本物の圧迫感は当人だけが知る…映画『ラスト・ブレス』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:イギリス・アメリカ(2025年)
日本公開日:2025年9月26日
監督:アレックス・パーキンソン
らすとぶれす
『ラスト・ブレス』物語 簡単紹介
『ラスト・ブレス』感想(ネタバレなし)
仕事場は深海です
世の中には実にいろいろなところで働いている人がいます。私も近所を歩いていると、高層アパートの外壁で足場を組み立てて仕事をしている作業者の人を下から眺めることができるひとときがありますが、「あんな高いところでよく普通に仕事できるな…」と思ってしまいます。
一度「仕事」として日常化してしまうと感覚が麻痺するのかもしれません。もしかしたら「危険」に対する順応のしかたが人それぞれにあるのでしょうか。
今回紹介する映画は、高いところとは真逆の「真下」…光も届かない深海で仕事している人の実話に基づくサバイバル・スリラーです。
それが本作『ラスト・ブレス』。
本作は「飽和潜水士」という職業を取り上げており、それが何なのかは映画を観てもらえると一目瞭然なのですが、要するに通常のダイビングでは到達できない深海域を潜水することに特化したダイバーです。
この映画の主人公である飽和潜水士の皆さんは、海底にあるガスのパイプラインの整備を行っています。人力でコツコツとメンテナンスしていたのか!と驚く話ですけど、そうだったんですね。
そして本作は実話だと説明したとおり、そんなとある飽和潜水士の身に起きた衝撃の事件を題材にしています。
もともとその事件を扱った『最後の一息』というドキュメンタリーがありました。2019年の公開で、日本では「Netflix」で一時は観れたのですけど、2025年9月時点では配信取り扱いは消えているようです。私は配信中に観て、その感想も記事にしています。
そのドキュメンタリー『最後の一息』を監督した“アレックス・パーキンソン”が、今回の『ラスト・ブレス』でも監督を務めており、実質的にドキュメンタリーを劇映画にした構成です。ほとんど内容はドキュメンタリーに準じており、展開や演出も似ています。元のドキュメンタリーを観賞済みの人には新鮮味は薄いかもしれません。ドキュメンタリーで使われた実際の映像も織り交ぜられます。
それでも劇映画らしい没入感はパワーアップしていますし、ドキュメンタリーを応用発展させている“アレックス・パーキンソン”監督の手際は、無駄を省いて、最小限の見せ方で徹底しており、とてもストイックです。
深海というシチュエーションの圧迫感と、最悪の事態の緊張感…それらを存分に楽しめます。
何よりもこの映画を劇場で観るときの体験は格別で、やはり映画館のスクリーンの空間が真っ暗で広々としていて静けさもあるという、深海に近似した状況になっているのがいいですね。まるでこちらまで映画内の現場にいるような錯覚になってきます。これは映画館で鑑賞した人だけの醍醐味ですが…。
『ラスト・ブレス』に出演する俳優陣は、映画『ロックド・イン/囚われ』やドラマ『ピーキー・ブラインダーズ』などで活躍する“フィン・コール”を主役に据えつつ、『ヴェノム:レット・ゼア・ビー・カーネイジ』など多彩な演技で魅せる“ウディ・ハレルソン”、そして『シャン・チー/テン・リングスの伝説』での輝かしい注目以降も多くの作品を重ねている“シム・リウ”が脇に揃っています。
『ラスト・ブレス』を観て、誰にも見えないところで仕事をしている人がいることに想いを馳せるのも良し、労働と死生観の交差を思案してみるのも良し。映画を観ている間は息をするのを忘れないように…。
『ラスト・ブレス』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
基本 | — |
キッズ | 興味があるなら鑑賞させてもいいかもしれません。 |
『ラスト・ブレス』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
スコットランドの穏やかな海岸近くの家に帰宅するクリス・レモンズ。彼は飽和潜水士であり、次の仕事が決まりました。しばらく家には帰れません。北海の海底ガス管の保守作業に従事することになったと、パートナーの女性に伝えます。飽和潜水士という職業をよくわかっているパートナーではありましたが、寂しそうです。クリスはなるべくなんてことはないように振る舞います。
