鑑賞後にフライパンを確かめたくなる…映画『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2019年)
日本公開日:2021年12月17日
監督:トッド・ヘインズ
動物虐待描写(家畜屠殺)
ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男
だーくうぉーたーず きょだいきぎょうがおそれたおとこ
『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』あらすじ
1998年、オハイオ州の名門法律事務所で働く企業弁護士ロブ・ビロットが受けた思いがけない調査依頼。それはウェストバージニア州の農場が、大手化学メーカー・デュポン社の工場からの廃棄物によって土地が汚され、大量の牛が病死したというものだった。ロブの調査により、恐ろしい有害物質に関する隠蔽の事実が浮かび上がる。すぐさま巨大企業を相手にする法廷闘争に移ろうとするが、その闘いは想像を超える長期戦となる…。
『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』感想(ネタバレなし)
またも怒るマーク・ラファロ
俳優の“マーク・ラファロ”と言えば、『アベンジャーズ』などのマーベル・シネマティック・ユニバースのせいもあり、怒ると緑の巨人に変身する人というイメージで定着しました。
でもエンタメ作品ばかりにでている俳優ではありません。むしろ批評家ウケの高い硬派な作品での出演が昔からメインの活躍の場でした。2000年の家族模様を描く『ユー・キャン・カウント・オン・ミー』で業界で話題となり、2010年のまたも家族(今度は同性カップル)のドラマを描く『キッズ・オールライト』ではアカデミー助演男優賞にノミネート。2014年の同じくアカデミー助演男優賞にノミネートした『フォックスキャッチャー』もある意味での家族ドラマ(歪んでるけど)でしたね。
なんだろう、イタリア人とフランス系カナダ人の両親を持っていることもあって、顔立ちもヨーロッパっぽさがあるし、ハリウッドでは重宝されるのかな…。もちろん演技が抜群に上手いというのはあるけど。
そんな“マーク・ラファロ”が製作と主演を務めた映画が2019年にアメリカ本国で公開されたのですが、とても評価が高かったにもかかわらず、日本では全然公開されていませんでした。まあ、コロナ禍のせいだと思いますけど、それがやっと2021年末に劇場公開。
その映画のタイトルが『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』です。
本作は、“マーク・ラファロ”演じる主人公が、利権のために悪事の限りを尽くす巨大企業をぶっ倒すために、巨人に変身してその本社ビルを粉々にスマッシュしていく…。
嘘です。そんなことは起きません。
本当は真面目な社会派サスペンス映画。企業の不正に気付いた弁護士がその巨悪に立ち向かっていくという物語です。こういう不正を告発し、追及していく映画はいくつもあります。最近だとオピオイド危機を描いた『クライシス』もそうでしたし、政府を相手にするなら『オフィシャル・シークレット』や『ザ・レポート』なんかもありました。今回の『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』は化学企業による環境汚染が題材になっているので、『サムジンカンパニー1995』や『MINAMATA ミナマタ』と題材的には似ています。
ただ、この『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』は実話をそのまま描いており、実名の大企業相手に闘う実際の弁護士を主題にし、しかもそれは現在進行形の出来事であるので、かなり時事的に渦中にある内容です。それをこうやって映画にできてしまうのですからスゴイですよね。
本作は監督が意外な人です。その人とは“トッド・ヘインズ”。『エデンより彼方に』(2002年)、『アイム・ノット・ゼア』(2007年)、『ワンダーストラック』(2017年)など他では観られない特色のある作品を手がけるイメージでしたし、レズビアン映画の代表作として今も愛されている『キャロル』(2015年)でも印象に残っている人も多いと思います。そんな“トッド・ヘインズ”監督が『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』という、オーソドックスな社会派映画を作るなんて…。
