルマはやや困惑しつつ、「あなたは神を信じる?」「お気に入りの詩は?」と質問をいくつもぶつけます。それに躊躇なく返答するトム。さらに何桁もの数字の数式計算問題を一瞬で答えてみせ、落ち着いた態度を崩さずに、アルマをダンスへと誘います。

2人は踊り始めますが、急にトムは反復動作を繰り返し、おかしくなります。そのとき、どこからか湧いてきたスタッフに抱えられて奥へ引っ込んでしまいました。

実はあのトムは人型ロボット、アンドロイドなのです。アルマの前にテラレカ社のスタッフがやってきて説明します。あのアンドロイドは高度な機械学習アルゴリズムで構築されており、完全にアルマに合致するようにデザイン済み。アルマを幸せにすることだけに特化した伴侶です。アルマは3週間の実験プログラムに参加することになっており、このアンドロイドであるトムと行動を一緒にしないといけません。

アルマはベルリンのペルガモン博物館で楔形文字の研究をする学者です。しかし、研究予算の確保のためにこの奇妙な実験に参加することになったのです。本人はそこまで乗り気ではなかったのですが、情熱を捧げる研究のためならしょうがないです。

例のあのダンスクラブにまた行きます。ここの他の客やウェイターは全部ホログラム。アルマはひとりでその空間を満喫し、はしゃぎます。ホログラムで実体のない人物をすり抜ける感覚を楽しんでいると、あるひとりの人間の肩に手を乗せて実体があったのでびっくり。トムです。

こうしてトムを引き連れて家に帰ります。2人の共同生活が始まりました。

トムは家でもマイペース。というかプログラムにあるようにアルマを幸せにするべく、相変わらずロマンチックな言動を臆面もなく実行してきます。バスルームを蝋燭と花びらでロマンチックに飾り付けることもあり、さすがにアルマも呆れます。淡々とデスクワークに戻るアルマ。家でも研究です。

認知症の父の介護という頭を悩ませる問題もあるので、こんなアンドロイドに付き合っている場合ではありません。

トムが算出したドイツ人女性の93%がウットリする言動なんてものは無意味です。しかし、トムはそんなアルマの反応も学習していき、アルゴリズムで行動解析してフィードバックでさらに進化してきます。

ある日、家にユリアンが来て、トムの存在に驚き。トムのことは同僚だと説明します。職場の博物館でも、みんなにもトムを紹介。トムはアルマたちが取り組んでいる研究に興味津々。それも解析の対象です。するとあることに気づいてしまいます。

この出来事のせいでアルマは気が滅入ってしまい、酷く憔悴。アルマは感情をトムにまき散らし、帰宅後もアルコールを飲みまくって荒れます。トムにワイングラスでアルコールをかける始末です。トムは「やめろ」といつになく厳しい口調で発言しますが、アルマはそんなトムに自分からキス。それでも今のトムは以前のロマンチックなムードは欠片もなくキスされても茫然としています。

トムは泥酔のアルマをベッドに寝かせ、自分は彼女を幸せにするためには何をすべきなのか、その最適解を導いていました。

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恋愛伴侶規範のその先へ

『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』はロマンス映画と呼んでいいものか、ちょっと迷いますが、やはりメンタルヘルス映画と言った方が的確な気がします。

アンドロイドのトムが最初にアルマにやってみせる言動の数々は確かにロマンチックなものばかり。この段階ではトムはアルマをロマンスで喜ばせるということしか考えていません。少なくともこの時点のアルゴリズムが導き出している答えはロマンス一筋なんですね。

でもアルマはそれで全然満足しません。恋愛映画の真似事をしても意味なし。そこでトムは学習するわけです。人間はロマンスだけで心が満たされるわけではない、と。

このアルマはかなりいろいろなストレスを抱えています。例えば、失恋の経験。はたまた流産の経験。さらには父の介護。とくに認知症の父の存在はアルマに自分の将来の悲観的展望をもたらします。自分もあんなふうに孤独になってしまうのではないか…。それは独身か結婚しているかではない、人間というのは誰しもがやがては孤立してしまうじゃないかという不安です。

