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アニメ『平家物語』感想(ネタバレ)…山田尚子の平家物語は何を映すのか

平家物語

山田尚子の平家物語は何を映すのか…アニメシリーズ『平家物語』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

英題:The Heike Story
製作国:日本(2022年)
シーズン1:2022年に各サービスで放送・配信
監督:山田尚子

平家物語

へいけものがたり
平家物語

『平家物語』あらすじ

平安時代末期。都では平家一門が栄華を極めており、従わぬ者には厳しい制裁を下すほどに乱暴で強欲な振る舞いさえも平然と行われていた。そんな時代、琵琶法師の父親を平家の武士に殺された少女である「びわ」は、平家の屋敷で平重盛に「お前たちはじき滅びる」と予言してみせる。実はその目はなぜか未来を見通せる力を持っており、その不思議な能力に縁を感じた平重盛はびわを屋敷に留め置き、一緒に生活するが…。

『平家物語』感想(ネタバレなし)

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山田尚子監督の目に映る平家物語

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。

私も学校の国語の授業でこの「平家物語」の冒頭の書き出しを暗記させられ、必死に口で繰り返して覚え、授業内でみんなの前で立たされて唱えさせられたものです。今振り返っても楽しくない授業だった…。

だいたい日本の歴史においてもとても貴重なこの「平家物語」をこんなただの暗記コンテンツみたいに消費してよかったのか。科学で元素記号を覚えるのとはわけが違うと思うのですけど。もっとその歴史的価値や言葉の成り立ち、文学への影響…そういったことを教わりたかったなぁ…。そうしたら古文とかへの興味関心も深まっただろうし…。

たぶん「平家物語」の作者もまさか自分の作った物語が700年後には単なる暗記呪文みたいに扱われているとは想像もつかなかったでしょう。まあ、その肝心の作者は不詳で諸説あるので、誰が何を思うのかも推察は実のところできないのですが。

鎌倉時代に成立したとされる軍記物語である「平家物語」はその名のとおり、「平家」と呼ばれる平氏一族、とくに平氏政権を生んだ平正盛の系統を指しますが、その平家の栄華と没落を描いています。平家と源家という二者を対照的に配置し、圧倒的な権力を手にした者がひとたび世の流れが変わった瞬間に脆くも崩れ去っていく姿は、800年以上前の出来事ながら現代にも通じる普遍的な世の理を教えてくれるようで、現在の視点でも読みごたえがあります。

その「平家物語」ですが、これまでも幾度となく映像化されてきており、その主となるのはやはり大河ドラマでした。1972年の『新・平家物語』、2005年の『義経』がありました。

そんな中、2022年に「平家物語」をもっと身近に親しみ深いものに変えてくれそうな作品が登場しました。それが本作『平家物語』です。

いや、タイトルだけ書いても何のことだがわからないですね。本作『平家物語』はアニメシリーズとなっています。数百年の歴史の中で初のアニメ化…なのかな。

アニメーション制作は「サイエンスSARU」『DEVILMAN crybaby』(2018年)、『映像研には手を出すな!』(2020年)、『日本沈没2020』(2020年)と、多彩な作品を器用にこなし、最近は『スター・ウォーズ ビジョンズ』でその独創的なクリエイティブを「スター・ウォーズ」の世界と融合させて楽しませてくれもした、今やワールドクラスの“湯浅政明”創業のスタジオです。

その「サイエンスSARU」ですから『平家物語』のような時代モノを手がけても何も驚きはありません。

ただ、今作は監督があの“山田尚子”であるというところでアニメ・ファンにはサプライズでした。『映画けいおん!』『たまこラブストーリー』『映画 聲の形』『リズと青い鳥』などの監督を手がけ、「京都アニメーション」のスタジオの中核を担ってきたクリエイターです。

今回はその“山田尚子”監督が「京都アニメーション」の馴染みの地を離れ、「サイエンスSARU」という新天地で、しかも時代モノという過去のフィルモグラフィーになかった作品を手がけるとは…。

でも蓋を開けてみればものすっごく“山田尚子”監督らしい作家性全開であり、見事に「平家物語」という題材を自分のモノとして掴みきっていました。“山田尚子”監督のクリエイターとしての潜在的可能性をさらに開花させた記念すべき一作になったと思います。

あくまであの「平家物語」を底本としているだけであり、今回のアニメ『平家物語』ならではのアレンジも多いです。そこが実に“山田尚子”監督的なアプローチで、アニメーションと気持ちよさと合わさって新鮮です。脚本はいつもの“吉田玲子”

題材があの「平家物語」というだけあって、歴史上の登場人物が非常に多く、知識がないとやや混乱するかもしれませんが(歴史解説的な要素は作中にはありません)、有名な話ばかりなので背景を調べるのはそんなに難しくはないはず(極端な話、平家と源家が争ってるということだけ頭に入れておけばいいです)。そんなに気にしなくとも作品の雰囲気だけ楽しむつもりでもいいんじゃないでしょうか。

