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『彼女』感想(ネタバレ)…Netflix;「male gaze」問題に殺された「羣青」の映画化

彼女

創作作品におけるレズビアン・キラーの歴史も踏まえつつ…水原希子&さとうほなみ共演作のNetflix映画『彼女』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

英題:Ride or Die
製作国:日本(2021年)
日本では劇場未公開:2021年にNetflixで配信
監督:廣木隆一
性暴力描写 性描写 恋愛描写

彼女

かのじょ
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『彼女』あらすじ

レズビアンのレイはある日、高校時代の同級生の女性と10年ぶりに再会する。その女性との久しぶりの会話が弾んでいくが、2人はある理由で別れてしまっており、二度と会うこともないと思っていたのでぎこちない。しかも、その女性はとんでもない依頼をレイにしてくるのだった。それは殺人。レイは自分が抱える想いに突き動かされ、その倫理的に超えてはならない一線を突き抜け、自らの身体を鮮血に染めていく。

『彼女』感想(ネタバレなし)

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邦画はレズビアンと向き合えるか

海外の映画界では2019年は『燃ゆる女の肖像』、2020年は『アンモナイトの目覚め』『ハピエスト・ホリデー 私たちのカミングアウト』『ザ・プロム』と怒涛のレズビアン・ロマンス作品が続いている感じがします。ドラマでも『ラチェッド』『The Wilds(ザ・ワイルズ 孤島に残された少女たち)』があったり…。

こうやってなんとなくな感覚でいると浮かれる気分もわかるのですが、実際のデータを見ると残念な実情も見えてきます。例えば、LGBTQのレプリゼンテーションをモニタリングしてる組織「GLAAD」によれば、2020年に公開された主要なスタジオの映画におけるLGBTQキャラを確認できた作品のうちで、レズビアン・キャラクターが登場したのは36%。2018年は55%だったので減少したことになります。つまり、決して増えているわけではないのです。

圧倒的にLGBTQ表象の主流を占めるゲイ(男性の同性愛)と比べると、まだまだ存在が消去されがちなレズビアン。女性たちの同性愛を描いていくことはもっと必要なんだと気持ちを新たにしたいところです。

そんな中、邦画でもレズビアン表象は不足しています。日本映画でもたいていは男性同士の愛を描くばかり(BL含む)。百合というジャンルは漫画や小説では盛り上がっているのに、実写の映画では乏しいんですね。なんだか「女性同士の恋愛は10代のうちの間だけで、それが大人になっても続くのはあれだよね」…という「女子高生百合」信仰みたいなのもあるらしく、クソくらえという感情しか湧きません。

そういう窮屈な日本社会。今回紹介する日本映画の登場は何か大きな影響を与えていくのでしょうか。それが本作『彼女』です。

本作は中村珍による2007年からの漫画「羣青」を実写映画化したものです。物語はあるひとりのレズビアンの女性が、自分が想いを向けていた旧友女性に「殺人」を依頼され、なすがままに手を汚し、そのまま2人で逃避行していくというもの。雰囲気としてはハードボイルド感が濃い作風になっており、女性の同性愛をピュアでキラキラしたものとしてしか受け入れられない人を容赦なく置き去りにするパワーがあります。

その原作が映画化する企画にGOサインを出したのはNetflixであり、まあ、今の日本の映画界的にはそれしか挑戦者がいないのかなと思いますが、う~ん…。

とりあえずそんな『彼女』。監督を務めたのは、ピンク映画でデビューし、今では少女漫画原作の映画を手がける前衛として『オオカミ少女と黒王子』『PとJK』『ママレード・ボーイ』などを多数手がけ、2017年の『彼女の人生は間違いじゃない』や2018年の『ここは退屈迎えに来て』など多彩な創作の幅を持つ、ベテランの“廣木隆一”

そして重大な役割を担う主演の2人は、映画『進撃の巨人』2部作や『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』で活躍する“水原希子”、その隣に並ぶのは「ゲスの極み乙女」のメンバーにして最近は『窮鼠はチーズの夢を見る』で俳優活動も展開している“さとうほなみ”。まだ2人とも俳優として高く評価されているわけではないと思いますが、この『彼女』を観るかぎり、潜在的な演技力の片鱗をしっかり見せていて私は良かったなと感じました。

