シャチは残忍ではないと示した男の孤独…映画『シャチの見える灯台』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:スペイン・アルゼンチン(2016年)
日本では劇場未公開:2017年にNetflixで配信
監督:ヘラルド・オリバレス
しゃちのみえるとうだい
『シャチの見える灯台』物語 簡単紹介
『シャチの見える灯台』感想(ネタバレなし)
シャチは殺し屋?魔物?残忍?
シャチ(別名:オルカ)は英語で「Killer Whale」と呼ばれているのは比較的有名な話だと思います。海洋系での食物連鎖の頂点に立ち、人間を除けば自然界にはシャチの天敵は存在しないとも言われます。実際、シャチは肉食であり、ときにはクジラさえ襲うほどアグレッシブな一面を見せます。さすが「冥界よりの魔物」という意味の学名「Orcinus orca」を与えられているだけはありますね。
そんなシャチの獰猛さを印象付ける習性として、浜辺にいるオタリア(アシカの一種)を砂浜に乗り上げるように捕らえ、何度か海面に投げ飛ばしてから食べる行為があります。動物番組で観たことがある人も多いのではないでしょうか。
こうした強烈な側面ばかりが注目されたがゆえに、昔は「シャチ=残酷な生物」というイメージが強く、人気のない生き物だったそうです。今では水族館の主役級の動物なのに…意外な過去があるものです。
そんなシャチの悪い印象を払拭するのに貢献した人物がロベルト・ブバスというアルゼンチンのパタゴニアでレンジャーとして働いていた男。この地は、あの“オタリアぶん投げ”を行うシャチの生息地で、とくにその行動が頻繁に観察される場所は「アタック水路」と呼ばれ、長年シャチの研究地でもありました。ロベルト・ブバスや先代のレンジャーがシャチの行動を丁寧に研究し続けた結果、シャチは残忍な生き物ではないことが少しずつ認知されていきました。ロベルト・ブバスは野生のシャチのすぐそばまで接近する触れ合いを行うことでも知られ、この行為自体は批判されてもいました。
そのロベルト・ブバス(愛称:ベト)を基にした伝記的な映画が、本作『シャチの見える灯台』です。
監督はヘラルド・オリバレスというスペインの映画人。私はこの人の作品を観るのは本作が初めて。主にドキュメンタリーを多く撮ってきた人みたいです。本作の前に『Entrelobos』(2010年)というオオカミを題材にした作品と、『Hermanos del viento』(2015年)というワシを題材にした作品を手がけており、本作と合わせて「人と動物の交流が織りなすドラマ3部作」という扱いらしいです。
本作は自閉症の子どもの成長を描いた作品でもあり、最近だと『僕と世界の方程式』もありましたが、そういう映画が好きな人や動物好きな人にはオススメです。
『シャチの見える灯台』を観る前のQ&A
A:Netflixでオリジナル映画として2017年4月7日から配信中です。
『シャチの見える灯台』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):シャチと一緒に
アルゼンチンのパタゴニア。海が広がるこの雄大な海岸線地帯には野生動物が溢れています。その動物たちを観察する男がひとり。シャチが浜辺のアシカを襲う場面をカメラでおさめて満足そうです。
彼はロベルト・ブバス(ベト)。研究者であり、ここで暮らしてシャチを観察し始めてかなりの年月が経っています。ここにポツンと立つ家。そばには赤い灯台。この場所がベトの拠点であり、滅多に人が寄り付くような場所でもありません。
そこに車が1台。自然保護局からの手紙を持ってきました。それを見るとすぐにバイクで出ていくベト。ボネッティを訪ねます。「抗議が来ている」と言われ、「お前は他の保護区に移れ」とまで宣告されます。
実はシャチと接近するのは禁止なのですが、ベトは長年の観察の結果、シャチとコミュニケーションをとれるようになり、とても近くまで近づくこともできるようになっていました。それは写真に撮られており、有名になっています。それが仇になり、今このずっと身を捧げてきたフィールドから追い出されようとしているのです。
ある日、浜辺で怪我をしたアシカを助け、アシカを家に運ぶと先客がいました。女性と少年がいるのです。もちろん知らない相手です。でも今はそれどころではないのでアシカを手当てします。
その女性は息子を助けてほしいと言ってきます。ロラという名だそうで、スペインから来たらしく、息子のトリスタンは2歳で自閉症と診断され、テレビであなたとシャチを見て感情を出したからここに訪れたというのでした。
そのトリスタンは確かに全然喋らないです。食事中も皿をフォークでキーキーと耳障りにひっかくだけ。水を触らせると大人しくずっと触っています。水は貴重だとやめさせるベト。本物のシャチに触れたらどんなふうになるかと思って…とロラは口にしますが、セラピーのようなものはそう簡単にはできないとベトは説明します。そもそもシャチに触るのは禁止されており、自分さえもそれが許されないので困っているのに…。しかし、ロラもここが最後の希望だと思っているようでした。
