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『メタモルフォーゼの縁側』感想(ネタバレ)…ファンダムの温かさにポカポカする

メタモルフォーゼの縁側

ファンダムの温かさにポカポカする…映画『メタモルフォーゼの縁側』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

英題:BL Metamorphosis
製作国:日本(2022年)
日本公開日:2022年6月17日
監督:狩山俊輔

メタモルフォーゼの縁側

めたもるふぉーぜのえんがわ
メタモルフォーゼの縁側

『メタモルフォーゼの縁側』あらすじ

親にも友達にも言えずに毎晩こっそりBL漫画を楽しんでいる17歳の女子高生・うららと、夫に先立たれ孤独に暮らす75歳の老婦人・雪。ある日、うららがアルバイトする本屋に雪がやって来る。美しい表紙に惹かれてBL漫画を手に取った雪は、初めて覗く世界に驚きつつも、男の子たちが繰り広げる恋物語に魅了される。BL漫画の話題で意気投合したうららと雪は、雪の家の縁側で一緒に漫画を読んでは語り合うようになるが…。

『メタモルフォーゼの縁側』感想(ネタバレなし)

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ファンダムの有害性に疲れた心を癒す

「トキシック・ファンダム(toxic fandom)」という言葉を知っていますか?

「ファンダム」というのは、何かの作品やジャンルを軸に寄り集まるファンのコミュニティを指しますが、トキシック・ファンダムとはその名の意味するとおり、有害なファンダムのことです。

具体的には、ファン対象にしていた人が自分の気に入らない行動をとったときに脅迫をするとか、はたまた自分のお気に入りの作品とはライバル関係にある作品をこき下ろすために誹謗中傷するとか、さらには作品にマイノリティな人種やLGBTQのキャラが登場したときにレビュー爆撃して評価を不当に下げようとするとか、自身のエゴのために犯罪や不正行為さえも厭わない…そんな風上にも置けない最低なファンのことです。

このようなトキシック・ファンダムの存在は、業界にとって非常にマイナスです。そして残念ながらインターネットの闇を吸収しているせいか近年はそんなトキシック・ファンダムの悪化が顕著であり、ファンダム界隈でも社会問題となっています。

私も基本的には大なり小なり何かしらのファンダムに属しているような人間ですが、こういう有害なファンダムの一面を見てしまうと、すっごく嫌な気分になりますし、ファンでいることも恥ずかしくなったりすることもあります

やっぱりファンダムは良いものであってほしい。いつもそう願ってはいるのですが…。

そんなファンダムの有害性ばかりが目に付く昨今、あらためてファンダムの本来の善良性というものに向き合わせ、理想を見せてくれる、優しい映画が2022年に公開されました。

それが本作『メタモルフォーゼの縁側』です。

本作は“鶴谷香央理”による2017年から「コミックNewtype」で連載された漫画が原作です。中身は、ひとりの17歳の女子高校生とひとりの75歳の老婦人が、BL(ボーイズラブ)の漫画を通して交流を深めていくという物語。

オタク文化に熱中する人たちを描く映画は日本でも海外でもいくつもありましたが(2022年なら『私ときどきレッサーパンダ』とか)、女子高校生と高齢女性という組み合わせは異色です。『メタモルフォーゼの縁側』の場合は58歳の年の差。一般的に高校生は家族でもないかぎり高齢者の生活圏と実感として重なることがそうそうありません。同じ街に住んでいても空間を一時共にしていても完全に別世界です。そんなジェネレーションギャップなんて概念すらもいともたやすく飛び越えて一緒のものに夢中になる。これぞファンダムですよ。

また、女子高校生と高齢女性ということで、女性を主体にしてファンダムを描いているのも新鮮です。どうしてもオタク文化は男性のものという先入観が依然として凝り固まっています。その中でファンダムに属する女性を素直に描く…『メタモルフォーゼの縁側』にはそんな当たり前の風景がそこにあります。

『メタモルフォーゼの縁側』を観ていると「そうそう、ファンダムってこうあるべきものだったよね」と今までの有害なファンダムの振る舞いに荒んでしまった自分の心が浄化される気分…。

俳優陣もとてもいいです。主役のひとりである女子高校生を演じるのは、“芦田愛菜”。2020年の『星の子』といい、俳優として仕事を再本格化させ、かなり独自のポテンシャルを発揮しており、これは今後も素晴らしい活躍に期待できそうです。『メタモルフォーゼの縁側』も、“芦田愛菜”の飾らない存在感あってこそですから。

その“芦田愛菜”と共演するのは、『キネマの神様』の“宮本信子”。“芦田愛菜”とは2011年の『阪急電車 片道15分の奇跡』で共演して以来だそうです。“宮本信子”本人もBLが何なのか全然知らなかったそうで、役柄とシンクロしているせいか、これまた自然に溶け込んでいます。

この2人、年齢は思いっきり離れていますけど、“芦田愛菜”も若いながらキャリアの年数は相当あるので、ものすごく安定感がありますね。

他の出演者としては、アイドル「なにわ男子」のメンバーである“高橋恭平”、『偶然と想像』の“古川琴音”、これが映画初出演となる“汐谷友希”、『やがて海へと届く』の“光石研”など。

