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ドラマ『真夜中のミサ Midnight Mass』感想(ネタバレ)…コロナ禍の私たちを投影する傑作

真夜中のミサ

コロナ禍の中であなたは何を信じて生きましたか?…ドラマシリーズ『真夜中のミサ』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Midnight Mass
製作国:アメリカ(2021年)
シーズン1:2021年にNetflixで配信
原案:マイク・フラナガン

動物虐待描写

真夜中のミサ

真夜中のミサ

『真夜中のミサ』あらすじ

人口120人程度しかいない小さなクロケット島では今日も住民がいつもどおりの生活をしていた。しかし、以前の神父の代理で新しい神父が島に移住してきたことを契機に状況が少しずつ変わり始める。神父の力強い熱弁と奇跡を目にした島民たちはどんどんと教会に通うようになっていく。その中、ある大きな過ちによって他人の命を殺めてしまったひとりの男は信仰を疑い、生きる価値を見失っていたが…。

『真夜中のミサ』感想(ネタバレなし)

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マイク・フラナガン監督史上最高の一作

いきなりですが“マイク・フラナガン”監督の話をしましょう。

“マイク・フラナガン”は1978年にマサチューセッツ州のセイラムで生まれました。あの魔女狩りの地として有名なセイラムというあたりで、すでに雰囲気がでてますね。実際、“マイク・フラナガン”がホラーなどに興味を持ったきっかけはこの出身地のいわくつきの歴史が一因のようです。

メリーランド州に移り住み、文学と演劇を学びます。そこで自主映画を撮り始めるのですが、当時はホラーではなくメロドラマを手がけていたそうです。

そして2003年に『Ghosts of Hamilton Street』という映画を製作。スピリチュアルなストーリーの本作はまだ“マイク・フラナガン”のホラー・クリエイターとしての素質が遠慮している感じがあります。

しかし、続いて2006年に撮った短編『Oculus: Chapter 3 – The Man with the Plan』。これが“マイク・フラナガン”の方向性を大きく決定づけたと言えるかもしれません。この短編が2013年に『オキュラス/怨霊鏡』として長編映画リメイク。新しいホラー監督の登場として歓迎されていきます。

私が“マイク・フラナガン”監督を知ったのは2016年の『サイレンス』という映画でした。この監督作もまた独特で、聴覚障がいの女性が殺人鬼に狙われていく姿を斬新に描きだし、演出含めて見事なセンスを発揮。

その後も『ソムニア 悪夢の少年』『ウィジャ ビギニング 呪い襲い殺す』『ジェラルドのゲーム』と次々とホラーを産み出し、2018年にはドラマ『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス』にも参加。

2019年にはあの『シャイニング』の続編である『ドクター・スリープ』を巧みなプロットで成功させています。

今やホラー映像作品界隈で最も信頼感のある脂の乗ったクリエイターになっています。

そんな“マイク・フラナガン”監督、実はずっと温めていた物語があったそうで、ついにそれが映像化することになりました。それが本作『真夜中のミサ』というドラマシリーズです。

結論から言って、この『真夜中のミサ』、“マイク・フラナガン”監督史上最高の一作であり、私も2021年の傑作のひとつだと個人的に思えたくらいに堪能できました。まんまと“マイク・フラナガン”監督にやられてしまいましたね。

物語はアメリカの小さな島が舞台。人口もわずかのこの島に罪を背負って出所したばかりの男が里帰りしてきます。同時にひとりの神父もやってきます。それを始点にこの島で罪悪と赦しがドロドロと入り乱れるおぞましいことになっていく…という、ざっくり説明するとそんな感じ。ホラーではあるのですが、どういうタイプのホラーなのかは言うとネタバレになって面白くないので口を閉じておきます。ミステリー要素も強いので1話1話と観ていくごとに衝撃を受けることになるでしょう。

また、コロナ禍の私たちを投影するような内容であるとも解釈できるのですが、そのへんは後半の感想で。

ちなみにこの『真夜中のミサ』(原題は「Midnight Mass」)、『サイレンス』の主人公が書いていた小説のタイトルと同じなんですね。

俳優陣は群像劇スタイルなので多めです。『ラストスタンド』の“ザック・ギルフォード”、『サイレンス』など“マイク・フラナガン”監督作常連の“ケイト・シーゲル”、『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス』の“サマンサ・スローヤン”、『X-ファイル』の“アナベス・ギッシュ”、『ドクター・スリープ』の“アレックス・エッソー”、『バイバイマン』の“マイケル・トルッコ”、ドラマ『レギオン』の“ハミッシュ・リンクレイター”、ドラマ『iゾンビ』の“ラフル・コーリ”など。俳優たちのコラボレーションによる名演はたっぷり楽しめるのは間違いありません。

『真夜中のミサ』はミニシリーズで全7話の毎話60~70分ほど。Netflixオリジナルで独占配信されていますが、見始めると続きが気になって一気に鑑賞してしまうかもしれませんね。