アニメ『平家物語』は全11話。気軽に鑑賞してみてください。

日本語声優
悠木碧(びわ)/ 櫻井孝宏(平重盛)/ 早見沙織(平徳子)/ 入野自由(平維盛)/ 岡本信彦(平資盛)/ 花江夏樹(平清経)/ 玄田哲章(平清盛)/ 井上喜久子(平時子・祗王)/ 檜山修之(平宗盛)/ 千葉繁(後白河法皇)/ 西山宏太朗(高倉天皇)/ 杉田智和(源頼朝)/ 梶裕貴(源義経)/ 水瀬いのり(静御前) ほか
参照:本編クレジット

オススメ度のチェック

ひとり 4.5:平家物語を知らなくても大丈夫
友人 4.5:歴史の知識を教え合って
恋人 4.0:ロマンス要素は薄め
キッズ 4.0:子どもでも見やすい
↓ここからネタバレが含まれます↓

『平家物語』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(序盤):平家にあらざれば人にあらず

琵琶法師の男とその子が一緒に歩いていると、そこに赤い装束の集団が「どけっ!」と駆け抜けていきます。父いわくあれは「禿(かぶろ)」というらしく、平家方の密偵として平安京に放たれ、平家を悪く言うものを捕まえるのだそうです。実際に目の前で、とある家から女性が引きずり出され、酷い仕打ちを受けています。

琵琶法師の子は思わず駆け寄ろうとしますが、父に「余計なことをするな」と言われ、「でもあんな酷い…」と言っても何もできません。

そこに禿のひとりがその子の態度を問題視し、「ならばお前が代わりに罰を受けよ」と、傍にいた武士に父は刀で切り付けられ、鮮血が…。隣に立ち尽くす子はその瞬間にある光景を見ます。

別のところ。宴会が開かれており、その中心に居座る平清盛平時子。そこに平時忠が顔を見せ、時子は叱りつけますが清盛は酔って時子の膝に頭を乗せて寝転がります。平家の繁栄を高らかに語る時忠。

清盛は平重盛に厳島の地に作る建物の案を見せ、自分は福原に移り住むと宣言してきます。そこで武力と富を手にしてさらに栄華を極めるとか。京を離れるので重盛に任せるのだそうです。

その責任にひとり困惑していた重盛は謎の亡者の幻影を見ます。なぜこんな光景が…。その衝撃で動揺していると、そこに小さな琵琶法師の子がいました。

「どうやってこの屋敷に?」「教えてやりに来た。お前たちはじきに滅びる。みんな見える」

重盛は「そなた見えるのか。私だけだと思っていたが…」と驚きます。この両目の色が異なる不思議な子。重盛は平家の武士に殺された事情を知り、「すまぬ…」と謝るしかできません。

結局、重盛はこの子を屋敷に置くことに。その子は女の子でしたが、「女の格好は嫌だ」と言って男の子の衣装をまとい、「びわ」と名乗ります。なんでも父は名を呼んでくれず自分でつけたようで…。「良い名だ」と重盛は迎え入れます。

びわは未来が見えるようですが「そなたの目で見たものを教えてほしい」と頼んでも「いやだ、お父は見るなといった」と断ります。

重盛から4人の子、平維盛・平資盛・平清経・平有盛を紹介されます。みんなびわに興味津々です。

そこに重盛の異母妹である平徳子が現れ、「あなた女の子でしょ。わかるわよ。その方がいいかもしれないわ。女だなんて」と優しく語りかけてくれます。その瞬間、びわは未来の幻覚を見ます。徳子が溺れる姿を…。

繁栄を独占する平家でしたが、それは清盛の権勢を誇るだけでなく、しだいに過激な支配へと悪化していきました。ある日、資盛は鷹狩に出かけた際、摂政・松殿基房の前でうっかり下馬しなかったために暴行を受けてしまい、怒り狂った清盛は報復として基房の行列を襲撃するというあまりに大胆な騒動を起こしました(殿下乗合事件)。それでも己の権威を躊躇う気は全くありません。

次に清盛は娘の徳子を後白河法皇平滋子の子である高倉天皇のもとに入内させてさらなる権力の地盤を固めようとします。

「父上は私たちを自分の駒だと思っている、私たちだけじゃないけどね」

そう徳子が達観したように言い放つ姿をただ見つめているしかできないびわ。

歴史が少しずつ動き出し始め…。

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男性同士の関係の描写も繊細に

アニメ『平家物語』はストーリーの基本軸は原作である「平家物語」と変わりませんし、変えようもないでしょう。私たちは未来人なので、作中の平家の人たちを含む登場人物たちがどういう運命を辿るのかもおおよそ知っています。

しかし、私はこのアニメ『平家物語』を観ていて全く退屈しなかったのはこの作品の世界観、そしてキャラクターがとても生き生きと描かれており、魅力に溢れていたからだと思います。

軍記物語なのですが主に描かれるのは政治闘争に翻弄される人々です。なので“山田尚子”監督史上最も政治的な作品です(いや、『けいおん!』の平沢唯だって実はものすごく政治のことを考えている人間だったかもしれないけど、少なくとも作品の表面としては政治の話じゃなかった)。けれどもそこの政治部分のデフォルメが上手いので、良い意味でフワっとしていて見やすいです。

