これが今のフランスの悲劇の主役たち…映画『レ・ミゼラブル(2019)』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:フランス(2019年)
日本公開日:2020年2月28日
監督:ラジ・リ
レ・ミゼラブル
れみぜらぶる
『レ・ミゼラブル』あらすじ
パリ郊外に位置するモンフェルメイユの警察署。地方出身のステファンが犯罪防止班に新しく加わることとなった。ステファンは、クリスやグワダといったこの地をよく知る同僚ととにパトロールを開始する。そんな中、複数のグループが緊張関係にあることを察知するが、イッサという名の少年が引き起こした些細な出来事から、事態は取り返しのつかない大きな騒動へと発展してしまう。
『レ・ミゼラブル』感想(ネタバレなし)
フランスでは移民映画がアツい
日本では政治的な映画はウケないとよく言われがちですが、そんな日本でも政治的であるにもかかわらず大ヒットした映画といえば、2012年に公開された『レ・ミゼラブル』でしょうか。
2012年の『レ・ミゼラブル』はあの有名なヴィクトル・ユゴーの小説を原作としてミュージカル映画にしたもので、超がつくほど濃厚に政治要素満載です。まあ、日本の観客がこの映画の政治性にどれほど気づいていたかは定かではないのですが…。
原作は1800年代前半を舞台に、王政に反発する民衆による革命と暴動の歴史を描いていくものです。フランスが今に至るまでの忘れることはできない大事な要。どうしてもフランスのパリなんてとくにそうですが、オシャレな花の都…みたいなイメージが対外的には強いです。しかし、その芯の部分は昔から抵抗によって戦って得られた戦果なのであり、それは常に頭に入れておきたいところ。
そしてもちろんその戦いは今も続いています。フランスの地で。戦う勢力は姿を変えつつ…。
それを強烈に目に焼き付けさせてくるのが2019年に公開された本作『レ・ミゼラブル』です。タイトルはそのまんま同じですが、リメイクでもリブートでもなく、ヴィクトル・ユゴーの小説へのひとつの現代からのリプライと言えばいいでしょうか。まさに今のフランスで起きている「レ・ミゼラブル」が描かれています。
本作は2019年のカンヌ国際映画祭で『バクラウ 地図から消された村』と並んで審査員賞を受賞。どちらも強烈な暴力と対立を描いた作品だったので、なんかこの年の審査員賞は殺伐としてましたね。
凄いのは本作を監督した“ラジ・リ”という人。もともと短編やドキュメンタリーで活躍しており、本作が長編映画デビュー作。それでここまでキャリアの大注目。これは今後、さらに上にいくに違いないです。“ラジ・リ”監督はアフリカのマリ共和国出身で移民です。そしてこの『レ・ミゼラブル』もフランスの移民コミュニティの現状を題材にしています。
最近だと同じく移民系のマイモウナ・ドゥクレ監督による『キューティーズ!』もそうでしたが、今、フランス映画界は移民出自の監督が生み出す映画がほんとにアツいですね。『バッドボーイズ フォー・ライフ』でハリウッドに活躍を広げたアディル・エル・アルビ&ビラル・ファラーのコンビはベルギーですけどやはり移民系ですし、これからの映画界は移民パワーが席巻していくとみて間違いないです。
『レ・ミゼラブル』はその勢いの中でも最高評価を獲得したトップランナーでしょう。
本作は日本では2020年2月28日から劇場公開されたのですが、それもまた結果的にすごくタイムリーだったなと思うのです。
なぜなら元ネタであるヴィクトル・ユゴーの小説では「六月暴動」が描かれます。これは1832年に起きたパリ市民による王政打倒の最終幕を飾る闘争です。実はこの直前にはヨーロッパ全土をコレラの疫病が蔓延しており、社会不安が増大していました。つまり、パンデミックと連鎖した出来事だったのです。それは無論、今のコロナ禍の世界的状況と否応なしに重なってしまいますよね。
