コンテナ・サバイバルの辿り着く先は?…Netflix映画『ノーウェア: 漂流』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:スペイン(2023年)
日本では劇場未公開:2023年にNetflixで配信
監督:アルバート・ピント
ノーウェア 漂流
のーうぇあ ひょうりゅう
『ノーウェア 漂流』あらすじ
『ノーウェア 漂流』感想(ネタバレなし)
コンテナで漂流する?
現代社会の運送に欠かせない存在…それが「輸送コンテナ」。陸海空、多くの物流でこの輸送コンテナがそれはもうたくさん活躍しています。
このうち国際的に標準化されているのが「インターモーダル・コンテナ」。コンテナリゼーション貨物輸送システムとして世界中で利用されているのもこれです。耐久性のある密閉型スチールボックスで扱いやすいのが最大の利点です。
よく大型の貨物船にこのコンテナが大量に満載されて運ばれているのを見かけますが、あの姿を見ていてふと思うことがあります。落っことさないのかな…と。
実は毎年1000個以上落ちているそうです(Cargostore Worldwide)。海上に落下して紛失しているコンテナの数は増加傾向にあるという話もあります。
そうなってくると今度は次の質問が湧いてきます。海に落ちたコンテナって浮くのだろうか…と。
この疑問の答えについては、一概に言えないようで、コンテナの中身や破損具合によって、浮くこともあれば、浮かないこともあります。そもそも輸送コンテナは雨風には耐えられますが、水没は想定していませんので、水の侵入を完全に防ぐ構造にはなっていません。それでも状況によっては数カ月も浮いていた事例もあるそうです。
あれだけゴツいコンテナがぷかぷかと海に浮いていたら、船と衝突したら損傷は避けられませんし、結構困りものですよね。回収も難しいだろうし…。なかなかに厄介な落とし物です。
今回紹介する映画はそんなコンテナが舞台になるお話。あのコンテナが舞台ってどういうこと?…という感じかもしれませんが、別に運送業者が主人公ではありません。
主人公はコンテナに隠れて密航しようとしたところ、そのコンテナが海に落下。助けもなく、海上をポツンと浮かぶコンテナにてサバイバルするハメになる…そんな極限シチュエーションのスリラーなのです。
それが本作『ノーウェア 漂流』。
これまでも海で漂流するタイプのサバイバル・スリラーはいくつも映画としてありました。たいていは『アドリフト 41日間の漂流』にせよ『喜望峰の風に乗せて』にせよ『オール・イズ・ロスト 最後の手紙』にせよ、船が遭難状態に陥って漂流していることが多いです。
一方この『ノーウェア 漂流』は何度も言っているようにコンテナなので、その漂流における過酷さがまた別次元です。海を漂う設計のない構造物で漂流しているというだけでも恐怖ですし、ろくに装備もない環境でどうやって生存するのかという状況でもあり…。しかも、まだ追い打ちをかけるような困難もあったりして…。
海上漂流映画の中でも屈指の辛さがある『ノーウェア 漂流』。閉所恐怖症の人にはあまりオススメできませんね…。私は泳げないから、海上漂流モノ自体がなんか嫌なんですけど…。
ジャンル的な面白さ以外だと、極限環境下でのサバイバルを描く映画というのは、単純に生きるか死ぬかのサスペンスを見せるだけでなく、それを通してその人の抱える人生の苦境をメタファー的に映し出していることが多々ありますが、この『ノーウェア 漂流』も背景を読み取ることができます。どういうことなのかは観てのお楽しみです(後半の感想で)。
『ノーウェア 漂流』はスペイン映画です。そこも作品理解のヒントになることでしょう。
本作の監督は、ドラマ『ペーパー・ハウス』のエピソード監督を務めた“アルバート・ピント”。脚本は“インディアナ・リスタ”という人が生み出しているようですが、これが本格的な初仕事の様子。
主人公を演じるのは、『オリーブの樹は呼んでいる』(2016年)、『Journey to a Mother’s Room』(2018年)、『That Was Life』(2020年)、『Wild Flowers』(2022年)などスペイン国内で高く評価されている“アンナ・カスティーリョ”です。基本的にこの“アンナ・カスティーリョ”の単独演技が際立つ作品ですが、さすがの実力もあって、常に緊張感のある空気を醸し出してくれます。
『ノーウェア 漂流』は「Netflix」で独占配信されている映画となっていますが、漂流モノは観客も一緒に漂流している気分を味わうのがベストなので、なるべく大きい画面で体感すると良いと思います。
『ノーウェア 漂流』を観る前のQ&A
