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『パラレル・マザーズ』感想(ネタバレ)…真実を直視してその上に家族が生まれる

パラレル・マザーズ

真実を直視してその上に家族が生まれる…映画『パラレル・マザーズ』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Madres paralelas(Parallel Mothers)
製作国:スペイン・フランス(2021年)
日本公開日:2022年11月3日
監督:ペドロ・アルモドバル
性描写 恋愛描写

パラレル・マザーズ

ぱられるまざーず
パラレル・マザーズ

『パラレル・マザーズ』あらすじ

写真家として成功しているジャニスは妊娠した。そして、17歳の少女アナと同じ病院の産科病棟で偶然出会い、同じ日に女の子を出産する。ともにシングルマザーとして生きていくことを決意していた2人は、苦労を少しばかり重ねて経験し合ったこともあり、連絡先を交換して退院する。ところが、ジャニスがセシリアと名付けた娘は、父親であるはずの元恋人から「自分の子どもにしては似ていない」と言われてしまい…。

『パラレル・マザーズ』感想(ネタバレなし)

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ペドロ・アルモドバル、絶好調継続中

母の日には「カーネーション」を贈るのが恒例のようになっていますが、このカーネーションという花は和名では「オランダナデシコ」と呼ぶのですが、別にオランダの花ではありません。日本にはオランダから伝来したという歴史があるからです。ではどこの花なのかというと、原産は南ヨーロッパおよび西アジアの地中海沿岸で意外に広いです。なのでそれらの地域ではこのカーネーションをあしらった模様などがさまざまな文化的品々に見られたりします。

そしてこのカーネーションはスペインの国花でもあります。確かにスペインは南ヨーロッパに位置しますし、カーネーションも身近なのかな。

スペインと言えば情熱の国とも言われますし、赤いカーネーションは確かに似合います。

でも母親のイメージが、赤い花で熱い母性愛に集約されてしまうのも、なんだか単純すぎてモヤっとしないでもない…。

しかし、スペインにはこの人がいる。女性を類型的ではない多面的な描き方で表現し続けてきたスペインの監督…それが“ペドロ・アルモドバル”です。

『神経衰弱ぎりぎりの女たち』(1988年)、『オール・アバウト・マイ・マザー』(1999年)、『ボルベール〈帰郷〉』(2006年)、『ジュリエッタ』(2016年)など、女性を深く掘り下げる語り口は多くの批評家や観客を唸らせ、今や“ペドロ・アルモドバル”監督はスペインを代表する巨匠となりました。

2019年の『ペイン・アンド・グローリー』は“ペドロ・アルモドバル”監督の集大成的な一本となり、各地の賞を総なめ。監督の人生が凝縮された一作としてキャリアも頂点かなという勢いです。

けれども“ペドロ・アルモドバル”監督の勢いはまだ止まりません。お次の新作もまたまた“ペドロ・アルモドバル”監督フィルモグラフィーの象徴として先頭に立てるような映画に仕上がりました。

それが本作『パラレル・マザーズ』です。

本作は完全に女性が前面にでている物語で、主役となるのは2人の母親です。40代近い女性と17歳の女性、年齢差のある2人ですが、共に同じ病院で妊婦として居合わせ、同じ日に出産した関係性。そんな2人が赤ん坊を育てているうちに、思わぬ運命の糸で絡まっていることに気づいていく…そんなストーリーです。

とても“ペドロ・アルモドバル”監督らしい定番の女性映画の佇まいなのですが、今作では別の側面もあります。実はスペインの“ある歴史”を題材にもしており、その要素も同時並行で掘り下げられます。これまでも“ペドロ・アルモドバル”監督作では歴史を描くものがありましたが、この『パラレル・マザーズ』は母親映画と歴史映画という2つの軸が分離することなく、きっちり重ね合って進んでいく…文字どおり「パラレル(parallel)」しているんですね。

別にスペインの歴史に精通していないと楽しめない映画というわけではないので安心してほしいですが、詳細な歴史的背景については後半の感想で簡単に説明しています。

『パラレル・マザーズ』の俳優陣は、トップに立つのはもはや“ペドロ・アルモドバル”監督作と一蓮托生と言ってもいい“ペネロペ・クルス”。アメリカの映画にでているよりも“ペドロ・アルモドバル”監督作に出演している方が安心感があります。今回の『パラレル・マザーズ』の名演によりベネチア国際映画祭でボルピ杯(最優秀女優賞)を受賞し、40代後半の年齢となってもキャリアは全く衰えていません。たぶん“ペドロ・アルモドバル”監督作なら何歳になっても出演し続けるんだろうな…。

そしてもうひとりの主人公を演じる見逃せない新人が“ミレナ・スミット”。本作が長編映画2作目となるのですが、早くもゴヤ賞の最優秀新人女優賞と助演女優賞にもノミネートされ、次の“ペネロペ・クルス”となるかと噂されています。“ペドロ・アルモドバル”監督が後押ししてくれるなら俳優業も安泰じゃないかな。

