このゾンビ映画は文部科学省推薦にしよう…映画『ディストピア パンドラの少女』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:イギリス・アメリカ(2016年)
日本公開日:2017年7月1日
監督:コーム・マッカーシー
でぃすとぴあ ぱんどらのしょうじょ
『ディストピア パンドラの少女』物語 簡単紹介
『ディストピア パンドラの少女』感想(ネタバレなし)
突然変異を遂げたゾンビ映画
ゾンビ映画というのはエンターテイメントとして非常に人気の高いジャンルです。『バイオハザード ザ・ファイナル』のような世界的超大作もあれば、『アイアムアヒーロー』のような日本を舞台にした作品もヒットしました。また、作品によってホラー要素が濃いものがあったり、コメディ要素が強めだったりと、幅があるのも特徴です。ゾンビ映画を普段親しんだことのない人にしてみれば、死人が「う~う~」声をあげながら迫ってくる“子どもっぽい”映画に思うかもしれませんが、あらゆる方向性へ展開できる潜在的可能性を持っている奥が深いジャンルだと私は思います。
そんなゾンビ映画の可能性をあらためて実感できる作品が本作『ディストピア パンドラの少女』。
本作はあらすじを見るかぎりは、よくあるベタなゾンビ映画です。「ハングリーズ」や「セカンドチルドレン」といった固有名詞が出てきたり、隔離された施設での謎の研究とくれば、SF要素の強いゾンビ映画なのかな?と思うでしょう。真菌の突然変異によって人がゾンビ化した世界と聞くと、「The Last of Us」という世界的に高い評価を得たTVゲームを連想する人も多いのではないでしょうか。
確かにそのとおりなのですが、本作はそこから意外な要素が強調されていきます。これは予告動画からは全くわからないです。ネタバレになるのでこれ以上書けませんが、本作のオチを観終わったとき、ゾンビ映画にこういう展開のさせ方があったのかと、私は感心しました。原作である小説「パンドラの少女」の著者自身が脚本を手がけたこともあって、安直なエンタメ作品にはなっていません。
もちろんスリラーの部分も非常に良く出来ていて、映像にぐいぐい引き込まれます。そして、数々の映画祭で新人賞として注目された主演の女の子“セニア・ナニュア”の演技は素晴らしいです。
突然変異を遂げたゾンビ映画、ぜひその目で確かめてください。
『ディストピア パンドラの少女』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):少女は箱から出る
監獄のような場所にいる少女・メラニー。銃を向けた兵士が起こしに来ます。メラニーは車椅子に座り、にこやかに挨拶。そんな愛想のいい対応も無視して兵士は少女の手足を拘束具で縛ります。
そのまま部屋の外へ。他にも同じような子どもが複数いて、全員が車椅子で押されていきます。そして均等な距離で並ばされ、女性が入ってきて周期表を教える授業が始まります。
さらにヘレン・ジャスティノー先生が入ってきて、最初の先生と代わります。初めは周期表を教える続きをしようとしますが、メラニーたちに懇願され、ギリシャ神話を語りだします。
「ゼウスはエピメテウスを罰しようと泥から女を作り、パンドラと名付けた。贈り物をもたらす女。パンドラが箱を開けると中から疫病や苦難。世界中のあらゆる不幸や悪意が溢れ出て、それ以来、人間は苦しめられた。箱に残ったのは希望」
ヘレン先生は他の人と比べ、子どもたちに対する態度が温和です。
授業が終わるとまた牢屋に戻ります。ある夜、コールドウェル博士がメラニーの房の前を通り、何気なく会話をします。「20以下の番号から一つ選んで」と聞かれ、「13」と答えるメラニー。それだけで会話は終了、意味は教えてくれません。
また朝。「移動の時間だ」と騒々しく起こしてくる兵士。車椅子でメラニーは恒例のように部屋の外の冷たい廊下へ。しかし、13番のケニーの扉が閉じたままです。
授業で「ケニーは?」と聞きますが「お休みよ」との回答だけでした。今日は自分で物語を書いてみてと言われ、思い思いで書いてみる子どもたち。メラニーは自分の創ったストーリーを読み上げます。それは怪物から奇麗な女の人を助けた少女の話。
それを聞いたヘレンは涙し、おもむろにメラニーの頭にそっと触れるのでした。
すぐに兵士が入ってきて「触ったのか」と怒り出します。そして「見てろ」と自分の腕に唾をつけて子どもの前に差し出します。すると子どもが豹変。おぞましい表情で口を鳴らし、求めようとします。それは他の子どもたちにも伝播。飢えた獣のようでした。
「人間の姿に騙されるな」…そう釘を刺してジェルを腕に塗る兵士。