なお、作中で猫が殺されます。でもその猫の死も意表をつくような映像を見せてきますよ。

オススメ度のチェック

ひとり5.0:2021年の見逃せない傑作
友人5.0:ジャンル好きは必見
恋人4.5:相手を大切にしたくなる
キッズ3.5:凄惨な暴力的描写あり
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『真夜中のミサ』予告動画

Midnight Mass | Official Trailer | Netflix
↓ここからネタバレが含まれます↓

『真夜中のミサ』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(序盤):それはやってきた

夜の野外。ライリー・フリンは茫然としていました。目の前には心臓マッサージされる女性。しかし処置も虚しく亡くなります。その死の顔が記憶に焼き付いたまま、ライリーは裁判を迎えます。交通事故でした。自分は飲酒運転をしており、罪は明らかです。懲役4年から10年が宣告されます。

4年後。人口127人のクロケット島。本土まで50キロの距離にあります。ここに暮らすフリン家のウォーレン・フリンは父エドと母アニーと一緒に家で食事。明日は兄のライリーが久々に帰ってくる予定でしたが、ウォーレンは複雑です。今日は友人とともに島の唯一の出入り手段となる船の発着場まで行き、その後に村長ウェイドの娘である車椅子のリーザに話しかけたりしつつ、1日を過ごします。リーザは酔っぱらいのジョーに猟銃で誤射されて脊髄損傷で車椅子生活になりました。

夜になるとウォーレンは友人2人と小舟でアッパーズという島から少し離れた小さな小島に上陸。友人のひとりであるアリは最近来たばかりで、人種的なせいもあってやや馴染むのに苦労しています。アリの父ハッサンは保安官でムスリムです。3人はこの野良猫が多いアッパーズで大人に隠れてアルコールやドラッグで楽しむのでした。ウォーレンは近くをライトで照らすと何かがいた気がしてびっくりします。

翌日、ライリーが故郷であるこの島に帰還。母のアニーが出迎えます。久しぶりに島の近況を知るライリー。漁頼みな島はタンカー事故もあったせいで人口が激減しています。新顔は少なく、エリン・グリーンが島の教師として戻ってきており、妊娠しているようです。島の診療所では認知症のミリー(ミルドレッド)に代わってその娘のサラが島民の健康を診ています。

島には聖パトリック教会があり、住人の心の支えになっていました。「教会に行く気はない」とライリーは言いますが、父エドは「あんなことをしでかしたのにここでのうのうと…明日は教会に来い」と命じます。

この島にとっては顔なじみのプルーイット司祭は巡行に出ていましたが、今日帰ってくる予定。しかし、教会に尽力してきたベヴァリー・キーンが司祭の家に行くと、そこには見慣れない大きな箱ある人が…。

次の日、礼拝に現れたのは見知らぬ司祭、ポール・ヒルです。司祭は急病で本土で療養しているそうで、しばらくはこの新しい司祭が仕事をしてくれるのだとか。ライリーは聖体拝領のときも席で生気がないように座っています。

それが終わり、ライリーはエリンと会話。ライリーは金融関係の仕事で儲けていたそうですが、あの事故で人生は一変。「今は目的も何もない、ただ生きてるだけ、生きる資格もないのに」と自傷的に語ります。

その夜、島に大嵐が直撃。みんなは家でじっと過ごします。しかし、ライリーは浜辺でプルーイット司祭を見かけた気がしました。本土にいるはずであり得ないのですが…。

翌朝、ライリーは浜辺にいつもとは違うように群がるカモメを目にします。そして、驚くべき光景が目のまえに…。浜辺には大量の猫の死体。アッパーズから流れてきたのか。でもなぜ…。

島の異変はここから始まる…。

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みんな怪しく思えてくる

『真夜中のミサ』は第1話から異様に不気味なスロースタートです。島の住人として登場人物が1話からたくさん登場するのですが、みんな怪しく思えてきます。

そして1話1話それぞれで毎回エンディングに強烈なショッキングなオチを持ってきて、物語の展開を揺さぶってきます。“マイク・フラナガン”監督はプロット構成が非常に巧みなのですが、今作はそれが毎話のように捻ってくるので視聴者は翻弄されまくりです。

第1話は猫の死骸の大量打ち上げ。魚やイルカは聞くけど、猫はちょっと…という信じられない光景。これは自然現象なのか、人間の業ではないけど…。こうして不吉さな開幕が告げられます。

次に第2話で、トレーラーハウスで暮らすジョーの犬パイクが突然死するなど、不吉さがやはりここでも継続して悪化していくのかと思いきや、なんと最後はリーザが再び歩けるようになる奇跡が…

そして第3話。ついに核心に迫る真実が語られ出します。多くの人はあの新しい司祭ポール・ヒルが絶対に黒幕だと思うはず。すごい胡散臭いですもんね。“ハミッシュ・リンクレイター”の演技も凄まじいです。

