謝っても謝りきれない失敗をしてしまったあなたへ…映画『ノット・オーケー!』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2022年)
日本では劇場未公開:2022年にDisney+で配信
監督:クイン・シェパード
性描写
ノット・オーケー!
のっとおーけー
『ノット・オーケー!』あらすじ
『ノット・オーケー!』感想(ネタバレなし)
やってしまった…そんな人の映画
世間体をほどよく保ちながら承認欲求を満たす。多くの人が自覚的か無自覚的かにかかわらず、これを実践しようと振舞っていますが、実際はとても難しいです。後ろに下がりすぎれば「やる気がない」となじられ、前に出すぎれば「目立ちすぎだ」と叱られる。このネット社会で大勢が周囲からの評価を気にするようになってしまった今、この世渡りは苦労が絶えません。
中には「私はワルだ」と自ら進んで悪に浸かる人もいますし、冷笑主義をこじらせて中立気分になったつもりで自己陶酔する人もいます。
でも大半の人はひとまず「良い人間であろう」と努力するもの。問題はその「良い人間」になりきれず、ボロがでてしまったときにどうしたらいいのか…。
女性差別に反対していますと表向きは理路整然と佇んでいても、唐突に「女性差別しているのでは?」と指摘されてしまったら…? はたまた、私はトランスジェンダーのアライですと体裁よく掲げていたら、「あなた、それ、トランスジェンダー差別ですよね」と厳しく指摘されて右往左往することに…。
こういうとき、100点の大正解の対応ができればいいのですが、人間はそんなに完璧でもない。ましてや追い詰められて窮地なときにベストな行動をとれる人なんてそうそういない。オロオロしているうちにどんどん墓穴を掘ってさらに状況が悪化していく…。
自分としては上手く軟着陸したいと思っても、穴の開いたパラシュートで飛び降りてしまった時点でもう詰んでいます。こんなピンチでもまだ「自分って今はどう見られているんだろう」と承認欲求がひょっこり顔を出す。
そんなシチュエーションに陥った人間の痛々しい醜態をリアルに描く映画が今回紹介する作品です。
それが本作『ノット・オーケー!』。
本作の物語はライター志望の若い女性が主人公で、世間から注目を浴びるような人間になって有名人と少しでも肩を並べたいと考えています。SNSでバズりたい、大衆を動かすインフルエンサーになりたい、みんなから「スゴイ!」と褒められたい…。これ自体は、まあ、よくある感情だと思うのですが、この主人公は暴走するジェットコースターのようにドツボにハマっていき、ついには超えてはならない一線まで突き抜けてしまい…。そんなブラックコメディ映画です。
本作を鑑賞していると主人公の言動に「おい、それはダメだ!」と声をあげたくなる瞬間は何度もあるのですが、でも「そういうあなたはどうなんですか?」と言われると…。誰しもここまで極端でなくても身に覚えはあるのではないでしょうか。そして謝っても謝りきれない失態をしてしまったら、あなただったらどうするのか…。
「私はそんな人間じゃない」と冷静に達観する人もいるかもですが、でもこんなことを言うのもあれですけど、他人の映画の感想記事を読んでいるような人はやっぱり他人の目線を気にしている人ですよね。もちろんそれは何も変なことではない。他者を気にしてしまうという根っこの部分はみんな共有していると思うのです。
その『ノット・オーケー!』を監督したのは、1995年生まれの“クイン・シェパード”というまだ若い人物で、もともと子役から活躍する俳優でした。2017年に『Blame』という映画で監督デビューし、この『ノット・オーケー!』は監督2作目となります。脚本も手がけ、“クイン・シェパード”監督としてのやりたいことを詰め込んでいる感じなのかな。
そんな“クイン・シェパード”監督の創作を後押ししたのが「サーチライト・ピクチャーズ」。ディズニーに買収されて以降、どうなっちゃうのかなと思っていましたが、2022年も『フレッシュ』や『ファイアー・アイランド』といい、若手監督にキャリアのチャンスを与えていて良いですね。どの映画も個性が際立っているし。
『ノット・オーケー!』で痛々しい主人公を演じるのは、『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』『ビフォア・アイ・フォール』『セットアップ: ウソつきは恋のはじまり』などの“ゾーイ・ドゥイッチ”。『ゾンビランド:ダブルタップ』でもなんだかちょっと変わった役でしたが、今回の『ノット・オーケー!』は現実にズタボロにされる役です。
