クィアと先住民がコーチする…Netflix映画『Rez Ball レズ・ボール』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2024年)
日本では劇場未公開:2024年にNetflixで配信
監督:シドニー・フリーランド
自死・自傷描写 恋愛描写
れずぼーる
『Rez Ball/レズ・ボール』物語 簡単紹介
『Rez Ball/レズ・ボール』感想(ネタバレなし)
先住民とバスケットボール
1891年、マサチューセッツ州スプリングフィールドにて、カナダ人の体育教師であった“ジェームズ・ネイスミス”は、怪我のリスクを減らして屋内で可能なスポーツを何か考案できないかと思いつき、最終的にあるスポーツのアイディアを確立しました。
それが後の「バスケットボール」となりました。
1898年には最初のプロリーグが設立され、瞬く間にバスケは普及しました。
狭い場所でもできるスポーツなので、なんとなく都会のイメージが強いバスケですが、実際はいろいろな地でいろいろな人たちがバスケに夢中になり、文化に溶け込んでいます。
今回紹介する映画は、あまり描かれてこなかった地域のバスケの文化に寄り添った作品です。
それが本作『Rez Ball/レズ・ボール』。
タイトルの「ball」はもちろんバスケットボールのことですが、「rez」はネイティブアメリカンの保留地(reservation)の略称のことです。アメリカ大陸の先住民であるネイティブアメリカン(インディアン)は、現在はアメリカ政府との合意に基づいて、部族の恒久的な居住地として確保された土地の区域を保有しており、それが「保留地」と呼ばれているものです。
ということで映画のタイトルが示すとおり、本作は「ネイティブアメリカンのバスケットボール」を描いています。
物語としては、居留地内の高校の男子バスケットボール・チームが州大会の優勝を目指して切磋琢磨していく姿を描くという王道のスポーツ青春モノです。
ただ、おおまかに実話をベースにしており、『Canyon Dreams: A Basketball Season on the Navajo Nation』というノンフィクションが土台です。『Rez Ball/レズ・ボール』の実話の背景を知りたければ、その実話を主題にしたドキュメンタリー『バスケがすべて(Basketball or Nothing)』が「Netflix」で配信されているので、そちらを参考にしてください。
『Rez Ball/レズ・ボール』は当然のようにネイティブアメリカン当事者でキャスティングされており、ドラマ『Dark Winds』の“ジェシカ・マッテン”が主演するほか、本作で本格的にデビューした”カウチャニ・ブラット”など、新顔も目立っています。
そして、『Rez Ball/レズ・ボール』を監督するのは、ネイティブアメリカンのナバホ族のルーツを持つ“シドニー・フリーランド”。2014年に『Drunktown’s Finest』で長編映画監督デビューを果たし、『ディードラ&レイニーの列車強盗』(2017年)などの映画を手がけたほか、さまざまなドラマのエピソード監督も務めてきました。最近だと『Reservation Dogs』や『エコー』などネイティブアメリカンに深く根差したドラマシリーズのエピソード監督でも話題となり、先住民のレプリゼンテーションを先陣で切り開いているクリエイターとなっています。
今作『Rez Ball/レズ・ボール』は久々の“シドニー・フリーランド”の長編映画なのですけど、やっぱりこの監督は安心感がありますね。
『Rez Ball/レズ・ボール』は王道のスポーツ青春モノですが、その定番のジャンルの構造をしっかり先住民目線で構築し直しており、見事な手腕を発揮しています。
“シドニー・フリーランド”はトランスジェンダー女性でもあり、『Her Story』というトランスジェンダー当事者のありのままの日常を描いたシリーズも制作したことがありますが、これまでの監督作でもクィア表象が散りばめられていました。今作『Rez Ball/レズ・ボール』も、コーチの女性が「女性の恋人がいる」人物だったりと、さりげなくクィアなキャラクターを主要人物に据えてくれています。
『Rez Ball/レズ・ボール』は「Netflix」で独占配信中ですので、ぜひこの良作をお見逃しなく。
『Rez Ball/レズ・ボール』を観る前のQ&A
