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『イノセンツ』感想(ネタバレ)…団地で子どもたちの戦いは始まっている

イノセンツ

もう終盤戦かも…映画『イノセンツ』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

英題:The Innocents(De uskyldige)
製作国:ノルウェー・デンマーク・フィンランド・スウェーデン(2021年)
日本公開日:2023年7月28日
監督:エスキル・フォクト
動物虐待描写(ペット) 児童虐待描写

イノセンツ

いのせんつ
イノセンツ

『イノセンツ』あらすじ

ノルウェー郊外のどこにでもある普通の住宅団地。夏休みに友人同士になった4人の子どもたちが、親たちの目の届かないところで普通ではない隠れた特殊能力に目覚める。普段は厳しく監視してくる大人の知らないところで、ささやかな新鮮な楽しさを共有する。子どもたちは近所の庭や遊び場で新しい力を試すが、やがてその無邪気な遊びが影を落とし、取り返しのつかない事態に対処しなければいけなくなる。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『イノセンツ』の感想です。

『イノセンツ』感想(ネタバレなし)

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北欧の団地映画は静かに怖い

子どもは生まれた後にどうやって善悪を認識できるようになるのでしょうか。脳の発達にともない、幼児はどんどんと複雑な思考能力を会得していきます。その過程で「何が良くて」「何が悪い」のか、そうした道徳的な概念を理解するようになると知られています。

一方で、年齢を重ねて成長すれば、自動的に善悪を完全に身につけるわけでもありません。善悪とは最初から備わっているものではなく、後からどんな経験や教育を受けたのか、そうしたことからも影響を受けるからです。

ある研究によれば、子どもにいくつかのキャラクターのイラストを見せれば、ある程度は「善」と「悪」に振り分けられるようになるそうです。例えば「歯が鋭い」「口が大きい」「顔つきが怖い」などの身体的特徴に基づていることが多いと判明しています。これはもちろんこういうキャラクターが悪として描かれる物語などに触れることで、その認識を学習したのだと推察されます。

つまり、アプリオリ(経験に先立つ先天的・生得的)なものではなく、経験が善悪の具体的な実像を定めていることになります。

やっぱり子どもの時期に触れる表象というのは大切なんですね。

今回紹介する映画も、子どもの善悪に関する道徳的概念の認知発達を意識した物語になっており、その点で見ていっても興味深いです。

それが本作『イノセンツ』

本作は北欧映画で、舞台はノルウェーです。具体的にはノルウェーの郊外の平凡な住宅団地での出来事を描いています。ほんとに小さな団地だけを舞台にしているので、そこから飛び出すこともありません。

そんな団地で、何人かの子どもたちが自分に特殊能力があることに気づき始めます。本作は異能モノです。それはささやかな能力なのですが、しだいにとんでもないことに発展していく…という異能スリラーとなっています。

これまでも異能系のスリラーは、『クロニクル』やドラマ『インパーフェクト』など、ある定番図式として子どもとセットで語られやすいジャンルでした。

しかし、この『イノセンツ』は10代のティーンではなく、プレティーン以下の年齢の子たちを主役に据えているのが最大の特徴です。

加えてドラマ『パワー』のようにスケールがどんどん飛躍していくような拡大はせず、あくまで団地だけに絞って展開するのも個性となっています。

北欧映画らしく、冷たく静観するようなストーリーテリンクは健在で、北欧映画好きなら満喫できます。ハリウッドのアメコミ映画みたいなドンガラガッシャン!なノリばっかりだと飽きますしね。

このちょっと変わった「団地っ子」の異能系スリラー映画を生み出したのが、ノルウェー人の“エスキル・フォクト”。これまで『リプライズ』(2006年)、『オスロ、8月31日』(2011年)、『母の残像』(2015年)、『テルマ』(2017年)、『わたしは最悪。』(2021年)と、“ヨアキム・トリアー”監督とタッグを組んで脚本を担ってきた話題の人物でした。2014年には『ブラインド 視線のエロス』で監督デビューも果たしましたが、今作『イノセンツ』で監督2作目となります。

ノルウェーのアカデミー賞と呼ばれるアマンダ賞で監督賞を含めて4冠を獲得し、“エスキル・フォクト”監督として絶好調ですね。

『イノセンツ』は子どもメインの物語ということで、子役の存在感も凄まじく重要なのですが、キャスティングされた子どもたちも見事としか言いようがない演技で…。どの子も強烈に印象に残ります。

なお、注意点として本作はとても非倫理的な行為が淡々と描かれます。とくに猫を虐待し、殺す描写がハッキリと描かれるので、そこはさすがに目を背けたくなる人もいるでしょう(作り手もあえてそれをわかって描いているのでしょうけど)。とりあえず事前に忠告だけはしておきますね。当然、撮影で実際に猫が傷つけられているわけではないので安心してください。

