感想は2100作品以上! 検索はメニューからどうぞ。

『ストレイ・ドッグ Destroyer』感想(ネタバレ)…私のケジメは自分でつける

ストレイ・ドッグ

ニコール・キッドマンの狂演!…映画『ストレイ・ドッグ』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Destroyer
製作国:アメリカ(2018年)
日本公開日:2020年10月23日
監督:カリン・クサマ

ストレイ・ドッグ

すとれいどっぐ
ストレイ・ドッグ

『ストレイ・ドッグ』あらすじ

ロサンゼルス市警の刑事であるエリン・ベルは、酒に溺れ、同僚や別れた夫、16歳の娘からも疎まれる人生を送っている。そうなったのは全てあの事件が始まりだった。17年前、FBI捜査官クリスとともに犯罪組織に潜入捜査をしていたエリンは、そこで取り返しのつかない過ちを犯して捜査に失敗し、その罪悪感にずっと苛まれていた。そして今、あの因縁と向き合うことになる。

『ストレイ・ドッグ』感想(ネタバレなし)

スポンサーリンク

ニコール・キッドマンは凄いという話

映画に出るたびに賞に輝くなんて俳優だったら夢のようなキャリアの成功です。もちろんそんな栄光はそうそう手に入るものではありません。

ところがあの女優はそれを実現させています。その人とは“ニコール・キッドマンです。

“ニコール・キッドマン”のデビューは必ずしも輝かしいものではありませんでした。というのも当時はスーパースターであるトム・クルーズの美人な妻というポジションとしてばかり取り上げられており、俳優としての実力はクローズアップされづらい状況だったからです。

しかし、夫と離婚してから急に輝きだします。実力派俳優として地位を一気に確立し、賞が降り注ぎます。最近も勢いは衰えるどころか、さらに増している気もします。2016年の『LION ライオン 25年目のただいま』、2017年の『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』『The Beguiledビガイルド 欲望のめざめ』、2018年の『ある少年の告白』、2019年の『スキャンダル』…出演すれば何かしらの賞をかっさらっていく状態です。『ザ・ゴールドフィンチ』はとくに賞もなかったですけど、まあ、あれは作品自体がイマイチな評価だったし、その中でも“ニコール・キッドマン”の演技は相変わらず抜群でしたけどね。

50歳を超えてもなおも評価を積み上げている“ニコール・キッドマン”。本当にとんでもない俳優です。

その“ニコール・キッドマン”が完全な単独主演作としてスクリーンでその凄さを見せつける映画が登場しました。それが本作『ストレイ・ドッグ』です。

原題は「Destroyer」というなんとも物騒な名前なのですが、そのタイトルに負けないまさしく破壊力溢れる“ニコール・キッドマン”が、最初から最後までずっと堪能できる作品です。本作でもその名演からゴールデングローブ賞で主演女優賞(ドラマ部門)にノミネートされました。

物語は『エンド・オブ・ウォッチ』なんかと同じ「ロス市警モノ」です。ロサンゼルス市警察に所属する“ニコール・キッドマン”演じる刑事がどんどんアンダーグラウンドに突っ込んでいくクライムサスペンスであり、ネオ・ノワールです。

題材自体はよくあるジャンル映画なのですが、この女性主人公が強烈であり、映画の冒頭から「こいつは只者じゃない…」と無言で圧倒する力があります。すっかりオオカミに睨みつけられた子羊の気分です。

この女性主人公を軸に物語がどう進むのかはその目で確かめてほしいのですが、結構トリッキーな構成もあるのでボーっと観ずに集中することをオススメします。一番大事なのはオープニングの冒頭シーンです。忘れないように。

監督は日系アメリカ人の“カリン・クサマ”です。私は恥ずかしながら“カリン・クサマ”監督の作品を2015年の『インビテーション/不吉な招待状』で初めて鑑賞し、そこから過去作も辿って観たのですが、いやはやなんともクセの強い作家性です。