例えば、後白河法皇や平清盛といった時代を統べる権力者もどこかユーモラスに描いていますし、下手すれば視聴者からのヘイトを集めかねない源頼朝さえも愛嬌が滲み出る。それが全キャラクターに平等に愛が注がれており、このキャラをとことん愛しいものに変えてしまうクリエイティブこそ“山田尚子”監督の得意技なのだろうな、と。

その一方で全てが“ふわふわタイム”でお茶らけているわけでもない。しっかり権力者の横暴を直視させ、その理不尽さや残酷さを突きつけてもいる。

私はとくに平家の男性キャラクターの人間関係の機微の描写も上手いなと印象に残りました。権力の重圧に沈んでしまう男もいるし、その男を支えることで居場所を持とうとする男もいる。マスキュリニティの弱々しさが素直に絵で表現されていました。“山田尚子”監督というとどうしても女の子同士の物語性が得意分野であるという認識でいましたが、男性同士の関係の揺らぎを描くのもこんなにも才能が発揮されるんですね。

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この時代の女性をすくいとる

ただ、やはりアニメ『平家物語』は女性の物語としての先導力があり、そこは無視できません。“高畑勲”監督の『かぐや姫の物語』に近いテイストです。

この舞台となっている平安時代は、男女でその役割に歴然とした差がありました。地位ある男性は常に歴史の主人公でしたが、女性は地位があろうともあくまで「子を産む」ための存在。子を産むとは政治戦争の駒を生産することに他ならないです。

結婚の概念だって今とは全然違います。恋愛結婚はほぼなく、そこにあるのは政治的な策略。全ては男のまつりごとのために生きるしかない女たち。

女性が政治に介入する唯一の手段は、権力のある男性のそばでそれとなく行動を導くように仕向けるくらいで(平時子や北条政子がやっているような)、結局は男性を介さないと政治に参加できません。

そんな声を出せない女性たちを代表するかのように本作の中心で描かれ続けるのが平徳子であり、事実上、この作品の真の主人公です。男尊女卑の世界でも女の枠に縛れても、そこでできる最大限のことを貫きます。

他にも随所に女性たちの存在感がクローズアップされて描かれているのも印象的。後半に登場する白拍子の静御前含む3人なんて、既存の“山田尚子”監督作にでてくるような今っぽい女子の描かれ方になっており、急に世界観における女性の表象の幅があがるので、あそこは少し希望さえも感じるのかも(一方で同じエピソードで登場する浅葱という何もできずに隠遁するしかない女性の姿と対極的になる効果もありますが)。

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祈るだけの時代は終わって…

そうした中で、このアニメ『平家物語』の主人公、というか語り部である「びわ」。

原作には無い存在であり、本作を象徴する特異さを持っています。

晴眼者でありながらオッドアイな目もデザインありきではなく、未来を見通せる力を持ちつつ、さらに平重盛の亡者を見る力を受け継ぎ、“見る”という行為を強調します。そしてびわはそれを物語に変える。要するに芸術家であり、これはまさにアニメーターがやっていることと同じ。

あまり身体的に成長しないで子の姿を保つというのも、世界観から逸脱している非現実的な存在であることを現していますが、アンドロジナスな容姿も合わせて、びわの位置づけは中立的です。

しかし、そんな関与できないことにもどかしさを募らせるびわ。平家の人たちはどんどん命を落としていく中で、ついにびわは壇ノ浦の戦いで徳子が入水して死のうとするあの未来に到達。そこで徳子に「みなのためにこの先を生きていく」と命を繋ぎ留めさせます。この徳子が生き残ること自体は原作にあるのですが、本作はそれが強く浮き出ており、びわが救ったという後味になります。ラストは徳子を中心とする家族の絵で締めですからね。やはりびわの力によってこの時代の物語を女性中心に描き直している。

これはまさに“山田尚子”監督版の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』みたいなもので、物語が現実を救う展開ですね。徳子を救ったというよりは時代に蹂躙された女性たちを救うという…。ものすごく物語のパワーを信じきっていないとできない結末ですし、その創造力の確信を取り戻すびわにも勇気づけられるし…。

ラストは徳子は出家して「ご冥福を祈っているのでございます」と自分のやれることをする。“山田尚子”監督がこの祈りを描くというのも色々な意味にとれる深いものがありました。

本作でびわは基本は何もできずに傍観します。それはこの時代は政治に関わる方法が庶民には全くないからですが、今は庶民でも政治に関われます。未来を見通せる目は持っていなくても、優れた琵琶を弾く才能は有していなくても、祈り以上のことができる。何をするかはあなたしだい…。

『平家物語』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer –% Audience –%
IMDb
?.? / 10
シネマンドレイクの個人的評価
8.0

作品ポスター・画像 (C)「平家物語」製作委員会

以上、『平家物語』の感想でした。

The Heike Story (2022) [Japanese Review] 『平家物語』考察・評価レビュー