ハリー・ベイリーは間違いなくアリエル…映画『リトル・マーメイド』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2023年)
日本公開日:2023年6月9日
監督:ロブ・マーシャル
恋愛描写
リトル・マーメイド
りとるまーめいど
『リトル・マーメイド』あらすじ
『リトル・マーメイド』感想(ネタバレなし)
大胆に変えること…それが根源の創作精神
ディズニーが1989年に公開したアニメーション映画『リトル・マーメイド』。“ハンス・クリスチャン・アンデルセン”の「人魚姫」を大胆にアレンジした本作は、今も多くの人に愛されています。
その『リトル・マーメイド』はディズニー史を振り返っても、かなり異色の作品でした。
まず当時のディズニーは1967年の『ジャングル・ブック』以降、長期的な低迷期に突入しており、『リトル・マーメイド』は久々の大ヒットとなりました。この後は俗に「ディズニー・ルネサンス」と呼ばれる最盛期を迎えるのですが、その本格的な始まりは制作体制も一新した『美女と野獣』(1991年)からであり、『リトル・マーメイド』は「ディズニー・ルネサンス」とまた違うちょっとした実験作のような趣があります。
この『リトル・マーメイド』を生み出した最大の功労者は何と言っても“ハワード・アッシュマン”と“アラン・メンケン”。この2人が何とも変わったキャリアの持ち主で、あろうことか“ロジャー・コーマン”のB級ホラー映画『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』(1960年)をオフ・ブロードウェイで愉快なミュージカル劇にするというとんでもないアイディアを思いついて実行した挑戦者でした。それが大成功し、ディズニーにリクルートされます。
その当時のディズニーは「ここで作ってるの?」と驚くほどに寂しい倉庫がスタジオだったそうですが、“ハワード・アッシュマン”と“アラン・メンケン”は自分たち主導で作品の企画を立ち上げました。
この2人のクリエイティブな特徴は「音楽」を主軸に物語や世界観を構築すること。『リトル・マーメイド』も『アラジン』もそうやって生まれ、“ハワード・アッシュマン”が1991年で亡くなるという悲劇があった後も、この創造精神は継承され、ディズニーらしさとして確固たるものになります。だからたいていの人がイメージする「キャラが愉快に歌って物語が進む」というディズニーっぽさはこの“ハワード・アッシュマン”らのおかげと言っても過言ではありません。昔からディズニー作品にはミュージカル要素はあるにはありましたが、音楽の多彩さが格段に上がって表現力が増したのはこの作家あってこそです。
このあたりの歴史はドキュメンタリー『ハワード ディズニー音楽に込めた物語』で詳細に知ることができます。
「大胆に変える」というのは“ハワード・アッシュマン”らのポリシーとも言えるのですが、2023年、実写映画となった『リトル・マーメイド』もその原点の精神を体現するかのように大胆に生まれ変わりました。
最大の変化は、世間で話題になっているとおり(そして残念ながら人種差別的なバッシングも起きているとおり)、主人公のアリエルが元のアニメーション映画では赤毛の白人だったのに対し、黒人に変更されたことです。合わせて舞台もカリブ海の架空の地に一新されました。
実はそれだけでなく、かなりこまごまと変更点があるのですが、それは観てのお楽しみとしましょう。
この実写版の大胆なアレンジを先導しているのが、今やハリウッドで最も景気のいい音楽家にして、“ハワード・アッシュマン”のごとき大活躍しまくりの“リン=マニュエル・ミランダ”です。
ミュージカル劇『ハミルトン』で一大センセーションをアメリカ中に巻き起こし、ディズニーはこの才能を見逃しませんでした。『モアナと伝説の海』や『ミラベルと魔法だらけの家』で素晴らしい音楽を創り上げ、作品の根幹を構築。その実力は証明済みです。
“リン=マニュエル・ミランダ”はラテン系にルーツがあり、レプリゼンテーションには並々ならぬこだわりがありますが(じゃないと『ハミルトン』なんて作れない)、彼ならば『リトル・マーメイド』を実写でこうアレンジするのも納得です。
今作では“アラン・メンケン”と一緒に音楽も手がけているし、ほとんど“リン=マニュエル・ミランダ”版『リトル・マーメイド』と言い切っていいんじゃないかな。一応、監督は『メリー・ポピンズ リターンズ』の“ロブ・マーシャル”なんですけど。
主人公を演じるのは、姉妹での音楽デュオ活動「Chloe x Halle」で知られる“ハリー・ベイリー”。この実写『リトル・マーメイド』で圧倒的な歌唱と共に見事なパフォーマンスを見せ、堂々たる主演映画デビューを果たしました。“ハリー・ベイリー”以外あり得ない人選ですね。
共演は、王子を『ベラのワンダフル・ホーム』の“ジョナ・ハウアー=キング”が、悪役を『ある女流作家の罪と罰』の“メリッサ・マッカーシー”が、海の王を『愛すべき夫妻の秘密』の“ハビエル・バルデム”が熱演。“ハビエル・バルデム”、『パイレーツ・オブ・カリビアン 最後の海賊』では極悪な顔の海の処刑人役だったのに、変わりっぷりが激しいな…。
ちなみに元のアニメーション映画でアリエルの声を担当した“ジョディ・ベンソン”もゲスト出演していますので、気をつけて観ていてください。