A:Netflixでオリジナル映画として2024年9月27日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :見逃せない良作 |
友人 | :スポーツ青春モノ好きなら |
恋人 | :恋愛要素はわずかにあり |
キッズ | :バスケ好きの子に |
『Rez Ball/レズ・ボール』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
アメリカのニューメキシコ州チャスカ。見渡す限りの荒地ですが、そこには人々の生活があります。友人の両親に見守られながら子どもたちがバスケットボールをしていました。そんなジミー・ホリデーはバスケと共にこの環境で育ち、成長してもバスケを続けていました。
ここはナバホ族居留地。この地で子どもを魅了するのはバスケです。ネイティブアメリカンの地元の少年たちの多くが高校のバスケチーム「チャスカ・ウォリアーズ」に所属することに憧れています。
ジミーはそのチームに選ばれており、充実したバスケの青春を送っていました。キャプテンのナターニー・ジャクソンは同じチームのエース同士で、相棒です。
今日も登校のバスの中では他の男子たちとふざけ合い、気楽なお喋りが止まりません。しかし、ある場所を通り過ぎるとみんな気まずそうに沈黙します。その道路脇にはささやかな慰霊碑が2つ。実はナターニーは飲酒運転の事故で母親と妹を亡くしており、その現場でした。
それはさておき、今日も試合です。観客は大勢集まっており、早くバスケを観たいと大熱狂がもう巻き起こっていました。
チャスカ・ウォリアーズは接戦を制し、ジミーは仲間との連携プレイでゴールに繋げていき、勝利をもぎとります。好調でした。
けれどもコーチのヘザー・ホッブスは、浮かれるチームでも厳しい指導を怠りません。どんなにスポーツで地元のスターになろうとも、目の前にいるのはまだ10代の子ども。経験も浅く、調子に乗りやすいです。
ヘザーは恋人と距離をとり、この故郷の居留地にひとりで舞い戻ってきていました。今はこの血気盛んな男子高校生たちの相手をしないといけなく、毎日が大変です。
一方、バスケは上手いジミーですが、自身の母グロリアはバスケに否定的で、その関係性に悩んでいました。
次の試合の日。なぜかナターニーが来ていません。相手はカトリック学校のサンタフェ・コヨーテズ。ホームで勝ってみせるとチャスカのチームは意気込んでいましたが、ヘザーだけは強敵であることを見抜いています。油断できません。
実際、試合が進めば進むほど点差は開いていき、もうチャスカのチームに余裕の顔はなくなります。ボロ負けでした。
そこに追い打ちとなる悲しい知らせが…。ヘザーの口から控室で聞かされたのは、ナターニーが自ら命を絶ったということ…。
地元は、愛されてきたスターの死を悲しみ、追悼で静まり返ります。葬儀は粛々と行われ、ジミーは涙を流します。
ひととおりの別れは済みました。しかし、それでもその後も溢れる感情をどこへ向ければいいのかもわからないジミーはバスケに集中できません。チームも意気消沈で、大黒柱の選手をこんなかたちで失ったことに戸惑っていました。
ここからどうやって再起すればいいのか…。
スポーツ少年たちよ、心を大切に
ここから『Rez Ball/レズ・ボール』のネタバレありの感想本文です。
『Rez Ball/レズ・ボール』は先ほども書いたとおり、王道のスポーツ青春モノです。
冒頭の男子高校生たちがわちゃわちゃとくだらない会話をしながら、日常をゆるく謳歌していく…その風景がニューメキシコ州の田舎と合わさって、のんびりしています。環境自体は緑も少なく、荒れた感じが強めなのですが、そんなこともこのエネルギッシュな若者たちには気になりません。
しかし、冒頭からふと暗い影が映像にかかります。それがナターニー・ジャクソンというバスケ・チームのエースの子です。
表向きはこの子も同年代の仲間と一緒にじゃれ合っているのですが、心の内では友達にも簡単に明かせないほどに悩みを抱えているのでした。直接的には言及されませんが、どうやら家庭はアルコール依存症によってぐらついていたようで、家族を交通事故で失ってしまっています。その悲劇だけで終わることはなく、ナターニーの心はずっと沈み続けていたようです。
