ジャマイカの過去に囚われる…ドラマシリーズ『ミリー・ブラック/キングストン失踪者捜査』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:イギリス(2024年)
シーズン1:2024年にU-NEXTで配信(日本)
原案:マーロン・ジェイムズ
児童虐待描写 LGBTQ差別描写 性描写 恋愛描写
みりーぶらっく きんぐすとんしっそうしゃそうさ
『ミリー・ブラック キングストン失踪者捜査』物語 簡単紹介
『ミリー・ブラック キングストン失踪者捜査』感想(ネタバレなし)
ジャマイカのLGBTQに潜る
世界中に歴史がある性的マイノリティの人たち。今回はジャマイカのLGBTQの事情についてまず触れていきます。
ジャマイカってそもそもどこにあるかも知らない人も多そうですが、中米の東、南アメリカ大陸の北…カリブ海に浮かぶ島国です。北海道の面積の約13%ほどしかないですが、人口は296万人もおり(北海道は522万人程度)、人口密度は高いです。
先住民がもともと住んでいましたが、植民地支配の中で大半が消滅し、現在は奴隷にルーツを持つアフリカ系の人々がこのジャマイカの人口の90%以上を占めます。一時的にスペイン領となった後、イギリス統治時代を迎え、現在も英連邦王国のひとつとなっています(政治的に統治はしないけどイギリス国王がその国の王になるということ)。
そんなジャマイカのLGBTQの権利に関しては著しく劣悪な状況にあります。先ほども述べたように英連邦王国とはいえ政治は別なので、LGBTQの権利もイギリスと同じではありません。ジャマイカでは同性間の性行為が違法であり、性同一性についての保護も何もないです。政治・世論ともにLGBTQへの嫌悪感が激しく、暴力が蔓延しています。
しかし、だからといって当事者がその地にいないわけではありません。当事者は性的指向や性同一性を隠しながら日常を生き、ときに人権団体は地下に潜伏して活動しています。
今回紹介するドラマシリーズはそのジャマイカを舞台にしており、LGBTQ当事者の実情を映し出すことにもなる作品です。
それが本作『ミリー・ブラック キングストン失踪者捜査』。
本作の舞台はジャマイカの首都キングストン。ここで刑事をしているジャマイカ出身の女性を主人公とした捜査サスペンスとなっています。ある事件を調べていくうちにどんどんと裏社会の闇が浮かび上がってくる…そんなミステリアスな展開が連発します。
ジャンルは王道の刑事モノですが、ジャマイカが舞台になっているというところがやはり新鮮です。主人公は一時的にイギリスに暮らしており、イギリスで刑事をしていて、母国ジャマイカに戻ってきたという設定にもなっています。ジャマイカはイギリス統治下にあった歴史があって、今も関係性がある…ということはすでに触れましたけども、そのことはぜひ本作を観る際も頭の片隅で覚えておいてください。何がとは言いませんが、いろいろ関係してくるので…。
そして主要人物の中に、ゲイやトランスジェンダーの人もいて、物語に深く関わってきます。必然的にその人たちのジャマイカでの暮らしも描かれます。
『ミリー・ブラック キングストン失踪者捜査』は、2014年の小説『七つの殺人に関する簡潔な記録』にてジャマイカ出身作家としては史上初のブッカー賞を受賞した“マーロン・ジェイムズ”(マーロン・ジェームス)が原案です。“マーロン・ジェイムズ”はキングストン生まれで、両親が刑事だったそうで、おそらくその知識がこの『ミリー・ブラック キングストン失踪者捜査』にも盛り込まれているのでしょう。ゲイ当事者でもあり、反同性愛暴力から逃げるべく、今はジャマイカを離れています。なのでLGBTQの表象も非常にリアルです。“マーロン・ジェイムズ”の作品は今後も続々と映像化されていくのじゃないかな。今回の『ミリー・ブラック キングストン失踪者捜査』は“マーロン・ジェイムズ”がドラマシリーズ用に新しく創作したものとなります。
『ミリー・ブラック キングストン失踪者捜査』は、イギリスの「Channel 4」とアメリカの「Max」(ワーナー・ブラザース)の共同制作となっています。
日本では「U-NEXT」で独占配信されており、全5話(1話あたり約40~60分)。
刑事モノが好きな人、ジャマイカに興味がある人、LGBTQ文化に関心がある人…さまざまな角度で楽しめる2024年の隠れた良作ドラマですので、オススメです。
『ミリー・ブラック キングストン失踪者捜査』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