A:Netflixでオリジナル映画として2023年9月29日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :ジャンル好きなら |
友人 | :緊張感を共有 |
恋人 | :夫婦愛要素あり |
キッズ | :やや暴力描写あり |
『ノーウェア 漂流』予告動画
『ノーウェア 漂流』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):もっと事態は悪くなる
深夜、車のバンに押し込められて多くの人がある場所に連れてこられます。見つからないように急いで誘導されたのはコンテナ置き場。高く積載されたコンテナの間を抜け、懐中電灯だけを頼りに、体が通れるギリギリの狭さを進みます。上空には警察のヘリコプター。そのライトに見つかった人は拘束されます。
そんな集団のひとりであるミアは連れの男ニコと行動し、おカネを用意するために大切な指輪さえも渡します。出国するための命懸けの旅がここから始まるのです。今は何としてもここから脱することのみを考えなくては…。
コンテナに隠れて時間が経過。中には他にも人がいます。赤ん坊さえもいます。ミアも妊娠しており、ニコと囁き合って落ち着かせます。「最悪は脱した」とニコは言い聞かせてくれます。2人でキスをして慰め合うしかこの場ではできません。
光で目が覚めます。誰かが小さな穴を開けたようです。そしてコンテナが動き出したのが振動でわかります。
ふとミアは「もしあの子が生きていたら?」と呟きます。「いや連行されて死んだよ」とニコは口にし、ミアは苦悶の表情を浮かべます。
激しい揺れ。なぜ停止したのでしょうか。緊張が高まるコンテナ内。そのとき、扉が開き、さらに大勢が乗り込んできます。みんな密航するのが目当てのようです。
武装した人が密航者が多すぎるので一部は降りろと指示し、騒動の中で扉近くにいたニコも外に出されてしまいます。
問答無用で扉は固く閉ざされ、ミアにはどうすることもできません。離れ離れです。
急いでニコに電話で連絡。後ろのコンテナに乗せられてトラックで走っているようです。
穴を覗くと、人が撃ち殺されている様子や、暴行を受ける人たちなど、酷い光景が見えました。当然、このコンテナから外に一歩でも出れば、自分も同じ目に遭うのが予想されます。
車が止まり、港でチェックを受けています。運転手は何を運んでいるのかは知りませんと言いますが、監視者は中を確認。このコンテナは二重構造になっており、密航者は壁に区切られた奥に身を潜めています。
しかし、監視者は銃まで撃ち込んで、入念に疑ってきます。もうこの奥に人がいると気づいているようです。最終通告として脅して、ひとりが観念して扉を開けます。
すると何の躊躇なく蜂の巣にされ、その場にいた全員、子どもさえも撃ち殺されました。
ただひとり、ミアだけは荷物の上に退避して息を潜めて隠れていたので、命は助かりました。そのままミアには気づかず、扉は閉められます。このコンテナにあるのは、恐怖で凍り付くミアとわずかな荷物だけ。
コンテナがクレーンで持ち上げられます。船に積まれたようです。ニコは電話に出ません。ミアは自分がどうなってしまうのか不安でパニックになっていました。
しばらくすると船は大きな揺れで傾き、嵐に突入したのがわかります。コンテナはいきなりひっくり返るように転がり、ミアは激しく打ち付けられて気絶してしまい…。
意識を取り戻すと、ミアはコンテナが浸水しているのに気づきます。穴から外を見ると、コンテナだけで海に浮かんでいました。他には何もありません。
この状態からどうすればいいというのか…。
次に難民になるのはあなただ
ここから『ノーウェア 漂流』のネタバレありの感想本文です。
『ノーウェア 漂流』は海上漂流スリラーですが、そのジャンル的な話題に入る前に、まずこの物語の背景はどうなっているのでしょうか。
冒頭から「ん?」と気づく人は気づけたと思いますが、この映画、世界観は私たちの現代そのままではありません。
どうやらスペインは(もしくは他のヨーロッパ諸国もそうなっている可能性がありますが)、全体主義国家へと様変わりしてしまったようで、国民への苛烈な弾圧が行われているのが垣間見えます。その場で撃ち殺すなど、倫理も人権も機能していません。
密航者を殺害するあの集団も、警察のようですが、でも明らかに雰囲気はもっと粗雑で、ちょっと極右の自警団組織に似ています。これらから推察するに、本作のスペインは極右政治支配下に陥ったと思われます。