アバディーンの港に到着したクリスは潜水支援船「タロス号」に乗り込みます。すでに多くの作業員が出航準備に取り掛かっていました。船内で馴染みの仕事仲間に挨拶して回りつつ、飽和潜水士仲間のダンカンとも対面します。ダンカンは大ベテランです。
仕事では潜水士たちは複数のチームに分かれます。チームAはダンカンとクリス、そしてデイヴの3人です。デイヴは口数が少なく不愛想ではありますが、熱心に仕事をしている様子は窺えます。
まずそれぞれのチームは加圧室で常に生活し、300フィート(約90m)の環境に身体を適応させなくてはいけません。つまり、3人はしばらくずっと一緒。仲良くしないとやってられない状態です。
ドアが閉まると、完全な密室密閉。クレイグが指揮する管制室の操作でガスがコントロールされ、その間に船も港を離れます。加圧室は常にモニタリングされており、減圧中の潜水士の状況をチェックできます。異常があればすぐにわかります。
3人はとくにトラブルもなく、互いを尊重し、自分のプライベートを維持しながら、平然とこの加圧室で過ごしていました。ダンカンはベテランであり、質素な食事中に「これを最後の仕事にする」と何気なく打ち明けてきます。本人は気にしていない口調ですが、会社の都合での辞職などで複雑な心情をクリスは察します。そうは言ってもこの職業も自動化されてしまえば、全員がクビかもしれません。
船は嵐の中で油田に到着 激しい雨風で海は大荒れですが、作業は可能です。夜中に船は位置を固定。ダイナミック・ポジショニング・システム(DPS)によって同じ位置を保つように調整されます。これがないと船は流されてしまい、作業ができません。
こうして各潜水士が海に潜ってメインの作業をする時間がやってきました。先陣はチームAです。指示のもと準備を開始。潜水スーツに着替え、直通で行ける加圧潜水ベルに登ります。狭い空間ですが、ここから暗闇の海底へと下ろされることになります。酸素、温水、電気はスーツに繋がったケーブルで送り込まれており、これがあらゆる意味での命綱です。
潜るのはクリスとデイヴです。ダンカンはベルに残って2人に指示を出します。6時間の作業という長丁場。息を休めるまで我慢です。全ての装備を入念に最終確認し、潜水が始まります。
作業は順調かと思っていましたが、船でけたたましく警報が鳴り、状況は一変することに…。
職場自体の圧迫感

ここから『ラスト・ブレス』のネタバレありの感想本文です。
深海でパニックが起きる映画はたくさんあります。だいたい深海ってだけでじゅうぶんにパニックになるほどの怖さがあるものです。
『ラスト・ブレス』は、サメに襲われるわけでも、怪獣が出現するわけでも、心霊現象に見舞われるわけでもありません。でもゾっとします。ジャンル過多なこのご時勢、これほどまでにストイックに最小限構成で緊張感を演出してくれるのは貴重です。
当然、それは作り手である“アレックス・パーキンソン”監督が、ドキュメンタリーの製作をとおして、この出来事を熟知しており、余計な味付けなしでも「伝える価値」があると確信できているからなのでしょう。
まずやはり何と言っても「飽和潜水」という行為の凄さをしっかり描き出します。その凄さというのは「こんなことをしている人がいるなんて超すげぇですね!」という安直な絶賛のノリではなく、「ここまでして潜って働いている人がいる」という畏敬の念だと思います。
劇映画となった本作でもところどころでセリフで「飽和潜水」とは何ぞやという説明を挟んでくれているので、何も知らない観客もある程度ついていけていると思いますが、もう少し詳しい仕組みはドキュメンタリー『最後の一息』の感想にも書いたので参照してください。
もちろんある程度は専用の装備あってこその潜水なのですけど、深海に潜るためにわざわざ加圧式飽和潜水システムで人体を適応させるなんて…。
でもこうでもしないと一瞬で人間の生命を奪われてしまいますからね。『ミッション:インポッシブル ファイナル・レコニング』の“トム・クルーズ”のようにはいかないのです。
『ラスト・ブレス』ではクリスら飽和潜水士の姿に勇ましさなんてないです。彼らはアクション映画の主人公ではありません。ただのブルーワーカーです。大企業の労働力の駒。その現実を誰よりも当人たちが自覚しています。
