でもそこで女性は縛られない…「Apple TV+」ドラマシリーズ『レッスン in ケミストリー』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2023年)
シーズン1:2023年にApple TV+で配信
原案:リー・アイゼンバーグ
性暴力描写 セクハラ描写 自死・自傷描写 LGBTQ差別描写 人種差別描写 恋愛描写
レッスン in ケミストリー
れっすんいんけみすとりー
『レッスン in ケミストリー』あらすじ
『レッスン in ケミストリー』感想(ネタバレなし)
食べても安全な化学をどうぞ
2023年11月、日本のニュースでこんなにも化合物の名前が連呼されることになるとは…。
何のことかと言えば、「大麻グミ」問題です。全国で大麻グミを食べた人が相次いで緊急搬送されていたことが発覚し、話題となりました。その大麻グミは「HHCH」という合成化合物だったので、この「HHCH」という聞きなれないアルファベットの羅列がやたら目につくことになったわけです。
大麻は日本では規制対象ですが、厳密には「THC」という成分です。これは「カンナビノイド」とも言います。今回の「HHCH」は合成化合物という人工で作られた「合成カンナビノイド」であり、他にも「HHC」や「THCH」が作られ、そのたびに規制に追加されてきました。
「大麻なんて海外の一部では合法化されているし、騒ぐことではないでしょ?」と思うかもしれませんが、この合成化合物は単に大麻に似せるだけでなく、より危険な効果を発揮する代物なので、そうも言ってられません。専門家も言ってますが、「大麻グミ」という名称は誤解を招きます(TBS)。「大麻に似せた、大麻以上に危険なグミ」みたいな言い方でもしないと…。
そうやって言葉巧みに騙して、人の口に危険な化学物を放り込むなんて、今回紹介するドラマシリーズの主人公は絶対に許さないでしょう。
それが本作『レッスン in ケミストリー』です。
本作は「化学のレッスン」というタイトルからして科学教養番組でも始まりそうな雰囲気ですが、普通にフィクションのドラマです。
主人公はひとりの女性で、化学者として研究所に勤めていたのですが、ひょんなことから料理番組のホストを始めることになります。本作はそんな1950年代から60年代に活躍する主人公の奇想天外な半生と、周辺の人間模様を描いた、エモーショナルでちょっとサイエンティフィックな物語です。
と言っても、『ジュリア アメリカの食卓を変えたシェフ』みたいな実在の人物を描いたものではありません。いかにもモデルとなった人間がいそうな作り込みなのですが、とくにそういうわけではないそうで…。
『レッスン in ケミストリー』は“ボニー・ガルムス”という作家が書いたデビュー小説が原作で、これ自体が広告代理店で働いていた原作者の経験を着想元にしているらしいです。
フィクションであるのはそうなのですが、中身は『ジュリア アメリカの食卓を変えたシェフ』と同じく女性が男社会の中でいかにキャリアアップするのが難しいのかというフェミニズムなテーマを真正面から扱っています。料理のスパイスのように、本作『レッスン in ケミストリー』にはそこに化学者としてのアイデンティティが関わってくることで、他にはない味が引き出されています。
『レッスン in ケミストリー』を製作するのは、ドラマ『WeCrashed スタートアップ狂騒曲』を手がけた“リー・アイゼンバーグ”。エピソード監督には、『バーズ・オブ・パラダイス』の“サラ・アディナ・スミス”や、ドラマ『ホークアイ』の“バート&バーティ”、ドラマ『真相 – Truth Be Told』の“ミリセント・シェルトン”など。
そして製作総指揮も兼任しながら主演を飾るのは、最近も『マーベルズ』で絶好調にぶっ飛ばしていた“ブリー・ラーソン”です。
共演は、ドラマ『アウターレンジ 領域外』の“ルイス・プルマン”、『ボクシング・デー』の“アジャ・ナオミ・キング”、ドラマ『ジ・オファー / ゴッドファーザーに賭けた男』の“ステファニー・コーニッグ”など。
あと、犬。本作は犬が可愛いです。
『レッスン in ケミストリー』は「Apple TV+」の独占配信で、全8話(1話あたり約42~50分)。夢を応援してくれる作品です。人生に躓いたときに元気を貰えます。
なお、作中では性暴力に関するフラッシュバックをともなうシーンがありますので、その点は留意してください。
『レッスン in ケミストリー』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :夢を応援してくれる |
友人 | :後味の良いドラマを |
恋人 | :互いを尊重して |