他にも“鈴木杏”、”真木よう子”、”新納慎也”、”田中俊介”が脇に揃いますが、ほぼ“水原希子”&“さとうほなみ”のカップルが物語を引っ張り続けます。

注意点があるとすれば、映画が2時間半と長いことと、何よりもかなり直接的なDV描写と性暴力描写を含むので、フラッシュバックなどのリスクも人によってはあるということでしょうか。

肝心のレズビアン映画としての私の感想は後半で…。

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『彼女』を観る前のQ&A

Q:『彼女』はいつどこで配信されていますか?
A:Netflixでオリジナル映画として2021年4月15日から配信中です。

オススメ度のチェック

ひとり 3.0:興味があれば
友人 3.0:自由に話せる相手と
恋人 3.0:作品が気に入りそうなら
キッズ 1.0:直接的な性描写あり
↓ここからネタバレが含まれます↓

『彼女』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):殺してくれる?

夜の街。1台の車から降りた女性は建物の地下へ降りていきます。

レイは「こんばんわ」と落ち着いた感じで、喧騒と艶めかしい光源に包まれるバークラブをゆったり歩いて抜けていきます。そして、ふと立ち止まり、また歩き出し、バーカウンターにひとり座ります。

「何、飲まれます?」…飲み物を頼み、少し隣に座るひとりの男性に流し渡します。

篠田というその男は突然のプレゼントに「あんたいつもこうやって男を誘うの?」と驚いた様子。「この方がめんどくさいないし、それにこの店で一番寂しそうだったから」「おもしれぇな」「嫌い?」「いやじゃないかも、お前みたいな女」

そうして男は警戒をすっかり解き、レイは篠田と車に乗ります。窓から顔を投げ出すレイは何か感情を覆うかのように物憂げ。篠田は「どこ行きたい?」と聞くと、レイは迷わず「あなたのおうち」と答えます。

そして、さっそく部屋に着き、篠田のあれをしゃぶるレイ。篠田は完全に欲望を全開にし、ベッドにレイを押し倒し、体を重ねます。

「何がほしい?」と篠田。「あなたの奥さんちょうだい」とレイ。「お前、変態かよ、気に入った」

しかし、篠田は気づきません。レイが全裸で押し倒される中、ゆっくりとバッグから刃物を取り出したことを。そしておもむろに男の首に刃物を突き立て…。突然の暴力に驚愕する篠田。レイはワイングラスで相手の喉を掻っ切り、全身に血しぶきを浴びます。目の前には無様に息絶えた男のなれの果て…。

その出来事の少し前。レイは家族で墓参りし、「早く結婚してオヤジに孫の顔を見せてやれよ」と言われたりしつつも、家族団欒の時間を過ごします。そして「ただいま」と帰宅。

その家にはもうひとりいました。美夏は風呂場で飲んで酔っており、レイはキスをし、「誕生日おめでとう」と祝います。2人の幸せな時間…。

そこへある人から電話。「久しぶり」と向こうの声。それはかつて高校時代に出会った同級生の女子。「無理だったら断ってくれてもいいんだけど、今から会えない?」と言われ、「行くよ」と答えるレイ。

車を走らせ、部屋に到着。その相手、七恵は「なんか全然変わんないね」と言い、レイも「最後に会ったのは10年前だよ」と返します。笑い合う2人。「旦那さんは元気?」「元気」

10年前。借りていた300万円を七恵はレイに渡し、レイは「もしこれからも何か困ることがあったら遠慮なく連絡して」と言いますが、七恵は「もう会うことはないから」と冷たく返しました。それっきりです。

今。七恵は「好きよ、あなたのこと」とベッドで寄り掛かってきますが、レイは「嘘」と信じません。七恵はレイに口づけをし、「あなたはまだ私のこと、好き?」と聞いてきます。何も言わないレイ。