他にも本作と2020年はシンクロする部分があるのですが、それは後半の感想で…。
俳優陣は、知識の浅い私で申し訳ない、全然知らない人も多いのですが、個人的にはグワダというキャラクターを演じた“ジェブリル・ゾンガ”が気に入りました。なんでも自分から監督に連絡をし、オーデションをクリアしたそうです。今後は監督とのパイプもできて、グッとキャリアアップできたらいいなぁと期待したくなる魅力的な俳優だと思います。
2020年は日本では最高のフランス映画の良作がたくさん観られた年であり、本当に満腹でごちそうさまでしたという感じなのですが、この『レ・ミゼラブル』は食べ忘れてはいけない一作です。観た後は強烈な後味でしばらく動けなくなる映画ですけど。
オススメ度のチェック
ひとり | ◎(強烈な後味の残る一作) |
友人 | ◯(関心を持つ者同士で) |
恋人 | ◯(興味を持ってくれる相手なら) |
キッズ | △(暴力描写がかなり多め) |
『レ・ミゼラブル』感想(ネタバレあり)
「世の中には悪い草も悪い人間もいない」
若者たちがフランス国旗を振りながら電車に乗り込みます。着いたのはパリの中心地。大群衆の中に混ざっていきます。一同はサッカー・ワールドカップの試合の行く末を見守っています。応援はヒートアップ、そして試合終了によってそれは歓喜と大熱狂へと変化。飛びはねて肩を抱き合い、煙はモクモクと充満し、パリの凱旋門は勝利を祝う人で埋め尽くされます。
そんなフランス全土を興奮させた出来事からまだ冷めきっていないある日。警官のステファンはパリ郊外に位置するモンフェルメイユにて、この地域の犯罪抑止のチームに参加することになりました。パトカーの後部座席に乗るステファンはすでにここで働いている警官から「ポマード」というあだ名をつけられ、街をざっくり紹介させられます。
昔はドラック売買が盛んでしたが、今はイスラム同胞団が取り仕切り、売春宿も多いのだとか。全く新しい環境に動揺しつつ、なんとか理解しておこうとするステファン。
警察署に到着すると、そこには子どもを警察に預けたいと訴える男が揉めていました。「手に負えないんだ」と熱弁する父親っぽい男。子どもは隅っこでじっと立っています。なんでもニワトリを盗んだらしいです。
そんな風景は日常茶飯事なのか、職場部屋へ案内され、同僚になるクリスとグワダとあらためて挨拶を交わします。そこに本部長のシャンディエがやってきて、「みんなワールドカップの優勝で浮かれている」と気を付けるように注意。「警官にあるまじき行為は厳禁ね」と忠告もします。
さっそくステファンはクリスとグワダの案内で街をパトロール。街を車で走りながら、監視対象の人間を教えてもらいます。
するとクリスがある若い女性に目を付け、車を降りて、とくに根拠もなく怪しいと迫ります。「体を調べるぞ」と脅し、近くにいたスマホで撮影しようとした女性にも容赦ない態度。それはあきらかに警察としての規範を逸脱した行為で、ステファンはドン引きです。
市場に到着し、あれこれと地域一帯に影響力を持つ奴らとステファンを顔合わせさせていると、「ジョニーを無事に帰さなきゃ、ぶっ殺してやる」と物騒な拡声器アナウンスをしながら走行する黄色い車を発見。
その車の一団はある団地の駐車場前で、別の一団と向かい合い、今にも乱闘が始まりそうな雰囲気でした。「ジョニーが誘拐された」「犯人は団地の奴だ」と向こうは譲らず、一触即発。
そこへステファンたちがかけつけ、割って入ります。上空にゴム弾を発砲し、とりあえず落ち着かせ、話を聞きます。どうやらそのジョニーというのはライオンの子どもらしく、彼らはサーカスの一団なのでした。「黒人のガキが盗んだ!」「24時間以内に返せよ」と凄い剣幕で帰っていきますが、状況は変わりません。ライオンを探さないと…。