共演は、『パパに教えられたこと』の“ミア・アイザック”、『ラブ&モンスターズ』の“ディラン・オブライエン”、ドラマ『The Sinner -隠された理由-』の“ナディア・アレクサンダー”など。
『ノット・オーケー!』はアメリカでは「Hulu」配信ですが、日本では「Disney+(ディズニープラス)」独占配信となっています。なお、ほぼ同名のドラマもあるので混同しないように注意をしてください。
『ノット・オーケー!』を観る前のQ&A
A:Disney+でオリジナル映画として2022年7月29日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :こんな失態をしないために |
友人 | :ブラックコメディが好きなら |
恋人 | :異性愛ロマンスは多少あり |
キッズ | :ダメなお手本です |
『ノット・オーケー!』予告動画
『ノット・オーケー!』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):#IAmNotOkay
ダニー・サンダースは絶望していました。身から出た錆、自業自得…。それはわかっている。けれどもただ辛すぎる…。
事の発端は2カ月前。ダニーはディプラヴィティというメディアで写真部のフォト・エディターとして働いていました。しかし、本人はライターになって世間を夢中にさせる記事が書きたいと望んでおり、上司のスーザンに自分の記事を意気揚々と見せます。
スーザンはそのダニーの書いた「恵まれて育った私が虚しさを感じる理由」という記事を読み上げ、「その1。住まいがブッシュウィックだから」「その2。職場にプライベートなオフィスがない」「その3。911同時多発テロを見逃すことの恐怖」という内容に手厳しく批評。とくに「その3」について「あの時、ちょうど両親とクルーズ中で喪失感を経験できなかった」と何の躊躇もなく語るダニーに「普通ならそういう表現は避ける」と無神経っぷりを指摘します。それでもダニーは全く理解していないようです。
一方、同僚のハーパーはルース・ベイダー・ギンズバーグの回顧録の記事を褒められ、ライター・プログラムに参加することを表明しており、完全にリードしています。
また、別の同僚であるコリンはインフルエンサーとして大成功しており、いつもセレブといるらしいです。
もちろんダニーは蚊帳の外。写真部で同僚のケルビンを冷たくあしらい、鬱屈を溜め込みます。
ハーパーたちはLGBTQ限定のクィア・ボウリングという社内企画に参加するようで、ダニーは図々しくも「私も大学の頃に女の子と付き合っていたからバイセクシュアルかも」「羨ましいな、あなたたちみたいにコミュニティがあって」と割り込もうとします。意味のない足掻きですが…。
ある日、抹茶ベイビーという店が街にでき、その前の道端でコリンとばったり出会います。彼は「マリファナどう? これめっちゃハイになるぞ」と勧めてきて、調子に乗ったダニーは「ライター・プログラムに行く、パリで…」と大嘘をついてしまいます。
部屋に帰宅し、ぼーっとしながら、パリに行く旅費を調べると1999ドル以上もして論外でした。そこでふと写真を加工してパリに行った風にすれば…と思いつきます。動画やサイトまで作って偽り、ばっちりメイクして部屋に撮影ゾーンも作って、加工用のそれっぽい素材の写真を撮って、ひたすらに加工作業、そしてSNSにアップ。
パリにいる気分を満喫し、コリンがフォローしてくれたことで有頂天。
そんな朝、起きるとスマホにすごい数の通知が…。ニュースを見ると、パリで観光施設を狙って同時爆発テロが発生し、大混乱になっているというのです。娘はパリにいると思っている母親に無事だと電話するも、向こうは大騒ぎ。嘘だと言うべきか…。でもコリンからの心配のメッセージが届き、嘘を貫くことに決めました。
空港でパリ発の便の到着ロビーから出てきた人の列に紛れ込んだダニーは、両親に涙ながらに出迎えられ、その姿をマスメディアに撮られます。
人生史上最高の注目の中、自信たっぷりに出社し、この体験を記事にしようと思っていると言い放ちますが…。
現実はバズるよりも大切なことがあった
『ノット・オーケー!』の主人公であるダニーの転落劇は想像以上に酷かったですね。
当初の写真を加工して旅行を偽るというのは、まあ、あり得なくもないかなとも思います。今の時代、写真の加工は当たり前ですし、アカウント自体が詐欺プロフィールになっているものなんて、SNS上に腐るほど存在しますからね。
この時点ではダニーは自分の画像編集というスキルを活かしており、ダニー自身は劣等感に陥っていますけど、そんなダニーにも才能はあるということがわかります。それを真っ当に活かせばいいのですが…。
