そして敬意と安寧を…Netflix映画『雪山の絆』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:スペイン・アメリカ・ウルグアイ・チリ(2023年)
日本:2024年にNetflixで配信、2023年12月22日に劇場公開
監督:J・A・バヨナ
交通事故描写(飛行機)
ゆきやまのきずな
『雪山の絆』物語 簡単紹介
『雪山の絆』感想(ネタバレなし)
2024年、生き延びよう
年明けから皆さんの命の心配をしないといけないのは悲しいですが、そうならざるを得ないショッキングなニュースが立て続けに飛び込んでくる2024年の始まりでした。
1月1日には、能登半島で震度7の地震&津波が発生。年始というたくさんの人が地方の実家に帰っていたであろう日。犠牲者も当然増えます。現時点でも多くの安否不明の方々がおり、無事だった被災者の方々でもインフラが壊滅した状態でギリギリの生活を余儀なくされています。
そして1月2日には、羽田空港の滑走路で日本航空と海上保安庁の航空機が衝突するという事故が起きました。日本航空のジャンボジェット機のほうは幸いなことに死者がでませんでしたが、海保側には死亡者が生じ、帰省の時期に衝撃を与えました。実は私もあの日本航空の航空機に乗っていた可能性がじゅうぶんにあったので(実際は乗ってません)、かなり身近なこととしてゾっとしました。
本来、お正月はお祝いムードなものですけど、2024年は早々にそんな気分に到底なれないという人もいっぱいいるはず。そのうえSNSを開けば事件に便乗した悪質なデマや差別のコメントばかりだし…。
そんなときは映画でも観て…と推奨するのがこのサイトのいつもの流れですが、今回の映画は感想記事を今のこのタイミングで公開するか迷いました。なぜなら実際に起きた飛行機墜落事故を主題にしているからです。しかも、物資のない過酷な環境で生存しなくてはならず、生き埋めになったりもするし…。
でも感想記事をあげることにしました。結局、こういう災害や事故はいつ何時起きるかわかりません。平穏に観れるタイミングなんてないに等しいでしょう。
それにこの映画は過酷な目に遭った人たちに真摯に寄り添い、生き延びようとする意志に向き合った内容になっていますから、本作を鑑賞して前向きになれる人や、静かな追悼の気持ちを深める人もいると思います。
そんな映画、それが本作『雪山の絆』です。
スペインやウルグアイなどの合作映画で、英題は「Society of the Snow」。
題材になっているのは、1972年に起きた「ウルグアイ空軍機571便遭難事故」です。1972年10月13日にウルグアイの571便機が極寒のアンデス山脈に墜落し、乗員乗客45人の安否が絶望視されました。一帯は冬場は簡単に近づけない自然の要塞のような山肌。音信不通。しかし、実は墜落から生き残った生存者がいて…。
この事故は数ある航空機遭難事故の中でも非常に有名で、ドラマ『イエロージャケッツ』などいろいろな作品で参照されることも珍しくありません。ググれば事故の全容がすぐにわかるので、今さら何が起きたのかを隠すこともないでしょう。
1976年の『アンデス地獄の彷徨』、1993年の『生きてこそ』と、事故そのものが映画化されてきたりもしたのですが、2023年にまたも映画化となりました。事故を知らない人もこの映画で初めて詳細に知ることができます。
その映画化で監督を担ったのが、スペイン出身の”J・A・バヨナ”だというのだから私には見逃せません。『ジュラシック・ワールド 炎の王国』やドラマ『ロード・オブ・ザ・リング:力の指輪』と、今や大作に引っ張りだこな監督ですが、私の好きな”J・A・バヨナ”監督は初期作。とくに大津波で被災した家族の直面する現場を描いた『インポッシブル』(2012年)は鮮烈に記憶に残っていますね。
その”J・A・バヨナ”監督が「ウルグアイ空軍機571便遭難事故」に手をつけてディザスター映画に舞い戻ってくると聞いたときは…。絶対に強烈だろうけど、面白くもあるだろうなとは期待しましたよ。そして期待は裏切りません。
『雪山の絆』、傑作ではあるのですが、ほんと、このタイミング、あれだなぁ…。今観てしまったほうがいいのか、後に残しておくべきなのか、悩ましいところではある…。
繰り返しになりますが、本作は飛行機墜落、生き埋め、その他のサバイバル…いろいろと非常に生々しい描写が連発します。その点はじゅうぶんに留意して鑑賞してみてください。もちろん自分の心のセルフケアを最優先にしてほしいですが…。
『雪山の絆』を観る前のQ&A
A:Netflixでオリジナル映画として2024年1月4日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :覚悟のいる一作だけど |