パークス軍曹はメラニーのことが嫌いのようで、房に戻した後も拘束具をつけたままで放置しました。
夜、ヘレンがひとり訪ねてきます。部屋に入り、今も車椅子状態で縛られるメラニーを見るなり、可哀そうに思って拘束具を外してあげます。しかし、ヘレンの匂いに反応してしまうメラニーは豹変してしまい、驚いたヘレンは急いで部屋を出て施錠。ドアの前で顔にジェルを塗り、「ごめん」と謝るのみ。
コールドウェル博士がまたやってきます。前回と同じように番号を聞いてきますが、すぐに「4」と答えるメラニー。
次の日、メラニーは教室ではない場所に連れていかれます。エレベーターに乗せられ、上階へ。そこは外の入り口。大空が広がる野外です。
軍事施設のような広々とした場所。殺風景で、いくつかの建物があります。そこはフェンスでずっと囲まれているところ。
そしてそのフェンスの向こうには無数の凶暴化した人間がおり、軍隊が発砲していました。今にもこちらにやってきそうな勢いがあり、かろうじて防いでいる状態です。
メラニーは目撃します。阿鼻叫喚の地獄絵のような光景を。そこから彼女の箱の外に飛び出る果てしない旅が始まるとも知らず…。
怒涛の30分間
まず『ディストピア パンドラの少女』の他のゾンビ映画にはない意外な要素の話はさておき、スリラーの部分の出来が非常に良かったです。とくに序盤の車で基地を脱出するシークエンスまでで、作品にグッと魅了されます。
謎の施設で車いすに拘束されながら授業を受けている子どもたち。この時点で何が何だか観客にはわかりませんが、軍曹が一人の子どもの前に腕を差し出すと豹変。まさに「ハングリーズ」…一気に映画の緊迫感が増します。
メラニーが研究室へ連れていかれる過程で、初めてカメラが外の世界を向き、映し出されたのはフェンスの向こうにいる大量の大人ハングリーズたち。ここでいかにも定番なゾンビ映画の様相をみせます。そして、研究室にてメラニーの解剖が行われようとしたその時、サイレンが鳴って…。ここのシーンが個人的に印象に残っていて、サイレン直後に研究室の向こうから駆け寄って来る人影がガラスごしに見えるわけですが、兵士かな?と思ったらまさかのハングリーズ乱入。阿鼻叫喚の地獄絵へと変貌するテンポよさが上手いです。
最後は、メラニー、ヘレン・ジャスティノー先生、コールドウェル博士、パークス軍曹、他兵士たちを乗せた軍用車が基地を後にして平原を疾走していく。ここまでわずか30分間。掴みが完璧です。
監督の“コーム・マッカーシー”はTVドラマで活躍してきた人ですが、短い時間で魅せるテクニックがいかんなく発揮されてました。
授業の時間です
怒涛の勢いで始まった本作の物語は、このまま半分ゾンビなメラニーという爆弾を抱えたことで起こるサスペンスを観客に提供していくのかなと思ったら、ちょっと様子が違います。
とくに子どもたちのハングリーズが登場してからです。序盤の施設にいた管理下におかれたハングリーズの子どもたちと異なる、まるで野生状態のような意思を持ったハングリーズの子どもたち。最終的には、密閉されたラボにとどまるヘレンが、メラニーがまとめるハングリーズの子どもたちに青空教室をしているシーンで結末を迎えます。これは、よくある人間とゾンビの共存エンド以上の深みがあるシーンだと思いました。
なぜならこんなに共存に必要な手段を明確にみせるゾンビ映画はありませんでしたから。その手段とは「教育」。
本作はゾンビ映画の体裁で「教育」を描く映画だったんですね。そもそもメラニーが他の子と何が違うのかといえば、“学ぶこと”に人一倍積極的なのです。外に出てからも常に学ぶ姿勢を見せていました。
本作の世界観は普通に現実に当てはまると思います。例えば、世界中に兵士として血生臭い行為をせざるを得ない子どもたちがたくさんいるわけで、そういう子たちに必要なのはやはり教育なのです。管理や支配でもない。優れた科学技術でもない。圧倒的な力を持つ戦士でもない。教育こそが世界を変えるのだと…本作はそう伝えているのでしょう。
ゾンビ映画が教育の大切さを教えてくれるとは思いませんでした。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 86% Audience 66%
IMDb
6.7 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★
作品ポスター・画像 (C)Gift Girl Limited / The British Film Institute 2016
以上、『ディストピア パンドラの少女』の感想でした。
The Girl with All the Gifts (2016) [Japanese Review] 『ディストピア パンドラの少女』考察・評価レビュー