『メタモルフォーゼの縁側』を監督するのは、『青くて痛くて脆い』の“狩山俊輔”。脚本は、『世界から猫が消えたなら』『8年越しの花嫁 奇跡の実話』『余命10年』の“岡田惠和”

BL漫画を題材にしてはいますが、描かれていることはあらゆるファンダムに通じるテーマです。本作を鑑賞して、ファンダムの理想を思い出してみませんか。

なお、作中でBLや同性愛を直接的に咎めるようなシーンは基本的にありません。

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『メタモルフォーゼの縁側』を観る前のQ&A

✔『メタモルフォーゼの縁側』の見どころ
★ファンダムの理想を優しく描いてくれる。
★趣味に対する劣等感を払拭し、一歩進む勇気を与える。
✔『メタモルフォーゼの縁側』の欠点
☆最小限のミニマムなBL文化のみが描かれている。

オススメ度のチェック

ひとり 4.0:心温まる良作
友人 4.0:趣味の通じる仲間と
恋人 4.0:素直に話せる相手と
キッズ 3.5:趣味に自信を持って
↓ここからネタバレが含まれます↓

『メタモルフォーゼの縁側』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):あなたも好きなの?

炎天下、ひとりの高齢女性が冷房の効いた書店に駆け込み、その涼しさにホッとひと安心します。市野井雪は、本屋の店員に料理の本の場所を聞きますが、ここではないようで移動。そのとき、ふと自分では絶対に足を運ばない漫画コーナーで足をとめ、綺麗な表紙の漫画を手にします。

書店でレジを担当していた17歳の佐山うららは、客の高齢女性がだしてきた本に思わず「え?」と一旦手を止めそうになります。でもおカネをもらい、本を手渡します。「カバーをおかけしますか?」と聞くも「結構です」と淡々とその高齢女性、市野井雪は答えて店を後にしました。

帰宅した市野井雪は仏壇に手を合わせ、家では寂しくひとりで食事。同じく帰宅した佐山うららも親は夜まで仕事なので冷蔵庫の中のものをつまみます。

風呂から上がった佐山うららは自分の部屋の机の下の段ボール箱を取り出します。そこに大事にしまっていたのはたくさんのBL本。そこにはあの高齢女性が買っていた、“コメダ優”作の「君のことだけ見ていたい」という漫画もありました。

市野井雪も寝る前に思い出したかのように買ってきたあの本を眼鏡をかけてじっくり読み始めます。そこには男子高校生同士たちが恋をし合い、キスをする物語が描かれていました。市野井雪は展開に驚きながらも夢中で読みます。

翌朝、佐山うららはBL本を出しっぱなしで寝ていたのに気づき、急いで片付け、登校します。学校では他の女子たちには混ざれず、同じ団地の幼馴染の男子の河村紡が気楽に話しかけてきます。

市野井雪はあの本を気に入り、2巻目もさっそく買ってきます。2巻では小学生時代が描かれていました。

佐山うららは書店で「これの続きはありますか?」と市野井雪に話しかけられ、在庫を調べますが、気になって目線が泳ぎます。「在庫切れみたいです」と言うと、心底がっかりした様子でしたが「注文ってできますか?」と聞いてきて急いで対応します。

市野井雪が家にいると本屋から電話。書店で念願の3巻を手に取り、ワクワクを抑えられません。

「つかのことお聞きするけど、こういうのって流行っているの? 男同士のって? 初めて読んだのだけど、応援したくなっちゃうのよ。いい年して恥ずかしいけど」と店員の佐山うららに質問。佐山うららも思わず「3巻もとてもいいので」と答えてしまい、「あなたも好きなの?」と市野井雪も乗り気に。「今日、何時までお仕事? ずっと誰かと漫画の話をしたかったの」と言われ…。

その後、喫茶店で対面する2人。緊張の佐山うららでしたが、市野井雪はマイペース。「BLって言うんでしょ、ボーイズラブ。可愛い響きよね」とひとめも気にせずに堂々と語ります。佐山うららは黙って聞いており、ウェイターが机に来たとき、思わず本を隠してしまいます。

別れ際に「わたし、全然話できなくてすみませんでした。嬉しかったです。誰かと漫画の話をしたかったです」と佐山うららは丁寧に告げると、「じゃあ、これを読んだら連絡していい?」と市野井雪と連絡先を交換することに。

こうして2人は友人になりました。BLの趣味を通して…。

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趣味を自由に謳歌できない女性だからこそ

BLを基点とする交流モノと言えば、邦画では『彼女が好きなものは』がありましたが、あちらはBL好きの女子高校生と同性愛者である男子高校生の話で、物語の方向性もあくまで同性愛差別を描く方向にシフトしていました。

対するこの『メタモルフォーゼの縁側』は同性愛ではなく、あくまでファンダムを描くことに主眼があります。もっと言えば、別にBLである必要もそんなにありません。たぶん、ホラー映画とか、ギターとか、甲虫標本とか、要はマニアックなオタクっぽさのある趣味なら何でも代わりに当てはめることができるのではないでしょうか。

