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『ゴッホ 最期の手紙』感想(ネタバレ)…製作陣は狂っている、ゴッホは狂っていない?

ゴッホ 最期の手紙

製作陣は狂っている、ゴッホは狂っていない?…映画『ゴッホ 最期の手紙』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Loving Vincent
製作国:イギリス・ポーランド(2017年)
日本公開日:2017年11月3日
監督:ドロタ・コビエラ、ヒュー・ウェルチマン

ゴッホ 最期の手紙

ごっほ さいごのてがみ
ゴッホ 最期の手紙

『ゴッホ 最期の手紙』あらすじ

郵便配達人ジョゼフ・ルーランの息子アルマンは、父の友人で自殺した画家のゴッホが弟テオに宛てた手紙を託される。テオに手紙を渡すためパリへと向かったアルマンは、その過程でなぜゴッホは自殺したのか、その疑問が募っていくが…。

『ゴッホ 最期の手紙』感想(ネタバレなし)

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世界初、全て油絵の長編アニメ

美術に全く詳しくない私でもこの人の名前は知っている、「フィンセント・ファン・ゴッホ」

「ひまわり」など彼の生み出した絵画は、1890年以降の死後も世界を魅了してきました。それだけでなく、ゴッボという人物自体も多くの関心の的となり、彼の人生を題材にした映像作品も無数に登場しました。最も有名なのは1955年のアメリカ映画『炎の人ゴッホ』でしょうか。米アカデミー賞で4部門にノミネートされ、助演男優賞を受賞しました。ゴッホはオランダの画家なのに、アメリカで映画化されて評価されているあたり、その世界的人気の高さを窺えます。

そんなゴッホ映像作品の中でも、極め付きの一作が2017年に誕生し、話題となりました。それが本作『ゴッホ 最期の手紙』というアニメーション映画です。

『夜明け告げるルーのうた』が最高賞であるクリスタル賞に輝いた2017年の「アヌシー国際アニメーション映画祭」。そこで観客賞を受賞したのが本作です。

その業界内の評価の高さから2017年の米アカデミー賞でもオスカーを争うのではないかとウワサの作品となっています。

なんでそんなに評価が良いのかというと、本作は全編が油絵で描かれているからです。しかも、ゴッホの絵のタッチと同じで、有名なあの絵画たちを意識した絵作りによって、まさにゴッホの世界に命が吹き込まれる。美術ファンなら感涙するレベルのことが実現してしまったわけです。

一応、油絵のアニメーションといえば、アレクサンドル・ペトロフというロシアのアニメーション作家が有名で、『老人と海』という作品は米アカデミー賞短編アニメ賞を受賞しています。

しかし、ペトロフの方は短編なのに対し、本作は90分を超える長編(企画当初は短編として予定していたみたいですが)。そして、ペトロフ作品はガラスペインティング(ガラス板に油絵具を指でつけ描く)という技法を使っていますが、本作はキャンパスに描いてます。要は皆が学校の美術の授業でやったような普通の油絵なのです。

ゆえに「全編油絵アニメーション長編作品としては世界初」と公式では宣伝されています。

ここまで聞けば「大変そうだなぁ」と思いますが、実際の製作はその想像の何百倍も大変だったようで…。まず絵コンテを書きます。そして、普通に実写映画と変わらないセットを撮影スタジオに作り上げ、その中で役者が演じます。ここで出演する俳優も『ブルックリン』でアカデミー賞ノミネートとなった“シアーシャ・ローナン”など本格的。その後に、その撮影した実写をもとに120人以上の画家が油絵を書いていった…という流れ。実写をトレースしてアニメーションしていくというのは、ロトスコープっぽいですが、油絵ですからね。通常のものとはかなり勝手が違うはず。加えて描くのはアニメーターではなく、画家ですから。指導が必要になり、相当、悪戦苦闘しただろうな…。日本人で唯一の参加画家である古賀陽子さんへのインタビューによれば、一番つらかったのはメンタルだそうで。まあ、そうだよね。

「愛か、狂気か」というキャッチコピーが本作にはついてますが、少なくとも作品の企画は狂ってます。『KUBO クボ 二本の弦の秘密』といい、最近の高評価アニメーション作品の作り手は、皆、クリエイティブのことになると“ドM”なのかな…。

監督の“ドロタ・コビエラ”という人、過去に『Little Postman』という世界初の立体視ペインティング・アニメーション映画を作ったり、なんだか変わったことに挑戦するのがお好きなようで…。

なぜここまで手間暇かけるのか? それはもちろん「ゴッホ」が題材だからに他ありません。これで普通のアニメーションだったらもちろん面白い作品は作れるでしょうが、ゴッホの世界をゴッホの油絵で描くというメタ構造がなくなるわけで…。

作り手のその根性に感服しつつ、ぜひ鑑賞してみてください。

↓ここからネタバレが含まれます↓

『ゴッホ 最期の手紙』感想(ネタバレあり)

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ただの動く絵画なのか?

