結末を見たら黙って帰ろう…映画『胸騒ぎ』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:デンマーク・オランダ(2022年)
日本公開日:2024年5月10日
監督:クリスチャン・タフドルップ
児童虐待描写 性描写
むなさわぎ
『胸騒ぎ』物語 簡単紹介
『胸騒ぎ』感想(ネタバレなし)
帰ろう
2024年のゴールデンウィークは4月27日から始まり、3日間の休暇を取得できれば5月6日までの最大10連休が可能だったそうです。
皆さん、何をしていたでしょうか。私は引きこもっているだけですけど。
本来は映画を観るための促進キャンペーンだというのは何度も言及しておきますけども、まあ、実際は各自で好き勝手に満喫するものです。ずっと仕事だったという人はお疲れ様です…。
もうパンデミックなんて過去の懸念となり、旅行需要も旺盛ですから、海外旅行に行った人もいるのかな。ただ、円安という最大の壁が日本人には立ちはだかりますけどね。もう海外旅行というのはそれがやめられない趣味になっている人か、ある程度の裕福な人が楽しむものになってしまった感じもある…。
海外映画はいろいろな外国を舞台にしてくれるので、海外旅行欲を刺激するものが多い気もしますが、全く逆で海外旅行への意欲を削ぐ映画も中にはあります。
今回紹介する映画は、海外旅行へのモチベーションを失わせる破壊力としては、10段階評価で最悪の「10」を軽々と突破するんじゃないかなと思います。
それが本作『胸騒ぎ』です。
デンマーク映画であり、原題は「Gæsterne」でデンマーク語では「招待客」を意味します。英語のタイトルは「Speak No Evil」。そう考えると邦題はずいぶんとざっくりしたやつになったな…。案外とこのシンプルな邦題は今までになかったんだな…。
本作はデンマーク映画なのですが、デンマークが舞台になりません(そのせいか北欧映画っぽさの雰囲気が薄い)。デンマークのとある家族を主人公にしており、その家族が海外に行った先で起きる出来事を描いています。家族自体は普通で、何の変哲もないです。
問題はどんな出来事が起きるのか…なのですが…。それは…言えない…。本作はネタバレ厳禁な作品なので、あまり調べない方がいいです。映像だけでオチが一発でわかってしまうタイプでもないので、画像バレとかを気にする必要はないけど…。
美味しい料理に出会えてお腹いっぱいになるわけでもない。ステキな恋に巡り合えてときめくわけでもない。新鮮な体験で家族の絆が再構築されるわけでもない。珍しい動物に遭遇できるわけでもない。摩訶不思議な大発見をするわけでもない。
ハッキリ言えば、最悪なことが起きるのです。『胸騒ぎ』はスリラー映画です。
この最悪なことが本当に最悪で…。これは言ってしまっていいと思うので書いちゃいますが、いわゆる胸糞悪い後味の映画です。不快感や嫌悪感を与えるためだけに意地悪に特化したような…。”胸糞悪い耐性”を最大値まで上げてから臨んでください。
ということで明らかに人を選びます。間違っても家族で楽しめる映画ではないですし、子どもにも圧倒的に不向きですし、デートで観に行くにしても相手に嫌われる可能性を想定しないといけません。なんでこんな映画を見せたんだ…と。
ひとりで鑑賞する場合でも、映画鑑賞後には気分はどん底になると思うので、何かしらのメンタルケア回復手段を用意しておくといいですね。そうじゃないと鑑賞したその日はずっとテンションダウンで終わりますよ。
海外旅行に行く前に鑑賞するのはオススメしない…。海外旅行中に観るというのは度胸がありすぎる…。
そんな内容ですが、いやそんな内容だからこそ、この映画『胸騒ぎ』はスリラー好きの好事家を魅了し、一部でカルト的に支持されました。
そしてハリウッドでリメイクも決定。2022年の映画ですが、すでに2024年にブラムハウス製作で”ジェームズ・マカヴォイ”主演で公開予定。こういうショッキングもしくはキャッチーな展開がある非アメリカ映画はわりとすぐにハリウッドが唾を付ける印象ですけども、これはどうなのだろう…。
とにかくオチをわかったうえで観ても楽しさは半減するので、オリジナルのデンマーク映画を観るか、ハリウッド・リメイク映画を観るか。私は後者を当然知りませんが、やっぱりオリジナルがいいんじゃないかな。
あと、これも厳重に警告しておきます。本作には明確な児童虐待描写があります。じゅうぶんに留意してください。
かつてないほどに注意喚起しまくった感想前半となりました。実際に『胸騒ぎ』を観たら「ああ、そりゃあそうするよね」と納得してもらえると思います。
さあ、『胸騒ぎ』を観たらまっすぐ帰りましょう。途中で赤の他人と感想を語り合ってもどうなっても知らないですよ。
『胸騒ぎ』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :ジャンル好きなら |
友人 | :相手の好みに合うなら |
恋人 | :デートには不向き |
キッズ | :子どもには不向き |
『胸騒ぎ』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
長期休暇でイタリアへ旅行に出かけることにしたデンマーク人の夫妻ビャアンとルイーセ、その幼い娘のアウネス。プールでくつろいでいると、「隣の椅子は空いてますか?」とひとりの男が話しかけてきます。ビャアンは荷物をどけて、椅子を空けます。
