恋せずとも恋するプロットの毒見…アニメシリーズ『薬屋のひとりごと』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:日本(2023年~2024年)
シーズン1:2023年~2024年に各サービスで放送・配信
監督:長沼範裕
恋愛描写
くすりやのひとりごと
『薬屋のひとりごと』物語 簡単紹介
『薬屋のひとりごと』感想(ネタバレなし)
中国の医学の歴史には古くから女性がいる
私は最近は片手間で「中国医学とジェンダーの歴史」をちょっとだけ調べているのですが、なかなか興味深いことばかりです。
中国は古代から医学が存在し、独自の医療の知識が蓄積されていましたが、西欧医療とは異なるものだったのは想像がつくと思います。それはジェンダーの観点でも異なっていたそうです。
「中国医学における女性」を専門とする歴史学のユンシン・リー助教授によれば、紀元前の漢王朝において、「陰」と「陽」の概念が重視されており、基本的に女性は陰、男性は陽が当てはめられていました(Simmons University)。しかし、女性でも人によっては陽の要素があるなど、固定されたカテゴリーではなく、流動的に扱っていたそうです。つまり、ジェンダーをスペクトラムで捉えて医学に応用していたんですね。
中国医学にも産婦人科に該当する分野が存在し、宋の時代に確立されたとのこと。古代中国の医師のほとんどは男性でしたが、漢王朝にはわずかながら女性医師がいたことも指摘されています。経血を薬効のある医療品として使う風習もあったとか。一般的に中国医学では、医療知識は師から学ぶもので、女性は家庭に縛られていたので、何かしらのかたちで家から学ぶ機会があったと推察されています。
女性の活躍が確かにあった古代中国医学の世界ですが、唐の時代になると男性優位となり、女性医師は医療業界から排除されてしまったそうで…。
まだまだ面白そうな歴史がいっぱいありそうですが、このへんにして本編に話題を移しましょう。
今回紹介する作品も、中国の医学の歴史を感じさせるアニメシリーズです。
それが本作『薬屋のひとりごと』。
本作は、”日向夏”によるライトノベルが原作。始まったのが2011年とやや昔で、ファンにとっては待望のアニメ化が2023年後半から2クールでスタートしました。2025年には第2期も決定し、このまま定期的にアニメで楽しめ続けるといいのですけど。
架空の中華風の国が舞台で、いわゆる中国宮廷モノ。最近も『後宮の烏』など、日本でも人気のサブジャンルのひとつになっています。
『薬屋のひとりごと』も女性が主人公で、後宮を主な舞台に、主人公がそこで蠢くいろいろな人間模様の謎を解いていきます。特徴はタイトルにもあるとおり、主人公が「薬師」として薬学の知識に長けていることで、そのスキルを活かしていくという点。
ファンタジー要素はない、結構正統派なミステリーサスペンスであり、『シャーロック・ホームズ』みたいな面白さがあります。あちらも近年は女性主人公の『エノーラ・ホームズの事件簿』シリーズがあったばかりですが…。
ともかく『薬屋のひとりごと』は女性主人公が薬学の知見で謎解きするのが面白いですし、後宮や妓楼など男女のジェンダー力学が働く場が舞台になっているので、主人公が女性だからこそ可能な展開も多いです。
薬学がなんだと書きましたが、かといって難しい話ではなく、わかりやすく説明されるので、入りやすいミステリーだと思います。少し風俗や性的関係の話に立ち入るので小さい子どもには不向きかもですが、『名探偵コナン』よりも大人向けで、何よりジェンダーの解像度はこちらに軍配が上がっていますからね。
後半の感想では、アセクシュアル・アロマンティックなどレプリゼンテーションの観点で『薬屋のひとりごと』を解体したとき、どんなふうに診断できるか…というややピンポイントなことを自己満足でズラズラと書いています。
『薬屋のひとりごと』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :気軽に楽しめる |
友人 | :ミステリー好きにも |
恋人 | :恋愛要素あり |
キッズ | :やや性の話題あり |
セクシュアライゼーション:わずかにあり |
『薬屋のひとりごと』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
強大な国家として繁栄する茘(リー)。そんな片隅で、熟練の医師である老いた養父を手伝って暮らしているそばかす少女がいました。名前は猫猫(マオマオ)。