『ゴッホ 最期の手紙』の製作の狂っている苦労過程はじゅうぶん語ったので、ドラマ部分について言及していきましょう。

本作のメインストーリーは、ゴッホの死後、「ゴッホが弟テオに宛てた手紙」を発見した男がゴッホにゆかりのある人たちや場所をめぐり、ゴッホの死の真相に迫る…という話です。

ゴッホの死は実に謎が多く、一応は自殺と考えられているのですが、その細かい部分を含めるとなんでも100以上の「真相はこうだった」説があるらしく、混迷してきた歴史があります。

では、本作はその謎に対してスッキリする答えを用意しているのか?というと、そうではないからややこしいのです。「これが真実だったんだよ!」「な、なんだってーーー!」みたいな話じゃない。例を挙げるなら、ケネディ大統領暗殺事件の真相を追求する男を描いた『JFK』とかとは、全く正反対の作品といっても過言ではないでしょう。

だから本作をミステリーサスペンスとして期待していたひとは肩透かしのはずです。物語に緩急もないし、ドラマチックな展開もない。それこそ映画館の大きいスクリーンで“動く絵画”を見せられただけで終わります。

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限りなく「絵画」に近い「映画」

でも、そこがこの作品の狙いなのだと思います。

そもそもゴッホはその死後、「社会からも理解されずに孤独の中で自らの芸術性を貫いた狂気の天才画家」というイメージが固定化しました。1955年のアメリカ映画『炎の人ゴッホ』はまさにそういうゴッホの人物像を大衆に印象付けた作品でもあります。映像や脚本、演技、音楽といろんな要素がてんこ盛りの「映画」という媒体は、相手への伝導力といいましょうか、パワーが強すぎるがゆえに、ステレオタイプな印象を観客に押し付けてしまう効果があるのです。それが良かったりもするし、私も映画が好きな理由のひとつですが。しかし、「絵画」という媒体はそういう“押しつけがましさ”がないんですね。ただそこにスッとある。

本作は限りなく「絵画」に近い「映画」なのです。それがどういう効果をもたらすかというと、これまでの固定化されたゴッホのイメージを壊して、もう一度、再議論させてくれます。劇中でも登場人物によって語られるゴッホの印象はそれぞれ違いました。私たちの知っていると思っていたゴッホは本当のゴッホなのか?という問いかけです。

結局、明確な答えは出ません。おそらくタイムマシンでも開発されない限り、その真相はわからないままでしょう。でも、本作はこれまで続いてきたゴッホの一面的な伝説化に待ったをかける役割を果たしたのではないでしょうか。それって大事なことだと思うのです。私も含めて人間は過去の人を神聖視しがちじゃないですか。それを防ぐためにも多様な解釈を提示することは必要ですよね。

その点、本作はゴッホの「狂気」ではなく「愛」の部分にややフォーカスしています。原題も「Loving Vincent」ですからね。2011年にゴッホの伝記を書いたスティーヴン・ネイフとグレゴリー・ホワイト・スミスが提唱した、「少年達が持っていた銃が暴発してゴッホを誤射し、彼らをかばうために自殺に見せかけた」とする説を物語に取り込んだりしていることからもそれが如実に示されています。

これをもって「この映画はゴッホを美化しすぎではないか?」と言えなくもないです。でも、個人的には、まあ、OKじゃない?と思ってます。別にその印象を植え付けるほどのパワーはないですし(油絵にした利点ですね。これが実写映画だったらこうはいかないです)、そういう視点に見える芸術があってもいいじゃないですか。

あらためて実写にはできない、アニメーションだからこその凄さを見せつけられました。

『ゴッホ 最期の手紙』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 85% Audience 86%
IMDb
7.8 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

(C)Loving Vincent Sp. z o.o/ Loving Vincent ltd.

以上、『ゴッホ 最期の手紙』の感想でした。

Loving Vincent (2017) [Japanese Review] 『ゴッホ 最期の手紙』考察・評価レビュー