ところがこの胡散臭いとかいう次元ではありませんでした。その正体は実は巡行に出ていて認知症で苦しんでいたプルーイット司祭が“何か”と接触したことで若返った姿だった!…という衝撃の展開。その“何か”は箱に入れて島に連れ込んできているのですが、そいつは司祭は「天使」だと語りますが、どう考えても「悪魔」に見えます。というか血を飲んでいる習性から「吸血鬼」のようです。

つまり本作は吸血鬼ホラーなのでした。

この『真夜中のミサ』、スティーヴン・キングの「呪われた町(’Salem’s Lot)」という小説に類似しており、おそらく吸血鬼ホラーとしての土台はその作品から持ち込まれているのだと思います。

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アイツから与えられる皮肉な赦しと救い

『真夜中のミサ』の舞台の島では住民たちは「あの司祭のおかげで奇跡が起きている!」としだいに信仰が拡散していくわけですが、実際のところは悪魔的な吸血鬼への依存を深めていってしまっているという皮肉な展開です。礼拝のたびにあの吸血鬼の血を聖体拝領というかたちで飲まされており、自分の身体が気づかぬうちに吸血鬼化していく…。

もともと保守的な地域ですからこういう信仰的な地盤は強いはず。あのベヴァリー・キーンに丸投げしてしまうくらいですからね。ベヴァリー・キーンの狂信っぷりは悪いお手本のようでもありました。終盤の惨劇は本当にゾッとする。さすがセイラム出身の“マイク・フラナガン”監督、魔女狩り的な宗教のグロテスクさを描かせたら右に出る者はいないかも。

一方で『真夜中のミサ』を「だから宗教って怖いよね~」と冷笑的に信仰を小馬鹿にして見るのはやっぱり違うとも思います。本作は「でもやはり信仰は人を救える」という側面も描き出しているからです。

皮肉なことではあるのですが、悪魔的な吸血鬼によってもたらされたかりそめの奇跡が、代償をともなう偽りであっても住民の何人かを救っているんですよね。

例えば、再び歩けるようになったリーザは自分をこんな目にさせたジョーへの怒りをぶちまけつつ、それでも赦すという選択によって人生自体も前に進めるようになります。ジョーもまた罪悪感とどう向き合えばいいかわからなかったのですが、結果的にアルコールに頼らない自分を見い出すことができます。体調悪化で明らかに“男らしさ”的な自尊心を失っていたライリーの父エドは回復によって妻や息子たちとの関係を見つめ直すチャンスを得ました。年齢が急激に若返っていったサラの母のミリーはこの島の脅威を見抜くきっかけのひとつをもたらし、ある意味では島全体の全滅を救います。

また、エリンは交際していた男によって傷つき、妊娠という負担まで抱えることになっていた立場でした。保守的な環境ですから中絶もできないでしょう。しかし、吸血鬼の血のせいで非意図的ながら中絶が達成できたのと同じ状況になります。本作のエリンの葛藤はまさに中絶に直面する女性そのものです。

そしてライリー。彼の罪悪は語るまでもないですが、その自分は赦されるのだろうかという苦悩。その最期となる第5話の日の出とともに燃え尽きる姿。あそこのエリンの絶叫と同時に、でもきっとライリー本人は納得した結末を迎えたという一面もあって、音楽の使い方も相まって素晴らしい名シーンになっていました。

本作の最終話で全てを悟って日の出を迎える人々はそれぞれの信じる者を最後は頼ります。別に宗教でなくてもいい(私も無神論者です)。でも人は何かを信じないと生きていけない。何でもいい。人でも愛でも物でも。自分を破滅させるのではない、自分を豊かにさせるものを見つけること。その尊さをラストには見せてくれました。

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コロナ禍に痛感したコミュニティの大切さ

『真夜中のミサ』を観ていると、コロナ禍に直面した私たちに重なるものが多いことに気づかされます。

得体のしれない恐怖の広がりに困惑し、パニックを起こしていく。そしてデマや陰謀論に狂信していき、周りを巻きこんだり、人間関係を壊していく者もいる。

どれもコロナ禍で経験したことのはずです。自分の近くにいるのは、作中のサラのようにどんな状況でも科学的な思考を忘れない信用できる人間なのか(イグナッツ・ゼンメルワイスのエピソードはすごく今の感染症テーマに重なります)、それともベヴァリーのように根拠なき妄信で支配をしていく人間なのか。それはその人の生存に大きく関わることだということも。

とくにコミュニティの大切さですよね。あなたのまわりにどんな人がいるのか、その人に何をしてあげられるのか。それによってコミュニティは良いものにも悪いものにも姿を変化する

ラスト、ボートの上のリーザは足の感覚がないと呟きますが、でも怖そうではない。それは頼れる人がそばにいるからであり、決して絶望への逆戻りではない(このへんのオチは『サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ』にも通じる)。

コロナ禍の最中に撮られた『真夜中のミサ』は“マイク・フラナガン”監督なりの導きの啓示でした。

『真夜中のミサ』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 89% Audience 74%
IMDb
7.9 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
9.0

作品ポスター・画像 (C)Netflix ミッドナイト・マス

以上、『真夜中のミサ』の感想でした。