ここはトスカーナ。人気の観光地であり、多くの観光客がくつろいでいます。ディナーでもみんなが集いながらリラックスしていました。
ある日、娘のアウネスが大切にしているウサギのぬいぐるみを失くしたらしく、ビャアンは街を歩き回って探す。ああなってしまうと娘は駄々をこねるのをよく知っています。こういうときに汗水流すのは常にビャアンです。
慣れない街を駆け回って妻と娘のもとに戻ってくると、オランダ人の夫妻パトリックとカリン、その息子のアーベルと談笑していました。この3人も自分たちと同じで家族旅行のようで、境遇が似ていました。アーベルは生まれつき舌がなく、喋れないようですが、アウネスと同年代です。
一緒にランチをとることになり、デンマークとオランダは文化も似ているなんていう話で盛り上がります。その後の夕食でも話は弾み、こうしてすっかり打ち解けるのでした。
旅行も終わり、デンマークに戻ったビャアンとルイーセの家族。まだバカンス気分が抜けておらず、日常に戻るのはなんだか名残惜しいです。
そのとき、あの旅先で出会ったパトリック家族からの手紙が届き、オランダの別荘に遊びに来ないかと誘われます。またあの旅行気分を味わえると考えると興味が湧いてしまいます。しかも、今回は招待なのでこちらは客。もてなされるだけです。せっかくなのでお言葉に甘えて訪ねてみることにしました。
その別荘は人里離れた静かなところにあり、車で到着。パトリックとカリンは以前と変わらない親し気な態度で歓迎してくれます。中も快適そうです。用意してくれた夫妻用の部屋もしっかりしています。アーベルだけは大人しく座っているだけでした。
パトリックとカリンはオランダの地を満喫させてくれます。風光明媚な景色は気持ちを解放的にさせてくれます。
しかし、アーベルが滑り台からどかないせいで、パトリックはゆさぶって怒鳴りつけ謝らせるという姿を目撃。アウネスは寝れないようでパトリックとカリンの部屋に来ます。ルイーセもしだいに居心地悪さをビャアンの前でだけ口にします。
でも招待してくれている以上、あまり文句も言えません。
大人だけで夕食に行くことになり、ムハジドというベビーシッターを勝手に用意するカリンにルイーセは不満が喉まででかけますが飲み込みます。
その夕食でもひと悶着。ルイーセはベジタリアンでしたが、魚は食べるんだろうとパトリックは嫌味なことを言ってきます。その後、パトリックとカリンはノリノリで踊り、いちゃつくのですが、ビャアンとルイーセも雰囲気に合わせようと無理するも気まずさが増すのみでした。
ところがその帰りにも嫌な時間を過ごすことになり、いよいよビャアンもルイーセもここにいていいのだろうかという疑念が沸き上がってきます。
そしてある出来事があり…。
帰るんだ!
ここから『胸騒ぎ』のネタバレありの感想本文です。
映画『胸騒ぎ』を監督したのは、デンマークで『アフター・ウェディング』などに出演して俳優業で実績のある“クリスチャン・タフドルップ”。1999年から短編で監督を始め、2016年に『Parents』で長編映画デビューし、2017年の長編2作目『A Horrible Woman』もデンマークのみならずヨーロッパで高く評価されてきました。『胸騒ぎ』は長編3作目となります。
“クリスチャン・タフドルップ”監督はシニカルな風刺劇を得意としているそうですが、今作はそれは強烈なスリラーとして目に流し込まれます。
本作のジャンルは言ってしまえば、ブルジョア自虐スリラーといった感じで、ヨーロッパにありがちな中産階級以上の人たちが、その己の習慣や生活の歪さが浮き彫りになる理不尽な目に遭ってしまい、痛々しく悶え苦しむ…サディスティックな自嘲です。
海外のような異国でそういう経験をしてしまうという舞台設定も定番で、“ミヒャエル・ハネケ”監督の『ファニーゲーム』(1997年)のような批評的評判のある代表作も昔からあり、最近もドラマ『ホワイト・ロータス 諸事情だらけのリゾートホテル』や映画『インフィニティ・プール』などさまざまなサブジャンルに派生しつつ、展開をしています。
とは言え、この『胸騒ぎ』で主役となるビャアン&ルイーセ夫妻はそこまで悪目立ちするような特徴もない、本当にありきたりな家族です。
ではこの家族のまずどこがあれなのかと言うと、いくら旅先で意気投合したからといって、見知らぬ他人の家族を信じすぎてしまっていることですね。
でもうこういう一期一会な偶然の出会いを尊重する人っていますよね。欧米に多いのかもしれないけど、日本人にはあまり馴染みないかもしれない。けども日本人でもそういう人いますよね。見知らぬ人でも気軽に話せてしまう人(まあ、多くは男性ですが)。私は絶対にやらないです。基本原則が人間不信なので…。だから映画内の主人公夫妻にもその点では共感も全くできませんが…。
ビャアンとルイーセの夫妻は、旅行中にちょっと一緒に食事するにとどまらず、その後に相手方のオランダにまでお邪魔してしまいます。幼い子を連れた身としてはかなり大胆な行動も思えますが、これも慣習の違いなのだろうか…。
デンマークとオランダは似ている…みたいなヨーロッパ同属意識(加えて白人同士)という、そういう国家・人種感性の油断みたいなのも透けてみえました。同じ白人同士なら理解し合えるよね…といったようなね…。このあたりは日本では重ねにくい文化的背景と言えるかもしれません。
今すぐ帰れ!