基本 | 性的マイノリティ当事者へのヘイトクライムを含む激しい暴力・迫害描写があります。 |
キッズ | 大人向けのドラマです。 |
『ミリー・ブラック キングストン失踪者捜査』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
10代のミリー・ブラックと弟のオーヴィルはジャマイカの家で支え合って子ども時代を過ごしていました。しかし、父亡き後の母は女っぽい態度をとるオーヴィルを罵って叩き、ミリーは弟を守ろうと母に反抗。結果、ミリーだけは親戚の住むイングランドに離れて住むことになってしまいます。
イングランドについてすぐ母から電話で「あなたの弟は死んだ」と伝えられ、悲しみに沈むことに…。
それから年月が経過し、イギリス生活がすっかり馴染んだミリーは大人になり、ロンドン警視庁で刑事となっていました。そのとき、ジャマイカの母親が亡くなったと知らされ、しかも弟が生きているという衝撃の事実を知ります。
ミリーは母国のジャマイカのキングストンに戻り、地元の警察署で働くことにしました。こちらでも仕事は刑事。犯罪捜査が職務です。
相棒のカーティスの家に軽食を持っていくと、彼はボーイフレンドのダニエルと楽しくやっていたようです。ミリーは気にせず、カーティスと一緒に署へ向かいます。
警察署ではシスター・アガサに対応するように指示されます。なんでも16歳の少女ジャネットが失踪したそうです。さっそく2人で捜査開始。母親のルースに会いに行くと、こちらを見た瞬間に逃走します。すぐに捕まえて話を聞きますが、娘の失踪をたいして気にしていないようです。家の中を調べると「Hot Pinky」というクラブの手がかりを見つけました。
その最中、通知が鳴り、ミリーのあの10代で離ればなれになった下のシブリングが一時的に捕まって留置されていると知ります。今やオーヴィルという名の弟ではなく、ハイビスカスという妹です。さっそく彼女のもとへ行って助けるもハイビスカスは姉と口を利きません。昔のわだかまりは消えていませんでした。ハイビスカスは同じような当事者と一緒に路上生活をしていました。
捜査に戻り、例のクラブへ。ジャネットはここで働いていないとマネージャーに言われますが、ストリッパーのひとりがジャネットはあたりで有名な地主と一緒にいたと教えてくれます。
その人物とはフレディ・ソマヴィル。ジャマイカで最も裕福な白人家族のひとり息子です。その豪邸に向かい、黒人のメイドからジャネットが妊娠していたかもしれないという情報に行きつきます。
翌日にまた捜査をしていると、ジャネットがフレディと8~10歳の子ども用の服を買っていたとわかります。どうやら妊娠ではないようです。
そこへソマヴィル家の所有地の家で事件発生の通報が…。フレディはいませんが、かなり深刻な状況が現在進行形で起きているようでした。スコットランドの警視ルーク・ホルボーンも合流し、大ごとになっていきます。
そしてミリーはこの事件にさらに踏み込んでいくことに…。
ジャマイカの闇は植民地主義の闇
ここから『ミリー・ブラック キングストン失踪者捜査』のネタバレありの感想本文です。
『ミリー・ブラック キングストン失踪者捜査』にてメインとなる事件。最初は16歳の少女の家出かと思われましたが、児童人身売買という深い闇に行きつきます。
どこぞの映画のように「有色人種や発展途上国の“モノ言えぬ”か弱き人々を救ってやっている」という白人救世主の図式は一切なく、本作で描かれる児童人身売買はショッキングさありきで演出されず、しっかりその背景にある社会構造まで活写していたと思います。
本作ではロメオという子どもの行方を追うことになりますが、その過程でジャマイカからイギリスまで繋がる児童人身売買ネットワークの全貌がだんだんと暴かれていきます。
そこには「極悪な犯罪者集団がいました」というような安直なエンタメの悪役はいません。どの過程においてもどの当事者においても切実に社会に根付いていました。
ジャマイカで児童人身売買に手を貸している者たちの多くは貧しく、さまざまな職業形態がその違法な犯罪に部分的に関与してリレー式で成り立っています。その多くが1日を食い繋ぐための加担です。どこまで悪いことなのかは考えないことにして…。
その最たる象徴的な存在がジャネットです。彼女は当初は単に何もわからずに利用されただけに思えましたが、しだいにかなりこの状況を狡猾に利用しようとしていたことが判明。16歳のジャネットは学校でも居場所がなく、家庭でも孤立し、この閉塞的な状態を抜け出そうと画策し、児童人身売買にも手を染めました。
