テッサ・トンプソン主演作のロマンス…映画『シルヴィ 恋のメロディ』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2020年)
日本では劇場未公開:2020年にAmazonビデオで配信
監督:ユージン・アッシュ
恋愛描写
シルヴィ 恋のメロディ
しるびぃ こいのめろでぃ
『シルヴィ 恋のメロディ』あらすじ
1950年代のニューヨークのハーレム。ひとりの女性は父親のレコード店で、サックス奏者として才能を認められるべく努力している男性と出会う。2人は瞬く間に恋に落ちる。しかし、女性にはすでに婚約者がおり、母親からは身分の低い者と関わるなとまで言われていた。一方で、男性にもサックス奏者として参加するバンドが成功するためにチャンスが舞い込んできて…。
『シルヴィ 恋のメロディ』感想(ネタバレなし)
テッサ・トンプソンの魅力に惚れて
映画界における次世代のアフリカ系アメリカ人の未来を引っ張る存在として期待されていたチャドウィック・ボーズマンの訃報は本当に悲しい2020年の出来事でした。しかし、くよくよしているわけにもいきません。世間ではチャドウィック亡き今、ではその後を継げるのは誰か?…そんなことも話題になっています。
どの男優が彼の志を引き継ぎ、ハリウッドを新しい時代へと変えてくれるのか。
いや、ちょっと待ってください。なぜ男であることが前提なのか。別に女優でもいいはず。
ということで私が期待を託せる人はこの人、“テッサ・トンプソン”です。
1983年生まれの“テッサ・トンプソン”は2014年の『ディア・ホワイト・ピープル』で注目の映画若手俳優に躍り出ることになり、2015年の『クリード』シリーズでヒロインの座を射止めると一気にスター街道を突っ走ります。『マイティ・ソー バトルロイヤル』や『メン・イン・ブラック インターナショナル』などエンタメ大作でも大活躍し、実写版『わんわん物語』といった家族向け作品にも顔を出したかと思えば、『アナイアレイション 全滅領域』のようなマニアックな映画でも存在感を放ち、ドラマ『ウエストワールド』でもパワフルに大暴れ。
ここまでアグレッシブにキャリアを登りつめていくアフリカ系の女優はかつてないのではないでしょうか。やはりこれまでの黒人女優は脇役の印象が強く、実際にそういうしがらみを経験している人がたくさんいましたから。“テッサ・トンプソン”はそんな人種的ステレオタイプな仕事は全然しないんですよね。
しかも、“テッサ・トンプソン”はバイセクシュアルで、LGBTQコミュニティのリーダーとしても道を切り開いており、控えめに言ってもカッコよすぎます。
そんなパワフルな先駆者である“テッサ・トンプソン”が主演と製作総指揮を務めたのが、今回の紹介する映画である『シルヴィ 恋のメロディ』です。
物語は1950年代後半から60年代初めのニューヨークを舞台にした、とてもオールド・スタイルな男女ロマンス・ストーリー。ロマンチックな空気を隅から隅まで詰め込んだような作品です。見ているとすごく懐かしいハリウッド映画風のロマンスを思い出します。
それではありきたりではないかと思うかもしれません。しかし、ニューヨークのハーレムをスポットにした、アフリカ系アメリカ人の純愛ロマンスはいまだに珍しいです。『ビール・ストリートの恋人たち』のような黒人主体の純愛ロマンスものはあるにはありましたが、そちらは割と人種差別の側面も前に出ていたと思います。『シルヴィ 恋のメロディ』はそれと比べるとロマンスが前面に満ち溢れているのが特徴です。それでもその背景には人種差別は切っても切り離せないのですけどね。
なんかウディ・アレンが作りそうな雰囲気ですが、たぶんウディ・アレンには作れないでしょう。そこまで黒人のコミュニティのストーリーを扱えるほどに手慣れてもいませんから。
監督は“ユージン・アッシュ”という方で、脚本と製作も兼任しています。恥ずかしながら私は知らなくて、これを機に覚えておこうと思いました。
俳優陣は、主演の“テッサ・トンプソン”の他は、『Crown Heights』で俳優として高く評価され、プロデューサー業もしつつ、アメフト選手としても大活躍するマルチな才能の持ち主である“ンナムディ・アサマア”。さらに『バース・オブ・ネイション』の“アヤ・ナオミ・キング”、『GIRLS/ガールズ』の“ジェマイマ・カーク”、『God Friended Me』の“エリカ・ギンペル”など。
とっても素敵なムードたっぷりの『シルヴィ 恋のメロディ』なのですが、日本では劇場未公開。スクリーンで観る機会はなく、「Amazon Prime Video」でAmazonオリジナル映画として配信されるのみになってしまいました。せっかくのムードも劇場でなければ激減なのですが、まあ、我慢するしかありません…。
“テッサ・トンプソン”のファンなら必見の映画ですのでお見逃しなく。
オススメ度のチェック
ひとり | ◯(俳優のファンは要注目) |
友人 | ◯(ジャズ音楽好き同士で) |
恋人 | ◎(甘いムードに浸れる) |
キッズ | ◯(大人のロマンスだけど) |
