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『パブリック 図書館の奇跡』感想(ネタバレ)…公共の場は誰のもの?

パブリック 図書館の奇跡

公共の場は誰のもの?…映画『パブリック 図書館の奇跡』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:The Public
製作国:アメリカ(2018年)
日本公開日:2020年7月17日
監督:エミリオ・エステベス

パブリック 図書館の奇跡

ぱぶりっく としょかんのきせき
パブリック 図書館の奇跡

『パブリック 図書館の奇跡』あらすじ

オハイオ州シンシナティの公共図書館のワンフロアが、ある夜、約70人のホームレスたちに占拠された。記録的な大寒波の影響により、市の緊急シェルターがいっぱいで彼らの行き場がなくなってしまったのが原因だった。彼らの苦境を察した図書館員スチュアートは図書館の出入り口を封鎖するなどし、立てこもったホームレスたちを助けるが、事態はどんどん深刻になる。

『パブリック 図書館の奇跡』感想(ネタバレなし)

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図書館に行っていますか?

人類が「図書館」というものを生み出した歴史は相当に古く、紀元前にまで遡ることになります。当時、書物というものはとんでもなく貴重であり、それがいくつもある図書館は大袈裟でも何でもなく叡智の宝庫でした。

しかし、現代の私たちは図書館との関係は希薄になってしまっていると思います。そもそも図書館に行っているでしょうか。学校時代に行ったきりだという人も多いのでは? そうだとしたらますます図書館の価値はわからないですし、そもそもどういう人が図書館に通っているのかも想像つかないかもしれません。

学校の図書館はそれこそ生徒や教師が利用者の主体。でも公共の図書館の場合、足を踏み入れるとわかるのですが、ガラッと違って実に多様な人たちが本を読んでいます。年齢も性別も、おそらく職業もバラバラ。なぜこの図書館にいるのか、それは各自にインタビューでもしないと不明ですが、きっとそれぞれの目的があるのでしょう。

映画館はおカネを払って同じものを見ます。そのため目的が同調しやすいです。そういう一体感は映画の醍醐味ですよね。でも図書館は全く違う。こうやって考えると図書館という空間は、本当に唯一無二の特殊性を持っていると実感します。図書館はバラバラだからいいんです。

そんな図書館の役割について考えたくなる映画が登場しました。それが本作『パブリック 図書館の奇跡』です。

図書館の役割を問う作品と言えば、『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』というドキュメンタリーも素晴らしかったですが、この『パブリック 図書館の奇跡』はドラマ性のあるストーリーでそのことを伝えてくれるのです。

お話は、アメリカのある図書館がホームレスたちに一夜だけ占拠されてしまうというもの。それが一体どういう物語を編み出すのかというのはぜひ鑑賞して確かめてほしいのですが、作品自体のジャンルはざっくり分類すると社会派ドラマだけどコメディ寄り…という感じ。でも先ほども言ったように図書館の役割を考えさせてくれる、実に教養とメッセージのこもった映画です。きっと図書館関係者やよく利用する人は心にズシンとくるのではないかなと思います。

監督にも注目したいところ。本作を手がけるのは“エミリオ・エステベス”。知らない人もいるかもですが、あの青春映画の不朽の名作『ブレックファスト・クラブ』でスポーツできる子として主役で出ていたひとり。いわゆる「ブラット・パック」(1980年代のハリウッド青春映画によく出演した若手俳優の一団の通称)のメンバーですね。

実はこの“エミリオ・エステベス”はその後は成長して監督業でも活躍しているのです。今作は久しぶりの監督作であり、それも図書館が印象的な舞台になる『ブレックファスト・クラブ』に続いて、またも図書館映画という、なんだか面白いことに。

本作では“エミリオ・エステベス”は監督だけではなく、脚本&製作&主演も務めており、かなり注力していることが窺えます。“エミリオ・エステベス”の父親は『地獄の黙示録』で有名なあの俳優“マーティン・シーン”であり、彼は正真正銘のリベラルとしても名が知れており、政府などへの反対運動をよく展開していました。そういう父の背中を見て育ったことも『パブリック 図書館の奇跡』を作るうえでの動機になっているそうです。市民抗議活動に関してはじゅうぶん理解している人なんですね。

他の俳優陣は、『マザーレス・ブルックリン』の“アレック・ボールドウィン”、『トゥルー・ロマンス』の“クリスチャン・スレーター”、ドラマ『ウエストワールド』の“ジェフリー・ライト”、『ハンガー・ゲーム』シリーズの“ジェナ・マローン”、ドラマ『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』の“テイラー・シリング”など。結構よく見ると豪華だと思えなくもない顔ぶれではないでしょうか。

コロナ禍の休業要請やロックダウンで図書館も大きな影響を受けた今、『パブリック 図書館の奇跡』を鑑賞するなら絶好のタイミングだと思います。感染拡大が続いているので推奨できないのが残念ですが…。

オススメ度のチェック

ひとり ◯(社会派ドラマ好きなら)
友人 ◯(図書館好きで語り合う)
恋人 △(恋愛気分は盛り上がらない)
キッズ ◯(大人の補佐で考えながら)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『パブリック 図書館の奇跡』感想(ネタバレあり)

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閉館の時間…え?占拠?