キッズ | :暴力を示唆する描写あり |
『レッスン in ケミストリー』感想(ネタバレあり)
あらすじ(序盤):2人の化学反応
1台の車が放送局の前に到着します。待ち受けていたたくさんの女性が群がっており、降りてきたひとりの女性に歓声をあげます。その女性は廊下を歩きながら「塩化ナトリウムは?」と準備状況を質問。スタジオの調理台の前に立ち、「Supper at Six」という料理番組を収録開始です。
「エリザベス・ゾットです」
スポンサーの缶詰を淡々と紹介し、「大量の化学物質のおかげ」とその効果を皮肉たっぷりに語り、「今日はラザニアを作ります。新しい要素で」と続けます。
7年前の1951年。ヘイスティングス研究所にて、深く息をつきながらエリザベスが殺風景で散らかった研究室へ誰よりも先に出勤します。片付けていると、人事部のフラン・フラスクから「ミスコンに興味ない?」と聞かれるも「古細菌が最近の関心だ」と愛想ゼロで対応。
一方、体力づくりでランニングしてきたカルヴィン・エヴァンスは個人研究室でシャワーを浴びていました。カルヴィンはレムセン財団の助成金を早く獲得しろと急かされていましたが、実は上手くいっていませんでした。
男ばかりの研究室ではエリザベスはふざけたトークを交わす男たちから「ミスコンにゾットがでるなら受賞できるな」という言葉を向けられ、無表情で自分の実験に取り組んでいます。
エリザベスは食堂で助成金申請書を睨み、そこの名前の欄の「Mr」を消して「Miss」に書き換え、名前を書きます。
みんなが帰った後、カルヴィンの研究室からリボースを借りて少し実験を続けていると、翌日に怒られるハメに。男性上司から「修士号程度の者には研究させない」と言われ、ミスコンはヘイスティングスの文化だと暗に参加を強要され、去り際には「もっと笑え」と余計なひと言までもらいます。
さらにカルヴィンはエリザベスを秘書だと思い込んで勝手に入ったことを説教します。
エリザベスはミスコン参加を勝手に決められ、写真を撮られ、しょうがなくミス・リトル・ヘイスティングスのパーティに参加。でもステージで「ハネムーンはどこに?」と聞かれても「結婚はしません」と答えるなど態度は変えません。
結局、うんざりしてステージを離れると、カルヴィンがアレルギーのせいで香水で吐いているところを目撃し、車で送ってあげます。
彼は「君を秘書と呼んで申し訳ない」と謝ってくれました。「なぜ博士号をとらなかったんだ?」と聞かれるも言葉を濁すエリザベス。「どんな芸を披露するつもりだった?」と質問され、「トマトをお湯に入れて皮をむきやすくする」と答えます。
こうしてエリザベスはカルヴィンと化学トークが弾む関係になり、エリザベスの知的な才能と実力を知ったカルヴィンはあるアイディアを思いつきます。カルヴィンの研究パートナーになる案です。これなら実験に没頭できます。
ギクシャクしながら同じ部屋で研究をするようになりましたが、ある日、エリザベスはドアを閉められてパニックになります。
2人はそれぞれ自分の中でしまい込んでいる過去があって…。
研究したいだけなのに…
ここから『レッスン in ケミストリー』のネタバレありの感想本文です。
科学は歴史的に根深いほどの男社会であり、それは多少の改善はあれど、今も変わりません。『レッスン in ケミストリー』はそんな男たちが当然のように支配するホモソーシャルな規律で成り立つ化学界で、孤立しながらも化学に向き合おうとする女性の物語です。
第1話から非常にこの化学界の男社会構造が際立ちます。経験がある人には「ああ、こういうのある…」と嫌な記憶が思い起こされるでしょう。
私は大学の研究室で女子学生ばかりが容姿や交際関係にばかり言及され、それが研究実績と何の関係ないにもかかわらず、その人のマイナス点として刻まれる…みたいな光景を思い出しましたよ…。
そんなアウェー状態でエリザベス・ゾットがやっと味方として出会えたのがカルヴィン・エヴァンスです。このカルヴィンは当初は女性差別に全く無自覚な典型的な男性でしたが、すぐに自己反省して問題点に気づき、改善案を考えます。このフィードバックの早さは彼の科学的思考の持ち味と同一ですね。
しかし、順調だと思った瞬間に悲劇が襲います。カルヴィンを交通事故で失い、またもキャリアも窮地となったエリザベス。しかも、妊娠が発覚して、それを理由に一方的に解雇。
ここでも嫌というほどにわかるのは、エリザベスのような女性は男性とセットじゃないと全然評価してくれないという現実です。男性とセットだからと言って対等に評価してくれるわけでもないのですが、単身の女性には厳しく、その女性が妊娠したとなればもうお払い箱…。
