感情が爆発するアジア系の大暴走…ドラマシリーズ『BEEF/ビーフ ~逆上~』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2023年)
シーズン1:2023年にNetflixで配信
原案:イ・サンジン
自死・自傷描写 性描写 恋愛描写
BEEF ビーフ
びーふ
『BEEF ビーフ』あらすじ
『BEEF ビーフ』感想(ネタバレなし)
アジア系の表象は感情爆発時代!
近年のハリウッドの作品を見ているとアジア系へのステレオタイプな表象は昔と比べるとかなり減ってきているのだとは思います。露骨なデザインや役回りのようなものは少なくとも激減しました。
しかし、それだけがステレオタイプではありません。レプリゼンテーションにおけるアジア系のステレオタイプは他にもたくさんあり、よく挙げられる要素に「性質」があります。
どういうことかと言えば、アジア系のキャラクターの性格が「無感情」であったり、「お利口」であったり、「生真面目」であったり、はたまた「すべて一様」であったり…。そういうふうにアジア系のキャラクター描写が偏っていることが昔から観察できました。おそらく白人中心の欧米社会から見れば、「アジア人ってこんなものでしょ?」という感覚だったのでしょう。
その性質の面においても、アジア系のキャラクターの描かれ方は最近は大きく改善しており、本当に多様になってきました。『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』ではマルチバースという裏技を駆使してアジア系の多彩さを大胆に活写し、ドラマ『神話クエスト』ではやかましくぶちあたるアジア系のクリエイターがメインで描かれ、『私ときどきレッサーパンダ』ではアグレッシブに女子グループの中心に立つアジア系の女の子が表現されたり…。
全体的に感情豊かに描かれるのが当たり前になっており、かつ主張をハッキリ言い放つアジア系のキャラクターが増えた印象があります。
そんな中、2023年に登場したこのアジア系主体のアメリカのドラマシリーズはひときわ強烈な作品として刻まれるのではないでしょうか。
それが本作『BEEF ビーフ』です。
『BEEF ビーフ』というドラマは、あのシネフィルが最も注目する映画スタジオである「A24」が制作しているという点でも特筆されます。「A24」は映画だけでなくドラマでも尖った作品をよく生み出しており、『ユーフォリア/EUPHORIA』や『イルマ・ヴェップ』など最近も勢いがいいです。
本作『BEEF ビーフ』はアメリカに暮らす2人のアジア系の男と女を主人公にしています。両者ともアジア系という点では同じですが、それ以外は全く食い違っています。男のほうは下請けの工事業者として細々と稼ぐのにもやっとな状態で、両親を養うこともできずに、立場上追い詰められています。かたや女のほうは裕福な家庭で個人事業も成功させているのですが、仕事と家庭のストレスが蓄積し、実は内面的には崩壊寸前です。
普通であれば人生が重なることはなさそうな2人。その2人がひょんなことから、それもあまりに些細な出来事をきっかけに人生が一瞬だけ交差し、それからというもの激しく憎み合う間柄に発展してしまいます。そうです、憎み合うのです。恋愛とかじゃない。ここが本作の肝ですが…。
この『BEEF ビーフ』は「お前なんか大嫌いだ!」と拒絶し合う赤の他人同士のアジア系男女の関係を軸にして、その周囲も含めた人間模様を描いています。ジャンルは、家族ドラマであり、シニカルなコメディであり、クライムサスペンスであり…いろいろと顔がコロコロ変わる作品です。雰囲気としては同じく「A24」のドラマ『Mo モー』に近いかな。
そしてこの『BEEF ビーフ』の最大の特徴は、とにかく感情が爆発しているということ。主人公の男女が、作中をとおして、喚く、暴言を吐く、錯乱する、絶叫する…。そんな姿を通して「自分の人生って何なんだろう?」と向き合っていく、そんなぎこちない人間の素を映し出すドラマです。
俳優陣は、『ミナリ』『NOPE ノープ』の“スティーヴン・ユァン”と、『いつかはマイ・ベイビー』やドラマ『ペーパーガールズ』の“アリ・ウォン”。この2人の俳優が見事な演技を披露してくれます。何らかの演技賞を与えるべきだと思うけど、あっちの業界はこういう作品を評価してくれるかな…。
共演は、『search サーチ』の“ジョセフ・リー”、ドラマ『Prodigal Son』の“ヤング・マジノ”、『Violent Blue』の“デビッド・チョー”、ドラマ『エミリー、パリへ行く』の“アシュレイ・パーク”、『新スタートレック』の“パティ・ヤスタケ”、『アフター・ヤン』の“ジャスティン・H・ミン”など。
エピソード監督は、原案でもある“イ・サンジン”。この人はアニメ『トゥカ&バーティー』のライターの人ですね。そしてMCUの次期新作映画『Thunderbolts』の監督に内定している“ジェイク・シュライアー”、さらに『37セカンズ』で素晴らしい才能を発揮した“HIKARI”もエピソード監督に参加しています。
ドラマ『BEEF ビーフ』はNetflix独占配信中。全10話で、1話あたり約35分程度なので、観やすい部類のドラマです。
『BEEF ビーフ』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :俳優の名演を堪能 |
友人 | :尖った作品が好みなら |
恋人 | :夫婦いざこざ多め |
キッズ | :大人のドラマです |
『BEEF ビーフ』感想(ネタバレあり)
あらすじ(序盤):トイレを借りてもいい?