一方で、日本でも「これはあるな」と共鳴しやすいのは、礼儀正しさの部分でしょうか。
いざパトリック&カリン夫妻の家に泊まることになったビャアン&ルイーセ夫妻。そこであからさまに嫌な経験を重ねていくのですが、クレームを入れることはできません。
やはりタダで泊らせてもらっている身として、マナーというものがあるし…という感じで「社交」を気にしてしまうんですね。どんなに嫌なことがあっても表面上は感謝しろという強迫的な礼儀の概念は日本社会でもよくあるものではないでしょうか。
ビャアン&ルイーセ夫妻の場合は、それがこの中産階級以上のある種の身の振りかたとして定着しているのが特徴です。よく知らない人々と一緒にいる奇妙さがあるにもかかわらず、そんな知らない人に行儀よくしないといけない自分たち。それ自体を疑わないのは、そうしないと自分たちこそダメな人間として社会にレッテルを貼られるのではないかと恐れているからです。
例えば、作中で子どもの面倒をみるベビーシッターとして有色人種の人が来たとき、ルイーセは明確に不満を言えません。ここでそれを言うと人種差別みたいな構図になりかねないからです。別にそれは気にせずにベビーシッターは両者の合意で決めさせてくれと進言してもいいのですが、躊躇ってしまう…。
怒って帰ってよかったのです。やってられないと口汚く罵ってもいい。世の中には対話も礼儀も意味ない相手だっているのだから…。そしてまさに今、目の前にいるのはその最たる相手なのだから…。
そんな日頃から抑圧的な自制をしていることをわかったうえで、パトリック&カリン夫妻は巧妙にビャアン&ルイーセ夫妻の自己嫌悪を刺激してきます。すごく嫌な話術ですよね(こういうのネット上では頻繁にあるのだけども)。
しかし、ビャアン&ルイーセ夫妻もそのパトリック&カリン夫妻の罠にまんまと乗せられ、他人の家でもセックスをしてしまいますし(手のかかる娘の面倒をみるということを一瞬だけ放棄してしまう)、パトリックに誘導されてビャアンは押し殺していた有害な男らしさをつまみあげられるように自己を悪い方向に解放してしまいます。
そして…あの惨たらしい残忍な結末へと行き着いてしまい…。
ここで最初に真相に気づいてしまうのはビャアンなのですけども、ビャアン演じる”モルテン・ブリアン”の「ああ、もう引き返せないところにきてしまった…機会はいくらでもあったのに…」という最後の最後まで自己嫌悪で追い詰められた茫然自失の表情の演技がすごく良かったですね。ルイーセを演じる“スィセル・スィーム・コク”も良かったのですが、”モルテン・ブリアン”への終盤の畳みかける虐待っぷりが痛烈だった…。
パトリックを演じた”フェジャ・ファン・フェット”と、カリンを演じた”カリーナ・スムルダース”は、この2人は本当に実生活でも夫婦らしいのですけど、だったら余計によく出演したな、と。役者魂です。実際、キャスティング段階でなかなかこの役を引き受けてくれる人がいなかったらしい…。
ラストは石打ちで処刑されるというどこか宗教性と原始性を帯びているのも皮肉で、どんなに文明化しようが経済化しようが、その人間の本質は変わっていませんよという痛々しい衝撃を浴びせてきます。こうして私たちは言葉を失い、今さらながら帰るしかないのです。帰れるだけでも幸運だと実感しながら…。
ときには「お前らはなんか嫌いだ。なんとも説明しがたいけどとにかく嫌な感じがするんだ」とハッキリ拒絶したほうがいいこともあるよね…。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 84% Audience 55%
IMDb
6.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)2021 Profile Pictures & OAK Motion Pictures スピーク・ノー・イービル
以上、『胸騒ぎ』の感想でした。
Speak No Evil (2022) [Japanese Review] 『胸騒ぎ』考察・評価レビュー
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