西部劇が現代へ伝えるメッセージ…映画『スロウ・ウエスト』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:イギリス・ニュージーランド(2015年)
日本公開日:2016年7月17日
監督:ジョン・マクリーン
スロウ・ウエスト
すろううえすと
『スロウ・ウエスト』物語 簡単紹介
『スロウ・ウエスト』感想(ネタバレなし)
西部劇も次世代へ
日本人にとって時代劇は欠かすことのできないジャンルのひとつであり、日本らしさの象徴でもあります。興味がなくても、時代劇が日本文化の代表であることには異論はないでしょう。
日本が時代劇ならば、アメリカには「西部劇」があります。南北戦争後の19世紀後半という歴史をベースに、まだ開拓真っ最中で頼れる行政もなく厳しい自然が広がるアメリカ西部を舞台して、白人・黒人・先住民などの登場人物がときに協力し、ときに激突するドラマ。とくに保安官やガンマンは、アメコミにとって代わられるまで、アメリカの象徴的なヒーローでした。実にたくさんの作品があれよこれよと生み出され、アメリカ映画の発展に大きく貢献したのは言うまでもありません。
しかし、西部劇の勢いはしだいに衰え、かつての盛り上がりはなくなってしまいました。すっかり西部劇と聞くと古いイメージが連想されたりもするようになり、きっと最近の若者、ましてや日本人であれば西部劇なんて触れたこともないという人も珍しくないでしょう。
では、西部劇は潰えたのでしょうか。Wikipediaの「西部劇」のページでは「現在西部劇は殆ど滅び去ったと言ってよく、パイオニア精神の失われた今のアメリカで成り立ち得ないジャンル」と引用されて紹介されています。ところが、この文章の出典は1987年の書物です。今もそうなのかという話です。
その答え。西部劇は今もアメリカ映画に息づいています。かつての乱発されまくりなノリはないにせよ、西部劇のエッセンスが他のジャンルにも拡大していますし、西部劇そのものもしぶとく製作されている事実があります。それだけ西部劇のフォーマットは今でも有用なんですね。
そんな現代で生み出された最新の西部劇映画のひとつが本作『スロウ・ウエスト』。
本作はマイケル・ファスベンダーが主演の西部劇ドラマです。これだけでも映画ファンには見逃せないところ。
でも、ベテラン俳優もいいですが、本作では若手にも注目です。
まず、“コディ・スミット=マクフィー”。最近では『コングレス未来学会議』(2015年)に出演してます。『スロウ・ウエスト』では、恋人を追って無防備にもアメリカにやってきたお坊ちゃんの役で、青少年特有の不安定感を見事に演じています。彼は『X-MEN:アポカリプス』にも出演しており、今後も目にする機会は多いのではないでしょうか。
そして、 “カレン・ピストリアス”。彼女は新人なのかな? 少なくとも日本で公開されている映画としては初出みたいです。彼女はとにかくカッコいい。射られます。本作で、一番ファンを獲得しそうなキャラクターでは?
若手といえば、本作の“ジョン・マクリーン”監督もこれが長編映画デビュー作ということで、なんとも若々しい映画です。なんでもインディーロックバンドのメンバーとしても活躍していて、ずいぶんマルチな才能の持ち主のようで…。ロックバンドをやっているけど、映画は西部劇をチョイスするあたり、凄いセンスですよね。
お話しとしては西部劇の王道をなぞった緩急あるストーリーテリングです。そして、瞬発的な見せ場シーン。とくに終盤は痺れます。
西部劇と聞くと古臭いと思う人もいるかもしれませんが、現代にも通じるメッセージを打ち出すことができるポテンシャルをまだまだ持っているジャンルだと思います。普段、西部劇を見ない人もぜひ見てほしいです。
問題点といえば、本作を見るチャンスが現時点で乏しいこと。WOWOWで放映された以外は、新宿シネマカリテの特集企画「カリコレ2016(カリテ・ファンタスティック!シネマコレクション2016)」で上映されているだけ。こういう作品は、VODですぐに配信して、全国の人が見れるようにしてほしいものです。
『スロウ・ウエスト』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):あの人を追いかけて
1870年。ジェイ・キャヴェンディッシュという16歳の少年が思い人であるローズ・ロスという女性の後を追って、スコットランドからアメリカの大地に渡ってきました。
僅かな野宿可能な荷物と一丁の銃だけを握りしめて、馬で単身でこの地を旅します。ろくな経験はありません。貴族出身の彼はまだこの世界の過酷さをわかっていませんでした。
霧深い中を進んでいたとき、それは霧ではなく先住民の住居が焼けて燃え切った煙だとわかります。そしてしばらく進むと銃声がして、先住民のひとりと対面。そいつは逃げてしまい、追っ手の男たちに銃を向けられます。
ジェイは自己紹介しますが、その相手の男は別の男に銃を向けられ、膠着状態になります。その男は容赦なく相手を撃ち殺し、金目のものを物色。
「こいつらはもう軍人じゃない。先住民狩りだ」
サイラス・セレックというその男は用心棒になってくれると言います。ジェイは「手引書」という旅行ガイドブックくらいしか知識がないようです。とりあえずカネを払って後をついていくことにします。
途中で歌を歌っている黒人の3人に出会います。ジェイは聞き入ります。
夜は野宿。ジェイは夜空を見上げて、月の先住民を倒すなんていう夢見がちなことを口にします。そのとき、暗闇で物音が…。動物なのか…。