ステファンはある店にひとりで入って情報通のサラーを探せと命じられます。言われたとおり、店に立ち入るとあきらかに変な奴として警戒され、客に睨まれます。サラーは店員で、一応、ライオンを盗んだ子を知らないか聞いてみます。すると「イスラムの世界ではライオンは強さの象徴だ」となぜか言われてしまい、困ったステファンは「でも飼い主に返した方が…」と尻すぼみに。でもおごりでケバブをもらい、そのまま店を出ました。
クリスいわく、あのサラーはここのボスらしく、ステファンはクリスたちにからかわれただけです。
情報はすぐにわかりました。SNSでライオンを抱えた写真をアップしている子を発見したのです。すぐにイッサという名前の子であると特定したクリスたちは、彼のいそうな場所に向かいます。
イッサは運動場で他の子どもたちと遊んでいました。すぐにイッサを取り押さえますが、一緒に遊んでいた子どもたちは騒然とし、警察に罵声を浴びせてきます。その隙に逃げるイッサ。走って追う警察。なんとか捕まえるも、また追いついてきた子どもたちと一触即発に。モノをガンガン投げられ、にっちもさっちもいきません。
その瞬間、またも逃げようとしたイッサ。しかし、グワダはゴム弾を咄嗟に発砲。ドーンというすさまじい音。イッサはゴム弾を顔に直撃され、バタリと倒れて動きません。
完全にアウトな行為をしてしまったことに固まるクリスとグワダとステファン。警官としては致命的。
しかし、その決定的状況を上空で撮影していたドローンがいました。それはさらなる悲劇の続きへと繋がり…。
あなたは傍観者でいいのか
“ラジ・リ”監督の『レ・ミゼラブル』、テーマ性はひとまず置いておくにしても、本作を題材だけではない名作に押し上げている理由として、全体的な演出や撮影のクオリティの良さがあると思います。雑な感想ですけど、ひと言で表現すれば「カッコいい」ですよね。
とくに「視点」を強調する見せ方が全編にわたって光っています。
冒頭はワールドカップ優勝に湧くフランス国民たちを極めて俯瞰的に映します。ここは“ラジ・リ”監督のもともとの十八番であるドキュメンタリーを模倣した撮り方です。ここで大事なのは、そこに映る群衆は人種もバラバラで多様だということ。まあ、こんなところにいるくらいですから富裕層の人はいないでしょうけど、それでも実に多様性に満ち溢れている。その人たちが一緒になって喜びを分かち合い、その光景がまた暴動のようにすら見えてくる。これが本作のラストへのアンサーにもなっているような、そんな感じです。
そして物語はステファンの視点で基本的に進行します。ここはよくある「警察密着モノ」と同様です。新米な警官の目を通して、警察の日々の仕事の全容が見えてくる。『エンド・オブ・ウォッチ』『ボーダーライン』など全く一緒。一体何が起こるんだ…というハラハラドキドキが観客は堪能できます。
本作はそのサスペンスが上手く、序盤から不穏でいっぱい。まず先輩にあたるクリスが実に頼りなく、真面目に教えてくれているのか新人いびりをしているのか、さっぱりなところがすごく落ち着かないですよね。
女性に対する完全にダメな行為を目の当たりにしてステファンは初日から気分ダウンしつつ、一気に状況は悪化。一触即発の事態が何度も連発。ここも本当にスリルがあります。
でも渦中の原因がライオンの子を盗んだというのがまたオカシイのですけど。え、ライオン?っていう、笑っていいのか、これ…という困惑になります。でもこれも実話らしいから凄いものですよ。
そして悲劇の一発が放たれてしまう。ここも溜めとかなしに、本当に一瞬で起きてしまうあたりでゾクっとします。
さらに本作は別の視点が挿入されます。メガネ少年の操作するドローンです。これが上空から舞台となる団地を映していくという、あのダイナミックさ。ただの団地なのですけど、この高低差のある建物を活かした逃走劇や激突が後半に待っていて、そこへの期待を煽るものです。
同時にこのドローン少年の視点はまさに映画を観ている私たちにもシンクロするんですよね。
ラストは警察と少年グループの衝突となり、ここは双方を捉えるという、またもやドキュメンタリーな撮影に戻っています。まるでその現場にカメラマンが密着しているように。
