スティーヴン・ソダーバーグ監督作が出航…映画『レット・ゼム・オール・トーク』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2020年)
日本では劇場未公開:2021年に配信スルー
監督:スティーヴン・ソダーバーグ
レット・ゼム・オール・トーク
れっとぜむおーるとーく
『レット・ゼム・オール・トーク』あらすじ
『レット・ゼム・オール・トーク』感想(ネタバレなし)
劇場からすっかり遠ざかったソダーバーグ
どうして自分はコミュニケーションが下手なんだろう…そう思っていませんか。
何かの慰めを言うつもりはありませんが、実のところ、みんなコミュニケーションは苦手だったりするものです。「私はコミュニケーションが上手い!」と豪語する人は単に自惚れか、周りに迷惑をかけているのに気づいていない鈍感な奴。たいていの人はコミュニケーションに悩んでいます。
相手と素直に話せない…。会話を続けることができない…。どこかで自分を隠して話してしまう…。
しかし、大人になればなるほど、そこで見栄を張らないといけないという厄介なジレンマも生じてくる。この年齢でコミュニケーションが得意ではないとバレたら馬鹿にされるだけじゃないか。いい年した大人なのに、ますますコミュニケーションが下手になっているような気がする…。そんな焦りだけが増幅する。
はい。もうそんな悩みの泥沼に沈んでもしょうがないので、今回は一緒にコミュニケーション不全に悩んでいる人たちを描いた映画でも観ませんか?
それが本作『レット・ゼム・オール・トーク』です。
『レット・ゼム・オール・トーク』はあの“スティーヴン・ソダーバーグ”の2020年の監督作です。“スティーヴン・ソダーバーグ”監督は今やベテラン監督ですが、最近はすっかり劇場で見かけません。それもそのはず、2017年の『ローガン・ラッキー』以降、日本では劇場公開作がゼロなのです。映画を作っていないわけではありません。むしろ多作で毎年1作以上のペースで量産しています。でも劇場公開されていないのです。
2018年の『アンセイン 〜狂気の真実〜』は配信スルー、2019年の『ハイ・フライング・バード 目指せバスケの頂点』と『ザ・ランドロマット パナマ文書流出』はNetflix配信、そして2020年の『レット・ゼム・オール・トーク』と2021年の『クライム・ゲーム』と2022年の『KIMI/サイバー・トラップ』はアメリカ本国では「HBO Max」配信で、日本では配信スルー。
つまり、もう6作品も映画館で上映されていないことに。“スティーヴン・ソダーバーグ”監督本人はあんまり劇場にこだわっていないようですけど、なんだかちょっと寂しい…。どれも批評家からは評価が高いのに…。
ということで私は“スティーヴン・ソダーバーグ”監督のこの影が薄くなってしまっている映画を勝手に応援しようという気持ちで、今回は『レット・ゼム・オール・トーク』の感想を書いているしだいです。
それにしてもこの『レット・ゼム・オール・トーク』、スルーするのはもったいないほどに俳優は豪華なんですよ。なにせ主演はあの“メリル・ストリープ”ですからね。ソダーバーグ作品には『ザ・ランドロマット パナマ文書流出』に続いての出演ですが、今回も圧巻の貫禄。“メリル・ストリープ”は今作では世界的に著名ながら本心が見えない大物作家を存在感たっぷりに演じています。こういう作家、いそうだな…っていう感じです。
その“メリル・ストリープ”と共演するのは、『結婚ゲーム』やドラマ『TVキャスター マーフィー・ブラウン』の“キャンディス・バーゲン”、そして『ハンナとその姉妹』『ブロードウェイと銃弾』の“ダイアン・ウィースト”。こちらも大女優が揃っています。
そしてそんなベテランの女性陣に混ざるのが、『エターナルズ』で印象的な活躍を見せた“ジェンマ・チャン”。今作ではスーパーパワーは隠し持っていません(たぶんね)。
こんなように『レット・ゼム・オール・トーク』は女性たちがメインで描かれる映画になっており、“スティーヴン・ソダーバーグ”監督のフィルモグラフィーとしては珍しいですが、でも『エリン・ブロコビッチ』(2000年)とか手がけていますし、女性を主役に描くこと自体は初めてじゃないです。ただ、『レット・ゼム・オール・トーク』はもっと踏み込んで女性たちのコミュニケーションを描いており、実力が上がっているなと感じさせます。これについては今回の脚本家の功績もあるけど…(詳細は後半の感想で)。
