オナラは人生の再スタート…映画『スイス・アーミー・マン』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:アメリカ(2016年)
日本公開日:2017年9月22日
監督:ダニエル・シャイナート、ダニエル・クワン
すいすあーみーまん
『スイス・アーミー・マン』物語 簡単紹介
『スイス・アーミー・マン』感想(ネタバレなし)
死体ギャグで愛を描く?
その世界観とキャラクター設定が情報公開されたときから「なんだそれは!?」と話題騒然だった映画、それが本作『スイス・アーミー・マン』。
誰しもが驚愕し、正気を疑ったその設定とは、「ハリー・ポッター」シリーズで一躍有名となった“ダニエル・ラドクリフ”が「死体」役となるというもの。
しかも、ここが重要で、その“死体”はスイス・アーミーナイフのように多機能化していて様々な用途に使えるのです。これを聞いただけで普通は「えっ…」となるのも仕方がないレベルですが、さらにその機能の使い方が下ネタ成分多めなんですね。ひとつネタを言っちゃうと、オナラで水上ジェットスキーのように移動できます。こんなんですよ。加えて物語自体にも、ウンコ、チ○コ、自慰、セックス…といった話題が満載。
“ダニエル・ラドクリフ”は、『アンダーカバー』でネオナチになったり(母はユダヤ系なのに)、変な役を演じることが最近目立ちますが、今回は極まってます。これは「ハリー・ポッター」シリーズで純朴なイメージしかないファンはドン引きだろうな…。でも、本人は本作が一番好きだくらいの勢いなんですけど。
じゃあ、本作は小学生レベルの下ネタにゲラゲラ笑うような、しょうもないコメディなのかというと、実はそうでもないのが凄いところ。なんと「愛」や「人生」について言及する非常に純粋な映画になっているのです。信じられないですが、ホントに。良し悪しはともかく、観終われば「あれ、思ってた映画と違ったな」となるはず。
だから日本の宣伝側の「きっと涙する」とかのいかにも感動系を謳った作品イメージもあながち嘘じゃないです。シュールな設定で愛を描くといえば、独身は動物になってしまう『ロブスター』がありましたが、それよりも本作は前向きな感じです。そういう意味では、見やすい一作だと思います。
死体の“ダニエル・ラドクリフ”とパートナーを組む主人公を演じるのは、『オクジャ』にも出ていた“ポール・ダノ”。『10 クローバーフィールド・レーン』の“メアリー・エリザベス・ウィンステッド”も共演していますが、限りなくほとんど出番がありません。“ダニエル・ラドクリフ”と“ポール・ダノ”の濃厚な絡み合いが90分たっぷり見られます。
ブロックバスター大作も良いですが、たまには変わった映画もいいんじゃないでしょうか。
『スイス・アーミー・マン』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):死んでいる場合じゃない
何もない。助けてという悲痛な声も届かない。退屈で意味のない時間。孤独で終わるのか。
ハンクは無人島で死ぬことに決めました。自分で命を終わらせるのです。首をくくり、あとは足を踏み外すだけ。
すると砂浜で人が倒れているのを発見。自殺を中断し、思わず駆け寄ります。「おい…大丈夫か?」
声をかけますが、無反応。何か音がします。汚らしい音が。なんだ、ただの死体なのか。
死ぬ前は走馬灯が見えると思っていた。楽しい時間とか、好きだった女の子とか。でも見えたのはお前。盛大に汚い音が鳴ります。屁なのか。そうなのか。
その死体のベルトを拝借して首つりを再開です。しかし、あの死体が小刻みに屁をしており、それが気になります。びくびくと動き、なんか変です。そしてなんと屁を推進力に浅瀬を泳ぎ始めました。
死んでいる場合じゃない。なんだこの珍光景は…。
ハンクはロープを手にして、その死体にくくりつけ、またがります。死体に乗って、ハンクは島を脱出できました。どんどん勢いが増す死体。ジェットスキーのように海を高速で突き進み…。
目覚めると砂浜。無人島に戻ったのか。違います。陸地に戻れました。例の死体はまだそこに転がっています。あれは腐敗ガスだから、きっと偶然の産物。
スマホは圏外。戻れただけマシか。
死体と向き合うも、移動することに決めます。けれどもその死体をどうしても置いていけず、運んでいくことに。背負いながらヨタヨタと歩いて、森へ入ります。
誰もいません。ごみなのか、いろいろ落ちていたので使えるものを拾います。
雨が降ってきたので夜は洞窟で休憩。孤独、いやこの死体がいるからそうではないのかもしれない。ハンクは鼻歌を歌います。眠れないときに母が歌ってくれた歌を。
翌朝。なぜか死体の口から水が吹き出ます。
思い切って飲むと…飲める。
話しかけると…喋る。
歌いかけると…歌う。
なんだこの死体。死体? なんでもいい、役立たずではないのだから。
奇想天外ダニエルズ
