コミュ上手でも大変なことはあるんだよ!…「Apple TV+」ドラマシリーズ『ブラック・バード』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2022年)
シーズン1:2022年にApple TV+で配信
製作総指揮:タロン・エガートン、デニス・ルヘイン ほか
性暴力描写 児童虐待描写 性描写
ブラック・バード
ぶらっくばーど
『ブラック・バード』あらすじ
『ブラック・バード』感想(ネタバレなし)
デニス・ルヘインの犯罪モノがまたも
日本で「黒い鳥」と言えば、たいていは「カラス」を思い浮かべるでしょうし、むしろカラス以外は頭に浮かんでこないと思います。しかし、国が変われば違ってきます。
アメリカでは「黒い鳥(black bird)」と言われれば、カラスではない別の鳥を指すことが多いです。その鳥とは日本語で「ムクドリモドキ」と呼ばれる鳥の仲間で、分類学的には「ムクドリモドキ科」に属します。この分類の鳥たちは、体色が赤色・オレンジ・黄色などが混じるものもいるのですが、中には全身が真っ黒な種もいたりして、英名が「blackbird」なのも納得です。
この鳥は、他の多くの鳥と同じようにオスが繁殖のための縄張りを持ち、他のオスが来ると追い払います。メスを獲得するべく、オスは必死に自分の居場所を誇示するのです。
そんな話を頭の片隅に置いて、今回紹介するドラマシリーズを鑑賞してみてください。
それが本作『ブラック・バード』。
本作は、実際にあった殺人事件を基にしたクライムドラマ。原作は「In with the Devil: a Fallen Hero, a Serial Killer, and a Dangerous Bargain for Redemption」という回顧録です。
一般的には、犯罪を起こした犯人がいて、それを刑事が捕まえるべく奔走する…その姿を描いていくことがクライムドラマの定番です。しかし、この『ブラック・バード』は変わっていて、主人公はドラック密売で逮捕されて刑務所にいる男であり、その男がFBIにある話を持ち掛けられます。それは「連続殺人犯と思われるけどまだ決定的証拠がない男が刑務所にいるので、そいつと友達になって犯罪の証拠となる証言を上手く聞き出してくれないか?」というもの。本作はその2人の男が刑務所内で本心を隠しつつ会話劇を繰り広げるのがメインであり、なんとも異様な雰囲気の漂うサスペンスが展開されます。
こんなの本当の出来事なの?と疑ってしまうのも無理ない話なのですが、ちゃんとドラマの内容も大筋は史実どおりだそうです。FBI、仕事が賭けに頼りすぎじゃないですか…。
そんな『ブラック・バード』のドラマ化において、企画・製作総指揮・脚本として中心で尽力したのが、“デニス・ルヘイン”という作家。「探偵パトリック&アンジー」シリーズが有名ですが、映画界では『ゴーン・ベイビー・ゴーン』として映画化されたので知っている人もいるはず。さらに他の作品でも、『ミスティック・リバー』『シャッター・アイランド』『夜に生きる』といった映画化がなされており、クライムドラマのストーリーを手がけるうえでこれ以上ないベテランです。
その“デニス・ルヘイン”がたっぷり関与しているのでこの『ブラック・バード』もジャンルとしてのクオリティは一級品です。ドラマ『マインドハンター』に構図は似ているかも。
ドラマ『ブラック・バード』の主演俳優も、本作の欠かせない魅力のひとつになっています。なにせほとんどが2人の主要人物の演技合戦で成り立っているようなものですから。
主人公を演じるのは、『キングスマン』で大ブレイクし、エルトン・ジョンになりきった『ロケットマン』でも熱演を披露した“タロン・エガートン”。今作では彼も製作総指揮に名を連ねているのですが、ここまでシリアスな演技を濃厚に見せてくれるのは初めてじゃないかなと。やっぱり上手い俳優ですね。
そしてその“タロン・エガートン”と対峙することになるのが、“ポール・ウォルター・ハウザー”。『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』『ブラック・クランズマン』で脇役ながら印象に刻まれる演技を見せていましたが、主演作『リチャード・ジュエル』でついにその凄さがこれでもかと発揮。今回の『ブラック・バード』でまたもとんでもない演技を見せてくれています。“ポール・ウォルター・ハウザー”…すげぇ…ってなりますよ。『リチャード・ジュエル』と立ち位置が真逆ながら、それよりもさらに絶妙で奥底の見えない演技でこちらを震撼させてきます。
共演は、『Lの世界 ジェネレーションQ』の“セピデ・モアフィ”、『恋愛小説家』『彼女たちの革命前夜』の“グレッグ・キニア”、『グッドフェローズ』『クライム・ゲーム』の“レイ・リオッタ”、ドラマ『ナッシュビル』の“ロバート・ウィズダム”、ドラマ『クワンティコ/FBIアカデミーの真実』の“ジェイク・マクラフリン”など。
とりあえず“タロン・エガートン”と“ポール・ウォルター・ハウザー”の演技バトルを見るだけでも価値があります。ただし、女性を狙った残酷な犯行を題材にしているので嫌悪感を強く抱く人はいると思います(直接的な犯行の映像描写はありませんが、言葉で語られます)。
ドラマ『ブラック・バード』は「Apple TV+」で独占配信中。全6話で1話あたり約60分と長いので、じっくり時間を作って視聴してください。
『ブラック・バード』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :俳優ファンは要注目 |
友人 | :盛り上がる派手さはないけど |
恋人 | :デート向きではない |
キッズ | :明確な性描写あり |
『ブラック・バード』感想(ネタバレあり)
あらすじ(序盤):こいつは犯人なのか?