“マーク・ラファロ”以外の俳優陣は、『魔女がいっぱい』の“アン・ハサウェイ”、『ロープ 戦場の生命線』の“ティム・ロビンス”、『バイス』の“ビル・キャンプ”、『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』の“ヴィクター・ガーバー”、『この茫漠たる荒野で』の“メア・ウィニンガム”、『ザ・コールデスト・ゲーム』の“ビル・プルマン”など。
『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』は批評家評価はじゅうぶん高かったのですけど、2019年の賞レースにはほとんど顔が出ることはなかったんですよね。そのせいか注目度は低いのですが、俳優陣の丁寧な演技の蓄積がサスペンスを高めていく面白さもたっぷりあり、見ごたえは保証できます。
ハルクにはならないけど静かに怒っている“マーク・ラファロ”の姿が心に刻まれる『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』。鑑賞後は自分の家にあるフライパンを確かめたくなるでしょう(なぜなのかは観ればわかります)。
オススメ度のチェック
ひとり | :俳優ファンは必見 |
友人 | :社会問題に興味あるなら |
恋人 | :ロマンス要素は無し |
キッズ | :大人のドラマです |
『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):「PFOA」とは…
夜の道路。1台の車が林へと走っていき、その車を降りた若者たちは敷地に侵入し、その水辺で泳ぎ始めます。するとライトで照らされ、急いで逃げることに。ボートの作業員は水辺に何かを吹きかけ…。
1998年、オハイオ州のシンシナティ。弁護士のロブ・ビロットは法律事務所「Taft Stettinius & Hollister」の会議に参加し、期待のひとりでした。
しかし、受付にある男たちが来ていると呼び出され、さっぱり知らないものの対応します。その来訪者は、農場を経営するウィルバー・テナントという男でした。いきなり農場の様子を録画したというビデオテープが入った箱を押し付け、化学企業の横暴に対処してくれと言ってきます。地元の弁護士は誰も関わりたがらないと訴えますが、そもそもビロットはむしろ化学企業を守っている側で、明らかに場違いです。
それでも自分の祖母とテナントが知り合いだとわかったので、やむを得ず農場へ出向くことにします。
オハイオ川に沿うパーカーズバーグに車で到着。そこは川は近くにある町。住宅街は平穏です。道すがら自転車に乗った少女がビロットに笑いかけ、こちらも手を振ります。
まずは祖母アルマの家へ。突然の訪問でしたが歓迎してくれ、アルバムを見せてくれます。
さっそく仕事の本題。ビロットが例の依頼者の農場へ着くと、テナントは矢継ぎ早に自分でサンプルとして保存した家畜の内臓やらを見せてきて、さらに敷地を一緒に見学。確かに河川は濁り、ところどころに変色した石があるのが確認できます。でもビロットもこの分野の専門家ではないので何とも言えません。
そして広い場所にいくつもの盛り上がった土が…。それは死んだ家畜を埋めた跡です。
「牛は何頭失ったのですか?」「190だ」「190?」
にわかには信じがたい数。「この水には化学薬品が混じっている」というテナントの言葉は本当なのか。
土地の一部を大手の化学薬品メーカー・デュポン社へ売却し、無害なモノの廃棄に利用するとデュポン社は説明したと言います。
また車で来訪すると、テナントはビロットの目の前でおかしな行動をとる牛を射殺していました。
帰り際、デュポン社の工場の煙突からモクモクと立ち上る煙を見つつ、何はともあれ情報が第一なので、テナントが事務所に持参した自撮りのビデオテープを視聴することに。そこには生々しい映像が映っていました。テナントが自ら解剖を行って牛の死因を突き止めようとした必死の模索…。ビロットには詳細はわかりません。ただ、ただならぬ事態を察知するにはじゅうぶんでした。
法律事務所の上司であるトム・タープに相談。案の定、難色を示してきますが、デュポン社の顧問弁護士フィル・ドネリーに連絡することはできました。
届いた資料に目を通すと「PFOA」という用語が頻出していました。インターネットで検索しても情報は見つかりません。これは一体何なのか…。
もっと情報がいる。裁判所命令で開示されたデュポン社の内部資料がビロットの部屋を埋め尽くし、山積みの箱で壁も見えなくなるほどに。ビロットはそれをひとりで1枚1枚読んでいきます。
そして衝撃の実態が判明することに…。
デュポン社とはどんな企業?