最後はその決定的な武器を突きつけ合っているイッサとステファンを、ドアの穴から見つめる少年の視点。このドアを開ければ最悪の事態は防げる。それをするのか、しないのか。映画は結末を見せてくれません。
でもこれは私たち観客に委ねることでもあります。本作を観て「フランスって物騒なんだな~」とか「どっちもどっちでしょ~」なんて他人事を言っている日本人がいるなら、きっとそれは違うはず。あなたはこの対立を穴から覗いている。そしてできることはある、という問いかけ。
もしその対立を拡大させれば、あの冒頭で見せた大群衆が今度はあなた(傍観者)に向かう。それでもいいですか?という「レ・ミゼラブル(哀れな人々)」からの通告です。
2020年に起きてしまった事件
“ラジ・リ”監督の『レ・ミゼラブル』を観ていると序盤からわかるのは警察の嫌われっぷりです。パトカーを走らせるだけで罵倒される。なんか完全にアウェイです。
そして本作ではその警察が明らかに逸脱した行為で市民を傷つけてしまい、その映像を撮られた結果、その映像データが入ったSDカードを見つけるべく奔走する…という姿が描かれます。
実は本作とかなりシンクロする出来事が2020年のフランスで起きました。
フランス与党は悪意を持って警官の顔の映像や写真を撮ることなどを犯罪行為とみなす法案を通そうとしていました。しかし、2020年11月25日、白人警官3人が黒人の音楽プロデューサーに人種差別的な言葉を浴びせ、容赦なく殴っていく様子をとらえた防犯カメラ映像が明るみに出たことで世論は激怒。法案が警察による暴力の告発を妨げるのではないか、隠蔽になるだけだとの懸念が高まり、大規模な抗議デモがフランスで行われることに発展しました。結果、政府は法案の修正を余儀なくされています。
要するにこの“ラジ・リ”監督の『レ・ミゼラブル』で描いた出来事をさらに突き進んだ事態が国家規模の反発をともない、起きてしまったわけです。パリ中心部に約4万6000人が集結するデモになったと言いますから、まさしく『レ・ミゼラブル』ですよ。
このことからもじゅうぶん理解できるように、今のフランス社会は「政府&警察」と「移民などマイノリティ勢」との決裂は本当に深刻化しており、待ったなしです。“ラジ・リ”監督の『レ・ミゼラブル』はその現状を見事にストーリーとして総括するように描いてみせたんですね。
一方で、作中を観れば映し出されますが、あの警官たちも実際は労働者階級にすぎないです。後半で描かれるクリスやグワダの家庭がなんとも切ないものでした。クリスなんて「レ・ミゼラブル」を知っていたステファンに「インテリか?」なんて言っているくらいですから、その立ち位置も察せられます。立場が違えばクリスだって警察相手にいくらでもデモとかしていたでしょうね。
この惨劇を本当に引き起こしている張本人はこの映画では見えません。そこが本作の突きつけている先にあるもののはずで…。
日本も他人事ではなく、警察による過剰なヤジ排除やデモ制限も実際に起きていますし、今後はこんな未来が待っているのかもと具体性をもって考えるべきでしょう。
あなたが蹂躙される当事者になるかもしれません。銃を突きつける権力側になるかもしれません。もしくはドアを開けることができる傍観者になるかもしれません。
今のあなたはどっちに立っていますか。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 88% Audience 88%
IMDb
7.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★
作品ポスター・画像 (C)SRAB FILMS LYLY FILMS RECTANGLE PRODUCTIONS
以上、『レ・ミゼラブル』の感想でした。
Les Misérables (2019) [Japanese Review] 『レ・ミゼラブル』考察・評価レビュー