まず監督デビュー作である2000年の『ガールファイト』が凄まじく、ボクシングに身を投じるティーンエイジャー女子を描く作品なのですが(主演はミシェル・ロドリゲスでこれでデビュー)、ベタな青春スポーツ映画とはわけが違います。男性優位のスポーツ業界を食いちぎってやる!と言わんばかりのアグレッシブさで、これまた圧倒させてくるのです。

今回の『ストレイ・ドッグ』も題材は違えどそのパワーは通じるものがあります。個人的には“カリン・クサマ”監督作は『ガールファイト』がベストかなと思ってましたけど、『ストレイ・ドッグ』で上書きされてしまいましたね。

『ストレイ・ドッグ』の他の出演陣は、MCUのバッキー(ウィンター・ソルジャー)でおなじみの“セバスチャン・スタン”が主人公のパートナーを演じ、『ブラッドショット』の“トビー・ケベル”が因縁の敵を熱演しています。また、主人公と激突することになる女を演じる“タチアナ・マスラニー”も要注目のカナダ出身の俳優で、今後配信予定のMCUのドラマシリーズ『She-Hulk』で主役に抜擢されたとの報道があったばかりです。

ということで監督はもちろん主役から脇役に至るまで見どころたっぷりの『ストレイ・ドッグ』。野良犬を甘く見ると痛い目に遭います。

オススメ度のチェック

ひとり ◎(強烈な映画を観るなら)
友人 ◯(俳優ファン同士で観たい)
恋人 △(バイオレンス映画が好きなら)
キッズ △(暴力描写がいっぱいです)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『ストレイ・ドッグ』感想(ネタバレあり)

スポンサーリンク

飢えた野良犬がうろついている

橋の下の車。その車の運転席に座っていた女はおもむろに目を開けて、意を決したかのように車を降りてとぼとぼ歩いていきます。たどり着いたのはテープで封鎖された殺人現場。無残な遺体があり、そばには銃。身元不明で現在調査中。

女、ロサンゼルス市警の刑事のエリン・ベルは、遺体の首の特徴的なタトゥー、そして紫に染色されたドル札を目にとめ、現場を後にします。

近くにいた他の刑事はそんなエリンにどこか近寄りがたい雰囲気があるらしく、距離をとっていました。エリンは中年になり、キャリアとしてはベテランなのですが、今はアルコールに溺れており、粗暴も悪く、職場では関わりたくない人間として認知されていました。

そんなエリンの過去を知る者はごくわずかです。実はエリンは潜入捜査官だった時期があり、かつてはサイラスという男が率いるギャングに潜伏していました。ヤバい奴らばかりの世界でしたが、エリンは持ち前の度胸でその環境に馴染んでいました。その中でもサイラスは相当に危険な奴で、倫理観もなく、仲間であっても他人をいたぶることに躊躇いがありません。

その潜伏先ではFBI捜査官のクリスも一緒に任務にあたっており、エリンはこのクリスとしだいに関係を持ち、愛を育んでいき、妊娠するようになります。ところがギャングが銀行強盗をした際に、クリスは大きな過ちを犯し、2人の人生の重なりはそこで途絶えます。

今はエリンの娘・シェルビーは16歳になりましたが、自分とはすっかり疎遠になっており、養父であるイーサンのもとで暮らしています。シェルビーは泥酔する乱暴な母にはうんざりしており、年上の男との交際に夢中な様子。もちろんエリンはそれを許すはずもありません。その娘のカレシと公共の場でも平然と揉み合い、未成年の娘を相手にしている糞なバーだと罵ってやりたい放題です。

そんなエリンの自堕落に沈んでいく人生にも終止符を打つ時がきました。あの因縁のサイラスがまた戻ってきたらしい。そんな情報を聞きつけて黙っているわけにはいきません。

エリンは勝手に独自行動をとり、どこかにいるであろうサイラスを見つけ出すべく、自力で捜査をしていきます。まずはかつてのあのギャングの関係者を探し、情報をどんな手段を使ってでも聞きだします。