他には、『マジカル・ガール』の“イスラエル・エレハルデ”、『雲の中の散歩』の“アイタナ・サンチェス=ギヨン”、『私の秘密の花』の“ロッシ・デ・パルマ”、『アタメ』の“フリエタ・セラーノ”など。

“ペドロ・アルモドバル”監督作が好きな人なら今回の『パラレル・マザーズ』のバッチリ楽しめるでしょう。もちろん初めての“ペドロ・アルモドバル”だという人でも大丈夫です。

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『パラレル・マザーズ』を観る前のQ&A

✔『パラレル・マザーズ』の見どころ
★女性同士の絆と愛。
★歴史のテーマを重ねていく手腕。
✔『パラレル・マザーズ』の欠点
☆非直線的な物語の演出もあってやや混乱する。

オススメ度のチェック

ひとり 4.0:監督ファンは注目
友人 3.5:シネフィル同士で
恋人 3.5:異性&同性ロマンスあり
キッズ 3.0:大人のドラマです
↓ここからネタバレが含まれます↓

『パラレル・マザーズ』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):この子は私の子じゃない?

2016年、スペインのマドリード。写真家としてキャリアを順調に歩んでいたジャニス。今日も被写体の男性を相手にカメラを手にしてシャッターを切っていきます。撮影している対象は、人類学者のアルトゥロです。

実はジャニスはアルトゥロにお願いしたいことがありました。それは曾祖父の件です。戦前は友人の写真を撮っていた曾祖父はジャニスにとっては写真家の職業の原点ですが、スペイン内戦に巻き込まれて今はその亡骸は集団墓地のどこかに埋葬されていました。その曾祖父の遺骨を掘り出してしっかり供養したい…そう考えていました。

家でパソコンで写真を見せながら、家族の歴史を説明し、人類学者のアルトゥロに発掘調査の進め方を相談します。掘削はどれくらいかかるものなのか…専門業者や労働者もいる…。プロジェクトとしては何年もかかりますが、とりあえず協力してくれるようで、ジャニスは感謝します。

2人は個人的にも関係を深め、ジャニスは妊娠。

数カ月後。病院で大きく膨らんだお腹を苦しそうにしながら出産のときが近づいていました。この病室には、同じく妊婦である17歳の少女アナもいました。シングルマザー同士のようで、2人は会話しながら互いの身の上を話します。

ジャニスはアルトゥロと別れていました。妊娠を告げた時、ジャニスは「ずっと子どもは欲しかった、もうすぐ40だし…」と出産を希望したのですが、妻がいるアルトゥロは躊躇し、そんな弱腰な彼に失望して別れを切り出したのです。

ジャニスとアナの2人で病院の廊下を歩いて気を紛らわしていると、アナの母テレサが来ます。さらにジャニスの親友のエレナが来ました。ジャニスの子はもうセシリアという名にするのが決まっています。

こうして2人は必死に頑張り、同じ日に出産しました。無事に産まれて赤ん坊を抱きあげる2人。

出産を終えた2人は苦労を分かち合います。今は赤ん坊は検査中で手元にはいません。ジャニスは電話番号を紙に書いて渡し、アナもそうします。

アナの母はオーディションにでているらしく、興奮気味。地方公演に数カ月かかり、このチャンスをみすみす逃したくないテレサは「アナは父のいるグラナダに帰るべき」と思っていますが、アナはなんとか子育てをしようとします。

一方、ジャニスは久しぶりにアルトゥロが来訪しました。ベビーベッドにいる赤ん坊を見せると「誰に似たんだろうね」と少し引っかかる言われ方をします。

後日、アルトゥロの家に行くと、「あの子は私の子じゃないんだろう」と言われます。「他に付き合っていた男はいない」と反論すると、アルトゥロは「親子鑑定させてくれ」と提案。最初は断るジャニスでしたが、不安になってきました。

そこで検査キットで独自に調べてみます。そして結果が届き、その内容に驚愕します。ジャニスの子ですらないという文面が書かれていました。100%の正確性だと断言されてしまい、激しく動揺します。アルトゥロだけでなく、自分の子ですらもないとは…。

であるならばこの子は一体誰の子なのか。考えられる可能性はひとつだけでした。その現実に直面するのが嫌だったジャニスはアナとの連絡を絶ってしまい…。

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女と女のパラレル

『パラレル・マザーズ』はいわゆる「新生児取り違え」を題材にしています。生まれたばかりの赤ん坊が何らかの手違いなどで他の親の赤ん坊とすり替わってしまい、そのまま気づかずに育ててしまうことです。滅多に起こるものではないと言われていますが、センセーショナルな出来事なのでよくフィクションの題材になりやすいです。日本でも“是枝裕和”監督の『そして父になる』が有名ですね。

『パラレル・マザーズ』ではアルトゥロの違和感からジャニスがDNA鑑定をしたことで、まずジャニスの手元にいるセシリアという赤ん坊はアルトゥロやジャニスと遺伝的な繋がりがないことが明らかになります。