『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』、物語の感想に本格的に入る前に、まずこの諸悪の根源である「デュポン社」という企業は何なのか。
デュポン社は、化学製品製造販売を行う企業であり、アメリカでも有数の大企業です。メロン財閥、ロックフェラー財閥と並ぶアメリカの三大財閥と称されることもあり、その影響力は計り知れません。もともとこのデュポン社は1802年に設立され、当初は黒色火薬を製造していました。そのビジネスの性質上、戦争と相性がよく、世界大戦時には火薬や爆弾で利益をあげ、原子爆弾の開発にも関与しました。
戦後もビジネスを拡大し続け、今度は化学製品によって環境問題を引き起こします。そのひとつが今作でも取り上げられる、テフロン製造に伴って使用されるペルフルオロオクタン酸(C-8)の健康への被害です。
実際はこれだけではなく、例えば、フロン類(クロロフルオロカーボン、CFC)によってオゾン層の破壊と気候変動問題を引き起こす原因となりましたし、ハッキリ言ってしまえば人間の負の歴史の生産工場みたいなものです。
デュポン社は経営統合を繰り返しつつ、今も存在しており、日本にも工場があります。
ちなみに“マーク・ラファロ”が出演した『フォックスキャッチャー』にメインで登場して悲劇を引き起こすジョン・デュポンはこのデュポン社の資産を相続している人間であり、つまり“マーク・ラファロ”は『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』でまたもデュポン社関係者に苦しめられる役なんですね。
気づいたときにはもう遅い
『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』は冒頭がちょっと意表を突く始まりになっています。テンション高めの若者たちが夜の水場で遊ぶ。アメリカ映画によくある光景。ここは『ジョーズ』や『ピラニア』のオマージュになっていて、そのジャンルだったら危険生物が襲ってくるのですが、今作ではそこに潜むのは危険な化学物質という…。
私、この手のシーンが映画に出るたびに毎回思うけど、止水で泳ごうとするアメリカ人の感覚が全然理解できない…。
そして前半はじわじわと環境汚染の片鱗を見せつつ、登場人物と観客に恐怖を与えていく演出が続きます。確実に何か起きているのはわかる。でも専門的知識がないからその全容を理解できない。そのモヤモヤが続くわけですが…。
その恐怖がついに正体を現すのは中盤。ここの科学者の言葉がまたゾッとさせられます。
要するにあの科学者もPFOAがいたるところに流出して人間が摂取までしているなんてありえるわけがないと思っている。でも現実はそのありえない事態がまさに現在進行形で起きている。そこにある人間の俗悪というか、想定をいとも簡単に飛び越えて存在している逸脱した恐怖、世界の常識や倫理なんて当の昔に廃棄されてしまっている実態。それらが本当に恐ろしくて…。
一心不乱に調理器具を物色してテフロン加工製品を探すビロットの気持ちが痛いほどわかりますが、もうこうなってしまうと手遅れで…。
環境問題というのはなかなか実感してもらいづらいのですけど、実感する頃には本当に収拾がつかないほどに深刻化しているものであるというのがよくわかる映画だったと思います。
ラストのセリフに最大の怒りがこもる
『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』の後半は法廷での戦いになっていくのですが、それもまた気の遠くなるような話。
まずは因果関係を証明するために膨大なサンプルと大量の解析が必要になり、いつ結果がでるのかもわからない。しかも、デュポン社は危機意識ゼロで、あろうことか安全アピールのためにテフロン加工の調理器具を用いた料理番組を製作までしている始末。奇形で生まれた子どもの写真を突きつけても、なおも無視を続ける企業のトップ。
孤独に戦うビロットの心理的恐怖は相当なものだったことも映画で伝わってきます。長期間の戦いに神経はすり減り、それのせいで健康を壊していく。
作中で小さい文字ですが年号が表示され、それが進展もないままに年数だけ無情にも経過していく演出が、虚しさを感じさせます。
2015年、オハイオ州の連邦裁判所での裁判のラストシーン。「まだいたんですか」と言われたビロットが一言で自分の存在を語る。この短いセリフに本作最大の怒りが込められていたと思います。
なお、『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』の公開に際して、デュポン社は「この映画は事実に基づいておらず、デュポン社を悪者にしている」と非難する主張をしたとのこと。反省をしている様子は微塵もありません。企業の権力者は依然として絶大な影響力を持っています。
黙々と利権を貪る組織。生活が静かに脅かされる庶民。正しさのために黙って戦う人。
どちらの沈黙がいいかは言わずもがなでしょう。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 89% Audience 95%
IMDb
7.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
企業による不正や公害を題材にした映画の感想記事です。
・『クライシス』
・『サムジンカンパニー1995』
・『MINAMATA ミナマタ』
作品ポスター・画像 (C)2021 STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC. ダークウォーターズ
以上、『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』の感想でした。
Dark Waters (2019) [Japanese Review] 『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』考察・評価レビュー