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『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』感想(ネタバレ)…反権力で何が悪い?

ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ

反権力で歌い続けた…映画『ザ・ユナイテッド・ステイツvsビリー・ホリデイ』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:The United States vs. Billie Holiday
製作国:アメリカ(2021年)
日本公開日:2022年2月11日
監督:リー・ダニエルズ
人種差別描写 性描写 恋愛描写

ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ

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ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ

『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』あらすじ

1940年代、人種差別の撤廃を求める人々が国に立ち向かった公民権運動の黎明期。アメリカ合衆国政府から反乱の芽を潰すよう命じられていたFBIは、絶大な人気を誇る黒人ジャズシンガーであったビリー・ホリデイの大ヒット曲「奇妙な果実」が人々を扇動すると危険視し、彼女にターゲットを絞る。しかし、ビリーのもとに送り込まれた黒人の捜査官ジミー・フレッチャーは、しだいに彼女に心酔していく。

『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』感想(ネタバレなし)

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ビリー・ホリデイが反権力を伝える

2022年、東京にあるサンモールスタジオ、雑遊、シアター風姿花伝の3つの劇場が「劇場都市TOKYO演劇祭」を立ち上げ、1月10日より3月31日まで開催されているのですが、そのウェブサイト上に掲載されていた企画概要の文章が批判を浴びる騒動がありました。

その問題の文章とは以下のとおり。

反権力が演劇や芸術の要であるかのような謂れを受け、今も根強くそのような言動が蔓延ることであるが、演劇が一般社会においてそのような印象を持たれることはその分野の未来的な展望を阻害することに他ならない。

この文章は、芸術において反権力を否定する言動ではないかと問題視されたわけです。主催者側は「全ての演劇人を反権力と決めつけられる」ということに不満があったようですが、その言い分を聞いていると主催者側はそもそも「反権力」という言葉をよく理解していないのではないかと思ったりもします。反権力というのは、別に「政治家を批判しろ」とか「政府を支持するな」とか、そういう意味ではないはずです。政治にしろ大企業にしろ何かしらのあらゆる権力の支配を拒み、常に個人の表現や言論の自由を尊重する…それが反権力なのではないでしょうか。だから反権力は芸術で重要視されているわけで…。

その人の支持する政治思想や政党が何かは問題ではありません。反権力で大事なのは、個人がたとえ権力という最も逆らいづらい相手だとしても、芸術を自由に行使できるかです。

例えば、政治家をヒトラーになぞらえて風刺するとか、業界で蔓延る女性差別を題材にした作品を作るとか…。そういうときに「権力を相手にするのは怖いな…」と躊躇うことのないようにするのが、健全な芸術の在り方であって…。

あらためて反権力と芸術の関係について見つめ直してほしいものですが、今回紹介する映画はそれにぴったりかもしれません。

それが本作『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』です。

本作はタイトルにあるとおり、“ビリー・ホリデイ”という1930年代から1950年代にかけてアメリカで活躍したジャズ歌手を題材にした伝記映画です。最も有名な女性ジャズ・ヴォーカリストのひとりとして今なお語り継がれる才能の持ち主でした。

そのビリー・ホリデイの歌の中でもとくに人気だったのが「奇妙な果実(Strange Fruit)」という曲。この曲は実は人種差別を告発する歌詞になっており、曲名の「奇妙な果実」というのはリンチされて木に吊るされた黒人の死体を指しています。この曲がリリースされたのは1939年。アフリカ系アメリカ人の公民権運動が本格化したのは1950年代ですから、まさに先駆けとなるような行動でした。

しかし、そんなビリー・ホリデイが黒人差別への批判を歌に込めるのを快く思わない人間もいる。『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』はその勢力とビリー・ホリデイがどう闘ったのかを描いています。

念のために言っておくと正確な伝記ではありません。かなり脚色度合いが強いタイプの伝記映画です。それを踏まえたうえで鑑賞してほしいのですが、でも反権力の象徴的なビリー・ホリデイの生き様には心うたれるものがあるでしょう。原作は“ヨハン・ハリ”というジャーナリストが2015年に発表したノンフィクション「麻薬と人間 100年の物語( Chasing the Scream: The First and Last Days of the War on Drugs)」です。

『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』の監督は、2009年に『プレシャス』で称賛を浴びた“リー・ダニエルズ”。ドラマ『Empire 成功の代償』や映画『コンクリート・カウボーイ: 本当の僕は』をプロデュースしたりと、常に黒人社会を描くことに徹しているクリエイターです。