友人 | :内容に同意あれば |
恋人 | :デート気分ではない |
キッズ | :残酷な描写あり |
『雪山の絆』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):悲劇とも奇跡とも言われる
ウルグアイ。モンテビデオにて大学のラグビー・チームに属する男子学生たちは若いエネルギーを爆発させて青春を謳歌していました。そのうちのひとりであるロベルトは健脚が持ち味で、試合中もパスせずに単独で突破しようとしますが、相手の選手に止められてしまいます。試合後のロッカールームでは「パスしろと言われたらするんだ」と怒られます。
教会で祈っている最中、ヌマにガストンから「チリへ一緒に行こう」と誘いの手紙が渡されます。あと数カ月で社会人。こんなふうにわいわいできるのもあとわずかです。学生のうちに思い出を作ろうとみんな考えており、あまり乗り気でなかったメンバーもその気になりました。
こうしてカラスコ国際空港に集った一同。他の乗客も合わせて写真撮影をします。乗るのはチャーター機です。
離陸するとやはり若い男性陣はとくに賑やかで、機内でもふざけて盛り上がります。チリに着いたら女の子とイチャイチャしようなどと想像だけで会話も弾みます。
飛行機はときどき揺れます。山脈では乱気流が起きやすいのです。この飛行機はフライトではアンデス山脈を通ることになります。
「シートベルトを締めてください。サンティアゴに着きます」とアナウンス。若い男性陣はいよいよ到着だとウキウキです。
しかし、揺れは激しくなりだします。高度が下がりますが、窓から見えるのは山肌です。先ほどの余裕は吹き飛び、全員が席に張り付き、恐怖に叫びだします。山脈がすぐそこに接近し、次の瞬間、飛行機の後方が跡形もなく消え…。
凄まじい衝撃とともに大勢が押しつぶされ、何もかもが一変します。
目を覚ますと阿鼻叫喚の地獄絵図でした。グチャグチャになった機体の中、ロベルトはパーツに挟まって生きている者を他の人と協力して助け出します。しかし、大半は亡くなっていました。
パイロットは瀕死。何とか今の地点を聞き出そうとするも、「クリコ」と呟き、「神のご加護を」という言葉を最後に息絶えました。
通信不能。外は寒いです。機体の中で身を寄せ合い、重体の負傷者は絶叫しています。
翌朝、かろうじて凍死せずに生き残れた者たちは状況を確認します。ナンドが一番重傷で、妹のサッシー(スサーナ)もかなり危険です。あらためて周囲を確認すると、何もない山脈の狭間で一面雪景色でした。
座席を外して機内を整理。荷物から使えそうなものを探します。遺体は山腹に寝かせておくことにしました。夜に備えて機体の隙間を埋めて寒さをしのぎます。
墜落から3日目。荷物でバツ印を作り、発見してもらおうとできる努力をします。上空に飛行機が見えたときは、翼を振ってくれたような気がして「見つけてくれた!」と喜びます。しかし、結局助けは来ません。
吹き飛んだ飛行機の尾部を探し出すことができれば無線を直せるかもしれないと思いつき、4人で斜面を登ることにしますが、すぐ近くで雪崩の気配を感じ、戻ることにします。
墜落から6日目。最後の食料であるクッキーを分けます。黒い尿がでて、もう各自の健康は窮地です。遺体を食べるしかないという案がだされるも、マルセロは否定しますが…。
被災者に向き合う映画として
ここから『雪山の絆』のネタバレありの感想本文です。
『雪山の絆』はドキュメンタリーではありませんし、「ウルグアイ空軍機571便遭難事故」の全容が明らかになる!というほどの真実が暴かれるタイプの映画でもないです。でも実際の事故の詳細が生々しい映像とともに映し出されるので、その凄惨さは観客には嫌というほど伝わるでしょう。無論、当事者の体験はその人にしか理解しえないものですが…。
本作は“パブロ・ビエルシ”というジャーナリストがこの事故についてまとめた本を原作にしており、再現はかなり本格的にやっています。
大きく脚色されている部分と言えば、最後の救出シーン。実際は1日で全員救出しておらず、日をまたいでいるそうです。
なお、事故原因については映画ではそんなに説明されませんが、パイロットが機体の位置を見誤ったことによって山の尾根に衝突したとのことです。
そんな映画において、間違いなく事故の凄まじさ、生存の厳しさは目に飛び込んできます。本当に追い打ちのように酷い目に遭い続ける姿は見ていられません。あの事故の瞬間だけでも最悪なのに、そこから極寒、雪崩による生き埋め、先の見えない登山…。どんどん仲間は死んでいき、あの72日間の絶望は尋常ではありません。