七恵は服を脱いでいき、裸に。その体は痛々しいくらいに痣だらけでした。言葉が出てこないレイ。「旦那?」…七恵は夫に暴力を振るわれていました。

「わたしもう無理なの…」「旦那が死ぬか、私が死ぬか」

「あんたが死ぬんだったら旦那が死ぬべきでしょう」

「だったら殺してくれる?」

そうして殺害へ。「終わったよ」とレイは連絡します。七恵はレイを車で拾い、レイは「もう誰もあんたのこと、殴らない!蹴らない!」と空元気のようにテンション高め。

「あたしの人生なんかあんたがニコっとしただけでボロボロになるんだよ」

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レズビアン・キラーの映画史

『彼女』は観ればわかるとおり、レズビアンの主人公が「殺人」をするという内容です。こういう「レズビアン・キラー」という描写はレズビアン映画史において重要でした。まずはその話から。

レズビアンが人を殺す(もしくは危害を加える)という映画描写の原点としてよく言及されるのが、アイルランド人作家ジョゼフ・シェリダン・レ・ファニュが1872年に著した怪奇幻想文学「カーミラ」です。この作品は何度か映画化されています。

カーミラは名前だけは聞いたことがある人もいるかもしれませんが、要するに女吸血鬼です。そしてカーミラはただのホラーな吸血鬼というだけでなく、レズビアンの象徴として解釈されています。

もちろんこれは同性愛に対する恐怖心(ホモフォビア)の裏返しでもあるわけで、ハッキリ言えば差別的な偏見が下地になっています。かつては同性愛は「襲ってくる存在」というイメージが根強いものでした。

そんな始まりとなったレズビアンの映像表象。しかし、時代が進むにつれてその「レズビアン・キラー」の意味も変わってきます。レズビアンがただの恐怖を与える存在になるのではなく、その「殺す」という行為が何かしらのマジョリティ社会への反逆を意味するようになったり、はたまた単にジャンルとしてカッコいいアクションになったり…。描かれ方は多様化していきました。

1994年の『乙女の祈り』、1996年の『バウンド』、1996年の『I SHOT ANDY WARHOL(アンディ・ウォーホルを撃った女)』…。最近であれば『ANNA アナ』『お嬢さん』とか。

古典的なサイコ・レズビアン・キラーはすっかり脱ぎ捨てた感じです。とくにドラマ『キリング・イヴ』はその最高到達点だと個人的には思います。

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日本版『テルマ&ルイーズ』

ただ、『彼女』を語るうえで外せないレズビアン映画の名作はもちろんあれですね、1991年のリドリー・スコット監督の『テルマ&ルイーズ』です。私も大好きな1作で、レズビアン映画としては『燃ゆる女の肖像』と横並びでトップ級に気に入っています。

『テルマ&ルイーズ』は殺人を犯してしまった女2人の逃避行ロードムービーであり、絵的にも『彼女』とは明らかに似通っています。というか、原作の絵自体がキャラの顔つきといい、『テルマ&ルイーズ』の主演のスーザン・サランドンとジーナ・デイヴィスに似ていますよね。

『彼女』は日本版『テルマ&ルイーズ』として海外の批評ではきっと語られるだろうな、と。

もちろん“廣木隆一”監督らしい映像センスもたっぷりあって、燦然と煌く光の演出だとか、全体的な赤の配色とか、そういった諸々が危うい逃避行をひと時のパラダイスのように思わせてくれます。スピード感ある演出も良かったです。とくにあの10代の頃の万引きを描くシーンはやけに走りまくりですからね。あんな陸上競技みたいに応援したくなるような、緊迫感のある万引き、なかなか見られない…

一方で、『彼女』は格差のある女2人の交流モノとしても見られます。これは『燃ゆる女の肖像』や『アンモナイトの目覚め』で観たばかりですが、“水原希子”の関連で言えばやはり『あの子は貴族』ですね。