「フォースターズ」というホームセンターのレジでひとりの男、ダニエル(ダニー)・チョウがいくつかのコンロ商品を返品したいと気まずそうにお願いします。かなりの数の箱があります。「レシートは?」と聞かれますが、手元になく、しょうがないので返品をやめて外へ。
ダニーは駐車場の車に戻り、深くため息をつき、うんざりしながら車をだします。その瞬間、白い車が飛び出してきて盛大にクラクションを鳴らされ、窓から腕をだして指で挑発されました。
これにダニーは怒って急発進し、その車を感情のままに追跡。荷台から荷物が落ちるのも気にせず、その白い車の後ろまで迫るも、モノを投げつけられ、さらに挑発。強引に角の家の庭を突っ切って、相手の車の前にでましたが、相手の車は悠々とUターンして去っていきました。必死に車のナンバーを覚えるしかできません。
一方、その白い車に乗っていた女性、エイミー・ラウは帰宅し、自分の感情を落ち着かせていました。何も知らない夫のジョージ・ナカイに話しかけられ、「なにかピリピリしてない? 前向きなことを考えるんだ」と安心させるように言われます。幼い娘のジューンも無邪気にハグしてくれます。
ダニーも帰宅、弟のポールにレシートを聞きますがゲームに夢中。ポールは仮想通貨を買ったと呑気です。罵詈雑言で「クソ野郎の車を追いかけてやったんだ」とまくしたてるものの、母から電話が来て「結婚しなさい」と言われ、親には何も言えません。
エイミーはコーヨーハウスという観葉植物店のオーナー。今日も同僚のミアと一緒に仕事です。エイミーの夫の母フミは著名なデザイナーで、その陰に隠れないように必死です。ジョージも主夫ながらアーティストもしていましたが、彼の作る花瓶はイマイチで、かといってそれを面と向かって酷評はできません。
対するダニーは零細の工事業者でしたが、今や何でも屋状態。カネに困り、出所したばかりのいとこのアイザックに会い、すがることになります。過去にはアイザックのせいで家業のモーテル運営を台無しにしたこともありましたが、ダニーにはこれにしか頼りがありません。
エイミーは夫と連れ立ってフォースターズのCEOであるジョルダン・フォースターのパーティに出席しました。そこでジョルダンからエイミーの店を買収してもらうことを正式に申し込まれ、ついに大きな成果の一歩に近づきます。でもこれはこれで虚しい気持ちも…。
その頃、ダニーはムカつく暴走者のナンバーを照会することにし、判明した住所に向かっていました。その家ではエイミーはひとりっきり。ダニーは工事業者を装い、室内へ。乗っていたのはこの女であると把握し、トイレを借りるふりをして放尿で汚して退散します。
そのダニーの逃げる車のナンバーをエイミーは怒りの形相で脳裏に記憶し…。
ヘイトで繋がる共依存
ここから『BEEF ビーフ』のネタバレありの感想本文です。
『BEEF ビーフ』の主人公であるダニーとエイミーの2人。そもそもなぜこんな憎み合う仲になったのかと言えば、それはあまりにもあっけない出来事のせいでした。それはホームセンターの駐車場で起きた、ちょっとしたいざこざ。普通だったら「ムカつく出来事だったな」くらいでその日のうちに忘れてスルーできるはずです。それくらい基本的にあの2人は接点もない他人同士…。
しかし、作中で明かされるとおり、実はあの2人はあの冒頭の駐車場の時点で人生において相当に追い詰められていたのでした。
ダニーはコンロを使って自殺を企てていました。しかし、土壇場で躊躇してしまい、そのコンロを返品しようにも、それすらできず…。ダニーは長男として家族の期待という重圧を背負っており、かといって恋愛も上手くいかず(元カノのベロニカは幸せそう)、親のモーテル運営はアイザックの違法ビジネスで潰されてしまいますが、そのアイザックと手を切ることもできません。このアイザックの支配下(ホモ・ソーシャルな鎖)からどうやって脱するかが後半の展開に響いてきますが…。
エイミーは著名なアーティストの母を持つジョージと結婚し、その圧倒的な才能の圧力にこちらもプレッシャーを感じつつ(といってもフミも実は経済的に厳しかったという裏事情もある)、その一方で今度はあの白人のリッチな女に尻尾を振るのも癪です(ジョルダンの弟と結婚したナオミは開き直ってそうしていますが)。作中でエイミーはピストルを使ってそのカチっという音で自慰行為をするという、マニアックなことをしますが、あれも欲求不満と希死念慮が混ざり合う状態を暗示させている感じです。