実写になっても楽しさだけは変わりません。『リトル・マーメイド』の美麗な世界へどうぞ。
『リトル・マーメイド』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :気軽に観られる |
友人 | :エンタメ性抜群 |
恋人 | :異性ロマンス主軸 |
キッズ | :子どもも楽しい |
『リトル・マーメイド』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):異なる世界を見てみたい
海面の下に見えた魚のような影に、遊び半分で銛を投げる船の男たち。この立派な船は航海の真最中。その中にはエリックという人当たりがいい誠実な男も乗っていました。近くの地域の王族の人間なのですが、本人はそんなに偉そうな態度はとりません。
波で揺れた拍子にエリックの握っていた単眼鏡は海中に落ちてしまいます。
その海の中はさまざまな生き物で溢れかえっており、ある一画では色どり豊かな人魚たちが集っていました。そしてこのアトランティカを統べるトリトン王が現れます。周囲にいる人魚は姉妹ですが、ひとり足りません。
「アリエルはどこだ」
末娘のアリエルは少し離れたところで、自由にサンゴ礁を泳いでいました。アリエルは人間の品々を集めるのが好きで、友達の魚のフランダーは心配しますが、お構いなしにアリエルは沈没船がいくつも横たわる場所へと進んで、人間のアイテムを見つけて喜びます。
そこに大きなサメが襲ってきますが、機転を利かしてサメを誘導。隙を見て逃げます。
するとカツオドリのスカットルが頭上から飛び込んできて、お喋り。トリトン王に命じられてアリエルを探しに来たカニのセバスチャンにも見つかってしまいます。
アリエルは父に「危険なことはやめろ」と怒られます。
でもそれでもアリエルの人間の世界への好奇心は抑えられません。自分だけの秘密の隠れ家には、収集してきた人間のアイテムがたくさん並んでいます。
そのとき海面で激しい光の点滅が…。どうしても確認したい気持ちを飲み込めず、つい海面に顔を出しsてしまうアリエル。その目には打ち上がる花火が映ります。船では宴が行われており、アリエルは覗いてみます。エリックが陽気に楽しんでおり、アリエルの印象に残ります。
しかし、天候は急変。大嵐の中で急いで船員は大波に備え、エリックは舵をとりますが、岩に激突。船は炎上し、海に飛び込む乗員たち。エリックは愛犬を助けるために炎の中を進み、助け出して自分も飛び込もうとしますが、揺れで気絶して海中に沈んでしまいます。
アリエルはそんな彼を浮上させ、岸へ。眠ったままのエリックに寄り添って歌を歌うと、人の気配に急いで海へ戻ります。
そんなアリエルの姿を、追放された海の魔女アースラが監視しており…。
海にも陸にも、地球共通のルーツがある
ここから『リトル・マーメイド』のネタバレありの感想本文です。
最近のディズニーはアニメーション映画の実写化の際にキャラクターの人種を変えるのは「カラー・ブラインド・キャスティング」的な感じで随分と気軽に行うようになりました。ただ、その中でも黒人表象は『ピノキオ』『ピーター・パン&ウェンディ』といい、サイドキャラクターばかりでした。なので今回の実写『リトル・マーメイド』は堂々と主役に据えてきたところに大きな意義があり、これは黒人のプリンセス・アニメーション映画として初の偉業を成し遂げた『プリンセスと魔法のキス』に匹敵する、重大な歴史のマイルストーンになったでしょう。
しかも、今作は単に黒人表象を創るだけでなく、それがルーツの物語として密接に関わっており、このあたりは非常に“リン=マニュエル・ミランダ”らしいテイストです。
今作の実写『リトル・マーメイド』では、トリトン王演じる“ハビエル・バルデム”はスペイン人(出身はカナリア諸島)ですが、アリエルの姉たち(ペルラ、カリーナ、インディラ、タミカ、マラ、カスピア)は各地の海を統治する役割があるらしく、姉妹の人種が実に多様になっています。
もちろんあの人魚族の文化に人間界の「人種」という概念はないでしょうし(だからアリエルを「黒人」と表現するのはあくまで映画を観る私たちの価値観)、なのであの人魚たちの多様性は純粋に生物多様性を象徴しているものと思われます。セバスチャンの歌う「アンダー・ザー・シー」でも多種多様な海の生き物がわんさか登場するとおり、この世界には見た目や色の違いがあって当然なのだ、と。
それは陸上の人間の世界も同じで、とくにアリエルが足が生えて人間化してからのパートで顕著ですが、この陸にも実にいろいろな人たちがいます。
そしてラストではその海の住人と陸の住人が一堂に集って、アリエルとエリックの旅立ちを見守る。この大団円が提示する事実はひとつ。海の世界も陸の世界も違っているようで実は同じだということ。多様性があるという共通点です。
本作のルーツはよくある人種や民族に依存するものではなく(人魚のアフリカ起源は『ナニー』でも描かれるけど)、もっと大局的な「地球そのもののルーツ」に立ち返るような寓話であり、つまり「地球の生き物は多様なんだ」ということです。
恋愛の有毒さをいかに薄めるか
このように実写『リトル・マーメイド』は地球根源的なルーツの話を物語の主軸にしたところが、主人公のキャスティング以上の最大の改変ポイントだったと思うのですが、となると問題はロマンスをどうするか…です。