そして要となるビリー・ホリデイを演じるのがシンガーソングライターの“アンドラ・デイ”。演技経験はほぼないのですが、今作で見事な名演を披露し、ゴールデングローブ賞で主演女優賞(ドラマ部門)を受賞し、アカデミー賞でも主演女優賞にノミネートされました。そもそも“アンドラ・デイ”という名前もビリー・ホリデイの愛称である「レディ・デイ」から名付けたそうで、本人も特別な想いで演じたのでしょうね。

共演は、『バード・ボックス』の“トレヴァンテ・ローズ”、『マッドバウンド 哀しき友情』の“ギャレット・ヘドランド”、『ルディ・レイ・ムーア』の“ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ”、ドラマ『STAR 夢の代償』の“ミス・ローレンス”、『黒い司法 0%からの奇跡』の“ロブ・モーガン”、ドラマ『ロシアン・ドール:謎のタイムループ』の“ナターシャ・リオン”、『シルヴィ~恋のメロディ~』の“トーン・ベル”など。

『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』を観れば、ビリー・ホリデイが反権力の価値を現代の私たちに伝えてくれるでしょう。

オススメ度のチェック

ひとり 4.0:芸術を愛する人なら
友人 3.5:歌手が好きな人同士で
恋人 3.5:ロマンスも一応はある
キッズ 3.0:暴力描写・性描写あり
↓ここからネタバレが含まれます↓

『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):それでも歌う

1957年、ビリー・ホリデイはラジオジャーナリストの人と対面していました。相手から「有色人種の女性」としての意見をずけずけと聞かれ、複雑な表情を浮かべながら、逆に「リンチを見たことがある?」と質問を返します。そしてビリーは「人権(human rights)」という言葉を口にするのでした。

10年前の1947年。ビリーはニューヨークの「カフェ・ソサエティ」というクラブで歌唱を披露し、観衆を熱狂させていました。そこでは黒人も白人も混ざり合った客層になっています。

そのパフォーマンス後、ジミー・フレッチャーというファンが楽屋に押しかけてきますが、ビリーの夫のモンローは面会を拒否。ビリーはマネージャーのジョー・グレイザーと今後について話し合っていました。話題は「奇妙な果実」というビリーの人気曲についてです。実はこの曲は黒人の反乱を助長するとして政府から圧力がかかっていたのです。しかし、ビリーはそんなことで歌うのを辞めるつもりはありません。

そんなビリーをなんとか押さえつけようとFBI捜査官のハリー・J・アンスリンガーは画策していました。

ある日、いつも歌うクラブで警察が後ろにズラリと並び、満員のクラブ客の拍手に押されてビリーが「奇妙な果実」を歌い始めた瞬間、警察が取り押さえようと動き出します。ビリーはなんとかバンドに抱きかかえられ、バックステージに引っ込み、裏口から車で退避しました。

そして、ついに家にいたビリーのもとにFBIが訪問。そこであのジミーはFBIだと知るビリー。同じ黒人に対する裏切りに怒りを露わにし、その場で服を脱ぎ全裸になり、「逮捕してみろ、エージェント・フレッチャー」と挑発。

全裸になったのは史実どおりとのこと。しかも、当時は放尿までしてみせたそうです。

こうしてビリーは裁判で懲役1年と1日の判決を受け、過酷な刑務所暮らしとなります。

一方でジミーは黒人初の連邦捜査官になりましたが、母親からビリーのような立派な人間を陥れたことを非難され、しだいに反省するようになります。

1948年。ビリーは出所し、2か月後には体力を取り戻してカーネギー・ホールで、観客が大歓声でカムバックを祝う中、歌い上げるようになっていました。

それでもビリーへの弾圧は続き…。

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エメット・ティル・アンチリンチング法へと続く

ビリー・ホリディの伝記映画としては、『ビリー・ホリディ物語/奇妙な果実』(1972年)があり、こちらもアカデミー賞で高く評価されました。『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』はどちらかと言えば、ビリー・ホリディを軸に黒人差別を描くことに徹しており、より尖った作品になっています。

何より冒頭でいきなり凄惨なリンチの画像が映し出され、アメリカではリンチを禁止する法律がないことを提示するのですから。

もちろんビリーの人生は悲惨な側面ばかりではありません。幸せなエピソードもいくらでもあるでしょう。しかし、今作ではビリーの10歳でレイプされた過去などを浮き彫りにさせつつ、虐げられてきた黒人社会の代弁者としてビリーを位置づけています。