そして、ナターニーの自死がチーム全体へのさらなる余波を生みます。この自死の展開はとても慎重に導入されており、自殺の直接的描写を避けているのはもちろん、この後の物語はレジリエンスを丁寧に描くことに徹していました。
家庭の悲劇と、それをバスケに捧げる青春とクロスオーバーさせていくという構図は、最近も『THE FIRST SLAM DUNK』で観ましたが、『Rez Ball/レズ・ボール』は実写としてよりリアルに心に刺さるものになっていました。
そもそも運動はストレス解消に効果的なのはじゅうぶんに知られていますが、プロ・スポーツの世界は勝ち負けの緊張感で張りつめているものであり、ストレスがかかります。そのため、プロ・スポーツに片足を突っ込み始めている高校生レベルのアスリートであっても、やっぱりメンタルケアは重要なのであって…。
ティーンの部活などのスポーツものであると、気合い!根性!体力!筋肉!みたいなノリでほぼ全部を突破しようとしてしまう作品もありますけど、現実にはそんな手は通用せず、必殺技でかっこよく解決することもない…。
だから『Rez Ball/レズ・ボール』のようなスポーツの中でのメンタルケアを描く作品は大切だと思います。
基本的にジミーに焦点があたっており、他のメンバーの存在感が薄いのはやや残念ですが、一本の映画だとそこまで網羅的に描くのは厳しいかもしれません。けれどもジミーを主人公として最後まできっちり救い上げていたと思います。
このコーチがいるからこそ
個人的に『Rez Ball/レズ・ボール』で最も良かったのは、コーチであるヘザーの存在です。
一般的にこういう何らかの理由でダメになってしまっているスポーツ・チームに、他所からコーチが現れて、チームを全体的に改善し、勝利に導いていく…という流れはこのジャンルにおいてはベタです。
しかし、アメリカの作品だとたいていはそういうコーチは白人男性が務めることが多いんですね。例えば、『ザ・ウェイバック』や『HUSTLE ハッスル』が該当します。こういう作品では、コーチの白人男性が何かしらのプライベートな問題を抱えていることが多く、コーチしていく過程で己を見つめ直し、相乗効果で互いを高め合うというドラマがセオリーになってきます。
ただ、こういう構図の物語は感動を売りにしていますけど、一方で白人救世主的な構造を持っていることも否定できません。
『AIR エア』はコーチではないですが、やはり白人男性がバスケ選手に干渉していく話でしたが、こちらは少しその白人救世主的な構造を意識して自己批判する視線がありました。
それらと比べると、『Rez Ball/レズ・ボール』は大違いで、何と言ってもコーチのヘザーは女性で、しかもネイティブアメリカンの当事者です。地元の当人がその地元のチームに手を差し伸べることで、植民地主義的なものは当然ながら、その他の不均衡な構図を一切退けています。
その上で、高校生たちにネイティブアメリカンの文化にあらためて触れさせ、言語や歴史へのリスペクトと共に、彼らを再スタートさせるという作中の試みも効果的に活かされていました。
“シドニー・フリーランド”監督らしく、「BOYS vs GIRLS」という女子チームと戦わせる奇抜な作戦も、スポーツにおけるジェンダーの固定観念(女は身体的に男よりも弱い)をおちょくる感じで面白かったです。実際、ネイティブアメリカンのバスケでは女子チームのほうが男子より実績をあげていることがあるらしいです。
“ジェシカ・マッテン”演じるヘザーがかっこいいというそれだけでも観ていて嬉しかったですけどね。元カノをチラっと示唆しつつ、あまり恋愛ありきでヘザーのパーソナルな物語が進行しないのも、スマートで良かったのではないでしょうか。
『Rez Ball/レズ・ボール』はバスケ映画の新たな名作として気持ちよく時代の一歩を踏み出せた作品でした。次は誰がゴールを決めるかな?
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
○(良い)
関連作品紹介
バスケットボールを題材にした作品の感想記事です。
・『ハイ・フライング・バード 目指せバスケの頂点』
作品ポスター・画像 (C)Netflix レズボール
以上、『Rez Ball/レズ・ボール』の感想でした。
Rez Ball (2024) [Japanese Review] 『Rez Ball/レズ・ボール』考察・評価レビュー
#スポーツ #バスケ #先住民 #レズビアン #男子高校生