ということで『彼女』は外側のルックとしてはかなり映画史を踏まえつつ、作品を上に乗せられるように背伸びして頑張っている映画だとは思いました。

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本作に足りないものと「male gaze」

それでも予期していたとおり、あちこちに不満点はあって…。

最大の問題点はやっぱりここ。“廣木隆一”監督なのでピンク映画的なテイストを入れてくるわけです。ただ、それはレズビアン当事者にしてみればただでさえ自分たちのセクシュアリティをポルノ的に見られて現実でも不愉快な思いをしているのですから、かなりセンシティブなゾーンです。相当に慎重に足を置く位置を考えないと、すぐさまマズいことになってしまいます。そのへんを本作は何も考えていないのではないかな、と。撮り方がいかにもなポルノっぽさが強いですし…。

これこそ「male gaze」の典型例です。「male gaze」というのは、女性の表象があくまで男性視点であり、男性観客に向けられているという状態が生じているときに使われる用語です。

道中で秋葉というタクシー運転手にレイが体を売るシーンも、もう少しなんとかならなかったのかなとも。あれ、どういう意図で入れたかったのかはわかりませんけど、あの描き方だとぞんざいすぎます。

これらの描かれ方を観るかぎり、この映画がマジョリティ観客に提供されたとき、ほんとにただレズビアン・ポルノになってしまいますよ。もしくは単に女優の濡れ場を見たいだけの奴らの食い物にしか…。

あと、原作は2007年の物語で、映画は配信時点の「今」を描くものに変更しています。これもやや気になるところで、描く時代を変えるべきではなかったかもな、と。というのも、この10年ちょっとの時代変化は大きいです。YUIの「CHE.R.RY」とか以前の話で。

つまり、同性愛というものに対してこの10数年間隔で日本社会の受容がどう変化したかという点。そういう当事者感覚でしかわからないものを、おそらくこの映画では掴み切れていないようにも思います。そこは「自由」だとか「普遍的な愛」だとかでは誤魔化せない部分ですからね。

一応、本作はそれとなく配慮めいたものも感じるバランスはあって、例えば、「あんたと付き合い始めて生まれて初めて同性愛者に生まれて良かったと思えたんよ」と切実に語る美夏というキャラクターは、割と現代的に共感性の高い当事者キャラクターとしてセッティングされています。

それでもまだ完成しきれていない、それよりも手探りで触ったはいいけど散らかしただけの映画になっているのでは…。やっぱりこの原作を映画化するのは難易度は相当に高いですよ。当事者の監督と俳優を揃えてもまだハードルが高いと思いますし…。

ただでさえ、今の日本の当事者の界隈は邦画がLGBTQを描くことに関して冷淡な反応です。『窮鼠はチーズの夢を見る』の感想でも書きましたが、いろいろ期待を外され、裏切られてきましたからね…。

主演した“水原希子”も今はプライド・パレードに参加したりとLGBTQフレンドリーな振る舞いをしていますが、過去のテレビ番組でレズビアン蔑視な発言もしていたこともあり(もちろん本人の意思というか番組製作者の意図も多分に関与しているのでしょうけど)、レズビアン当事者はアライとして受け入れていない人も多いです。本作では“水原希子”の提案でインティマシー・コーディネーターを導入したそうですし、わかっている人だとは思うのですが…。一度でいいのでプライドも見栄も捨てて加害者意識の重要性と反省を素直に述べさえすればガラッと周囲の反応も変わってくると思うのだけど…。

『テルマ&ルイーズ』のような大爆発とカーチェイスからの最高にキレのいいラスト以上のものは拝めないと思うのですが、『彼女』も最後のエンディングで、レズビアンをポルノ的に消費して撮る映画撮影現場にレイと七恵が車で突っ込んでいけば、伝説になったかもしれない…。

もう待っている時代じゃない、こっちはアクセル全開で行きたいのです。

『彼女』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer –% Audience –%
IMDb
?.? / 10
シネマンドレイクの個人的評価
3.0

作品ポスター・画像 (C)Netflix

以上、『彼女』の感想でした。

Ride or Die (2021) [Japanese Review] 『彼女』考察・評価レビュー