『シルヴィ 恋のメロディ』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):2人の両立
1962年。ニューヨーク。青い服でオシャレをした女性・シルヴィがナンシー・ウィルソンのコンサートの前でいとこのモナを待っていました。しかし、開場している時間になったのにまだ来ません。するとすぐ前に知っている顔の男性が立っているのに気づきます。「ロバート?」
5年前。シルヴィは父のレコード店で店番中。テレビを見ながらやる気はありません。そこにひとりの男がレジまでやってきて、店の窓に掲げられていた「HELP WANTED」という看板を手に、従業員を募集しているのかと訊ねてきます。しかし、シルヴィは冷静に説明。母はマナースクールを経営しており、富裕層も相手にしているので「雇う金もなくて娘を店に置いている」と思われないように見栄のために募集看板を置いているだけ…。
その残念な事実を知ってガッカリそうなその男。名前はロバート(ボビー)・ハロウェイ。しかし、シルヴィの父はそのロバートを少し見るなり「採用だ」と雇ってしまいました。
ロバートはサックス奏者でバンドをしています。お決まりの演奏場所はブルーモロッコというクラブです。ある日、真っ赤な衣装のジュヌヴィエーヴ(ジーニー)という高貴そうな女性が声をかけてきて、演奏の腕を高く評価してくれ、「私の店に金曜にどう?」と誘ってきます。
さっそくロバートのバンドはそのジーニーの店へ。ゴージャスなステージで演奏できました。しかも1人500ドルも渡してくれて、マネージャーになるとまで言ってくれます。
マイペースなシルヴィは暇なのでノリノリで店で踊ります。それを地下で在庫整理していたロバートは眺め、見られて平静を装うシルヴィ。2人で地下に降りたところ、壊れたドアが開かなくなったので地下から出られず助け待ちに。「サックス奏者らしいわね」とシルヴィは音楽の知識だけはついているので、ロバートの音楽趣味で何が好みかあててみせます。ロバートはシルヴィに演奏を聴きに来てと誘います。
そして店にいとこのモナと行ってみるシルヴィ。演奏を聴き、感動。シルヴィはロバートにジョン・コルトレーンにも追いつけると褒め、一緒に踊ろうとします。が、途中でクラブは閉店。
家まで送ってくれるロバート。シルヴィには婚約者のレイシーがいて兵役からの帰還を待っていました。その婚約者とは舞踏会で出会ったそうで、名家で裕福のようです。しかし、今この2人には間違いなく愛が芽生えていました。勢いで家の前で熱くキスする2人。
シルヴィの母であるユニス・ジョンソンはそんな娘の揺れ動きを察知していました。レコード店に来るなり、シルヴィに「身分が低い者と付き合いすぎるな」と忠告。やむを得ずシルヴィも「昨夜のは魔が差しただけ」とロバートに言うしかありません。
その後のパーティでもすっかり距離ができてしまった2人。他の女性と踊るロバートを見て外に出ていくシルヴィ。それを追うロバート。建物から音楽が漏れ流れてきます。以前の続きだとして道路で踊る2人。
特別な時間を過ごして、幸せは絶好調。こうなると愛は止まりません。
ロバートはバンドがパリに行けることになったので一緒に来てとアプローチ。考えると約束してくれと言われ、「わかった」と答えるシルヴィ。しかし、彼女のお腹には命が宿っていました。
出発するロバートの前に現れたシルヴィは「お別れだけ言いたくて」「第2のコルトレーンになれる」と送り出すだけでした。
5年後。電話交換手からTVプロデューサーの助手に転職できたものの、家では夫レイシーと共に子育てに大忙しなシルヴィ。そして出会ってしまいます。誰よりも愛したかもしれないロバートに。
愛は再燃することになりますが、2人の関係性はかつてのようにはいかず…。
可愛らしい手探りの恋
『シルヴィ 恋のメロディ』は王道のロマンスです。
シルヴィとロバートが出会い、愛を育んでいく過程はこれ以上ないほどにストレートにロマンチックに描かれます。2人ともそんなにグイグイといく方ではないので、最初の方は探り探りで相手の反応を見ていく、あのもどかしさがたまらなく愛らしいです。2人の愛情の交わし方が「See you later alligator」なのも、なんだか可愛い。このリッチに気取っていないありのままの姿がシルヴィには新鮮でドキッとハートを射止めたのでしょうかね。
私は一方の相手だけが強引にもう片方の意中の相手を自分の恋愛に引きずり込んでいくような、そういうロマンスは好きじゃないので、対するこうやって『シルヴィ 恋のメロディ』のようにちょっとずつ距離を縮めていく尊重がある恋は好物ですね。
このたどたどしい恋模様は、リチャード・リンクレイターの『ビフォア』シリーズを思い出します。『シルヴィ 恋のメロディ』も10年後とかに続編を作ればいいのに…。
一応、シルヴィにしてみれば婚約者がいるわけですから不倫に近い状態なのですが、本作を観ていると不倫という一種の汚らわしい行為とみなされることもあるものと同じ空気は全然感じません。むしろ「え?婚約者?もうどうでもよくないですか?」っていう気分です。