これは映画ではなく実社会の話ですが、2023年時点、ヨーロッパの多くの国々では極右政党の活動が活発化しています。スペインも例外ではありません。スペインでも極右政党の政権入りはなんとか回避されていますが、反移民・反フェミニズム・反LGBTQを主張する「ボックス(VOX)」という極右政党の存在は依然として注視すべきものがあり、右派ポピュリズムの人気を支えています。
欧州極右化というシナリオは行き過ぎた懸念かもしれませんが、それを不安に思ってしまうのも無理はありません。実際、歴史的にスペインはフランコ独裁体制という迫害の時代を経験しています。ドイツ(ナチス)やイタリアの極右政権化によって、マイノリティに対する虐殺を巻き起こしながら第二次世界大戦が勃発しました。
今、大衆の中には「自分の国も極右社会になってしまうのではないか?」という恐れがあり、それは映画にも反映されています。『カールと共に』など、現代欧州極右化をプロットにした近未来歴史if作品は最近のトレンドです。
極右層は難民を嫌います。中東やアフリカからの難民は自国に有害だと言い切ります。でももし極右政権下になってしまえば、今度はその自国から難民がでるわけです。
「今度はあなたが難民になる番かもしれません」…そういう恐ろしい近未来を描いているのが、この『ノーウェア 漂流』です。
死の象徴か、未来の箱舟か
『ノーウェア 漂流』のミアとニコはそんな国から脱出するためにこの危険な密航に身を投じており、アイルランドあたりに逃げるつもりのようです(ということはあのコンテナ落下地点は北大西洋のビスケー湾あたりなのかな)。
「昨日より愛している」「でも明日以下」…そんなカップルの合言葉を愛用している姿からして2人の仲睦まじさが伝わってきますが、この2人はもう映画の始める前から悲劇を経験しています。序盤から示唆されますが、2人にはすでに子どもがいたようで、しかし、どうやらこの政治的混乱の最中で亡くなったようです。
冒頭でミアは妊娠しており、2人のこのイチかバチかの密航もこの子のためなのでしょう。次は死なせはしないと…。
結局、ミアとニコは引き裂かれ、電話でのやりとりにてニコは死亡してしまったらしい描写となっています。ミアには生まれてくるこの子しか残っていません。
ここでこのコンテナというフィールドが意味を帯びてきますが、このコンテナそのものが死の象徴です。棺桶のようですよね。事実、前半でミアの近くにあった別の浮いていたコンテナが内部に大勢の人がいると思われる中、戦慄の悲鳴と共に海に沈んでいくというショッキングなシーンがあります。あれはまるで集団を残酷に処刑しているような光景でもあり、この映画の背景にある全体主義国家の恐ろしさを視覚的に表現してみせる演出でもありました。
一方であのコンテナは新天地への旅路という希望でもあります。なんとか出産できた子どもの名前として「ノア」がつけられることからも察せるように、「ノアの箱舟」のような新時代への導きを表しているようにも思えてきます。
とは言え、とにかく生き残らないと意味がありません。ここでサバイバルものらしい面白さが発揮されます。どうやって沈まないようにするか、どうやって食事を確保するか…。あのコンテナの中にある、わずかなアイテムを使った工夫で乗り切っていく展開はサスペンスがあります。
テレビは何の役にも立たないけど、空の容器は役に立つというあたりとか、資本主義への皮肉のようでもあって興味深いです。
サバイバルものにありがちな幻覚要素は今作にもありますが、プロットをひっくり返すようなものではないので、大人しめでしたね。
それよりも動物パニックとしてはクジラが演出に参加していたのが印象深いところ。人間の敵なのか味方なのかわからない感じもまた独特な使い方で、ちっぽけな人間を相対化する効果も引き出せていたのではないかな。
赤ん坊を抱えてのサバイバルは制約が多いのでどうなるのかと思いましたが、最後の漁師による発見といい、ちゃんと赤ん坊まで上手く活かされていたので、物語は最小限構成で練り込まれていたと思います。
ジャンルとしては前述したとおり、背景に関しては読み解く必要がある余白をあえて残している作品なので、単純に「そうやって生存したのか!」とハラハラさせる史実モノのサバイバル作品とは違った姿勢で眺めることになり、そこは少し好みが分かれたかもしれません。
でもまた個性の浮かぶ映画がこのジャンルに加わったのではないでしょうか。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 50% Audience 80%
IMDb
6.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Netflix
以上、『ノーウェア 漂流』の感想でした。
Nowhere (2023) [Japanese Review] 『ノーウェア 漂流』考察・評価レビュー