アメリカのオハイオ州南西端に位置する都市・シンシナティ。かつて奴隷制廃止運動の中心地ともなった歴史もあるこの街は、現在は多様な人種に溢れた人口の多い活気ある地域となっています。基本的には温暖な気候なのですが、今年は大寒波が襲い、街中の人を凍えさせていました。

街中のホームレスたちが寒そうに厚着をしながら白い息を吐いています。その横を通りすぎて職場にいく男。スチュアート・グッドソンが向かっているその職場とは図書館です。街を象徴するような大きな公共図書館。無数の本が並び、綺麗に整備されたこの建物が彼のいつもの仕事場であり、司書として日々を過ごしています。

朝。開館準備に追われる中、館長のアンダーソンと話します。同僚のマイラにも会い、通常どおり業務を進めます。

そして、いよいよ開館。すると入り口で待機していたホームレスたちがぞろぞろと入ってきます。彼らは図書館のトイレで歯みがきや身だしなみを整え、これもまた朝の恒例の風景です。そのホームレスたちのリーダー格的な存在としているジャクソンたちと仲間の数人。トイレにスチュアートがやってきますが、お構いなし。ホームレスたちは陽気そうです。

図書館ではときおり予測不能なトラブルも起きます。例えば、窓のそばで全裸で歌っている男がいるとか…。他の客は避けていく中、気にすることもなく熱唱する男。マイラとスチュアートが対応し、ホームレスたちも見物しますが、裸男はふいにぶっ倒れました。

こんな滅茶苦茶なこともありますが、それでも多くのホームレスは静かに利用しており、図書館は平和です。いろいろな調べものの要望をする来館者もたくさん。あれを調べたい、これについてわかる? 突拍子もない質問もあります。インターネットの時代とはいえ、図書館は必要とされています。

閉館のアナウンスが流れ、図書館の1日はこうして終わります。

そして次の日、また同じ1日が繰り返されるのです…と思ったのですが、この日だけは違いました。

スチュアートは日課のように出勤すると図書館の前の路上で凍死者が発見されたらしく、報道陣も詰め掛け、少し騒がしくなっていました。例の大寒波はホームレスの命にとって危機のようです。でもスチュアートには何もできません。そう思っていました。

今日も仕事は終わり、閉館間際になった時、それは起こりました。ホームレスのジャクソンが話しかけてきます。ここに泊めてほしい、と。外は極寒で、市の緊急シェルターも満杯で行き場がないゆえの苦肉のお願いでした。当然、図書館は宿泊施設ではないので、それは無理な頼み事です。閉館すれば管理する人は帰ってしまうので、開けることもできません。

しかし、スチュアートには良心の呵責がありました。自分が何かしていれば今朝のような悲しい犠牲者も出なかったのでは…。1人くらいならいいかと思って返事をした矢先、それはそう単純ではないことが判明します。

スチュアートの目に飛び込んだのは図書館の広い一室を埋め尽くすようにズラッとホームレスたちが勢揃いして立っている光景。さすがに狼狽するスチュアート。どうしよう…。

職員は追い出そうとしますが、ホームレスの一部は3階ドアを椅子でふさいで籠城。入れなくさせます。焦るスチュアート。どうなるんだとハラハラ見守るマイラ。警官も外に到着。ジャクソンは本棚でドアを塞ぎ、完全に封鎖されました。

「プランは?」と聞くスチュアートですが、ジャクソンはそんなに考えていないようで、楽しそうに笑っていました。「声をあげろ」と大合唱のホームレスたち。引き返せない状況はヒートアップ。

これは単に一泊させただけの問題ではない。ホームレスたちによる図書館を占拠しての抗議活動でした。全ては自分たちが生きるために…。

長い夜が始まります。

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ただ本を読む場所じゃない!