しかし、本作の主人公を女性から男性に容易に反転することはできないとも思います。なぜならそこには非対称の構造があるからです。

女性がファンダムに身を投じることは時に男性とは異なる困難をともないます。風当たりが男性以上に冷たかったり、安全なファンダムの居場所が用意されていなかったりするので…。

本作では佐山うららはBLという趣味を周囲に頑なに隠しています。これはホモフォビアな動機ではなく、やはり女性がマニアックな趣味を持つことへの居心地の悪さがあることは無視できないでしょう。根はかなり良い子そうですし、世間的には品行方正な女子としてサバイブしているはずの佐山うらら。このままだとそのまま保守的に理想とされる女性像を必死に纏っていきそうです。

また、市野井雪も日本で長年を生きてきた女性が受けてきた「趣味を自由に謳歌できない圧力」を滲ませます。おそらく市野井雪も家父長制の中で“良妻賢母”として振舞ってきたはず。市野井雪が昔話で貸本屋で漫画を手に入れたエピソードを披露するとき、この高齢女性の封印してきたであろうオタク・ガールの顔がやっと再び沸き上がります。夫を失って初めてに手にした自由に戸惑いながら、趣味を楽しむことの喜びに気づいた女性の姿です。

この2人の“抑圧された”女性が互いに集うことで解放される。これぞのファンダムのシスターフッド。女性がマニアックな趣味に向き合ううえで、ファンダムはそういう連帯の力を発揮するのです。

もしこの2人が男性であれば、年の差があろうと、そこにはどうしてもトキシックなマスキュリニティを増幅しないだろうかとか、一定のリスクが想定されるので、こうはいかないでしょう。

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劣等感は捨てて、“好き”でいこう

そんなジェンダー視点でも見れつつも、『メタモルフォーゼの縁側』で描かれるファンダムの喜び、そこへと進むうえでの戸惑いと葛藤は、女性、男性、他のジェンダー、どんな人でも共通するテーマでもあります。

序盤の佐山うららの、オタクっぽさをだせばだすほどドン引きされるんじゃないかという踏み込みに躊躇する姿とか、それでも「オススメの作品は何ですか?」と聞かれたらついつい熱が入ってしまうあたりとか、私も既視感がありすぎる…。

そして中盤以降、佐山うららの物語軸にあるテーマは劣等感の克服です。印象的なのは、クラスのイケてる女子グループの橋本英莉がBLを気楽に満喫している姿を見て、つい妬ましさを感じてしまうというシーン。実にオタクっぽいひねくれ方です。素直に楽しみ合えばいいのにそれができない、“あの人”と“私”は異なるんだと線を引いてしまう…。

その闇落ちしかける佐山うららを良きメンターとしてあまりに無邪気に引っ張ってくれるのが市野井雪。創作に対する背中まで押し、このままもしBLコミュニティに参加していたら、たぶん界隈で神としてオタク・ガールたちから崇められていそうなくらいの存在感がある…。

市野井雪にはそんなにドラマチックな成長のエピソードはないように見えますが、でも高齢者が趣味を見つけるというのはそれだけで大変ですからね。『PLAN75』とか観た後だと、余計に生きがいを見つける高齢者の姿に涙してしまいます。

あと『メタモルフォーゼの縁側』で地味に良かったのが、幼馴染の河村紡という男子高校生のキャラです。彼はある種の理想的な男性の振る舞いを体現していて、女性のファンダムを一切邪魔せず、変に首も突っ込まず、そっとサポートしてくれています。作中ではガールフレンドの橋本英莉が海外留学を決めて落ち込んだり、空港まで迎えに行くかで弱音を見せたり、“男らしさ”で気取らず、しっかり自分の弱さを示すのも良かったです。

もう少しBLのファンダムを包括的に描いてくれていると良かったかもしれませんが、今作はあくまでこの2人に焦点をあてるというスタンスなので、それはそれで無駄なく上手くまとまっていたので良しです。

こういう良作を観てしまうと、もっといろんなファンダムを多様な視点で描いた作品を見てみたくなりますね。「百合」作品の趣味で繋がる女性同士の物語とか、映画好き同士という共通項で結ばれるシス女性とトランス女性とか…。ファンダムの表象って本当これまで単一的なことが多かったですからね。

『メタモルフォーゼの縁側』はまだまだ語り足りていないファンダムを描く入り口になっていってほしいものです。

あと、忘れずにこのことも最後に付記しておきましょう。本作で描かれているような些細なファンダムさえも殺してしまう「インボイス制度」に反対します…と。

『メタモルフォーゼの縁側』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer –% Audience –%
IMDb
?.? / 10
シネマンドレイクの個人的評価
8.0

作品ポスター・画像 (C)2022「メタモルフォーゼの縁側」製作委員会

以上、『メタモルフォーゼの縁側』の感想でした。

BL Metamorphosis (2022) [Japanese Review] 『メタモルフォーゼの縁側』考察・評価レビュー