そうなってくると同じ日に同じ病院で出産したアナの子であるアニタと間違って入れ替わってしまったのではないかという予測ができます。実際に密かにアナのDNSを採取して照合鑑定したところ、この今ジャニスのもとにいるセシリアはアナと遺伝的に繋がりがあって母子とみて間違いなしという結果が得られます。

でも、ではアナのもとにいるアニタはジャニスの子なのかという確証はできません。なぜならアニタは乳幼児突然死症候群で幼くして亡くなってしまっていたからです。

完全な真相は不明になってしまった中、この映画はどこへ向かうのか。

『そして父になる』では血縁関係になくても親子となれるのかというテーマを追求していましたが、この『パラレル・マザーズ』はそういう方向性へと真面目に問いかけることはしません。また、病院側を訴えるような社会派テイストに変わっていくわけでもありません。

『パラレル・マザーズ』が面白いのはこの「新生児取り違え」設定を土台に、女と女の愛や協同といったシスターフッドなテーマ性へとスライドしていくことです。いや、スライドするというか、その女と女の絆を描くことに一貫してブレないというべきでしょうか。

アナもジャニスから真相を聞いたときは動揺し憤慨しますが、その不和がドラマとして長々と引きずることもなく、2人は少なくとも映画内に映るかぎりではわりとあっさり関係を戻しています。2人がキスして体を重ねるシーンもあるように、同性愛のロマンスも混ぜ込みつつ、この2人が“その程度”のことでは狼狽えるものではないことがわかります。

そしてラストに映し出される家族の姿は、アルトゥロもいて、アナもいて、あのセシリアもいる。まるでクローバーファミリーのような包括的な家族の在り方をいたって平然と肯定してくれています。当然この一件で母親が責められるようなことはありません。

下手すれば血縁主義的になりかねないストーリーラインでありつつ、しっかりそこを回避してみせるのは、さすが女性とクィアを描くのが上手い“ペドロ・アルモドバル”監督の手腕ですね。

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歴史と家族のパラレル

『パラレル・マザーズ』は母子や家族をメインに描きつつ、同時にスペインの歴史を掘り起こしています。本当に文字どおり掘るのですが…。

本作で描かれるのは「スペイン内戦」です。1936年から1939年までに起きた内戦で、マヌエル・アサーニャ率いる左派の共和国人民戦線政府(ロイヤリスト派)と、フランシスコ・フランコを中心とした右派の反乱軍(ナショナリスト派)とが熾烈に争い合うことになりました。ここでいう争いというのは議論で戦うとかではなく、まさしく武器で戦う争いです。

とくに本作でジャニスの曾祖父が犠牲となった背景には、いわゆる「白色テロ(White Terror)」があります。これは右派が行った弾圧や暴力のこと。フランコ独裁政権下では、社会主義者、リベラル、知識人、少数民族などが迫害され、大勢が殺されました。その中には同性愛者も対象となっています。フランシスコ・フランコは1936年から1975年までスペインの総統として君臨し、犠牲者は20万人近いという試算もあります。

もう昔の話であり、歴史として片付いたことだと思われそうですが、実際はそうではなく、このフランコ主義者が行った残虐な行為は政治犯罪としてほとんど裁かれておらず、国連はスペイン政府にフランコ政権時代のこの一連の非道について調査するように要請しています

つまりこの『パラレル・マザーズ』で描かれているのはその調査そのものなんですね。地面を掘り起こして、無惨に殺されて乱雑に埋葬された犠牲者の姿を明らかにする。ラストはその姿が生々しく描かれます。

ではこれがジャニスとアナの「新生児取り違え」騒動とどう関わるのかと言えば、やはり「真実を明らかにすること」という視点でしょう。ジャニスはその気になれば黙っていることもできたでしょうが、有耶無耶にするのはやめて、真実をとりました。その姿勢は結果的により良い家族を築くうえで意味のある決断でした。

真実は覆い隠せないし、直視しないといけない。そうやって真実を明らかにし、その上に未来ある家族が生まれていくのだという展望を語っているようなエンディングにも見え、“ペドロ・アルモドバル”監督の歴史観と家族観がセットで表現されていたと思います。

家族の在り方というのは歴史に左右されてきました。ときに権力者によって「家族はこうあるべき」と抑圧されることもありました。だからこそ歴史を無視はできない。

「わが国の家族のあり方の根幹に関わる問題で、極めて慎重な検討を要する」なんて言葉を為政者が口にする現在進行形の日本も他人事ではない話ですよね。

『パラレル・マザーズ』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 96% Audience 78%
IMDb
7.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
7.0

作品ポスター・画像 (C)Remotamente Films AIE & El Deseo DASLU パラレルマザーズ

以上、『パラレル・マザーズ』の感想でした。

Parallel Mothers (2021) [Japanese Review] 『パラレル・マザーズ』考察・評価レビュー