ただ、ダニーは冒頭から相当に性格がひねくれていることも描かれます。ギョッっとさせるのが「911を共有できなかったこと」への後悔ですが、それ以外にもマイノリティをステータスにしか思っていなかったり(ちなみに“クイン・シェパード”監督はクィアで、作中でハーパーを演じた“ナディア・アレクサンダー”と交際中)、自己中心的です。
そのダニーが一線を越え始めるのが、パリ同時多発テロのサバイバーを装う展開。さらに銃乱射事件の生存者で今は銃反対活動のリーダーでもある未成年のローワンに近づき、彼女の名声から活動手法まで、まるっとパクってしまいます。ここまでくると完全にアウト。倫理的にも擁護不可。正直、名誉毀損罪で訴えられたら確実に負けて多額の賠償金を支払うことになるだろうな…。
そんな最低な行為に手を出すダニーですが、徐々に現実を思い知らされます。例えば、憧れていたコリンは妊娠しうる身体を持つ人のことなんて何も考えていないクソ野郎と身をもってわかりますし、ローワンからは本当のサバイバーとして日々悪質なヘイトやトラウマとギリギリで戦っているキツさを傍で痛感。
現実社会は「バズるか、バズらないか」の二択ではない。もっと複雑なんだということ。
結局、ハーパーにバレてしまい、白状することになったダニー。ネット炎上者の自助グループに参加し、お望みだった悲劇の共有ができたという皮肉な結果が待っていました。無論、それは体験する前に期待していたような楽しいものなんかじゃない…。
誰でもセレブになり得る時代だからこそ
『ノット・オーケー!』で描かれることの人生転落劇。昔からセレブな人物を対象にしたジャンルとしては定番でしたが、最近はインターネットでひと山当てれば誰でもセレブになり得る時代となり、このジャンルがごく限られた人だけを風刺するものではなくなりました。つまり、誰でも起こり得る風刺画であり、そういう意味では他人事ではいられません。
作中でも実在のセレブの名がポンポン飛び出します。
序盤で名前が挙がる“レナ・ダナム”は、俳優・監督・脚本家・プロデューサーとマルチで活躍するクリエイターで、話題のドラマ『GIRLS/ガールズ』を手がけたことで有名。しかし、2017年に同作の出演女優が脚本家に性的暴力を受けたと訴えた際に加害者側を擁護し、それで猛反発を受けます。#MeTooのムーブメントの中で失態を犯して転落した女性のひとりとなりました。
作中で随所にネタにされている“ケンダル・ジェンナー”はもう言うまでもないですけど、2017年、ブラック・ライヴズ・マターに便乗した不謹慎すぎるCMに出演したせいで批判殺到。他にも文化的盗用を指摘された事例がいくつもあり、何かしら炎上している著名人の象徴です。
これらの失態は今なら誰でも経験しうるものです。SNSで使われているアクティビズムのハッシュタグを意味や背景もよくわからず使ってしまったことはないか。話題になっているテーマの歴史的事情もろくに理解せずに安易にコメントしてしまったことはあるのでは…。
要するに誰の心の中にもこのダニーはいるんですね。
『ノット・オーケー!』はコメディというジャンルの性質上、全部をあっさりめで片付けることもできるのですが、とくにローワンのキャラクターを真面目に掘り下げることで、そういうお気楽さに逃げることなく、真剣に特権意識への反省を突きつけるラストになっていました。やっぱり今の時代はこれくらい言わないとダメだろうってことかな。「人を許すこと」を美徳だと強要してくる昨今の空気にガツンとかますようなね…。
“ゾーイ・ドゥイッチ”も白人特権の見本みたいなキャラクターをあえて演じていますが、『友情にSOS』の“サブリナ・カーペンター”など、そういう役目を進んで演技する若い白人俳優がぼちぼちと登場しているのは、セレブ界隈でも自己批判のかたちとして定着しているからなんでしょう。
失態をしないのが一番いいのですけど、でもそれは起きてしまうもの。そのことを想定してどう振舞えばいいのか。やはり一発で何かを変えようとするのではなく、地道に“正しい姿勢”をバージョンアップしながら実行し続けるしかないのかなと思います。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 76% Audience 62%
IMDb
6.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Searchlight Pictures ノットオーケー
以上、『ノット・オーケー!』の感想でした。
Not Okay (2022) [Japanese Review] 『ノット・オーケー!』考察・評価レビュー