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『イノセンツ』を観る前のQ&A

✔『イノセンツ』の見どころ
★子どもたちのゾクゾクする緊張感。
✔『イノセンツ』の欠点
☆猫好きにはとても辛い。

オススメ度のチェック

ひとり 4.0:じっくり雰囲気を
友人 3.5:北欧映画好き同士で
恋人 3.5:猫好きは注意
キッズ 3.0:暴力描写あり
↓ここからネタバレが含まれます↓

『イノセンツ』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):団地の子どもたちの戯れ

移動する車の中でまどろんでいたイーダ。ノルウェー郊外の集合団地に引っ越しするためで、前方の席には両親のアンリエッタニルスが乗っています。そして隣には姉のアナが座っていました。アナは知的障害があり、上手く言葉を話せません。

イーダは密かにそのアナをつねります。アナは抵抗もせず、痛みを感じていないようです。

新居となる団地の部屋に到着。荷物搬入前で、まだ生活感はなく、しばらくこんな状態で過ごすことになります。暇そうなイーダはベランダから唾を落とします。

イーダが少し外をふらついていると小さな水辺があり、そこにいたミミズを無言で踏みつぶします。ふと向こう岸にこちらをじっと見つめるひとりの少年が立っているのが見えます。

母は「学校で新しい友達を作って」と言ってイーダにおやすみのキスをして去ります。でもイーダはアナに付きっきりの親に反感を持っており、その原因のアナに嫉妬していました。家にいても楽しくありません。

翌日、またも外の公園でタイヤのブランコに寝そべりながら空を眺めてボーっとしていたイーダ。サッカーで遊んでいる子どもたちに混ぜることはしません。

そこにベンという少年が話しかけてきて、森の奥の秘密基地へ連れて行ってくれます。さらにベンは軽いものなら落としてもその軌道を横にずらせるという特殊な能力を見せてくれます。面白いのでどんどん試すイーダ。イーダもやってみようとしますができません。仲良くなった2人は思う存分に遊びます。

ある日のこと、家でガラス片を見つけて脳裏に良からぬことがよぎります。イーダはそのガラス片をアナの靴の中に入れてしまいました。

案の定、アナはその靴を何も知らない母に履かされます。

一方、近所に暮らすアイシャという少女はベランダでひとり遊んでいると、母が泣いているのに気づきます。靴を履くとつま先に痛みを感じ、確認すると足の先が血塗れでしたが、すぐに何事も無かったかのように戻っていました。

その頃、イーダはアナの様子をずっと観察します。アナは上手く伝えられませんが、足踏みを繰り返し、辛そうです。母が靴を脱がせて初めて事態を把握しました。その横でイーダは何も言いません。

アイシャは感じ取るようにイーダとアナのアパートに辿り着きます。アイシャはアナとテレパシーで繋がり、離れていても会話もできることを理解しました。

こうしてイーダ、アナ、ベン、アイシャの4人が揃い、外で能力のことを共有するようになります。イーダはベンにアナを紹介する際に「鈍い」のだと嘲笑します。アイシャはアナのことをすっかり気に入っており、代わりにコミュニケーションを支援してあげます。

しかし、この4人が気楽に時間を共有できるのは束の間でした。あるちょっとした残忍さが取り返しのつかない運命を引き寄せ、4人は引き裂かれることになり…。

この『イノセンツ』のあらすじは「シネマンドレイク」によってオリジナルで書かれました。内容は2023/11/18に更新されています。
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善悪観念の身につけかた

ここから『イノセンツ』のネタバレありの感想本文です。

異能モノは10代のティーンなら第二次性徴のような思春期の目覚めを反映しがちですが、プレティーンの幼めな子どもたちを主役とする『イノセンツ』はもっと原初的な道徳的観念の芽生えという知育発達に焦点をあてており、ここに特化しているのが面白いです。

主人公のイーダは当初は善悪概念がやや捻じ曲がっています。それが明白にわかるのが、姉のアナへの態度です。

アナは自閉スペクトラム症で、会話としての言葉を話せません。明瞭な応答もないです。そんなアナに対して「痛みを感じていない」のだからという理由で、イーダは負傷させる行為も許されると考えています。つまり、このときのイーダの認知においては「痛みを感じない者」へは何をしても「悪いことではない」と判断しているわけです。

そんなのおかしいと思うかもですけど、私たち大人も、痛みを感じていないように見えるからという大雑把な感覚で、動物や植物を食べたり、その過程で切断や解体することに抵抗感ないというのは日常的にあります。イーダはその論理を姉のアナにも適用しているのでしょう。

しかし、そんなイーダの善悪観念はベンと出会って揺らぎます。

ベンの場合は善悪観念が捻じ曲がっているというよりは、シングルマザー家庭でネグレクト環境にあることで鬱屈を溜め込み、同年齢の子にもイジメられ、その怒りを思わず自分よりも弱い者へとぶつけるという衝動に駆られてしまっています。

