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『密航者 Stowaway』感想(ネタバレ)…Netflix;アナ・ケンドリックにも冷たい方程式

密航者

SFの古典的名作「冷たい方程式」を最新版に…Netflix映画『密航者』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Stowaway
製作国:ドイツ・アメリカ(2021年)
日本では劇場未公開:2021年にNetflixで配信
監督:ジョー・ペナ

密航者

みっこうしゃ
密航者

『密航者』あらすじ

それは大きな期待が集まる大事なミッションだった。火星に向かう宇宙船に乗るべく、地球から打ち上げられたのは3人のスペシャリスト。しかし、出だしは順調だったものの、予期せず事態が起こる。そこにいるはずのなかった存在。しかも、宇宙船の生命維持装置を誤って破損してしまい、命の危機に直面する乗組員たち。生存に必要な酸素が次第に枯渇していく中、一刻の猶予もなくなってしまい、クルーたちは究極の決断を迫られる。

『密航者』感想(ネタバレなし)

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命の選別が今起きているからこそ

あるひとりの車椅子利用者がJRの駅で乗車拒否された…そうブログで訴えたところ、大量のバッシング被害を受けるまでに発展。先日、そういう話題が世間を流れていきました。

日本の全ての駅は車椅子対応ができていません。エレベーターもないところもあり、そういう場合は駅員が車椅子を何人かで運んでいくという作業が必要になります。しかし、駅員も多忙で業務に追われているため、そのような労働に労力を割くことができません。結果、何千・何万という電車の利用者を優先し、車椅子利用者は見捨てるというかたちになってしまいます。

一部の人はネット上でこの車椅子利用者に対して「感謝の気持ちが足りない」などとマナー問題として説教するような意見まで散見されたり…。

しかし、この話題は単なる感謝などという“お気持ち”の問題では済みません。これは障がい者の人が常に直面する「命の選別」の問題です。大袈裟なと思うかもしれませんが、オーバーな話ではありません。駅に限らず、どこでも車椅子ユーザー含む障がい者は拒否されやすいです。当然、災害発生時だって同じ。パンデミックなどの緊急事態でも同じ。つまり、明らかに命の選別に直結してきます。

しかも、これは車椅子ユーザーなら全員が同じ境遇というわけでもないのが厄介です。車椅子ユーザーの中でさえも、障がいの深刻度などで格差が生じます。だから、車椅子ユーザーが別の車椅子ユーザーを「感謝の気持ちが足りない」と非難することだって起きます(実際、前述の一件でも確認された)。

命の選別とはそういうものです。自分が生き残るためなら、より弱い者を踏みつけるのも厭わない。

これを障がい者だけの話と他人事ではいられません。2021年4月、コロナ禍のパンデミックが日本でもかつてないほどに深刻化し、3度目の緊急事態宣言が発令。病床は足りず、命の選別がリアルタイムで起きています。ワクチンを誰に優先するかも同様。たいていの人は選別される側です。「感謝の気持ちが足りない」とか言っている場合ではないです。

そんな今の状況とシンクロするような映画がNetflixで配信されました。それが本作『密航者』です。

本作の舞台は宇宙船。この限られた空間で不測の事態が発生し、究極の選択を迫られていく…というストーリー。あんまりネタバレをするのもあれなので、中身の言及はこれくらいにしておきます。SF好きの人は観ればすぐにピンとくるのですが…。

そこまで派手な作品ではないですし、かといって難解というわけでもないので、語りにくいと言えばそうなりますが、SFマニアの人は話が弾むんじゃないでしょうか。

注目は監督です。人のいない凍える大地に独り遭難した男の絶望的なサバイバルを淡々と描いた『残された者 北の極地』(2018年)を長編監督デビュー作として業界にその名をバズらせた、YouTubeチャンネルで活動する映像クリエイターでもある“ジョー・ペナ”

YouTuberでも映画監督として成功できる時代なのかぁ…と思ったりもしましたが、順調にキャリアを重ねているようでさっそく2作目となる本作『密航者』を送り込んできました。しかも、またもサバイバルもの。ずっとこれでいくのかな…。

俳優陣も前作より少し増えて賑やかになりました(前作はほぼ1人だったのだけど)。最近は『ノエル』でサンタになったりと相変わらず多彩なコミカルさを披露している“アナ・ケンドリック”を始め、『ヘルボーイ』などで活躍する韓国系アメリカ人の“ダニエル・デイ・キム”、『City of Lies』の“シャミア・アンダーソン”、そして『ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密』『もう終わりにしよう。』の“トニ・コレット”。賑やかといってもこの4人のみですが、まあ、話し相手がいるだけね…。

『密航者』は宇宙空間を舞台にしているだけあって、なるべく大画面での鑑賞がオススメです。小さい画面だと何が起きているのか判別しづらいこともあります。テレビに映して視聴できる方はぜひ。