次の日も移動。ジェイはローズは機知に富んだ美しい女性だと語りますが、サイラスは冷たくあしらいます。小作人の家庭であるローズとの身分違いの交際は認められず、ジェイは心残りだったのでした。
交易所に到着。ローズとその父親ジョンは賞金首として命を狙われていることが手配書でわかります。その手配書をサイラスはもぎとり、ジェイには見せません。おそらく狙っている賞金稼ぎが他にも来ているはず。
休んでいると強盗が出現。一触即発の中、その強盗の男は撃たれますが、店主も死亡。連れの女だけが銃をこちらに向けてきます。
サイラスは「深呼吸をしろ」と呼びかけますが、背後からジェイが発砲し、女は息絶えました。
外に出ると子ども2人が立ちすくんでいました。あの強盗夫婦の子なのか。
ジェイとサイラスはその場を去ります。
「子どもを連れていけたのでは?」とジェイは口にしますが、サイラスは相手にしません。ジェイはサイラスのもとを離れ、ひとりで出発してしまいます。
また愛しの人に出会えるのかもわからない旅は続きますが…。
古き者と新しき者、引き継がれる魂
西部劇はどうしても題材的に素材が少ないので、「退屈」とか「つまらない」という感想がすぐさま発生しやすいジャンルです。中には単純明快なド派手な痛快作もありますが、基本は地味。アクションも極力少なく、メインは人間ドラマ…しかも、非説明的な葛藤だったりします。なので、受け手の解釈がどこまで膨らむかも重要です。映画を観て何も考えずに楽しみたい人よりも、ストーリーやキャラの心理を読み解きたい人向けかもしれません。
そんなことは言ってもアクションは西部劇の白眉です。
西部劇を観る時は人それぞれ楽しみ方があると思うのですが、個人的に西部劇というジャンル映画を見るときは、ひとつでも「カッコいい」と感じたシーンがあれば最低ラインをクリアしたと思って評価しています。
その点、本作は大合格でした。
どのシーンを切り取っても絵が綺麗です。ひとつひとつの構図をしっかり考えて作り上げている感じが伝わってきました。とくに終盤の大銃撃戦は最高。西部劇というジャンルは時代設定の制約上、使える武器や環境がどうしても乏しいです。そんな条件のなかで、工夫を凝らして見せてくれる戦闘はやはり楽しい。やっぱり籠城戦というシチュエーションはテンションがあがるものですね。圧倒的な劣勢からの防衛&反撃。これぞ西部劇ロマン。少数が多数に勝つ。何度見てもクールです。ここの“カレン・ピストリアス”の躊躇のない銃さばきがまたいい。
本当にこの監督はこれが長編映画デビュー作なのかと疑ってしまうくらいです。一応、撮影の人は、『ジミー、野を駆ける伝説』や『あなたを抱きしめる日まで』などイギリス作品を多く撮ってきた人なので、その部分で熟練のフォローはあったでしょうけど。それでもここまでの絵作りはなかなか。
というか“ジョン・マクリーン”監督はスコットランド人なので、イギリスが作った西部劇映画ということになるんですね。それはそれで独特なものになるわけです。
西部劇を見慣れない人には退屈かもしれない本作の物語は、一言でいえば「神話的」。
主人公の青年の名前は「ジェイ」ですが、「ジェイ」はカケスという小鳥の一種でもあります。まさに鷲のような荒れくれものたちがわらわら飛び回る大地に飛んできた一羽の小鳥なわけです。世間知らずで、弱々しく、ピーピー鳴くだけの弱小の存在。
でも、恋人ローズは立派な猛禽類に育っていて、この大地に適応していました。それこそ、荒れくれものたちを一掃するほどに。こうでなければ生きていけないというのもありますが、ずいぶん遠い存在になってしまいました。
ですから、ラストのジェイの死も当然の結末といえます。弱肉強食の西部では、弱い存在が死ぬのが当たり前です。
無垢な若者であるジェイが、ベテランのサイラスから生きる術を学んでいく話ではないのが、本作の面白いところ。逆にジェイがサイラスとローズに大切な何かを残すのです。
金ばかりの男たちのなかで、故郷や金を投げ捨てて愛だけを求めるジェイですが、この西部に住む人たちも本来は同じだったはず。荒れくれものたちも、もともとは故郷を捨てて金をはたいて、夢や愛のような理想を求めてこの地に来た奴らです。
西部開拓時代という激動の中でアメリカが失ったモノをサイラスとローズは取り戻したのでしょう。意外と現代にも通じるテーマだと思います。21世紀の今、移民の人たちは目的を見失い、争いを繰り返しているわけですから。
これぞイギリスが作った西部劇映画らしいストーリーじゃないでしょうか。
西部劇というジャンルは、決して過去の遺物ではなく、現代にも通用すると感じさせてくれた一作でした。まだまだこのジャンルは開拓しがいがあります。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 92% Audience 74%
IMDb
6.9 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★
(C)2015 SLOW WEST FILM LIMITED, SLOW WEST NZ LIMITED, CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION, THE BRITISH FILM INSTITUTE, NEW ZEALAND FILM COMMISSION スロウウエスト
以上、『スロウ・ウエスト』の感想でした。
Slow West (2015) [Japanese Review] 『スロウ・ウエスト』考察・評価レビュー