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『すずめの戸締まり』感想(ネタバレ)…現実の災害をファンタジーで描くことの二次被害と要石

すずめの戸締まり

現実の災害をファンタジーで描くことの二次被害と要石…映画『すずめの戸締まり』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

英題:Suzume
製作国:日本(2022年)
日本公開日:2022年11月11日
監督:新海誠
自然災害描写(地震)

すずめの戸締まり

すずめのとじまり
すずめの戸締まり

『すずめの戸締まり』あらすじ

九州で暮らす17歳の岩戸鈴芽は、廃墟にある扉を探しているという不思議な青年の宗像草太と出会う。彼の後を追って山中の町の廃墟にたどり着いた鈴芽は、そこだけ崩壊から取り残されたかのように佇む古びた扉を見つけ、引き寄せられるようにその扉に手を伸ばす。それが何を意味するのかもわかっていなかった。やがて日本各地で次々と扉が開き始め、扉の向こう側からやってくる災いを防ぐために扉を閉める「戸締りの旅」に出ることになる。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『すずめの戸締まり』の感想です。

『すずめの戸締まり』感想(ネタバレなし)

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新海誠が自然災害と直球で向き合う

気象庁によれば、日本で震度1以上を観測した地震は、2021年は「2424回」、2022年は「1964回」でした気象庁。単純に考えると1日で5~6回の地震が日本のどこかで起きていることになります。

しかし、死者・行方不明者を伴った地震は2021年・2022年ともに年1回だけでした。もちろんこれは「それだけの深刻な被害が少なく済んで良かった」という話ではあります。

ただ、これだけ発生回数と被害の頻度に乖離があれば、私たちはどうしたって地震に慣れてしまいます。「今回も揺れたけど、大きな被害は起きないだろう…」みたいに。

その油断が私たちの心に染み込んだ頃合いで、また突発的な大地震が社会に襲いかかり、甚大な人命被害が生じる…。すっごく嫌なメカニズムですけどね…。

だから私たちは防災意識を持続させることが何よりも重要なわけで、防災訓練も大事ですし、被災者の経験を語り継ぐことも意義がありますし、専門家の警鐘に耳を傾けることも忘れてはいけません。

そんな中、このクリエイターも防災を根底とする映画を直球で送り届けてきました。

その人とは“新海誠”監督、そして作品は『すずめの戸締まり』です。

“新海誠”監督は2016年に日本で社会現象となる特大ヒットを記録した『君の名は。』で一気に頂点へと駆け上がり、2019年の『天気の子』でも安定した人気っぷりをみせ、もはや日本映画界のヒットメーカーの主力です。今やこの立ち位置はそう簡単に揺るがないでしょう。

その“新海誠”監督がヒットメーカーとなってから3作目の長編アニメーション映画となる本作『すずめの戸締まり』は、これまでの2作のエネルギーを維持しつつ、新しい挑戦に臨んでいます

『君の名は。』も『天気の子』も災害的なことが起きる世界観を前提としており、すっかり“新海誠”監督の作家性は「ボーイ・ミーツ・ガール」ディザスターと言っていい雰囲気の「セカイ系」でした。

それに対し、本作『すずめの戸締まり』は「ボーイ・ミーツ・ガール」の土台を少し崩し、そして何よりも災害自体を直球で題材にしてきたわけです。具体的には地震、それも2011年3月11日に発生した「東日本大震災」をそのまま素材にしています。これまでのように「これはファンタジーですから」では片付けられない踏み込みをあえてやっていることになります。

この挑戦は“新海誠”監督の中では覚悟あってのことでしょうし、やはり「震災の記憶が薄れ始めている若い世代に今一度あらためて災害の教訓を示す」ということを意識しているのは、作品の物語でありありと伝わってきます。他のアニメ映画の先行事例だと『フラ・フラダンス』(2021年)や『岬のマヨイガ』(2021年)もありましたが、『すずめの戸締まり』は描き方がより直球です。

また、日本国内をこれほど律儀にロードムービー・テイストで巡る作品というのも印象的なのですが、それもまた日本はどこでも地震が起きるのだという警句と連動し、教訓を伝えるための「おとぎ話」としてよくできていると思います。