そのベンが狙ったターゲットが「猫」で、最初はイーダも無邪気に猫を高所から落として楽しんでいたのですが、ベンが躊躇なく猫の頭まで踏みつぶすのを見て、動揺し、目を背けます。ミミズなら自分でも踏みつぶしていたイーダも、猫くらいになるとやはり倫理観に抵触するのでしょうか。「もしかして…自分は悪いことをしているのでは?」と恐怖を覚え始めます。

そしてテレパシーでアナと繋がれるアイシャから、アナにもちゃんと感情があり、意思があるということを知り、イーダはアナへの態度を変えていきます。

表面上は「痛みを感じない」ように見えたとしても、それは一面的なものにすぎないのだということ。何が悪いのかという分け目は、相手の反応じゃなくて、自分が相手の立場を鑑みることができるのか、そこが大事なんだということ。

当然の善悪観念としての「正しさ」をやっと学ぶことができたイーダ。まあ、現実の大人にすらもこの善悪観念が身につけられていない人も多々いますが、そういう大人はたいていは知育発達の問題というよりは、大人になってから余計な詭弁とかを覚えちゃって、「正しさに歯向かう自分ってスゴイ」みたいな自惚れにハマってしまったケースも多いでしょうけど…。

ただ、こうやってSFを通してでも、知育発達的に正しさを身につけていく過程を見せられると、やっぱりこのステップの大切さが身に沁みますね。

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団地では今日も戦いが起きている

『イノセンツ』の後半では、能力を残忍に使いこなし始めたベンが、母を殺し、イジメっ子を殺し、アイシャすらも殺し、引き返せない領域へと堕ちてしまいます。

いろいろあって、ついにアナとベンが少し離れた位置から対峙し、能力合戦が開幕。まさしく最終決戦なのですが、このシーンのラストバトルながらもあくまで普通の団地の風景の中で展開している…という演出のしかたが最高ですね。

アナとベンの本人は「生きるか死ぬか」の緊張感でもってぶつかり合っているのですけど、周囲では子どもが遊んでいたり、ベビーカーを押している親がいたり、全然平穏で…。衝撃で少しベビーカーがコテンと倒れるくらいのことしか起きません。

でもその取り囲む団地のベランダから子どもたちが何人かこちらを見ていて、まるで加勢するかのようにも思える。あのときのベンの怯えた動揺とかも非常にいいですし、まさに「団地」らしいバトルフィールドの特性を活かしてます。

『イノセンツ』は設定としては“大友克洋”による漫画の『童夢』に近いのですが、徹底して団地での出来事を変にスケールアップしないで、子どもだけの事件として留めているという、その抑え方が作品をより上質に仕上げているのだと思います。

もしあそこで建物が全壊するとかになっていたら、映像面での迫力はあるでしょうけど、少しケレン味を加えすぎてこれまでの「見えない認知発達」を描いてきた物語の軸がどうでもよくなってしまいますし…。また何事もなく日常に戻るという、あのオチの静かさが、「これはあちこちで実は静かに起きている物語です」というトーンを残して良い味わいなのでした。

大人勢が蚊帳の外なのもナイスです。

アナが自閉スペクトラム症ということで、ニューロダイバーシティ的にはスーパーパワーみたいなステレオタイプな表象に陥りかねないという懸念はあります。ただ、本作はいろんな子どもたちがでてきて、能力を持てることに何か条件があるわけでもないようですし、とくにことさら特定の非定型発達を特殊化はしていないので大丈夫かなとも思うけど…。

ちなみにアイシャは「白斑」の皮膚疾患があり、実際に演じている子もそうみたいですが、これは全く強調もされない描き方で良かったですね。

ささやかな能力で戯れる子どもの遊びから始まり、そこに残忍さが加わって、悲劇と成長が交差し、最後は良い姉妹映画の佇まいで終わる…。最初はどうなるかと思ったですけど、ほんと、良い姉妹でしたね。“エスキル・フォクト”監督の作品らしいエンディングです。

『イノセンツ』を観た帰り道、昔ながらの団地の傍を通ったとき、ここでも能力持ちの子どもたちが大人に知られず静かな激戦を繰り広げていたのではないか…そんな妄想が自然と頭の中で始まってしまう、案外と余韻が心地いい映画でした。ふとそう言えば猫が殺された映画だったんだ…と思い出すけども…。

どこかの団地でじっと立ち尽くしている子を見かけても、邪魔をせずに見守ってあげましょう。何かの攻撃を防いでいるかもしれないですから。

『イノセンツ』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 97% Audience 73%
IMDb
7.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
7.0
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関連作品紹介

北欧のスリラー映画の感想記事です。

・『ボーダー 二つの世界』

作品ポスター・画像 (C)2021 MER FILM, ZENTROPA SWEDEN, SNOWGLOBE, BUFO, LOGICAL PICTURES

以上、『イノセンツ』の感想でした。

The Innocents (2021) [Japanese Review] 『イノセンツ』考察・評価レビュー