ここから出産・育児と化学では太刀打ちできない問題に苦戦しつつ、エリザベスの次のフィールドはテレビ業界に移ります。まあ、ここも案の定、男社会なんですが…。
今度はウォルターが味方になってくれて、あの偉そうな局オーナーのフィルにも挫けず、エリザベスはここでも我が道を貫きます。健康に悪い食品のスポンサーなんてクソくらえですし、スカートも履きません。
料理という一見するとステレオタイプな女性像になりかねない要素ながらも、それを上手く使って化学を教える方向にも持っていくという発想。エリザベスの器用な才能が発揮されてました。
加えて今回は世間に放送される番組なので、このエリザベスの姿が他の女性にも良い波及効果を生んで、才能あるも家庭に縛られていた女性が解き放たれていく瞬間があったり…。つまり、エリザベスはもうひとりじゃない、アイコンになったんですね。
そして最後は番組を降板して、講義の中で教師として化学を教える。未来ある若者たちに…。
派手でないですが、確実に未来を築いていくステップアップがちゃんと描かれる堅実なストーリーテリングだったと思います。
あと、犬のシックス・サーティも大事。まさか第3話で「犬」回が待っているとは思わなかったけど、こういうほどよい犬の使い方は好きですよ。
トラウマ描写の共有結合
こんな感じで結構私の好きな要素が詰まった『レッスン in ケミストリー』なのですが、諸手を挙げて絶賛しづらい点もいくつかあって…。
まずちょっとトラウマ要素を多用しすぎな気もしました。エリザベスが学生時代に性的暴行を受けた経験があり、そのサバイバーとして不安を抱えているというのはまだわかります。
ただ、本作はそこに愛する人の突然の事故死という悲劇も追加されます。これもまだありかなと思ったのですが、さらに「エリザベスの兄は同性愛者でかつて親に受け入れられずに拳銃自殺していた」とか、「隣人のハリエットが道路建設反対活動中に白人警官に暴力を受ける」とか、エリザベス本人とは直接関係ないことまで抱き合わせで、トラウマ描写の共有結合が連発するのです。
本作はそんなにクィアとか人種問題に焦点をあてているわけでもないので、いかにも「とりあえず入れてみました!」って感じで、少し雑かなと思います。
肝心のエリザベスの人生も、確かに「結婚はしたくない」という本人の姿勢は貫かれていましたけど、結果的には表面上はとても恋愛伴侶規範的なベタな展開に進んでいたり、女性の困難を描くにしてもやはりシスヘテロ(シスジェンダー&ヘテロセクシュアル)な前提が染み出ていましたし…。
後半は、カルヴィンの親の真相というミステリーに物語が引っ張られすぎていて、エリザベスとマッドの物語としては少々魅力に欠けたかなというのも残念です。みんな団欒の風景で終わってたけども。
個人的な願望としては、もっと科学史に絡めた展開が見たかったんですけどね。
作中でカルヴィンに「マリー・キュリーくらいしか有名な女性の化学者はいない」と指摘して、業界の女性差別を自覚させるシーンがありますが、実際、確かに当時の時点でノーベル賞をとったのはマリー・キュリーだけなのですけど、女性の化学者は他にもいます。例を挙げるなら、1891年にアメリカ化学会で初めて女性として正規会員になった「レイチェル・ロイド」とか。
こういう知られざる女性化学者をどんどん掘り起こしていくと楽しかったんですが…。
本作のエリザベスのキャラクター性は良くも悪くもステレオタイプな科学者像で、日常でも科学用語を使ったりする変人です。他の男性科学者はそうは描かれていないのに、このエリザベスはそう描かれてしまっているのは、わかりやすさのための誇張とは言え、さすがに大人の女性の描き方としては幼稚に見えかねない面もあります。
それを回避するためにもいろいろな女性化学者を登場させて、「どんな人でも性格も人柄も関係なしに化学者になれますよ」というメッセージを打ち出してほしかったな…というのは私の感想の本音です。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 84% Audience 78%
IMDb
8.3 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
「Apple TV+」配信の、女性のキャリアを描くドラマシリーズの感想記事です。
・『神話クエスト』
・『フォー・オール・マンカインド』
・『ザ・モーニングショー』
作品ポスター・画像 (C)Apple レッスンinケミストリー レッスンインケミストリー
以上、『レッスン in ケミストリー』の感想でした。
Lessons in Chemistry (2023) [Japanese Review] 『レッスン in ケミストリー』考察・評価レビュー