アルトゥーロからディフランコの居場所を聞き出し、次にディフランコを問い詰めます。その場では手痛い攻撃を受けることもありましたが、それで服従するエリンではありません。容赦なく反撃し、ディフランコに銃を突きつけ、必要な情報を吐かせます。

最重要人物はサイラスのガールフレンドであったペトラです。この女の居所を特定し、追跡していると、銀行強盗の現場に遭遇。エリンは銃を手に、強盗を躊躇なく撃ち殺し、逃げるペトラを追い詰めてボコボコにします。そして同僚の警察にはテキトーに嘘で指示して振り払いつつ、ペトラを独断で監禁。

それはもはや警察としての正義のためではありません。自分自身のケジメのため。過去と向き合うため。

エリンは最後の仕事に取りかかることに…。

スポンサーリンク

ただの女性主人公ではなく…

『ストレイ・ドッグ』はジャンルとしてはクライムサスペンス。ただ、この男性向けと今でも思われているジャンルの中で、女性が主人公になる映画は珍しいです。

しかし、本作は単に主人公を女性にしたというだけにとどまりません。キャラクターとしての立ち回りが全然違っています。例えば、女性主人公のクライムサスペンスと言えば、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『ボーダーライン』(2015年)がありました。けれどもあれは女性主人公がアンダーグラウンドな世界に振り回されて、翻弄されっぱなしであり、結局は女性として極めて受け身で弱い存在として描かれていました。

一方、この『ストレイ・ドッグ』の“ニコール・キッドマン”演じる女刑事は、完全に自分が主体となってこのアンダーグラウンドに食らいついています。もちろんこの闇深い世界を支配することはできませんし、悪戦苦闘しながらの結果なのですが、それでも振り回されてなるものかとその噛みついた相手を放しません
おそらく作中のエリンは人生の決定的な転機となった銀行強盗の事件以降、ずっとこの宿命を背負い続け、虎視眈々と狙っていたはずです。そこには「女=闇に翻弄される存在」というレッテルからの脱却という意味もあったでしょう。

また、こういうノワールでは女性キャラクターはいわゆる「ファム・ファタール」として描かれる側面もあります。知らず知らずのうちに周囲の男をダメにしていく女性のことです。

実際に潜入中のエリンはこの頃から只者ではない貫禄がありましたが、同時にまだ煌びやかな生気を放っており、愛するパートナーであるクリスと人生を満喫する余裕がありました。この幸せな時間は純粋なものです。その愛ゆえにある種の破滅を生んでしまったともとれる展開が待っています。

そう考えるとエリンはファム・ファタールまっしぐらだったのですが、やはりここでもあの事件以降、そのイメージから脱却を図るようにエリンは動いていきます。

スポンサーリンク

背負わされたものを捨てて

さらに、エリンは「母」としての重責も背負っていくことになります。しかも、あの娘の存在はエリンにとってクリスの悲劇を思い出せるものであり、一種の罪の証でもあるわけです。

なのでその子育てはただごとではなかったはずです。終盤でちらっと映る、雪道を幼い娘を背負って進む姿がまさにそれを表している感じでした(完全に刑罰として大きな石を運ばされているときの顔です)。私にとっての子育てというのは世間一般が思っているようなものとは違うんだ…という。

私が本作を観ていていいなと思ったのはこの母親像の描写です。どうしても(とくに邦画では)母親を描こうとするとステレオタイプな母性を土台にした作品が目立っていたと思うのです。女性は子育ての責任を負うのは当然であるとか、女なので弱い存在だから結局は自分では何もできないとか、感情的になるばかりで理性的に考えることはできないとか…。

しかし、『ストレイ・ドッグ』のエリンはその母親像の固定観念を覆し、完全に独自化しようとしています。

娘への愛がないわけではありません。作中でも「愛している」と別れ際に想いを込めて呟いています。でも私はあなたの母としての役割からは卒業する。そういう決意でもあるシーンでしたね。