当然、本作はファンタジーでもあり、この自然災害教訓というそれだけだとシリアスで堅苦しくなりそうなところを、ちゃんとビジュアル的にもワクワクさせるエンターテインメント性をともなって両立している…このあたりは“新海誠”監督の天賦の才ですね。“新海誠”監督はとにかく今の日本の若い世代にオリジナルな世界を届けるのがめちゃくちゃ上手いなと、今作でも再確認できます。既存のフランチャイズに一切頼らずにこれほどのことができるクリエイターはやっぱりなおも“新海誠”監督くらいです。

私たちは自然災害を忘れてしまいます。2022年に日本で起きた大地震はいつのどこだったか、覚えていますか?(最大震度6強を記録したのは3月16日の福島県沖、震度6弱は6月19日の石川県能登地方…この2回。死者・行方不明者を伴った地震は前者のみ)

『すずめの戸締まり』を鑑賞した後は「面白かった」で終わらせず、ちょっとでもいいので、防災の備えを考えてみてください

後半の感想では、『すずめの戸締まり』について「ジェンダー表象の分析」と「現実の災害をファンタジーで描くことの二次被害」の二点を私なりに書いています。

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『すずめの戸締まり』を観る前のQ&A

✔『すずめの戸締まり』の見どころ
★ファンタジーな世界観と現実の防災問題のコラボレーション。
✔『すずめの戸締まり』の欠点
☆ややステレオタイプなジェンダー表象。
☆現実の災害をファンタジーで描くことの弊害。

オススメ度のチェック

ひとり 4.0:防災を考えつつ
友人 4.0:災害描写を忠告して
恋人 4.0:災害描写を忠告して
キッズ 4.0:子どもでも楽しめる
↓ここからネタバレが含まれます↓

『すずめの戸締まり』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):扉を探して

ひとりの幼い少女がどこまでも続く草原を懸命にかきわけて前に進んでいます。空には満月、草原の中にはときおり廃墟もいくつか佇んでいますが、人の気配は他にはありません。その少女は「お母さん?」と呼びかけて廃墟の家を覗きます。

泥だらけの靴で草原に座り込むと、風が吹き、ある長髪の人物が近づいてきて…。

目を覚ます岩戸鈴芽(いわとすずめ)。宮崎県の静かな町で叔母の岩戸環(たまき)と暮らす17歳です。

登校のために自転車で坂を気持ちよく降りていると、リュックを背負って歩いている長髪の人物とすれ違います。何かを感じる鈴芽。

「ねえ、きみ。このあたりに廃墟はない? 扉を探しているんだ」とその長髪の人物が聞いてきます。向こうの山に人の住まなくなった集落があると教えると、その人物は丁寧に礼を述べて歩いて去っていきました。

クラスメイトの絢に踏切前で話しかけられますが、鈴芽はあの長髪の人物がなぜか気になってしまい、道を引き返して、その人物が向かったであろう場所へと急ぎます。

廃墟の町に到着し、探してみるも人影なし。ふと浅い水面にポツンと立つ古びた白い扉を発見。それを開けてみると向こう側に雄大な草原の風景が広がっていました。

驚きつつ、足を踏み入れると、普通に今の場所に出るだけで、またも混乱します。振り返るとまた扉の奥は不思議な風景。何度やってもそこにはいけません。

足元に変な動物の石像みたいなものを見つけ、その冷たい石像を拾い上げます。次の瞬間、その石像は小さな動物のようになっており、手から飛び出してどこかへ行ってしまいます。

鈴芽は不気味に感じてその場を去り、遅れながらも学校へ。

お昼を教室で食べていると、窓から遠方の山で黒い煙があがっているのが見えます。しかし、他の友人はそれが全く見えないらしく、鈴芽は違和感を感じます。

そのとき、みんなのスマホが一斉に鳴り、緊急地震速報が警告音を発します。揺れはたいしたことなく、「通知が大袈裟だ」と生徒たちがいつもの日常に戻る中、鈴芽は黒い煙が異様に赤黒くなり空へと登っていくのを目撃。

慌ててその発生場へと走ると、そこはあの扉でした。しかも、あの長髪の人が扉を締めようと努力していました。その人は吹き飛ばされ、赤黒い「それ」は街を押しつぶし、緊急地震速報がまたも鳴ります。