1996年11月、イリノイ州シカゴ。まだ若いジェームズ(ジミー)・キーンは高級な家を所有していました。そこで仲間たちは自由にくつろいでいます。身なりのいいジミーは高級カーに乗り、倉庫へ向かいます。ジミーがここまで裕福な生活ができていたのはドラッグ密売で荒稼ぎしていたからでした。
倉庫では密売を仕切るロッジと合流。「前回の取引は悪かった」とロッジは穏やかそうに言いますが、「なぜ足りなかったのだろうな」とドラッグの不足を明らかにジミーに非があると見抜いて挑発します。奥の部屋では、拘束されて顔を血で汚して「すまなかった」と弱音を吐く男がいました。
ロッジは躊躇いなくその拘束男を撃ち、殺傷能力のない銃弾でしたが、事態は緊迫。ジミーはすぐに袋を取り出し、ドラッグの不足分を差し出します。「俺から盗んだ」とロッジの怒りは収まらないですが、なんとか納得したことで、その場はやり過ごせました。
夜、高層ビルのレストランで食事し、そのウェイターの女と一夜の関係を持つジミー。
翌朝、静かな目覚めの時間を過ごしていると、麻薬取締局(DEA)に突入されます。部屋からは大量の銃器も見つかり、重罪となりそうです。
刑務所で父ビック・ジムが面会に現れます。元警官の父はボーモント検事の提案で有罪を認めれば5年の刑はもう少し軽くなると言ってきます。
そこで裁判では素直に有罪を認めたのですが、「麻薬の量を考慮すると量刑は25年」「120カ月の実刑とする」と10年という重い刑を言い渡され、検事の取引は騙しだと気づかされます。
7か月後。服役していたジミーは、刑務所内の診療所へ連れて行かれます。そこにいたのはFBIのマッコーリーとローレンでした。自分がポルノ雑誌を貸す副業もして刑務所内で上手く過ごしていることも把握されており、「用件を言え」とジミーは先を急がせます。
なんでも別の刑務所にいる囚人の自白を引き出してもらいたいそうで、死体を遺棄した正確な場所が知りたいのだとか。その容疑者は、少なくとも14人の女性を殺害している可能性があるものの、有罪は2件で、1人の遺体しか見つかっていないとのこと。その容疑者が今いる場所は、最高レベルで厳重なスプリングフィールド刑務所でした。つまり、ジミーもそこに服役しろということです。
思わず笑ってしまうジミー。「いくらカネを積まれても断る」と言いますが、刑期をゼロにして即釈放すると言われます。それでも「誰が殺されようと関係ない」と拒否するも、資料だけ置いていかれ、夜中に気になって目を通してみます。
発端は1993年。インディアナ州ベリーズヴィルのコーン畑でジェシカ・ローチという若い女性の遺体は発見されたのでした。1994年10月、捜査していたブライアン・ミラー刑事は、女子にわいせつな声掛けをしてバンに乗せようとする怪しい男の情報を知ります。ジェシカの事件でも不審なバンが目撃されていました。そのバンの持ち主はラリー・D・ホール。
こいつが犯人なのか。ところが会ってみると想定以上の曲者で…。
ポール・ウォルター・ハウザー、凄すぎない?