『パブリック 図書館の奇跡』はただの立てこもりサスペンスではありません。原題が「The Public」であることからもわかるように「公共」という概念について強く問いかける寓話的物語です。日本だと「図書館戦争」といった作品もありましたね。

ちなみに舞台となっているシンシナティの図書館は「Public Library of Cincinnati and Hamilton County (PLCH)」という由緒ある図書館で、設備も非常に整っている評価の高い施設です。

そんな図書館を占拠するなんて随分と大胆だなと思うかもしれませんが、こういういわゆる「オキュパイ・ムーブメント(Occupy movement)」 は市民抗議活動の常套手段であり、よく使われます。市民運動の弱い日本では異常に見えても、アメリカではごくごく普通のことです(アメリカに限らず世界の多くでは一般的なんですけどね)。

映画ではまず前半は図書館のいつもの役割を丹念に描きます。ホームレスの人が自然に利用しているのもそこまで珍しい話ではありませんが、知らない人にしてみればびっくりする光景かも。このあたりはちょっとコミカルに描写されており、なんだか面白おかしいです。でも、図書館が単なる読書の場ではないことはハッキリ伝わりますよね。

そして中盤からいよいよ占拠スタート。ここから図書館の真価を問う綱渡りが始まります。その渦中で結果的にどっぷり関与してしまったスチュアート。彼は主人公ですが、つまり図書館の精神の体現者であり、良心そのものを代表しています。名字が「グッドソン(Goodson)」なのも偶然ではないでしょう。
かといって「私が正義だ!」と威風堂々としているわけでもなく、どことなくオドオドしている感じで「大丈夫か?」と思わせる佇まいで当初は存在しており、観客としてはハラハラします。“エミリオ・エステベス”の演技のバランスがいいですね。

そしてその自信なさげな主人公と相反するように和気あいあいと占拠するホームレスたちのギャップがまた愉快です。ピザ屋さんはピザ作るの大変だったろうな…。

で、そんな占拠に対抗する警察など権力者側も今作ではどこか抜けています。この絶妙なゆるさが本作の特徴であり、メッセージをそこまで説教臭くさせない効果になっているのだと思います。まあ、実際のアメリカならもっと高圧的に取り締まりが起きてもおかしくないのですが、そこはちょっとフィクションの力で誤魔化している感じもありますけど…。

私はシンシナティという街の雰囲気がわからないのでそこのリアリティを評価できないのですよね。ああいう抗議にも割と寛容な街なのかな。

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図書館が教えてくれる「公共」の意味

『パブリック 図書館の奇跡』が示す「公共」の役割。それはもちろん国民のため市民のため。もっといえば平等のため、そして弱者のため。そうしたもののために尽くすこと。

それを象徴するエピソードが本作にはひとつありました。それはスチュアートら図書館側が図書館利用者(ここでは占拠している人たちを含む)の個人情報を警察側に聞かれ、回答を拒否する場面です。

これは当然プライバシー保護が理由にあるのですが、図書館の場合は大きな論争として火種になってきたことです。

アメリカの図書館のプライバシー保護を語るうえで有名なのは「John Doe v. Alberto R. Gonzales」という判例です(とても有名なのでネットで検索すれば論文でもいくらでもヒットするはず)。2001年の911テロの後、大規模テロを防ぐために「米国愛国者法」という法律が制定されました。これにより市民の個人情報を国が収集する手段が法的に根拠づけられることになります。これに異を唱えたのが図書館です。アメリカ図書館協会を中心に反対運動が展開され、この法律の違憲性を問うものとして注目されたのが「John Doe v. Alberto R. Gonzales」でした。要するに「図書館は国の言いなりにはならず自由を保障する場であり続けますよ」というわけです。

こうした図書館とプライバシー保護をめぐる権力者側との対決構図はアメリカでは今も起きており、日本も例外ではないです。日本では図書館が裁判所の令状のないまま警察に利用者の住所、氏名、生年月日、貸出冊数などの個人情報を提供していたことが全国各地で発覚し、最近も問題視されています。それは図書館側にだけ責任を問うというより、日本社会全体の公共と情報の在り方の意識の問題だと思いますが。

図書館は情報が集約する場所として昔からあった拠り所。それは今はインターネット、とくにSNSに移行しつつありますけど、役割は似ています。図書館の問題はSNSにも重なるものです。SNSも安易に権力者側の思いどおりに使われてしまうことが世間を騒がせています(『グレート・ハック SNS史上最悪のスキャンダル』を参考にどうぞ)。

『パブリック 図書館の奇跡』は図書館映画ですが、同時に「公共というものは本来はこうあるべきじゃないですか」という再認識を私たちに促してくれます。

映画としてはややテーマが漠然としすぎているので風呂敷を広げたわりにはなんだか詰め込んだものに対する解決は甘く、一部の権力者やマスコミを愚かに描く程度で悪役を任せてお茶を濁した感じはあるのが少し残念ですが(全裸オチもインパクトはあるけど)、『パブリック 図書館の奇跡』の問いかけはじゅうぶんな考えるきっかけにはなるのではないでしょうか。

自分の地域にある図書館を微力ながら応援していきたいと思います。

『パブリック 図書館の奇跡』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 65% Audience 79%
IMDb
6.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 6/10 ★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)EL CAMINO LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

以上、『パブリック 図書館の奇跡』の感想でした。

The Public (2018) [Japanese Review] 『パブリック 図書館の奇跡』考察・評価レビュー