しかし、そうはいかない世間体。シルヴィの母はとくに厳格で、身分の低い者と付き合うのは論外な姿勢です。このあたりはプリンセス・ストーリーの逆バージョンといいますか、もっと言えば『ロミオとジュリエット』の古典的な恋愛劇スタイルでもあります。身分が違う者同士の恋は結ばれるのか…という。
けれどもその『ロミオとジュリエット』とも決定的に違うのは2人はアフリカ系アメリカ人だということです。つまり、人種的な社会構造があるゆえに、一歩間違えればロバートだけでなくシルヴィだって一気に転落するかもしれない。シルヴィの父を見ていればわかるように、黒人にとって盤石な身分の保証はどこにもない。だからこそシルヴィの母は娘に良い相手に嫁がせようとするのですが…。
それもわかっていながらやっぱり芽生えてしまった愛の高まりは抑えられないわけで…。作中で2人が街の路上で踊るという印象的なシーンがあります。それはいかにも狭間に立っている2人の立場も暗示しているようで、切なくもあり、詩的でもありました。
それでも寄り添えるはず
しかし、これだけだと本当にレトロなロマンス映画なのですが、『シルヴィ 恋のメロディ』はその内側にはちゃんと現代的な価値観も封入されていたと思います。
それが「女性のキャリア」のテーマです。
シルヴィは前半のパートでは全くキャリアに興味がないです。親のレコード店で実にのんびりと時間を潰しているだけの毎日。親の庇護があるのも理由ですが、婚約者も決まっているからこその「成り行き任せ」なのかもしれません。
けれどもロバートとの一時の恋が過ぎ去り、レイシーとの結婚生活がスタート。そこではシルヴィはキャリアを求めるようになっています。家庭は裕福なのでおそらくシルヴィが働く必要性は経済的にはないはず。でもシルヴィは向上心で職を求め、TVプロデューサーの助手になります。なぜここまでするのか、それはきっと夢を追いかけていたロバートに心を動かされたからなのでしょうね。
ところが肝心の夫はシルヴィのキャリアを求める気持ちを受け止めてくれません。家事をして、子育てをして、それで女はじゅうぶん幸せだろ?っていう例のパターンです(最近こんな夫を映画でよく見るな…)。
でもシルヴィは諦めません。これが白人の上司とかだったらシルヴィの心は早々に折れていたかもしれないです。けれど、偶然にも上司は黒人女性。つまり、チャンスがありそうだと未来の光が一筋見えるわけで、逃がすことはできません。
ちなみにいとこのモナは公民権運動にご執心になっており、1964年の公民権法の制定に向けて最も盛り上がっていた時期ではありますから、彼女は彼女なりに人生を謳歌しています。当時の黒人たちはそれぞれのキャリアをめぐる戦いがあって、ある人はモナのように社会の変革でそれを達成しようとしていました。これも当時の黒人女性の確かな姿だったのでしょう。
対するロバートは「ジャズはもうクールじゃない」「スティーヴィー・ワンダーが今の流行り」とか言われてしまい、「ジャズは死んだ」宣告に消沈。キャリアの道を失います。
要するに構図としては「キャリアの高い女性」と「キャリアの低い男性」の関係です。これは昨今のロマンスでは定番化していますね。『ロング・ショット 僕と彼女のありえない恋』とかね。
そしてロバートは素直にシルヴィのキャリアを応援する道を選ぶわけです。シルヴィもそんなロバートに寄り添いつつ、自分のキャリアを前に進めていく。「俺に家族は無理だ」と弱気になっていたロバートですが、別に無理に一家の大黒柱になる必要はない。女性が柱になったっていいし、そこに添え木として男が小さく佇むという姿もアリなのだ、と。
本作は1960年代を描いているものの、その着地は見事に現代的じゃないですか。キャリアと愛をめぐる男女の関係性としてしっかり今の価値観でベストな理想コースへと歩ませる。作り手もそこはすごくわかっている感じでした。
『シルヴィ 恋のメロディ』のラストの男女の終着は『ラ・ラ・ランド』的ではあるのですが(男は夢から遠のき、女は夢に近づく)、『シルヴィ 恋のメロディ』の方はそこまでシニカルに突き放すでもなく、立場が違っても共生していけるというポジティブさがありました。当初はベタなロマンスに思えた作品でしたが、終わってみれば恋愛至上主義的価値観すらも飛び越えた未来志向でしたね。
『ソウルフル・ワールド』をロバートに見せてあげたい…。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 93% Audience 81%
IMDb
6.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★
関連作品紹介
テッサ・トンプソンが出演している作品の感想記事です。
・『ディア・ホワイト・ピープル』
・『メン・イン・ブラック インターナショナル』
・『ウエストワールド』
作品ポスター・画像 (C)Amazon Studios
以上、『シルヴィ 恋のメロディ』の感想でした。
Sylvie’s Love (2020) [Japanese Review] 『シルヴィ 恋のメロディ』考察・評価レビュー