あの加圧室に厳重監視のもと閉じ込められる姿も、正直に言って惨めですし(なんかもう悪いことをして独房に入れられたみたいなのとそう変わらない)、これで「プロフェッショナルの誇りと使命感をもってやりがいたっぷりにいきいきと働け!」なんて鼓舞されたとしても、作り笑いくらいしか浮かばないですよ。
本作はその現実をすでに嫌すぎるほど噛みしめている現場の飽和潜水士たちの…こう何とも言えない空気を的確に映し出していたと思います。確かにリラックスはしているかもしれない。でもそれは危険というものから頭の意識を逸らすための精一杯の自衛策のような…そんな感じ。
「俺たちはこれからとんでもなく無謀で危険な仕事をするんだよな…。でもいくら考えてもここでは意味ないから、考えないようにしよう…」
言葉にしなくてもそんな思考が透けてみえてきます。
ときどき人がいるのに妙に静かになる。そこもリアルです。まあ、監視されているので、直球の不満とかは言えないのでしょうけども…。
圧迫感があるのは深海だけじゃなく、あの職場そのものでもあり、まさにそこがこの映画が飽和潜水士という職業の構造として突き付けている部分なのではないでしょうか。
労働の中でその人の死生観が形作られる
『ラスト・ブレス』は、深海での潜水作業中にダイナミック・ポジショニング・システム(DPS)がエラーを起こし、船が位置を固定できずに波で流されていく中、クリスだけが物理的に切断され、取り残されるという考えうるかぎりの最悪の事態が起きます。
その前の話として、本作のメインキャラクターは3人です。クリスと、デイヴ、そしてダンカン。
この3人はそれぞれの仕事の向き合い方が違っていて、危険に対するメンタル的な対処方法も異なっているのが印象的でした。
クリスは一番若々しさがあるというか、待っている大切なパートナーのことを考えるのが希望になっています。デイヴは社交的ではないような振る舞いですが、それ自体が彼なりの自衛なんだろうと察せます。そしてダンカンはベテランなので誰よりも落ち着いていますが、それは逆に言えばそれだけ長年この職業に身も心も削られ、内心では消耗しているということでもあり、その疲弊がときおり滲みでてきます。
ダンカンの場合は仕事を辞めるというのは、このずっと向き合ってきた職を失うという寂しさもありつつ、この死と瀬戸際の緊張感から解放されるという意味でもある…きっと複雑な心情なのでしょう。その感情を上手く表現していました。
労働の中でその人の死生観が形作られていると言いますか、この映画はそうとしか言いようがない3人の佇まいがありましたね。
クリスが断絶されるあの深海での瞬間。傍にいたデイヴは驚くほど冷静に言葉をかけ、的確に指示を残していきます。デイヴのスキルなのか、それとも思いやりなのか、はたまたずっとこんな最悪のシチュエーションが頭によぎっていたのか…。ベル内にいるダンカンも比較的冷静です。
ベル内でも船内でも「今からお前を絶対に助けるからな!」「ファイト一発!」…みたいな暑苦しい演出は起きません。それどころかみんな一様に重苦しいです。
とくに探査機が海底で横たわるクリスを映した瞬間(実際の映像が使われている)、チームはクリスを生存者として扱うか、死体として扱うか、判断を迫られます。どのみち死体の回収も業務の一環なので仕事です。これも淡々とやらないといけません。
結局、クリスはこれぞ奇跡と言うしかない生還を果たしますが、ラストは「了解」のひと言の閉幕で、これもドキュメンタリーと一緒です。この締め方も、仕事に向き合い続けるプロフェッショナルさ…と捉える人もいるかもですが、考えようによっては嫌~なエンディングです。こんな安全性に欠陥のある職場にしがみつかないといけないのですから。
それでも本作は、飽和潜水士たちをヒーローにせず、人間として描き出してくれます。それくらいしかできないですけれど、それが大事なのかもしれません。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
作品ポスター・画像 (C)LB 2023 Limited ラストブレス
以上、『ラスト・ブレス』の感想でした。
Last Breath (2025) [Japanese Review] 『ラスト・ブレス』考察・評価レビュー
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