とくに飢餓ゆえに行った食人行為については実際に救出後にセンセーショナルに取り上げられて国内で大きな議論になったそうですが、映画内ではその行為は描くものの、煽り立てるような意地悪な見せ方はしていません。
『雪山の絆』は全体として事故に見舞われた人たちへの敬意がしっかり作品に根差しており、悲惨な映像ばかりですが、その点においては安心できる作りだったと思います。
死亡者がでるたびにその名がスクリーンに表示されていき、映画自体が墓標のようになり、一方で最後は生存者の名前が繰り返されることで生き残った者の不屈の健闘を称える…。一貫した構成が良かったです。ちなみにあの最後に生存者名を読み上げる「カルリトスの父親」の人は高齢になったカルリトス本人が演じています。ニクい演出ですね。
生存者の人もこの映画を観たそうですが、歴史としてしっかり残していこうという姿勢がある作品は大切でしょう。
実際の災害や事故を題材にする作品は全然作ってもいいのですけども、いきなりファンタジーの題材とかにするのではなく、まず当事者にどう向き合うか真剣に考えてほしいところですから、『雪山の絆』はすごくお手本になっているんじゃないでしょうか。
学生時代と別れを告げる男たち
『雪山の絆』の当事者への敬意みたいな論評はひとまずここまでとして、以降はジャンル的にどこが面白かったかを語るとしましょう。
”J・A・バヨナ”監督はジャンルの作り込みもとても上手いクリエイターで、史実とのバランスのとり方が絶妙なのがその才能の最大の持ち味だと思うのですが、『雪山の絆』も随所で見せてくれます。
まず序盤でラグビーという活発に走り回るエネルギッシュなシーンをみせつつ、それが後のサバイバルでどう活かされるのか。ロベルトはチームワークをとれずにひとり突っ走っていましたが、そんなロベルトを含めてみんながまたあのサバイバルの中で一致団結を深める。ベタですが、このベタさは何度見てもいいものです。
当初はあのラグビー部も旅行先で出会える女子の話題とかしていていかにも男コミュニティのノリがムンムンしているのですが、墜落後は最終的に男性だけになってしまい、出発前の理想とはかけ離れてしまいます。でも女抜きでまとまっていく男性たち。
ああいう極限状態だからこそ、普段は身にまとっている男らしさというかっこつけを脱ぎ棄てて、素で互いに男同士でも寄り添い合おうとする。そういう姿があって良かったなと思います。
結構サバイバルものってジェンダー・ロールを強化してしまう作品もあるんですよ。妻・夫・恋人など家族の規範的役割に基づいて、生存しようとする姿を描いてしまうタイプだと…。『雪山の絆』はそうじゃないんですよね。
そんな中で各自の専門知識も地味に役立っていきます。ふざけたノリの学生たちでしたが、やっぱり学問を学んでいるだけあって教養と知識があります。ロベルトの医学の知識など(ロベルトは後に医学の大物になっている)、そういう諸々が役に立つ瞬間があったり…。本作はそういう意味でも、学生活動を描くジャンルみたいにも捉えられますね。
サバイバル中でも撮影されるスナップ写真、救出に来るとわかってから身支度を整えて少し身なりも気にし始める男たち…。本作は男たちの卒業旅行を描いた映画でした。
この映画の冒頭から続くナレーションは、24歳のヌマ・トゥルカッティの声であったことが、彼の死の後にハッキリ判明するわけですけども、天の声という演出に留まらず、その死を起点に(実際は日にちが経過するのですが)チリへの遠征を試みる挑戦が始まります。
この遠征は成功するかもわからない賭けですが、ある意味では「ここにずっとはいられない」という生存の判断だけでない、学生時代との別れを告げる覚悟とも受け取れて…。
こうして勇気あるナンドとロベルトの旅路が発見へと繋がり、一同は助けられ…。本作は最終ゴールを迎えた学生の物語としてしみじみと深く染み入るプロットになっていたなと思いました。
現在、あの墜落現場には記念碑が建っており、毎年多くの人が登山しながら訪れるそうです。犠牲者を忘れないために…。教訓を忘れないために…。
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ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 89% Audience 84%
IMDb
7.9 / 10
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作品ポスター・画像 (C)Netflix ソサエティ・オブ・ザ・スノー
以上、『雪山の絆』の感想でした。
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