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『密航者』を観る前のQ&A

Q:『密航者』はいつどこで配信されていますか?
A:Netflixでオリジナル映画として2021年4月22日から配信中です。
日本語吹き替え あり
森千晃(ゾーイ)/ 斎藤恵理(バーネット)/ 新垣樽助(デヴィッド)/ 佐々木啓夫(マイケル)/ 木村雅史(ジム) ほか
参照:本編クレジット

オススメ度のチェック

ひとり 3.5:SF好きは要注目
友人 3.5:SFマニア同士で
恋人 3.5:エンタメ要素は薄いけど
キッズ 3.5:宇宙が好きな子に
↓ここからネタバレが含まれます↓

『密航者』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):究極の決断

「バーネット船長、ミッション成功を祈ります、2年後にまたここで会いましょう」

カウントダウンが始まります。10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、0…。激しい揺れがロケットに固定されて座るクルーの全身に襲い掛かってきます。今は発射の成功を祈るのみ。

少し落ち着き、船長はモニターで機体の状況を確認。メインエンジンが出力不足なのか、想定よりも少し低いです。「今なら大西洋への着陸が可能。緊急着陸をする?」と管制塔に連絡。いつでも即座に押せるように緊急着陸システムのスイッチへ指を伸ばします。

しかし、管制塔は「緊急着陸は不要。じゅうぶんな燃料がある」と指示。予定どおり火星遷移起動に投入することになりました。覚悟を決め、後ろの2人に目配せする船長。2人ともOKのようです。

「ハイペリオン、こちらは準備完了」

また激しい揺れ。そしてピタっと全てが停止します。窓からは青い地球が見え、すでに宇宙にいるのがわかります。地球にはしばらく戻れません。

前方にステーション(MTS-42)が見え、接近。ドッキング。人工重力が発生し、強いGに耐えるクルーたち。無事に完了し、ホッと安堵。

こうして3人のミッションは始まりました。船長のマリーナ・バーネット、メディカル調査員のゾーイ・レビンソン、生物学者のデビッド・キム。この3名が運命共同体です。

各自は荷物を運んでいきます。デビッドはやや大量が悪そうですが、一方のゾーイは明るく元気です。

3人は通信で取材に答えます。これは船長にとって最後のフライトになるバーネットは「光栄です」と回答。ゾーイは狭き門を強運で乗り越えて手にしたこのチャンスに興奮し、野心に燃えています。デビッドは妻と離れて寂しそうですが、ベテランなので研究の貴重さはよくわかっています。船長も「2人なら何があっても乗り越えられる」と太鼓判。

ところが船長は赤い液体が床に落ちているのを発見。血…? 不審に思い、上の二酸化炭素除去装置の天井を開けると、意識を失った人が落下してきました。急いで応急手当。「一体誰なんだ…」

船長は問題地点を密閉。酸素は漏れており、不安がよぎります。

管制塔に連絡し、危険人物なのか確認をしてもらうと、マイケル・アダムスという名で打ち上げのサポート・スタッフのようです。あり得ないミス。故意に潜り込んだのかも不明。生きているのが不思議なくらいです。

船長は男が落ちてきたときに下敷きになって片腕を骨折。ギプスをします。ステーションではこの一件のせいで生命モジュールに制限がかかるので慎重に行動しないといけないことに。

マイケルという男は目覚めました。自分は宇宙にいることに気づき、パニック。どうやら意図的に潜り込んだわけでもなさそうです。本人も事情はわかっておらず混乱し、エヴァという妹が心配だと言います。その後、「取り乱してすみません。何でもします」と気持ちを切り替えたマイケル。ひとまずデビッドの植物の研究を手伝うことに。

一方、深刻な難題に船長は直面していました。酸素が足りません。もともとの定員は2人。それを3人用に改造した施設です。船には2人分の酸素しかなく、もうひとりぶんの酸素はデビッドの研究材料である藻から手に入るかもしれません。でも藻は上手く育ちません。ミッションは中止にできませんし、もう地球からの支援物資が届く状態でもない。

つまり、あのマイケルを船外に出して見殺しにするしかなく…。

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「冷たい方程式」はいつでも難題

『密航者』の原題は「Stowaway」。意味は無賃乗車した人などを指します。電車でそんなことをしたら怒られて警察に差し出されますが、本作は宇宙船。それ以上の問題が発生します。限られた資源しかなく、しかも生命モジュールの故障で酸素不足に。4人全員が全滅するか、それとも1人を犠牲にするか。まさに究極の決断を迫られることに。

このシチュエーションは「トロッコ問題」を連想するかもしれません。ただ、SFにおいてこのシチュエーションとして有名なのは古典的な名作として知られる「冷たい方程式(The Cold Equations)」です。トム・ゴドウィンによって1954年に発表された短編SF小説で、酸素も燃料も無駄にできない小型宇宙船に潜んでいた密航者を船外へ放棄するべきかクルーたちが葛藤するという内容。

「冷たい方程式」はあまりに有名なので、これまで多くの作品に影響を与えてきましたし、いろいろオマージュされたり、パロディにもなったりしています。最近の映画だと『オデッセイ』は「冷たい方程式」の要素がありましたね。