猫猫は高級の妓楼の緑青館に薬を届けに行くことにします。「最近は女狩りが多いから気をつけていくんだよ」と養父は穏やかに注意してくれます。
籠を背負って華やかな街へ。猫猫は慣れっこです。緑青館の前では麗しい女性をひと目見ようと男たちが集まっていますが、たいていはカネが足りずに遠くで見ているだけです。
この緑青館でとくに最高の美しさとして絶賛されている三姫として白鈴、梅梅、女華がいましたが、猫猫はその3人とも幼い頃から顔見知り。「姐ちゃん」と呼びかける仲です。
薬の実験で腕に傷を増やす猫猫を心配する白鈴。「妓女になるか?」とここを仕切る老婆に言われ、逃げるように猫猫は去っていきます。
ところが、帰りの途中で薬草に目を奪われていると、怪しい男たちにさらわれてしまいます。
3か月後、猫猫は後宮に下女として売られてしまっていました。こうなってはしょうがないのでここで働くしかありません。御殿も花街とそう変わらない世界です。違いがあるとすれば、ここでは女は帝の子を成すために存在します。男子は立ち入りできず、男性の役割を捨てた宦官だけが許可されます。
ある日、同じ洗濯係の下女の小蘭に文字を読んであげて教えていました。字が読めない子も多いですが、猫猫にはわかります。猫猫は優秀ですが目立たないようにしていました。猫猫は引きこもる下級妃のもとへ服を運びます。
小蘭から美形な宦官の噂を聞くも、興味ありません。すると別の噂に移ります。なんでもお世継ぎの連続死が起きているそうです。これまで3人の赤子が生まれてから弱ってしだいに亡くなっていました。
上級妃として今は玉葉と梨花がいますが、2人ともやはりその赤子の死に悩んでいるようです。帝は玉葉を寵愛しているという話もあり、呪いかもなどという憶測もありました。
話を聞いていると、母子で体調不良となっており、症状は頭痛、腹痛、吐き気…。
気になった猫猫は探ってみるとすぐにその原因を見抜きました。問題はそれをどう妃に伝えるかということ。そこで試しに行動を起こすことに…。
しばらくのち、梨花の生んだ赤子が亡くなったという情報が広がりました。宦官である壬氏のもとに玉葉がやってきて、「おしろいは毒、赤子に触れさすな」という石楠花と文があったと報告してきます。
そこで宮官長の部屋に下女が全員呼び出し、壬氏は猫猫を特定。玉葉のもとに連れて行き、玉葉は赤ん坊の鈴麗も元気なのはあなたのおかげだと感謝します。梨花にもおしろいは伝えましたが信じなかったようです。猫猫は「私は薬屋でしたので毒には詳しいのです」と説明します。
しかし、これで役目は終わりではありませんでした。「私の侍女になってもらいます」と玉葉に言われます。こうして不本意な出世になってしまい…。
若干のお行儀のよさ
ここから『薬屋のひとりごと』のネタバレありの感想本文です。
『薬屋のひとりごと』の主人公である猫猫は、養父である羅門から薬学の知識を授かり、それだけでなく緑青館の妓女からも性文化などをレクチャーされているので、年齢のわりには特定の方面で偏った博学でベテラン級の医師となっています。
自称「何の権力もない小娘」ですが、その知識を活かして後宮や宮廷まわりの困りごと解決から陰謀までを暴き出していく…その過程が楽しいです。ミステリー面も、何気ない小さい事件がしっかり伏線になって、点と点が線になり、最終的に大きな策略へと紐づくという積み重ねの展開も丁寧でした。
その作中では随所にジェンダーの力場による社会問題が浮き彫りになります。例えば、冒頭で猫猫が被害に遭う誘拐も、女性労働搾取の昔からの典型例です。妓楼も後宮も女性が性的な役割を発揮することを期待される場であり、前者は性的快楽、後者は出産を求められます。どちらも美貌がある女性だけであり、そうではない女性や年老いた女性は家事労働に従事させられます。
猫猫はそんな中で科学を専門とするという、この時代の女性としては特異な存在です。
その知見から女性の身に起きる医療問題を扱うことも多い本作。美容のための健康を犠牲にしてしまうことだったり、性暴力だったり、性感染症だったり…。ちなみに猫猫の実の母である緑青館の元妓女で碁と将棋が得意だった鳳仙。彼女は深刻な梅毒で命を脅かされますが、梅毒は今の医療技術ではちゃんと治療して完治できるので、そこは安心を。
ややこのトピックに関しては、向き合い方が浅いかなと思う部分もありますが…。
猫猫が化粧でわざとそばかすを作って醜女になることで社会で生きやすくするというのも、「そんなそばかす程度ではあまり影響ないだろう…」と思いますし、どっちかというと毒を試しまくっていることのほうが顔の皮膚も悪化させるんじゃないかな…。ルッキズムありきで社会構造を単純に捉えてしまうのはフィクションでも現実でもよくあることなのだけど…。