元のアニメーション映画ではロマンスが軸にあって、アリエルが人間の世界に恋い焦がれる気持ちと重なる仕掛けになっていました。それゆえに異様に恋愛伴侶規範的で、「女の幸せは恋だ」と押し付けがましい感じの推進力がある物語にもなってしまい、それが元のアニメーション映画では根本的な欠点としてよく指摘されてきました。
実写『リトル・マーメイド』はそれらの批判は作り手も重々理解しているようで、全てにテコ入れを施しています。
例えば、一番の違いはアリエルの動機が「人間の世界を知りたい」に一本化されていることで、恋愛と混同しません。エリックも冒険好きとなっており、同じ趣味&目標を持つ者同士で意気投合した男女…みたいなカップリングになっています。
「声を失う」という展開もアースラがリスクを隠したことになっており、「キスすれば良し」という仕掛けもその記憶を失うことでそんなに強制力が生じず、セバスチャンたちも自然にロマンチックなシチュエーションを作ることに専念しています。これによって「犠牲を払ってでも恋をすべき」とか「性的同意の軽視」みたいな元のアニメーション映画にあった問題点はだいぶ軽減されました。
そのぶん、アースラの極悪さが増した感じもしますけどね。
あと、アリエルの年齢が上がった(たぶん18歳かな?)ことで、未成年交際な雰囲気も解消され、それこそ今の子どもたちに安心して見せられる作品にはなったかなと思います。
そう言えば、今回の人魚、貝のブラジャーをしてなくて胸が鱗のようなものに覆われているんですよね。衣装デザイナーの“コリーン・アトウッド”としては「魚っぽく」したかったようですけど、セクシーさを誇張しない点でも良かったのではないでしょうか(でも男性の人魚は胸丸出しなんだけど…)。
今の時代だからこそドラァグは惜しかった
そんなきめ細かな改良を加えている実写『リトル・マーメイド』ですが、なおも気になる点もあります。
これは昨今のディズニー実写映画共通の問題ですけど、動物キャラクターをフォトリアルで実在感ありに見せるのはかなり今回も苦労していますね。カニのセバスチャンはわりと頑張っている方だと思うのですけど、鳥(今作ではカモメからカツオドリに変更している)のスカットルと共存している光景は、やっぱり疑問が浮かびますよ。鳥に魚や甲殻類は食べられるんじゃないか、と…。
でも“オークワフィナ”のスカットルと、“ダヴィード・ディグス”のセバスチャンの、ラップスタイルの歌の掛け合いは最高でしたし、あれはあれで楽しかったですけどね。
また、“ハリー・ベイリー”のキャスティングは大好評でしたが、アースラに“メリッサ・マッカーシー”を起用したのはやや賛否割れる引き金になりました。もともとこのアースラというキャラクターは元のアニメーション映画の企画時点からドラァグクイーンの“ディヴァイン”に着想を得ているのは有名な話で、なので今回の実写化でもドラァグの人を起用するのがいいのではないかという声もありました。
“メリッサ・マッカーシー”も実はドラァグと縁があります。彼女の本当に初期のキャリアでは「Miss Y」というドラァグクイーンを演じていました(PinkNews)。
けれども、この反トランスのバックラッシュの最中、ただでさえドラァグへの差別が吹き荒れている時代、だからこそあえてドラァグを起用していればと思ってしまうのは無理もない話です。となればアースラも単なるヴィラン以上の役割として改変する余地が生まれるだろうし…。
他にも、人種差別、とくに奴隷制度の歴史を描いていないことにも一部で批判の声があります(The Mary Sue)。これに関しては当事者間でも意見が分かれるところではあり、『ブラックパンサー ワカンダ・フォーエバー』ならまだしも、『リトル・マーメイド』のようなファンタジー世界に現実要素をどこまで反映し、それが特定の人種表象のバラエティをどう広げる(もしくは狭めるか)、議論はあると思います。
さらに今回の実写『リトル・マーメイド』においても、異性愛規範や恋愛伴侶規範は依然として残っていますし、ディサビリティの問題もあります。
それでも今作の実写『リトル・マーメイド』は、やたら量産される実写化に陳腐さを感じていた中において、「これは挑戦する価値があったな」と思わせる出来栄えであり、ディズニーはこの創作体験を忘れず、これを新たな始まりとして次に繋げていってほしいところです。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 67% Audience 94%
IMDb
7.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
ディズニーのアニメーションを実写映画化した作品の感想記事です。
・『ピーター・パン&ウェンディ』
・『ピノキオ』
・『アラジン』
作品ポスター・画像 (C)2023 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved. リトルマーメイド
以上、『リトル・マーメイド』の感想でした。
The Little Mermaid (2023) [Japanese Review] 『リトル・マーメイド』考察・評価レビュー