来ないで、倫理放棄万博!…映画『インフィニティ・プール』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:カナダ・クロアチア・ハンガリー(2023年)
日本公開日:2024年4月5日
監督:ブランドン・クローネンバーグ
ゴア描写 性描写
いんふぃにてぃぷーる
『インフィニティ・プール』物語 簡単紹介
『インフィニティ・プール』感想(ネタバレなし)
クローネンバーグと観光地へ
2025年4月から10月にかけて「2025年大阪・関西万博」が開催される予定です。正式名称は「2025年日本国際博覧会」。
しかし、その開催準備の進捗の悪さや開催意義をめぐって、国内は冷ややかな反応が目立ちます。「2020年東京オリンピック」も不正が明らかになったばかりで、国民の間ではこの手の国際的大型イベントを額面通り歓迎するムードは後退しているとも言えます。
そもそも「万博って何?」という疑問があるかもですが、これは国際博覧会条約に基づいて行われる博覧会で、要するにいろいろな国々がテーマを決めて見世物をする、早い話が自慢大会です。かなり古い歴史があり、あるときは経済発展や科学技術のアピールの場に使われ、あるときは植民地政策のキャンペーンに使われ…。多分に政治的なイベントです。
万博はその最たるものですが、観光事業というのは往々にして常に政治的な磁場が生じます。表面上は煌びやか自慢できる風景を築き上げ、そこから一歩外に飛び出せば現実が待っている。観光地には必ず理想と現実の境界線があります。
今回紹介する映画はその観光地の理想と現実の境界線を突きつけるような作品です。
それが本作『インフィニティ・プール』。
「インフィニティ・プール」というのは、よくリゾート・ホテルなどの上階や屋上に、縁がないように見える、まるでそのまま水面が続いているか、真っ直ぐ流れ落ちているように錯覚させるプールがありますが、それのことです。境界線がなく無限に広がっているかのようなので「インフィニティ」なんですね。
本作にはこの「インフィニティ・プール」がでてくるわけではないのですが、でも意味深なテーマと重なりがあるのです。
舞台はとある架空の異国の観光地。そこでバカンスするある夫婦が戦慄の体験をすることになっていく…というスリラーです。
もう少しジャンルに踏み込むなら監督の名を挙げればわかります。『インフィニティ・プール』を監督するのは、“ブランドン・クローネンバーグ”です。
いくつもの怪作を世に送り出し、最近も『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』を生み出して衰えない才能を見せつけた“デヴィッド・クローネンバーグ”監督。
その息子である“ブランドン・クローネンバーグ”も、2012年に『アンチヴァイラル』という映画で長編監督デビューし、2020年には2作目の『ポゼッサー』を監督。その手腕は父親譲り。当然、ジャンルは「ボディ・ホラー」です。
人体を不快感を煽るようにグロテスクに映し出すホラーを指すサブジャンルのことですが、『インフィニティ・プール』も濃厚なボディ・ホラーをお約束します。
クローネンバーグ印の観光地に足を踏み入れたら、ボディ・ホラーのドリンクがでるし、ボディ・ホラーのスイートルームに泊まるし、ボディ・ホラーのショーが見物できるんですよ。そういうものなんです。
本作『インフィニティ・プール』も、生々しい殺人描写から、おどろおどろしい人体実験的な展開まで、ご想像どおりの内容がフルコースで揃っています。
主演は、『ノースマン 導かれし復讐者』の“アレクサンダー・スカルスガルド”。どんな目に遭うのかは見てのお楽しみですが、あれだけ当人はマッチョなのに、今回はボロボロになっていきますよ。
共演は、もはやホラー界隈では出没は普通になってしまっている“ミア・ゴス”です。たいていは“ミア・ゴス”がホラーの元凶。『Pearl パール』のスピンオフですか?ってくらいに今回も狂気で迫ってきます。
他には、『月影の下で』の“クレオパトラ・コールマン”、『消えたアイリス』の“ジャリル・レスペール”、『グランツーリスモ』の“トーマス・クレッチマン”など。
近々どこかへ観光に行く人にはあまり薦めづらい映画ですが、『インフィニティ・プール』はあなたを境界線の外へと強制的に押し出します。帰ってこれるかは保証できません。
『インフィニティ・プール』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :ジャンル好きなら |
友人 | :趣味が合えば |
恋人 | :恋愛気分ではない |
キッズ | :子どもには残酷すぎる |