鈴芽も扉を閉じるのを助け、長髪の人は鍵を閉めます。

「要石が封じていたはずなのに。なぜミミズが見えた?」と問い詰めてくる長髪の人物。その長髪の人は怪我をしていたので家に招いて応急処置をします。鈴芽の亡き母は看護師だったので多少はわかっています。

その長髪の人は宗像草太(むなかたそうた)と自己紹介します。会話に入ろうとしたとき、窓辺に随分と痩せた白い猫みたいな生き物がひょっこり現れます。可愛かったので餌をあげるとなんと喋りだしました。

「すずめ、優しい、好き」「お前は、邪魔」

そう言った瞬間、宗像草太は消え、宗像草太が座っていた3本足の小さい椅子になってしまったのがわかります。そして椅子と化した宗像草太はあの不思議な猫を追いかけて外へ…。

この『すずめの戸締まり』のあらすじは「シネマンドレイク」によってオリジナルで書かれました。内容は2024/01/16に更新されています。
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男は椅子に変えよう

ここから『すずめの戸締まり』のネタバレありの感想本文です。

“新海誠”監督作は『君の名は。』も『天気の子』も「ボーイ・ミーツ・ガール」が基本軸でしたが、『すずめの戸締まり』はそれをファンタジックに崩しており、まずそこが新鮮です。

主人公はタイトルどおり「岩戸鈴芽」という女子高校生。ここはいつもの“新海誠”監督作の典型的な「ガール」です。真新しさはとくにないです。

その鈴芽が出会うことになるのが、宗像草太という大学生で、「閉じ師」をしており、そこから鈴芽がこの世界に巻き込まれていきます。女子高校生と男子大学生がそのまま旅をするなら、構図としてやはり懸念が生じるのは無理ない話で、それに対しての本作のトリッキーな解決策は宗像草太を「椅子」に変身させることでした。

これは典型的な「プリンセス・ストーリー」を「プリンス・ストーリー」として逆転させたバージョンで、宗像草太は実質的なプリンスです。作中で「キスで目覚めるか?」なんていうテンプレを意識したギャグがありますが、本作はそこに表向きは恋愛を介在させずにクリアしているところも新鮮です。

また、宗像草太の椅子としてのアニメーションも純粋に楽しく、見ていて飽きません。宗像草太(椅子)がすごい自信に満ちた声で喋っていたり、かと思えば民宿では背を向けてプライバシーに配慮したり、なんだかんだで一挙手一投足が面白いのもズルいくらいです。生じそうなマッチョイズム性がことごとく上手い具合に消去されています。

まあ、宗像草太が教員を目指しているというのはちょっと無理がある気もするけど…(リアルな教師の忙しさは絶対に閉じ師と両立できそうにない)。“新海誠”監督は『言の葉の庭』といい、教師と絡める図式が好きなのか…。

でも今作の場合、宗像草太の友人である芹澤朋也の登場が「ボーイ・ミーツ・ガール」を完全に打ち砕くのでね…。芹澤朋也のクィア・リーディングはいろいろありますが、そこは専門家に任せよう…。

猫に誘われて冒険へ…というのはこの手の定番ですが、そこに椅子も加わっての旅となり、あの序盤の怒涛の流れは、個人的には“新海誠”監督作の中では一番スマートに感じたプロットでした。

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女性表象の語り口は貧弱に揺れる

では『すずめの戸締まり』はジェンダー表象として全体的に上手くやっているのかと言えば、残念ながらそうは言い切れず…。

とくに本作でチクチクと気になるのが、女性キャラクターへの語り口です。

例えば、鈴芽はいろいろな日本各地を巡っていくことになりますが、そこで出会う女性たち(愛媛の海部千果とか、スナックの人たちなど)と話題になるのがなんだかいつも「男関係」のことばかり。叔母の岩戸環からも男に連れ回されているかを心配されます。