『スイス・アーミー・マン』の監督は、CMディレクター出身の監督コンビ、“ダニエル・クワン&ダニエル・シャイナート”(「ダニエルズ」と呼ばれているそう)で、これが長編監督デビュー作となります。
脚本には粗があるものの、そこをじゅうぶんカバーできるほどの映像と音楽の融合センスがあり、魅入ってしまうパワーを感じました。映画を手がける前はミュージックビデオを多数制作しており、本作も全体的にミュージックビデオ風でしたね。全編を通して流れるアカペラ音楽がエモーショナルな勢いをどんどん高めていき、何も根拠がなくともテンションが上がります。
個人的ベストシーンはやはりタイトルが出る瞬間です。冒頭、首吊りする主人公ハンクのシーンは死が蔓延する絶望感しかない空気ですが、そこからの水上オナラジェット。生への解放というか、「生きるって、素晴らしい!」という気分にさせてくれます。ここだけで本作に100点あげたくなりますよ。
“ダニエルズ”監督、他にはない強烈な個性を持っているのは確かなので、今後が楽しみです。
勢いよすぎるギャグ
『スイス・アーミー・マン』のギャグの恥かしげもない勢いの良さは近年でもそうそう見られるものじゃないのではないしょうか。B級映画でもなかなかこんなことしない、超低次元レベルのギャグの連続。子どもなら大笑いしてくれるけど、大人は子どもに見せたくないタイプのやつですね。
オナラでケツからジェット噴射って…。口に物を詰め込んで発射できるって…。あげくには、グラビア本で妄想してると、ニョロニョロ動くアソコが方向を示すって…。
凄いよ、“ダニエル・ラドクリフ”…。『ジェーン・ドウの解剖』の時にも死体役の人を褒めたけど、それとは全く別方向でいろいろ犠牲にしてるよ…。
自分と死体のモンタージュ
サバイバル生活の中でハンクは死体のメニーとどんどん親交を深めていきます。その二人をつなぐキーワードがサラという女性です。
ハンクはバスの中で出会ったサラという女性に一目惚れしたのでしょう。それこそインスタグラムで彼女を探し出し、写真を自身のスマホに保存するくらい、夢中でした。でも、二人が結ばれるどころか、話しかけることもろくにできず、片思いのまま。彼女は、夫と子どもとともに幸せそうに暮らしていました。
そんな未練を内心に抱えたハンクは、何もわかっていない無垢な死体のメニーに、自分のスマホをメニーのものだと嘘をつき、サラという女性はメニーにとって特別な相手なんだと偽りの記憶を刷り込ませます。そして、森の中でメニーとサラ(ハンクの女装)が“記憶を呼び戻す”という“設定”で演技をしていく…というのが本作の話のメインを占めます。つまり、このメニーとサラ(ハンクの女装)の珍妙な掛け合いは、ハンク自身が本当のサラとしてみたかったifの人生を描いています。
オナラは人生の再スタート
そもそもハンクはなぜ無人島にいたのか。詳細ないきさつは語られないのですが、映画を見る限り、最初は太平洋のど真ん中の孤島のように見えます。それこそ海難事故で流れ着いたのかなと思わせます。でも、水上ジェットメニーであっさり陸地につくし、その陸地も完全にアメリカっぽいですから、おそらくかなり本土に近い島だと考えることもできます。
そう考えるとハンクは自殺しに来ていたのかもしれません。しかし、死ぬには未練があった…冒頭で海を漂うメッセージ付き漂流物はまさにハンクの心の叫び。「助けて」「誰かと一緒にいたい」そんなハンクにとってメニーは唯一の語り合える友であり、また自殺しようとしていた自分の未来の姿でもあるわけです。
そのハンクはメニーとのサバイバルを通して人生を見つめ直します。冒頭、自ら死のうとしていた男が、最後の浜辺でメニーに「Don’t die」と言うのは、まさに自分に跳ね返ってくる言葉。水上オナラジェットで笑顔で去っていくメニーのシーンは、それこそハンクはもう死を選ばなくなったことを示す証でしょう。
オナラは人生の再スタートだし、ペニスは人生の羅針盤なんです。
そこらへんの公共の自殺予防運動よりも、本作の方がよっぽど前向きなメッセージを発信していると思います。例え薄汚い死体のような存在であっても、生きる喜びは見いだせる…オナラでもいいから少しでも前に進めばいいのです。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 71% Audience 72%
IMDb
7.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★
関連作品紹介
ダニエル・クワン&ダニエル・シャイナート監督作の映画の感想記事です。
・『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
作品ポスター・画像 (C)2016 Ironworks Productions, LLC. スイスアーミーマン
以上、『スイス・アーミー・マン』の感想でした。
Swiss Army Man (2016) [Japanese Review] 『スイス・アーミー・マン』考察・評価レビュー