「冷たい方程式」をどう捻ってアレンジするかで腕の見せ所になったりもします。個別の作品の中身はさすがにネタバレになるので言えませんが、結構「そうくる?」というのもあったり…。

この『密航者』ももろに「冷たい方程式」そのまんまなのがわかります。多少は現代科学としてバージョンアップしているくらいで、起きる状況は同じ。本作は2014年の短編動画がベースになっているらしいです。

もちろんこれは一種のSF的思考実験なので、「あんな風に宇宙船内に人が紛れ込むなんてリアルでは絶対にあり得ないよ!」というツッコミは最初から相手にするものではありません。そう言いたい気持ちはわかるのですが…。

もしこういう状況に置かれたらあなたはどうしますか?という心理サスペンスです。それが半世紀以上もこうやって受け継がれるんですから、やっぱり人類の答えづらい永遠の問いの象徴なんでしょうね。

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悪い人はいないからこそ

『密航者』の場合はそれが今の俳優陣で映像化されているのがひとつの見どころです。

“トニ・コレット”演じるバーネットは自分のキャリアのフィナーレとして今回のミッションは特別な想いでいます。おそらくとくにゾーイに対しては世代交代的な期待も寄せていたでしょう。

重要なのは彼女は怪我をしているということ。腕にギプスをしているので重要な作業にも参加できません。つまり、あの決断の際にミッションで仕事に従事する能力を失ったバーネットが犠牲に選ばれるという答えもゼロではないわけです。でもそうはならない。それはバーネットが船長だからであり、皮肉なことにキャリアに助けられます。本人もそのやるせなさをよく承知しているはず。

“ダニエル・デイ・キム”演じるベネットは、密航したことになるマイケルに安楽死を密かに勧めます。嫌味でそうしているわけではなく、それが最もチームに求められるという判断であり、ある意味では一番嫌な役をするという犠牲の精神があります。ここで彼をそこまでコテコテの悪意のある人間に描いていないのが本作の良さですね。

密航者になってしまった“シャミア・アンダーソン”演じるマイケルは、まだ若く経験も浅いゆえにどこか危なっかしいです。けれども人当たりの良さもあって、割とすんなりとチームに溶け込みます。そうやって考えると意外にもマイケルの存在も邪魔ではない気もしてきます。要するにマイケルのことも観客は見殺しにはしたくないなという気持ちにさせます。

そして結局のところ「犠牲」というポジションに置かれていくことになるのは“アナ・ケンドリック”演じるゾーイでした。彼女は最初はとても快活でこのミッションにエキサイティングに浮かれている姿が映し出されます。そして誰よりもマイケルを犠牲にするという案に強く反対します。

ゾーイは未熟だったのか、判断ミスをしたのか。無論、本作はそんなことを論点にしているわけではなく…。ラストでセリフが流れるように「人生の意義を見い出せる」という結論に達したゾーイの確かな表情で幕を閉じます。

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正しく手を尽くすことの大切さ

もちろん「冷たい方程式」の最新の映像化としては『密航者』にはやや物足りなさがあるのは正直な気持ちです。もう少しアレンジできた部分はいくらでもあるでしょう。ただ、“ジョー・ペナ”監督はあえて王道で行きたかったんじゃないでしょうか。変に捻りを加えることなく、単刀直入に問いかける物語を作りたかったのでしょう。

『残された者 北の極地』でもそうでしたが、とにかくミニマムな世界観とストーリーを好むことがわかる監督です。そして2作ともに共通しているのは極限化で人間は正しい努力をできるのかというテーマ。

よく現実でも何かしらの社会問題に取り組む人たちに対して見られがちなコメントして「偽善だ」とか「非現実的な正論だ」とか、あれこれな冷笑的意見があります。それもそのとおり。否定はできません。しかし、人間というのはたとえ限りなく不可能でも「やれるべき正しいことはやるべきである」という姿勢を貫き通さないといけない。

答えが正しいかどうか、実現できるかどうかではない。正しく手を尽くしたかどうか。この論点は「命の選別」という問題を論じるうえでも大切だと思いますし、本作のシンプルなメッセージとして心を揺さぶられるものでした。

本当に障がい者のようなハンディキャップを持った人に対して社会はできることの全てをやったと言えるのか。どこかの誰かの顔色を窺いながらの小出しな感染症対策ではなく、全力で誠意をもってあらゆる手を打つだけの覚悟は初めからあったのか。「どうせ無理だ…」「きっと解決しないし、何をしてもいいだろう」「とりあえず自分が批判されなければいいか…」そういう感情で妥協しているのではないか。

正しく手を尽くすって難しいなと思いつつ、そういうことが常にできる人間でありたいと気持ちをあらたにする。そんな密航体験でした。

人生の意義を見い出せずに単に流れのままに宇宙船に乗っているだけの人生は虚しいですからね。

『密航者』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 76% Audience 71%
IMDb
5.4 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
6.0

作品ポスター・画像 (C)Netflix

以上、『密航者』の感想でした。

Stowaway (2021) [Japanese Review] 『密航者』考察・評価レビュー