もちろん2人もアジア系なので、アジア系差別は日常的ですし、マイクロアグレッションにも頻繁に直面します(例えば、序盤でミアが「ごめんなさい」と急に日本語で謝ってくるとか)。これも2人のストレスを悪化させているのは言うまでもないでしょう。
あの駐車場からのデッドヒートは、ついに堪忍袋の緒が切れた瞬間であり、しかも2人同時にそうなるという皮肉な偶然の結果です。
ここから2人は放尿したり、落書きしたり、あげくに相手の弟や夫に正体を隠して接近したり、ちょっかいを掛け合って、しだいに自分でも何がしたいのかわからないほどにエスカレートしていきます。
これはあれです、ネットの荒らしみたいなもんですかね。現実でむしゃくしゃしてSNSで口汚く罵って、目に入った自分がウザいと思った奴に嫌がらせする。このダニーとエイミーの場合は、それをリアルで実行するのをやめられなくなってしまった人間です。
暴走から自分と向き合うまで
『BEEF ビーフ』が面白いのは、このダニーとエイミーが別に恋愛関係に行き着くわけでもないという点。
2人とも相手に対する「ヘイター」として徹底しているだけです。一方で完全な破滅まで望んでいるのかというとそこまででもない。都合よく憎める相手が欲しいんですね。
本作のダニーとエイミーは、ジューンうっかり誘拐事件からフォースター邸での突入事件に至った後の最終話、弟と夫という最も身近な信頼すべき相手を失い、自暴自棄のまま荒野の岩場で口論しながらボロボロで一夜を明かすことになります。
そこからのパートが非常に本作の象徴的なシークエンスとなり、これまでの感情全開の罵り合いから一転、自己を打ち明ける語り合いになるのですが、食べた植物のせいか、やや幻惑気味で、相手の声が自分から聞こえるような、もしくは両者の意識そのものが交換し合っているような…そんな感覚に陥ります。
これはつまり、ダニーとエイミーにとって互いは自分のアルターエゴであり、結局このドラマの物語は自分自身を罵っているだけだったとも受け取れます。なんとか好転させたいのに、もがけばもがくほどにどんどん悪い方向に転落していく自分の人生への苛立ちを自分に向ける。あのエスカレートする互いへの嫌がらせも自傷的な行為だったのか…。
そう考えれば、本作のラストでようやくダニーとエイミーは「自分をもっとケアしていいんだ」と気づけたのかもしれません。病室のダニーに寄り添うエイミーというエンディングのワンシーンも一心同体の自己を表しているようですし…。教会でリーダーシップの座を奪いとることでも、ビジネスを成功させることでもない、自分を一番に優先してセルフケアしていくことが、この2人には真っ先に必要なことだった、と。
加えてこの2人は共におそらく80年代前半生まれの初期ミレニアル世代であり、上手く言葉で形容できませんが、この世代ならではの行き場の無さというのもあるんだろうなとも思います。そういう感覚があの最終話の語り合いでも共有されていました。
これだけこのドラマを成熟したものにさせたのは当然役者の仕事あってこそ。“スティーヴン・ユァン”と“アリ・ウォン”の名演の賜物でしたね。ほんと、この2人はもっと評価されてほしい…。
他の周囲のキャラクターも良かったです。ポールは案外といい奴なので兄のダニーが傍にいない方が上手くいくんじゃないかな…。ジョージやエドウィンのように表面上は良き育児パパに見えて、その内実はいっぱいいっぱいである男性という描写も生っぽくて頷けました。ナオミはパニックルームでジョルダンをあんな目に遭わせてしまい、その後どうするんだろう…。
ともあれこんな『BEEF ビーフ』のような多様なアジア系キャストがアンサンブルするドラマはもっと作って欲しいです。作ってくれるまでクラクションを鳴らして追いかけますよ。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 99% Audience 95%
IMDb
8.4 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
スティーヴン・ユァンが出演する作品の感想記事です。
・『NOPE ノープ』
・『ミナリ』
作品ポスター・画像 (C)Netflix
以上、『BEEF ビーフ』の感想でした。
Beef (2023) [Japanese Review] 『BEEF ビーフ』考察・評価レビュー