作中でジャネットがイギリスに渡れたミリーのことを羨ましがる素振りをみせますが、ジャネットは典型的な内面化された植民地主義を自身の思考の土台にしてしまっています。追い詰められた自分を救ってくれるのは、植民地主義的な権威だと思い込んでしまっている若き過ち。結局、無残に切り捨てられてしまうのですが…。
今回の児童人身売買もソマヴィル家という白人権力が中心で動いており、これ自体がジャマイカがイギリスの植民地とされた歴史に源流があり、根深いです。
ジャマイカと言えば、観光で調べれば「カリブの楽園」と表示され、美しいビーチの写真がいくつも目につくでしょう。それは確かにひとつの一面。でも本当にただ綺麗な看板です。実際はその世界には植民地支配の名残が色濃く残る搾取がある。現在進行形で搾取は継続している…。
『ミリー・ブラック キングストン失踪者捜査』はあえてジャマイカのそういう世間が直視したがらない部分をみせる作品でした。下手すると「怖いところだ!」とステレオタイプにその土地の負の印象を煽るだけになってしまいかねないのですが、そこはジャマイカ出身の“マーロン・ジェイムズ”がクリエイトしているだけあって、ちゃんと複雑な歴史や社会を映し出していたのが良かったです。
事件化もされない被害者
『ミリー・ブラック キングストン失踪者捜査』の主人公であるミリーは模範的な刑事ではありません。ロメオ救出に固執していき、職務規定も無視し、独断行動で突っ走るようになっていきます。眺めていて気持ちのいい刑事とかでは全くないですね。
なぜそこまで暴走するのか。それは作中で示唆されるとおり、ミリーがあの実家の過去に囚われているからでした(冒頭でゴースト・ストーリーだと言われるのはそのため)。ハイビスカス(ビス)に指摘されるように、ミリーが誰よりも昔に執着していて、「”弟”を助けられなかった自分」「大人の腐敗に犠牲になる子どもを放置した自分」を許せていません。ロメオを救えれば自分の人生も救えるのではないかという、プライベートな救世主主義願望に染まっているのがミリーです。
そんな最中に全く社会に救われる気配もないLGBTQ当事者たちの悲痛な現実も辛い光景でした。
ハイビスカスをとおして描かれるのは、ジャマイカのトランスジェンダー・コミュニティ。セックスワーカーとして野外で稼ぐ日々をしつつ、「gullies」と呼ばれる貧民区画の水路で路上生活をしています。仲間同士で助け合うささやかな世界です。
しかし、そんな小さな居場所にすらも容赦なく憎悪が暴力を振りかざしてきて、ハイビスカスは仲間を失い、トラウマを重ねていきます。ここでハイビスカスたちが経験する被害が一切犯罪として事件捜査対象にならないというのが、このジャマイカでのセックスワーカーおよびトランスジェンダーたちの人権の無さを物語っています。
ミリーは母親ほど理解の無い人間ではなく、ハイビスカスのアイデンティティを尊重して扱おうとしていますが、ときおりミスジェンダリングやデッドネーミングが滲みます。やはりミリーはまだ過去を見ているという証のように…。
加えて、作中ではカーティスの視点から冷酷な同性愛迫害も描かれます。第5話では強引な突入で捕まるなど、当事者の立場の弱さを逆手にして警察はやりたい放題です。
救われたい者、救われる者、救われることが一切ない者…。ジャマイカのLGBTQ文化と実情を挟んでいくことで、「イギリス(白人)→ ジャマイカ(黒人)」という単純な二階層の搾取ではない、そこにLGBTQ当事者も交えて、より入り組んだ搾取の構造を描写していたのではないでしょうか。
最終的にミリーはあの実家を売り、決別してやっと未来を見据えようと覚悟を決めたようにみえますが、道筋は未開拓です。その先行きの見えなさはジャマイカという地域の将来性の雲行きと一致しているのでしょう。
どこへ進むのかは当事者もわからない。ジャマイカを描く他の今後のドラマシリーズでは明るい兆しが映されるといいのですが…。
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作品ポスター・画像 (C)HBO ミリーブラック
以上、『ミリー・ブラック キングストン失踪者捜査』の感想でした。
Get Millie Black (2024) [Japanese Review] 『ミリー・ブラック キングストン失踪者捜査』考察・評価レビュー
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