『レット・ゼム・オール・トーク』の物語はほぼ客船での会話劇。船では大きな事件も起きません。退屈しそうなシチュエーションですが、“スティーヴン・ソダーバーグ”監督の手にかかればきっちり面白いものに仕上げてくる。さすがです。
気になる人は『レット・ゼム・オール・トーク』をウォッチリストにでも入れておいてください。
『レット・ゼム・オール・トーク』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :じっくり楽しみたい |
友人 | :エンタメ要素はない |
恋人 | :ロマンス要素は期待できず |
キッズ | :大人のドラマです |
『レット・ゼム・オール・トーク』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):3人が再び繋がれますように
ニューヨーク。「必ずあるはずよ、もっといい表現が何かある。新しい言葉の並びや言葉で表現できない場所へ導いてくれる言葉がきっとある」…作家のアリスは人と会食中でしたが、心ここにあらずでした。「エージェンシーは何年目?」と前に座る若い女性のカレンに聞きます。「8年です。この7年はソニアの助手を。新人のように見えるかもしれませんが、あなたの書籍販売や管理も」…そう言いつつ、カレンは本題に入ります。
「エージェンシーの間ではあなたの新作の話で盛り上がっています。差し支えなければ何か教えていただけますか?」
「まだ話せる段階じゃない。ハッキリ言わせてもらうけどソニアは執筆中に探りを入れなかった。自主性を尊重し、私に任せてくれた」
カレンは答えてくれず、唐突に「私の本のどこが好き?」と質問してきます。
「最初に読んだ本は『オールウェイズ・ネバー』です」とカレンが答えると「『からだの機能』は?」と割り込んできます。
そこから「授賞式に参加しませんか?」とカレンは提案しますが、アリスは「飛行機がダメなの」と断ってきました。しかし、船でも行けると説明し、カレンは強く出席を推奨します。するとアリスはこう言いました。「同伴者もいい?」
シアトルに暮らすスーザンは「シェリルの仮釈放審理の準備をしなきゃ」と忙しそうにしていましたが、旧友アリスからの依頼を無視できないとも思っていました。
ダラスに暮らすロバータは勤務するランジェリーショップで面倒くさい客のクレームに対応し、2週間の休暇に入ることを同僚に告げます。
クリーブランドにいるタイラーは、ビリヤードをしながら出会ったそのへんの男女に身内語り。「アリス・ヒューズだよ。作家だ。ピューリッツァー賞をとった有名人が伯母なんだ」
カレンは上司に船での出席を報告し、ただし友人2人と甥をひとり同行させることになったことを説明します。周囲は高評価作『オールウェイズ・ネバー』の続編を書いてほしいのですが、不人気の『からだの機能』の続編なんて書かれたら困ります。カレンは責任を被る覚悟で船に同行して探りを入れることに。
クルーズのターミナルに関係者が集まり、「クイーン・メリー2」は出航しました。
アリスは実に30年以上ぶりにスーザンとロバータと再会し、タイラーも同席して、4人は近況を世間話。そしてアリスはブロードウィン・ピュー著の『ふくろうの王国』という本をプレゼントし、全員でそれを読んで感想を共有して著者のお墓に一緒に訪れたいと思っていることを述べます。「小説の原稿を書き上げないといけないので、船ではあまり一緒にいられないかも」と語りながら「3人が再び繋がれますように」と乾杯。
でもスーザンとロバータは内心では訝しげ。どういうつもりでアリスは私たちを誘ったのか…。
デボラ・アイゼンバーグの脚本の妙
『レット・ゼム・オール・トーク』は会話劇、とくにコミュニケーションが上手くいっていない人物たちのモヤモヤが描かれており、このあたりは“スティーヴン・ソダーバーグ”監督の長編デビュー作である『セックスと嘘とビデオテープ』(1989年)から続く得意分野です。
ただ、本作に関しては“スティーヴン・ソダーバーグ”監督の才能もさることながら、脚本を務めた“デボラ・アイゼンバーグ”の手腕も貢献しているんじゃないかなと思います。
『レット・ゼム・オール・トーク』の脚本を手がける“デボラ・アイゼンバーグ”…私はその名前を聞いたことがなくて、今回初めて調べたらアメリカの短編小説の作家だそうです。業界ではかなり評価されている方だそうで、それが今作で映画の脚本に参加。