『インフィニティ・プール』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
海外観光客向けの高級リゾートとなっているリ・トルカ島。ここで小説家のジェームズ・フォスターが妻のエムを連れ立ってバカンスに来ていました。朝、2人は起きて、カーテンを開けます。
外のテラスでは、スタッフ一同が不気味な仮面を被り、「これもギフトショップで売ってますよ」と愛想よく接待中です。ジェームズたちは興味なさそうに朝食をとっていましたが、エムはろくに食べずにビーチに行きます。
ジェームズは砂浜でバギーを乗り回して盛り上がっている集団と遭遇。驚いていると、ガビ・バウアーという女性が話しかけてきます。ガビはジェームズを知っており、本のファンらしいです。アルバンという夫と来ており、アルバンを呼び、紹介してくれます。
夜、4人揃って中華風の店で食事することに。ガビは女優で、あちこちに行ったことがあるようです。ガビは業界事情をよく喋り、アルバンは褒め称えます。拗ねた態度をとるなど、ところどころで幼さがでています。
翌日、エムは2人でこのまま過ごしたいようでしたが、ジェームズは1日だけ楽しもうとガビとアルバンと行動し、車でリゾートの敷地外である島の外周を見てまわることにします。
フェンスを通り抜け、気持ちよい青空の下、オープンカーで道路を走ります。美しい眺めの場所に停車し、くつろぎながらバーベキュー。アルバンが火を見ており、ジェームズは横たわっているだけ。
ジェームズが木陰で立ち小便をしていると、ゆっくりとガビが後ろから接近し、身を寄せ、ジェームズに性的な刺激を与え、ジェームズは耐えられず射精してしまいます。ガビは何も言わずに去っていくだけでした。
夜になり、ホテルに戻るために車を発進。ジェームズが運転で、他の3人は寝ています。真っ暗な夜道をヘッドライトだけを頼りに走るもライトが故障。気をとられていると人を轢いてしまいました。
ジェームズはゆっくりと降り、道路に横たわる人物を確認。死んでいるようにみえます。4人はパニックになりますが、ガビは警察を呼ぶべきじゃないと言い、戻るように促します。アルバンもそれに同意。
リゾート敷地前のフェンスに到着し、見張りに頼み込んで開けてもらいます。ジェームズは動揺し、吐くばかり。なんとかホテルに戻りました。
朝、ジェームズの部屋のドアを乱暴にノックする音。開けると警察らしき男が立っていました。ジェームズとエムは茫然としながら、連れて行かれます。「どこに行くのか」と尋ねても教えてくれません。
警察署のような建物に入ると、ジェームズだけ引き離され、階段の上へ。尋問室のようなみすぼらしい部屋に閉じ込められ、白い手術着のようなものを着せられます。さらに別の男が入ってきて、あの事故を把握している様子。
さらにこの国のルールを淡々と説明。人を殺したら死刑となるのですが、罪人が自身のクローンを作って身代わりにすることができるそうです。どもりながらジェームズは必死に状況を理解しようとします。言われるがままにサイン。エムは実家が裕福なのでクローンを作るための資金に問題はないようです。
そのままクローン作成作業に移行しますが…。
アレクサンダー・スカルスガルドをSとMで挟む
『インフィニティ・プール』は売れない作家の男が主人公。映画業界の人、作家を主役にするの好きだな…。このジェームズには誇れる優位性がなく、裕福さも妻の家柄のおかげ。つまり、劣等感をくすぶらせているというのが、以降のこの島の禁忌の誘惑にハマってしまう主因となっています。
その後に出会った若い女性のガビの「推しです」みたいな甘い声援に気分を良くし、性的な方面でも快楽をくれて、すっかり骨抜きになったジェームズ。よっぽど褒められてこなかったのだろうな…。
けれども、この男、そこまで開き直るほどの薄情な奴ではないようで、まだ罪悪感を抱えています。
そこに追い打ちをかける交通事故による轢き殺し。悩みながら運転なんてするものじゃなかった…。飲んだら乗るな、悩んでるなら乗るな…。
異国の地でトラブルに巻き込まれるという展開はある種の定番コースですが、本作は“ブランドン・クローネンバーグ”監督作。最終的に行き着くのはボディ・ホラーだと決まっている…。
案の定、まだ追い打ちは続きます。警察にあっけなく捕まり、意味不明なこの国のルールを聞かされます。クローンを身代わりに復讐させるのもOK。「なにそれ!?」って感じなのですが(そんな技術があるなら殺された人を蘇らせてやれよ!って思ってしまうけど)、ジェームズはもう頭が許容オーバーしているのでサインしかできない男です…。
でもこのジェームズはちょっと曖昧な位置にいますよね。あの自身のクローンが少年に八つ裂きにされる光景を目にして、なぜか快楽を感じる。彼はマゾヒズムなのか? はたまた自分の罪悪感が罰せられることに満足感を得たのか?