ドラマ『ブラック・バード』の見どころというか、何と言っても圧倒されてしまうのは、犯人とされる男のラリー・D・ホールを演じる“ポール・ウォルター・ハウザー”です。
ものすごく難しい役どころだと思うのです。一般論的に真っ先に容疑者の第一候補にされても当然なプロフィールや言動を示す男。なので観客だって「どうせこいつが犯人だろう」と悩みなく一発で決めつけることだってできる。でもそう簡単にはいかせない、非常に曖昧な境界線で行ったり来たりする…そういう不信感というか、わからなさ、得体の知れなさ…そんな佇まいをこの“ポール・ウォルター・ハウザー”は完全に表現してみせています。
「あれ…こいつが犯人だと思うけど…でも、あれ…やっぱり犯人じゃないのか…え…どっちだ、考えれば考えるほどわからないぞ…」と他の登場人物たちや視聴者さえも困惑させる前半の凄まじさ。
「やってもいないのに自白する連続自白者」なんてものは実在するのか、それとも単に弄んでいるだけなのか、もしかして認知的な何かしらの非定型な状態に過ぎないだけなのか、まさか超能力で犯行現場の状況を言い当てているなんてことはないだろうし…。
そのラリーの正体が皮を1枚1枚剥いでいくように徐々に解き明かされていく後半も“ポール・ウォルター・ハウザー”に震撼させられます。
このラリー、実は相当に計算高く、用意周到で、スキルも高いことがわかっていきます。「ジョーカー」のようなイカれたサイコパスの仮面を被っているけれども、中身は極めて残忍な知能犯なのではないか。その残虐性が会話の言葉ひとつひとつで浮かび上がり始めるともうそれは怖い怖い…。
こういう犯人はステレオタイプに描かれがちですが、“ポール・ウォルター・ハウザー”の文句のつけようのない怪演で、嫌になるほどの実在感を突きつけられる。“ポール・ウォルター・ハウザー”のベストアクトをまたも更新してきましたね。
インセル的なマッチョイズム
ドラマ『ブラック・バード』はこの“ポール・ウォルター・ハウザー”のラリーと、“タロン・エガートン”演じるジミーとの対決…とは言っても殴り合いとかではなくて、静かな会話劇という、刑務所モノでは珍しいほどの男らしさ皆無で進行していきます。
でもこの対決こそ、まさにマスキュリニティを象徴する対峙だと思います。
ジミーとラリーは正反対に位置する男2人だとも言えます。ジミーはいわゆる体育会系というか、高校時代もフットボールをやっていたような男であり、逮捕時もカネがあって女との性生活も満喫できるイケメンです。対するラリーはモテない容姿と性格ゆえに地味な人生を送ってきました。
本作が面白いのは、そんな世界が違う2人が対話しながら、実は共通点に気づいていったりしつつ、その優位性が逆転していくというくだりです。
一見すると優位に見えるジミーですが、実際は彼は暴力を忌避し、かなり自分に自信が無く、弱気なところを表面的に作った雰囲気だけで誤魔化していました。それは第1話の冒頭の修羅場や第2話でFBIからの持ちかけを土壇場でびびってしまったりする場面からも垣間見えますし、その根底にあるのは両親からの愛の欠如です。
一方のラリーはおどおどした口調でか細く喋っていますが、内心はかなりの大胆さと自己正当化のパワーを持っており、簡単にビビりません。それはあの凶悪犯だらけの刑務所で巧妙に生き抜いている姿からもわかります。雰囲気だけは弱そうに見えますが、実際は誰よりもマッチョイズムに染まっている。男の価値は女とヤれるかで決まるというインセル的なマッチョ思考を体現しています。
世間ではリア充・非リア充とか、コミュ上手・コミュ障とか、そんな雑なくくりで人を上下構造で二分類するけど、現実ではそんな単純ではない。マッチョイズムは見た目などに比例しないんですね。日本では「弱者男性」なんて言葉で、この種の男性が自分を弱者だと自称していますが、それは完全に侮蔑的なマッチョイズムそのものなんだということを、本作のラリーがハッキリ提示しているんじゃないでしょうか。
それを踏まえつつ、ジミーはあえてホモソーシャルな空気感をわざと作ってラリーの言葉を引き出す。本作はすごく男と男のコミュニケーションの不健全さと向き合った作品な気がします。だからこそ最後にラリーと兄ゲイリーが素直に弱音を吐露する、男と男のコミュニケーションの健全な光景が対比として光るわけで…。
本作に苦言を呈するなら、そういうマスキュリニティ批評としてはよくできているのですけど、題材となっている事件に関しての被害者である女性の主体的な要素は全くなく、なんだか女性の犠牲者をダシにして男たちが互いをケアして傷を舐め合っている感じもあり、そこはちょっとモヤっとするかな。ドラマ『インベスティゲーション』みたいな女性の立場に立ち返る物語の反転があれば良かったなと思います。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 97% Audience 96%
IMDb
8.3 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Apple ブラックバード
以上、『ブラック・バード』の感想でした。
Black Bird (2022) [Japanese Review] 『ブラック・バード』考察・評価レビュー