その抑圧者の象徴として立ちはだかるのがFBI。今回はFBIの悪名高き絶対的権力者として君臨したジョン・エドガー・フーヴァー長官ではなく、ハリー・J・アンスリンガーという捜査官がピックアップされています。

このアンスリンガーは実在の人物で、反麻薬キャンペーンを主導した人物として有名。相当にハッキリ人種差別主義者だったそうです。この映画(というか原作)は、このアンスリンガーがビリー・ホリデイを死に追い込んだんだ!というかなりセンセーショナルな告発をともなっています。

それが事実なのかは定かではありません。これに関しては多角的な検証が今後も行われるでしょう。

映画としてはその前提で脚色しています。ビリーのステージにまで警察が乗り込んでくる本作の重要な場面も実際にあったという明確な証拠もないので、ややオーバーな描写ではあり、そこは本作の批判ポイントにもなっているのですが…。

しかし、本作のラストの「エメット・ティル・アンチリンチング法」への繋がりといい、ひとつの巨大なアメリカ史としてやはりビリー・ホリディを軸にしたくなる気持ちはよく伝わってくる映画でした。脈々と継承される反権力の闘いです。私が死んでも芸術は死なない。

「エメット・ティル・アンチリンチング法」の法律名にも用いられているエメット・ティルとは、かつてリンチで惨殺された黒人少年のことです。ドラマ『ラヴクラフトカントリー 恐怖の旅路』での感想でも触れているのでそちらを参考にしてください。

本作『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』を観終わった後に、『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』を鑑賞すると感動はさらに格別なものになりますよ。

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人間関係はもっと複雑で…

その熱量はじゅうぶん伝わったのですが、『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』の伝記映画的な側面としてもっと期待していた部分もあって、そこはわりとあっさりなのは寂しくもあります。

本作ではジミー・フレッチャーという捜査官の男との、最初は敵でしだいに愛が生まれるという、何ともドラマチックなロマンス関係がメインストーリーで描かれます。でもこれは完全なフィクションです。

では実際のビリーの交際状況はどうだったのかと言えば、これがまあ複雑で…。実のところ、ビリーはバイセクシュアルだったと言われています。男性との交際もありましたが、女性とも公然と複数の人と交際をしていました。しかし、本作ではその描写はほぼ無しです。かろうじて女優のタルーラ・バンクヘッドと並んで歩いているシーンがあるのですが、その彼女と恋愛関係にあるとわかる明確な描写もないですし…。実際はタルーラ・バンクヘッドはビリーと交際し、ビリーをFBIから守るためにあれこれ動いていたこともあったらしいので、そこを掘り下げても良かったと思うのだけど…。

そう言えばクィアな表象として、今作ではミス・フレディというビリーの親友キャラクターが登場し、ジミーにビリーの身の上話をして生い立ちを説明する役を担っています。このミス・フレディは架空の人物で実在しないのですが、演じている“ミス・ローレンス”はジェンダー・フルイドでジェンダー・ノンコンフォーミングであると公表している俳優であり、おそらくこのミス・フレディもそういうジェンダーなのだろうなということが名前と容姿からなんとなく推察できます。

こんなアレンジを加えるくらいだったら、だったらなおさらビリーの人生のバイセクシュアルな部分を埋もれさせないで描いてほしかったなと。『マ・レイニーのブラックボトム』もそうですが、初期の黒人歌手コミュニティではレズビアンやバイセクシュアルの人は珍しくないし、ひとつのカルチャーになっていますから。

『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』はジミーとのヘテロセクシュアルな描写はたっぷりあるのですが、それを柱にしなくても全然問題はなかったでしょう。

そんなこんなで惜しいなと思う部分もあったのですが、ビリー・ホリデイの人生を引用する映画としては意義ある一作だったのではないでしょうか。ビリー・ホリデイも今の時代に生きていたら、きっと「奇妙な果実」を歌ってブラック・ライヴズ・マターに参加したでしょうからね。

『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 56% Audience 80%
IMDb
6.3 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
7.0

作品ポスター・画像 (C)2021 BILLIE HOLIDAY FILMS, LLC. ザユナイテッドステイツvsビリーホリデイ

以上、『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』の感想でした。

The United States vs. Billie Holiday (2021) [Japanese Review] 『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』考察・評価レビュー