そこから一時はあのガビ含む観光客集団に仲間入りさせてもらい、だんだんと倫理観を見失っていきます。実際にはオモチャにされているだけなのですが、ジェームズはこのオモチャの扱いになんとなく収まってしまう奴で…。
それでもやっぱり我に返る。頑張れ、ジェームズ。倫理観を取り戻せ…。
本作はこのジェームズの不甲斐なさを徹底していたぶってくるのが特徴で、ガビがあからさまにサディスティックだったりするのも、その組み合わせとしてハマってます。“アレクサンダー・スカルスガルド”という大男を起用したのは、そのギャップを狙ってだったのか…。“アレクサンダー・スカルスガルド”に乳を吸わせたかったのか…。
“アレクサンダー・スカルスガルド”は富裕白人をストレートに演じることもありますが、それを逆手に取ったキャスティングでも全然いけるので、俳優としてのポテンシャルが広いです。
『ボーはおそれている』と並ぶ、男がひたすら加虐される姿を眺める映画だったのか…。こういう映画がまた一部で流行ってるの…?
倫理無視ツーリズムを体験して…
『インフィニティ・プール』のあの島は、事実上、カネさえあれば、殺人が許されているも同然です。一種の特権的なシチュエーションによって殺人が娯楽化してしまうという設定は、『パージ』シリーズっぽいです。
今作はそれが観光事業になっているというのが肝で、おそらくあの国はこれが収益になるとわかっていて、金持ちのやりたい放題を許容しています。現地の人が殺されても地域観光収入を優先する…。ドラマ『ウエストワールド』みたいです。
富裕層の観光客の傲慢さを風刺する作品は、ドラマ『ホワイト・ロータス 諸事情だらけのリゾートホテル』や映画『逆転のトライアングル』など、間違いなく近年の批評界隈でも称賛されやすい勢いがあります。
ただ、『インフィニティ・プール』の倫理無視ツーリズムの着想は、“ブランドン・クローネンバーグ”監督作の実際の旅行体験にあるらしいです。“ブランドン・クローネンバーグ”監督はドミニカ共和国でリゾート観光した際に、その海外観光客用のエリアはフェンスで囲まれ(作中と同様)、明らかに隔絶したサービスを提供していて、なかなかに居心地の悪い印象を受けたとか。
ドミニカ共和国は数多くの美しいビーチが点在するカリブ海のリゾート地として有数な国です。植民地時代の建物が健在で、日本のドミニカ共和国を紹介する観光サイトとかみると、「貴重な歴史を感じるスポットが満載で、貴族の優雅さを感じますね!」と呑気に説明されていました。そういうところがあれなんだぞ…。
私は海外のリゾートとか行かないので(おまけに富裕層の人と付き合いがある境遇でもないので)、全然体験していないのですけど、見た目どおりの理想と現実の境界線がフェンスというかたちで存在するところもあるんですね。観光ディストピアはリアルなのかな。
“ブランドン・クローネンバーグ”監督はそれにボディ・ホラーらしいクローン様子を混入させ、禍々しく表現しています。クローンを作るなら、DNAを採取すればいいだけのような気もするけど、あえてあのわけのわからないゴムっぽい赤い液体に浸されたりしますからね。
ジェームズだけは険しい顔で空港にてこれからこの地を楽しもうとウキウキする大勢の観光客を見渡し、現実を噛みしめる…。
今回の映画は“ブランドン・クローネンバーグ”監督の実体験が土台にあるせいか、撮り方も語り口も自己批判的で、己の無力感が漂っていました。
こういう観光はしたくないな…。ここで「楽しめたほうが勝ちでしょ!」と開き直ってしまったら、本当に人間として超えてはいけない一線を超えてしまいますから…。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 87% Audience 52%
IMDb
6.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)2022 Infinity (FFP) Movie Canada Inc., Infinity Squared KFT, Cetiri Film d.o.o. All Rights Reserved. インフィニティプール
以上、『インフィニティ・プール』の感想でした。
Infinity Pool (2023) [Japanese Review] 『インフィニティ・プール』考察・評価レビュー
#旅行 #ボディホラー