それでも現状のアルマは楔形文字の考古学という研究に没頭することでその不安から現実逃避できていました。しかし、ここでトムが思わぬ事実を発見。アルマたちの研究していたそれはもうすでに先行研究として論文があるようなのです。なんとも痛恨のショッキングな情報(研究分野によってはあり得ることなのかな)。

ともかくこれでアルマは生きがいだった研究にさえも行き場を失い、完全にメンタルがブレイク。アルコールに溺れ、あげくにトムに八つ当たりし、性的快楽に逃げようともします。このシーン、暴力的な空気が漂うのでかなり怖いですよね。

しかし、ここでトムはアルマのアプローチに答えません。あんなに情熱的でロマンチックなことを以前はトムの方からしていたのにです。とても何とも言えぬ顔でアルマの言動をじっと受け流し、彼女と体を交えるわけでもなく、ベッドに寝かせる。

その行動の理由は、アルマを幸せにすることにならないから…なのでしょう。トムはアルマを幸せにすることだけに徹しているアンドロイドです。

『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』は恋愛伴侶規範や性愛至上主義のようなものを越えた先にある、人間の幸福というものを探そうとする…なかなかに深いテーマを追及していく作品でした。好きな詩人として挙げられる、ライナー・マリア・リルケにも重なるものですけどね。

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アンドロイドに人間の心をケアできるか?

楔形文字を読み解こうとするアルマと対照的に、アルマを読み解こうとするトム。どちらも自分にはないものを理解しようとしています。

恋愛伴侶によって幸せになる人はいる。それは間違いありません。でもそうじゃない人もいる。であるならば何をしてあげるのがいいのだろうか。

その答えはすぐに見つかりませんが、もうこの時点でこのアンドロイドのトムは恋愛伴侶規範を飛び越えて次のアルゴリズムで分析を開始し、アクションをとっていきます。

要するにトムがやっていることはメンタルヘルスのケアです。本来であれば人間の専門家が取り組んであげるようなことなのですが、本作ではそれをアンドロイドが肩代わりすることになる。トムはなんか知らないけど鹿にも好かれる。

この「アンドロイドに恋愛はできるか?」ではなく、「アンドロイドに人間の心をケアできるか?」という問いかけは、似て非なる疑問です。前者は単に欲求を満たせばいいと考えがちですが、後者はそうはいきませんから。

これまでアンドロイドが出てくる映画と言えば、『マザー/アンドロイド』『エクス・マキナ』のようにアンドロイドが高度に自我を持った結果、人類に刃を向けるという恐怖の存在になることが多かったです。

ケアという視点があったとしても、女性型アンドロイドが男性の人間をケアするというような、極めてジェンダー構造に差別的格差のあるものが目立ち、こういう場合は女性型アンドロイドは女性の人間を都合よくオブジェクティフィケーションしたものに過ぎませんでした。

一方の『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』は、男性型アンドロイドであり、なおかつそれを消費する展開にしません。あくまで対等な関係を構築し、同時にそれは人間の男性がどうするべきなのかという一種の模範を提示する物語とも解釈できます

例えば、こういう研究に人生を捧げる女性に対して「結婚すればいいのに」なんて声をかける、そういう圧力はいくらでもあります。でもトムはその規範の言いなりではないです。アルマとは最終的に体を交えるのですが、そこで関係は続きません。トムは彼女に言われたとおりに身をひく。自分の役目というものを全うして…。

アルマはトムと再会しますが、そこでのアルマの姿は憂いを断ったかのような明るさが見えます。画面にはトムさえ映らなくなり、伸び伸びするアルマだけが広がります。

こうやって振り返ると“マリア・シュラーダー”監督の過去作『アンオーソドックス』と軸は同じでしたね。『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』はしっかり女性を主軸に捉え、規範から脱却して人生の幸福を探せるかを描く。

鑑賞前はすごく恋愛伴侶規範に乗っかった作品だったらどうしようと思っていたのですが、“マリア・シュラーダー”監督にはそんなもの杞憂でした。

『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 96% Audience 83%
IMDb
7.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
7.0

作品ポスター・画像 (C)2021, LETTERBOX FILMPRODUKTION, SÜDWESTRUNDFUNK

以上、『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』の感想でした。

I’m Your Man (2021) [Japanese Review] 『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』考察・評価レビュー