つまり、「女性刑事」という職業イメージからも、「ファム・ファタール」という物語構造からも、「母」というジェンダーロールからも、全てから抜けだそうとする姿です。これらは全部が自分に勝手に背負わされたものだから…。

本作は特殊な時間軸構成で、冒頭のシーンがエンディングと繋がります。要するにそれまでのシーンは過去であり、ちょっと前の過去(現在のシーンに見えるもの)ともっと昔の過去(フラッシュバックというかたちで断片的に描かれるもの)のシーンが交互に流れていただけです。

ラストでは重傷を負ったエリンが車の中でそっと佇むところで終わります。あの傷ですから息絶えるのでしょうか。でもそこまで暗いシーンには見えません。事実、エリンの乗る橋の下の車に日光がスッと差し込む演出があり、まるで天に昇っていくような、もっと言えば生まれ変わるような印象にも感じます。

いろいろなものを背負い過ぎたエリンがそれらを取っ払って新しい自分に再誕するのであれば、それは良いことなのかもしれません。“カリン・クサマ”監督のデビュー作『ガールファイト』と同じで、自分で勝ち取った勝利によって、女性主人公は新しいステージへと踏み出すのでしょうか。

スポンサーリンク

顔で殺すニコール・キッドマン

『ストレイ・ドッグ』は“ニコール・キッドマン”に始まり、“ニコール・キッドマン”に終わる映画。とにかく彼女の演技が凄まじく、それをどう言葉で表現すればいいのかもよくわかりません。

基本的に本作では2つの顔を見せます。16年前のギャング潜入時の姿はまた活力と色気がある感じで、結構よく見ている“ニコール・キッドマン”です。それでもかなりこの時点でも手強そうですけどね…。

そして16年経った姿。一体どうしちゃったの…という荒んだ姿。なんだろう、トム・クルーズくらいなら10人は一度に殺せそう…。凄い狂犬の風貌をしています。よくあの娘もこの狂気の母を前に負けじと対面できますよね。あの母に睨まれたら私なら失禁しそうなのですけど…。

これは彼女が背負わされたもののせいなのですが、それにしたってあの威圧力は…。私、『ザ・ゴールドフィンチ』の感想で“ニコール・キッドマン”は年を感じさせない美貌だとか呑気なことを書きましたけど、こんな一面もパフォーマンスに入っていたのか…。逆にこういう“ニコール・キッドマン”が見られる映画が全然なかったというだけだったのかも。

ちなみにあの狂犬モードになっているエリンの姿はメイクアップの賜物ですので、普段の“ニコール・キッドマン”の素顔があんなわけではないですからね(まあ、当然だけど)。

その顔を最大限に活かした演出としてラストの真正面から顔をとらえるショットで締めくくるのも粋な感じでした。

また、こっちもこっちでヤバそうだったペトラを演じた“タチアナ・マスラニー”もエリンに負けないファイティングを見せており(ほんとに犬同士の喧嘩みたいだった)、これはこれで『She-Hulk』への期待が高まるものでした

“セバスチャン・スタン”はなんだろう、キャプテン・アメリカがいない世界だと割と普通の男に見える…。やっぱり彼にはキャップが一番のパートナーかな…。

“カリン・クサマ”監督のセンスもあらためて堪能できましたし、これからも大作などで活躍していってほしい才能でした。この野心的なクリエイティブ性をこれまで積極的に活用してこなかった映画業界はちょっとどうかしてます。今ならその価値を活かせる業界になっているといいのですが…。

『ストレイ・ドッグ』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 73% Audience 50%
IMDb
6.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★
スポンサーリンク

関連作品紹介

ニコール・キッドマンが出演する映画の感想記事の一覧です。

・『The Beguiled ビガイルド 欲望のめざめ』

・『ある少年の告白』

・『スキャンダル』

作品ポスター・画像 (C)2018 30WEST Destroyer, LLC.  ストレイドッグ

以上、『ストレイ・ドッグ』の感想でした。

Destroyer (2018) [Japanese Review] 『ストレイ・ドッグ』考察・評価レビュー