本作の猫猫の振る舞いは、ジェンダー・ポリティクスを根本から変えようというものではなく、あくまでその規範の中で「上手に適応して生きよう」という知恵に留まっている感じです。猫猫の知識も適応に役立てられるだけ。なのでテーマとしては手を付けるけど、そんなに踏み込まずにお行儀がいいな…という印象ではありました。
とは言え、2024年3月時点の現状のアニメ化された範囲はまだプロローグな感じなので、猫猫の活躍はまだ続きますけどね。
性の世界を俯瞰するための主人公の特異性
『薬屋のひとりごと』のレプリゼンテーションの観点から見ていくと、主人公の猫猫は恋愛やら性的快楽に興味なさそうです。美形と評判の壬氏を前にしても他の女性のようにメロメロにならず、筋骨隆々の李白の裸体にも動じません。
こういう設定ゆえに、猫猫をアセクシュアル・アロマンティックのような性的指向・恋愛的指向のアイデンティティとして解釈できないことはないですし、そういうヘッドカノンな楽しみ方を自己内でする人もいるでしょう。それは全然その人の自由です。
偶然ながら、同時期に同じく2クールで『葬送のフリーレン』もアニメが始まり、こちらも恋愛感情をみせないアセクシュアル・アロマンティック的なキャラクターでした。
ただ、やはり『薬屋のひとりごと』の猫猫もアイデンティティとして描いているというよりは、テーマを際立たせるための主人公の特異性としての設定という趣が濃いです。
本作は先にも書いたとおり、生殖を軸に動くジェンダーの力場による社会問題が浮き彫りになる世界観で、謎解きする側に立つ猫猫はその世界をある意味で達観して接します。そうでないと謎解き担当の主役の役目をこなせません。
しかも、ご丁寧なことに、その猫猫のパートナーとして隣に立つ壬氏は「去勢された男性」という、猫猫とは別の方向で性愛から外れた存在。この2人が組むことで、本作の謎解きは一応の客観性をともなっています。
それでも同時に、猫猫と壬氏の関係性にはかなりベタなロマンス・プロットが重ねられるようになってもいて、こちらもしっかり恋愛伴侶規範と異性愛規範を前提とする視聴者が全く何の気兼ねもなく消費できるようにできています。「いつ恋に発展するかな?」とか「これぞ純愛だね」とか、そんな感じで…。
まあ、上司である壬氏の猫猫への囲い込みのような接し方は、ハッキリ言ってパワハラ的でもあるので、あまりこれを純愛消費はしてほしくはないのですけども…。
ともかく、こういうふうにテーマを際立たせるための主人公の特異性として「恋愛に興味ない」キャラクター性が用いられるのは、日本の作品にはよくあるパターンです。
個人的にもうひとつ別の面で気になるのは、猫猫は非定型発達(ニューロダイバージェント)として読み取れるような表象にもなっていることです。
猫猫は薬以外に興味もなく、毒フェティシズムといっていいほどに毒への関心に執着します。博学と言えども官女試験に落ちるなど、その知識は自己関心の領域内に極めて限定されます。
猫猫が序盤から自分の能力を隠したり、自分をカモフラージュして社会に溶け込もうとする一連の言動も、いかにも非定型発達らしいマスキングに思えてきます。
猫猫以外にも実の父である羅漢も、人の顔の区別がつかないなど、その他者認識に非定型発達的な特徴をみせており、遺伝的なものなのかもしれません。
本作はむしろこの非定型発達をどう扱うのかという点でポテンシャルがあり、逆に言えば一歩間違うと残念な表象になってもしまえるのですが、その行く先は気になります。医療テーマである以上、倫理観はもちろんのこと、現代的なケアやサポートの理念も内包しながら、世界観を発達させていってほしいところです。
ROTTEN TOMATOES
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シネマンドレイクの個人的評価
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・『でこぼこ魔女の親子事情』
・『経験済みなキミと、経験ゼロなオレが、お付き合いする話。』
・『ティアムーン帝国物語』
作品ポスター・画像 (C)日向夏・イマジカインフォス/「薬屋のひとりごと」製作委員会 薬屋のひとり言
以上、『薬屋のひとりごと』の感想でした。
The Apothecary Diaries (2023) [Japanese Review] 『薬屋のひとりごと』考察・評価レビュー
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