トリスタンは風で開いた窓に驚いてパニック発作になり、水を触るとまた落ち着きます。しかし、やはりベトにできることはありません。帰ったほうがいいと告げます。
男は馬のリケルにまたがり、砂浜へ。そのまま海に入り、シャチに接近。ハーモニカを吹くとシャチは自分から近づいてきました。「久しぶりだな」と声をかけます。
一方、ロラとトリスタンは帰ろうと家を出て、マルセラの車に乗ります。とりあえず泊めてもらうことに。
ベトは綺麗に並べられたクリップを見つけ、自閉症について調べます。そして思い直しました。
ベトはバイクでやってきて、ロラとトリスタンを誘います。シャチを3人で観察。狩りを間近で見せるも、それは獰猛で強烈な光景。少年は耳を塞ぎ、嫌そうにするだけ。「あんな残酷なものを見せるなんて」とロラも不機嫌。思ったようにはいきません。
ナイトスコープなど研究道具を少年に見せたり、こちらも交流を試みます。まるで初めて出会った動物を相手にするように、ちょっとずつな手探り。
ベトはシャカと名付けたシャチととくに仲がよく、一緒に泳ぐこともあります。すでに「子どもを近寄らせるな」と厳重に警告されていましたが、もう気にしてもいられません。
一緒にボートに乗る3人。シャチが接近します。そのとき、トリスタンは嬉しいときにしかやらない手の動きをするのでした。
心が少しずつ開いていくことに…。
パタゴニア・パワー
これは日本だけなのでしょうか。先にも紹介したように『シャチの見える灯台』は実在の人物を基にしているのですが、そういう説明宣伝が事前にないため、映画のラストで初めて知ったみたいなことになりかねないです。そのせいか、観賞中は文学的なテイストの作品としての印象が強く残り、ドラマ自体はかなり地味なこともあって、人によっては退屈に感じるかもしれません。
でも、それまでの地味なドラマがあるからこそ、最後の少年・トリスタンが「シャカ」と劇中で初めて声を発して、自ら泳いでシャチに触れるという映画的演出が活きてくるので、これはこれで良かったなととりあえず私は納得。
何より本作は風景映像が非常に美しく、このパワーで退屈さを帳消しにしてくれます。舞台となるパタゴニア特有の、風の強い半砂漠化した草原地帯と、海岸部のコントラストが綺麗でした。ロケーションのパワーって大事です。一見すると生物がいなさそうな不毛の大地みたいな感じですが、パタゴニアのあるバルデス半島は自然遺産に登録されているほど、独自の生態系を育んでいる場所。自閉症じゃなくても誰かを連れて行きたくなるところです。こういう映画を観ると、日本も自然遺産地域があるわけですから、もっとそれらを活用した映画が生まれるといいのにと思ってしまいます。
本作の目玉であるシャチも存在だけでダイナミックですから見ごたえあり。実際のシャチの映像と、本物そっくりの作り物シャチを使った映像の組み合わせも自然でしたし。丁寧な映像化です。
役者陣も素晴らしく、ベトを演じた“ホアキン・フリエル”は私は全然存じあげなかったのですけど、シャチに魅入られてそこにしか居場所がない不器用な男を見事に表現できていました。ローラを演じた“マリベル・ベルドゥ”はさすがスペインを代表する大物女優なだけあり、完璧。トリスタンを演じた子役も難しい役どころを熱演していて良かったです。
本作のストーリーの基本軸は、ベトとトリスタンの二人の孤独な男の人生が、シャチを通して重なっていく過程を描くことにあるので、そこはじゅうぶん伝わってきました。
気になる点といえば、トリスタンがいなくなってしまうシーンは、サスペンスとしてはイマイチかな…。そもそもローラはトリスタンを自由にさせすぎているくらいであり、いついなくなってもおかしくなかった感じもありましたし、自業自得に見えなくもない。にもかかわらず、あそこまで壮大なBGMで煽る必要はあったのか…と。
もっとベトの人生史を知りたい…そんな気分にさせられたので、伝記映画としては成功かな?
「私も野生のシャチを間近で見たい!」そう思った方は、世界自然遺産「北海道・知床」へお越しください。ホエール・ウォッチングができますよ!(露骨な宣伝)。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer –% Audience 64%
IMDb
6.9 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 5/10 ★★★★★
作品ポスター・画像 (C)Netflix
以上、『シャチの見える灯台』の感想でした。
El faro de las orcas (2016) [Japanese Review] 『シャチの見える灯台』考察・評価レビュー