今作では鈴芽のキャラクターの背景は震災以外はそんなに描かれておらず、だから「鈴芽ってそんな男関係の話題しかないキャラなのか?」と思うのですけど…。

これはなんか作り手の「女性というのは親しくなれば嬉々として“男女交際”の話をするに違いない」というただのステレオタイプな偏見の賜物なんじゃないかと…。

加えて叔母の岩戸環の描写も輪をかけて問題だったりします。この岩戸環は4歳の鈴芽を預かり、ずっと育ててきたようで、今は40代で独身。その岩戸環に対して本作は妙に恋愛伴侶規範をまとわりつかせます。「カレシを早く作って」的なコメントはもちろんのこと、サダイジン(黒い猫)の影響にしても「鈴芽を預かったことで結婚の機会を奪われた」みたいな言葉まで言わせるし…。それに、岡部稔という漁協の同僚が明らかに岩戸環に好意がある描写を交えたり、岩戸環はまだ結婚する可能性があるという余地を見せてくるのがまた鬱陶しくて…。

これについては「独身の中年女性は不幸」というステレオタイプがさすがに濃く出すぎているでしょう。

逆にこれを「40代の男性で童貞は不幸」みたいな描写で平気で導入したりしますか? さすがに酷いからと躊躇うでしょうし、それでも女性ならこうして盛り込んでしまうのは作り手の無頓着さがでているかな、と。

どうも“新海誠”監督作は、ファンタジーなら抜群に得意なのに、リアルな人間(とくに女性)のドラマを直接的に描こうとするとボロがでやすいような…

これは『シン・仮面ライダー』の感想でも書きましたけど、クリエイターは潔く自分の苦手分野を認めて、そこが上手いクリエイターとタッグを組むなどして補う方がいいと思いますけどね。

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スピリチュアル災害の問題

『すずめの戸締まり』は前半の感想で書いたとおり、「震災の記憶が薄れ始めている若い世代に今一度あらためて災害の教訓を示す」ということを意識している作品で、その姿勢はとても素晴らしいと思います。

問題はその示す災害の教訓がどの程度のものなのかということで…。

本作は、地震という地球の岩盤(地殻)の内部の変動で起きる自然現象を、後ろ戸から常世を通して災いがもたらされるという、かなりファンタジックな解釈で再構築して視聴者に送り届けています。このアイディア自体は独創的で面白いですし、良いのです。

ただ、それをスピリチュアルな方法で封じ込める儀式といい、「セカイ系」でデコレーションしたことは、二次被害的な副作用もあると思います。

とくに自然災害について被災者側の苦しみを描く本作は「レジリエンス」がテーマですが、その鈴芽のトラウマへの向き合い方はセルフケアに徹しており、幼い自分との対面という「感動」で誤魔化された感じもあります。本来だったら17才の高校生を社会はどうケアするべきかという論点(これは今の日本社会に明らかに欠けている問題)にちょっとでも持っていってほしかったのですけど…。

もうひとつ気になるのは、本作の地震が自然災害ではなくスピリチュアル災害とアレンジされたことで、人災への自己批判が一切入る余地が消えてしまったな…とも。

『ゴジラ』との比較したくなりますね。『すずめの戸締まり』は災害をミミズという怪獣めいた存在で活写し、同じ手法は『ゴジラ』で開拓されています。でも『ゴジラ』は核兵器の恐ろしさをしっかり政治と科学の過ちとして描いているので、まだ人災として向き合ってくれています。

大震災も起点は自然現象でも被害を甚大にさせるのはいつだって人的問題です。行政対策の不備、大企業の利益重視…。決して緊急地震速報に無頓着という個人だけの過失ではない…。

『すずめの戸締まり』における災害の教訓は政治的に希釈されたものであると言わざるを得ないのでは…。この映画を鑑賞して得られる問題意識の限界は重々理解しないと逆に現実で危ういと思います。

これだけ描ければじゅうぶんと見るか、日本を代表する大作ならもっと踏み込むべきだと見るか…。こんな論議も花咲くのはこの映画が今の日本映画界でインパクトあるからなのですけどね。

こうなってくると不安なのは、「大震災ですか? 知ってます。アニメで見ました」みたいな軽い意識の人を増やさないかということです。防災意識の低い人を「すずめ」と呼ぶ…みたいな状況にならないといいのですが…。

現実の自然災害を題材にするのはやっぱり難しいですね。

『すずめの戸締まり』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 96% Audience 98%
IMDb
7.7 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
6.0

作品ポスター・画像 (C)2022「すずめの戸締まり」製作委員会

以上、『すずめの戸締まり』の感想でした。

Suzume (2022) [Japanese Review] 『すずめの戸締まり』考察・評価レビュー