しかし、その参加のしかたはちょっと変わっており、『レット・ゼム・オール・トーク』のシナリオを作るにあたって、完全な台本を執筆するのではなく、“デボラ・アイゼンバーグ”が創案したいくつかのトリートメントを元にしつつ、即興で演技を交えながら撮影をしていったのだとか。どれくらいが即興なのか、どこのシーンが即興なのかはわからないのですが、相当に凝ったことをしていることがわかります。
物語の内容もある意味で“デボラ・アイゼンバーグ”が属する作家業界を風刺するようなものですし…。
かなり難しそうなアプローチですが、“デボラ・アイゼンバーグ”の用意した素材が絶妙だったのか、はたまた俳優たちの卓越した演技力がその挑戦に見事に応えたのか、違和感のない物語や会話に仕上がっていました。
“スティーヴン・ソダーバーグ”監督ももちろん凄いです。キャリアの初期は自分で脚本を書いていましたが、2000年代から他の人に任せるようになり、ベテランの映画脚本家だけでなく、今作の“デボラ・アイゼンバーグ”のような映画業界と交わっていない人物とも共作できてしまう。“スティーヴン・ソダーバーグ”監督の職人的な手さばきを見た感じです。
まだまだ人生はこれからだから
『レット・ゼム・オール・トーク』の物語にいるのは女性たち、それも中年を通り超えて高齢になった女性たちです。年齢を重ねて人生経験を積んで優雅なマダムになり…なんてことはなく、各自がいっぱいいっぱいになりながら相手への複雑な心情を秘めて生きてきたことがだんだんとわかってきます。
どうやらアリスとスーザンとロバータは旧友のようですが、30年も会っていないほどに疎遠になり、その理由がアリスの人気作『オールウェイズ・ネバー』にあるらしいこと。その小説は3人の何とも言い難い人生が題材になっているらしく、無断でやってしまったっぽいということ。
それについてアリスは内心では罪の意識を感じているようで、『オールウェイズ・ネバー』が世間で高評価を受けても素直に喜べず、その贖罪のためにスーザンとロバータを船の旅に呼んだらしく…。
ものすっごいコミュニケーションに苦労するアリス。スーザンとロバータも直接ズバリは聞けません。そこにカレンも加わって余計にややこしくなっています。
そんなコミュニケーション機能マヒを起こしている女性たちの間で、前半は橋渡し役をするのがタイラーで、その行ったり来たりな姿がまたシュール。ただ、このタイラーもカレンは自分に気があるのでは?と勘違いするなど、状況を脱線させてしまうのですが…。女性たちの気持ちをあんまりわかっておらず、適切に輪に加われない男の気まずさみたいなのが笑いになってました。
終盤では、4人の女性たちはかなり本音で語り合えるようになっていきます。この描写も理想的な仲良し感でもなく、一方でステレオタイプな“女のギスギスした関係”でもない、自然体な姿なのがいいですね。本作は女性同士のコミュニケーションを過度に美化せず、コミュニケーションの失敗をそんなに大袈裟に深刻なものと捉えず、ディスコミュニケーションを描いているはずなのになんだか妙に軽快で…。このあたりも“スティーヴン・ソダーバーグ”監督らしいタッチかな。
最終的にはアリスは主治医が付きっきりで健康上の問題を隠していたことが判明。船を降りた後、この世を去ります。アリスの人生は終わってしまいますが、その最期の頑張りは残された者たちに何かを残したのかもしれません。個人的にはやたらと毒殺に詳しくて船で出会った著名なミステリー作家のケルビン・クランツとすっかり意気投合するスーザンも面白いですし(アガサ・クリスティになるのかな)、なかなかに不屈の精神で我流で作家デビューしそうなロバータも憎めない役回りで良かったです。
女性は何歳になっても人生はまだ変化を起こせるということを軽やかに肯定する映画でした。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 87% Audience 50%
IMDb
6.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
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作品ポスター・画像 (C)Warner Bros. Pictures レットゼムオールトーク
以上、『レット・ゼム・オール・トーク』の感想でした。
Let Them All Talk (2020) [Japanese Review] 『レット・ゼム・オール・トーク』考察・評価レビュー